酸いも甘いも現実次第

 天使が私の目の前に会らわれてから三日経った。

 私は全然健康で生きているし、天使からも変わった様子は見られない。ほんとに自分は後数日で死ぬのかと、違和感と共に生きてきているせいでなんだか体調が優れない。


「ほんとに私、もうすぐ死ぬんだよね?」

「そうですよ? 何も心配することはないですよ!」

「心配しかないんだけど……」


 首を傾げる天使の頭上で天使の輪が頭につられ傾いており可愛い。

 どうやら天子の様子から察するに、三日生きることは当然のようなのだろう。天使たちの普通や常識など知りもしないが、できるのならば死ぬ直前に来てほしかったと思う。そっちの方がどれ程までにドラマチックで綺麗なお話になるのだろう。とはいえ現状天使と共に暮らしているというの事実自体、ドラマチックな事なのだろうが。


「大天使様からこの人はいつ死にますとか聞いてないんですか?」

「教えてくれませんね、基本天使は魂を回収するだけなので。時間がかかれば大天使様が心配して派遣の天使やほかの位の天使にはなしてくれるみたいなので、ぶっちゃけ心配するだけ無駄かなと」

「なんだか天使……話し方が随分と若者になってきましたね」

「そうですか?こっちに長くいるのも久々ですし、楽しくなってるかもですね」


 腕時計をみると短針は重力に負けぐったりとしている。

 踏切を通っていると遠くから遮断機の下りる甲高い音が聞こえてきた。それを聞き私たちは若干早歩きになる。


「早く死にたいのなら別に死んでもらっても構いませんが」

「死んでほしいの?」

「まぁ死に方で報酬が変わったりもしますが、所詮死ぬことには変わりありませんしね」

「まぁでも自然死が一番いい気がするなぁ」

「そうですね、実際寿命とかで死んでもらうのが私たちにとっても一番楽なんですよ」

「天使の話してること、能天使様とかにバレたら問題じゃないですか……?」

「大丈夫ですよ、あの人たち全く降りてこないので気にすることありません」


 そういって小さく笑っている。

 後ろの方で遮断機が下りる音が聞こえる。と同時に電車の走る鈍い音と緊張感が線路沿いを駆ける。


「思ったんですけど……『神のご加護』を使えば私がどういう死に方するとか分からないんですか?」

「いい質問ですね! 私実は得意なことがあってそれが『未来視』なんですよ!」

「得意? ってみんなが平等にできるって訳じゃないんですか?」

「そうですね」


 天使はこっちをむき左上の方を見つめた。

 金属の匂いがする。踏切から多少離れたが何だろうこの違和感は。


「この前『神のご加護』は人間の力を強化させたって言いましたよね?」

「確かに言ってましたね。夢があっていいですね」

「ですよね!そしてその中でも私は目がいいのです!」

「目がいい?」


 天使が身振り手振りで教えてくれている。なんだか愛おしい。

 さっきから人の声が大きく聞こえるのは何なのだろうか?


「そうです! ほかに足がいい人は瞬間移動ができますし耳がいい人は人の心が読めたりするんですよ!」

「私天使になりたいです!」


 途端に天使の表情が崩れる。

 何か変なことを言っただろうか?


「ところで私の未来、今際の瞬間を教えてくだ」

「だめです」

「へ?」


 天使が私の目をじっと見つめている。

 電車が通り過ぎたのか風を感じなくなった。

 天使がゆっくりとこっちへ歩いてきているのが分かる。頬が妙に冷たく感じる。


「て、天使……どうしたの?」

「あなたは……」


 天使がそういうと、急に肩を持たれそっと抱き寄せられた。

 何が何だか分からない。狂ってしまわれたか? などと失礼なことを思い浮かぶ。


「あ、あの……」

「すみません……やはり、末来視はやめておきましょう」

「え、あ、はい!」


 普段から愛おしい天使のこんなにもくたびれた様子。背中に寒気を、手に汗を感じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る