ただ、死を待つのみ

 爆音が轟き咄嗟に目をつむる。

 火薬の苦しいにおい。けたたましい程の耳鳴り。尻もちをついたせいで腰がダメージを負う。だが、いつまで経ってもそれ以外の痛覚を感じない。


「え……?」


 目をおもむろに開きピントを合わせると、そこには銃を握った天使。こっちを睨んで動かない。

 おかしい、今確かに発砲したはず……

 額に手を当てるが感じるのは冷たい汗。なら胸は? そう思い触れるが、胸を撫でおろしたと捉えられたか、天使が銃口を私の目線と合わせる。



 二度目の銃声。



 心臓が止まる。

 実際そんなことはありえないが、そんな気がした。そんな気がしただけだった。

 再度目を開けてもそこには天使。当然の如く、私の体に穴は開いていなかった。

 生き地獄だろうか?


「天使……?」

「やめてください」

「どうして――」

「やめて!!」


 カチッと、へぼい音が聞こえる。

 天使が必死に引き金を引いているのが分かるが銃はそれに応答しない。二発しか入っていないのだろうか? それとも元から入っていなかったのか。


「私は……私は貴方に……」

「……」


 天使はその場に座り込むと銃を握ったまま頭を抱えた。

 私は咄嗟に天使のそばに近寄る。


「駄目なんです。天使が、天使と言う存在が人間ごときに情を持っては……」

「天使……?」

「だけど私は……あなたと言う儚い存在に……」

「……」

「あらぬ感情を抱いてしまった」


 銃を握る天使の両手は小さく震えており、天使の嗚咽がほんの小さく聞こえる。

 私はどうすることもできず床に手を付いた。


「どうして天使は私が悪魔だと……?」

「私は遠くない先の末来であれば見れると説明しましたね」

「えぇ」


 天使は顔をあげることなく話を続ける。


「私はそこで見てしまった。あなたが、大天使様やほかの天使に無様に殺される様を……」

「……」

「何通り、何十通り、何百通りの未来を見ても全て結果は同じ」


 声が震えているのが分かる。


「貴方は、信用していた相手に、殺される」


 天使が顔をあげる。

 頬は涙で覆われていた。


「この悔しさが分かりますか!?この屈辱が!この歯がゆさが!!」

「抵抗できずに殺されるあなた!」「体に何十も穴をあけるあなた!」「死を察して飛び降りるあなた!」


 天使のこんな顔を見たことがない。

 絶望の、苦難の化身。暗闇から這ってきた魔物のような……


「いいですね……いいじゃないですか!!」


 天使は目を見開くと銃を私の額につけ、ぐりぐりとねじるように押し込む。

 痛い、苦しい、だがなぜだが心地よい。


「わたしはあなたをころそうとした!だから、いまのあなたは……わたしのこと、きらいですよ、ねぇ……?」


 天使の涙が儚く滴る。罪悪を感じ我を忘れる彼女の憂いは私の心を締め付ける。

 おでこが痛い。目が熱い。火薬が臭い。耳鳴りが煩い。

 嫌いだよね? そうだよね? と、天使の小さな声が私の考えを拒み蝕む。

 そんな天使の手を、ゆっくりと握った。


「あなたは!?」

「私は……天使のこと、嫌いになれません」

「え……?」

「こんな都合のいいことは無いかもしれない。だけど、私は貴方になら」


 目を合わせる。暗い眼に写る下手な笑顔の私は天使を冒涜しているようだ。

 神様は、大天使様は、私を許さないかもしれない。だけど私は、


「天使になら、殺されても構いません」

「……っ」


 憎しみか、あるいは苦か。そんな悲観的な表情をした天使は私の目をじっと見つめると、心苦しいのかそっと顔を下げた。


「どうして……そんなことがいえるんですか……?」

「どうしてって」


 私は浅はかなその頭を思考に使う。

 天使が優しいからだろうか?それとも私の死を否定してくれるから?私を大事にしてくれるから?私を助けてくれるから?

 いくら頭をひねっても答えはやはり、


「分かりません」

「え……?」

「そもそも私友達がいませんし、親友とか彼氏とかもってのほかです。だからはっきり言っちゃ悪いかもだけど……」

「そう……ですか」

「私には両親もいませんしね」


 そういって苦笑する。父と母がこれを聞いたなら激怒して脳がちぎれて死ぬだろうが、すでにいないのでその心配はない。

 天使は震える声を必死に抑えながら小さく話しだす。滾った血がゆっくりと流れだしたのだろうか? 天使に血はあるのだろうか。顔を赤くして話す様子は、私への憂いを強く感じた。


「われわれてんしは、生まれ変わりによって生まれるものがほとんど。かぞくを持つものはしょうすうです」

「そう、なんですね」

「わたしもとうぜん、かぞくはいません。だからこそ、あなたへのきもちがたかまったのかもしれないですね」


 そういうと天使は喉の奥から大きなため息を吐いた。その様子を見てなんだかおかしく感じる。


「ねぇ、天使」

「なん――」


 天使の手に握られた銃を私の胸に押し当てる。指は引き金。いつでも打てる様子だろう。

 天使はばっと顔をあげると眉をしかめた。


「私を、殺してください」

「それは……」

「私は、このままではダメなんでしょ?」


 そういうと天使の目はずっと奥の方を見ているような、儚い表情を私に見せた。と思ったら、次の瞬間にはじっと私の目を見つめていた。


「あと一日」

「……」

「あと一日だけなら貴方は生きられるかもしれません」


 天使の目の奥に光を感じる。

 私ごときが死に方を選ぶなんて図々しいにもほどがあるだろうが、後生のお願いだ。


「あと一日だけ、私と生きてください」


 あと一日だけ。

 生かせて。


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