第2話

あの出来事から6年の月日が流れた。今や僕たちももう16歳で成人扱いである。自分達の人生を自分で決めることができるのだ。


ちなみに、あの日の一件からスレイは180度変わってしまった。


ぽややんとしてたアホそうな顔はキリッとした常に余裕のあるものに変わったし、性格も前よりずっと積極的になった。もとより紫髪に赤い瞳で整った顔立ちのため、村の女性たちからの人気も高くなった。


だがスレイが僕に毎日毎日告白めいたものをしてくるので、より僕の村八分化が進むことにもなった。


しかもこの五年間ずっとそんな状態だったから、村の大人たちには僕たちは結婚するものだと誤解されていると言うね。


頼むから他の女の子に目移りしてくれ。


「好きだ」「愛してる」「結婚してくれ」「今日もかわいいね」これらの言葉を言われ続けたせいか、最近は慣れすぎて何も感じなくなってきた。


それにスレイに照れもないのでもはや挨拶と化していると思う今日この頃。


そんな僕たちは今、旅に出て国中を回っている。理由は簡単だ。


「この村にアルフとスレイはいるか?こいつら勇者だから成人したら王命で働いてもらうわ。ちなみに拒否権はないから」(意訳)

「え?」

「え?」


そんなこんなで村に突然来た使者のせいで、僕たちが勇者として国を守るための旅をすることとなったのだ。


なんでも魔王が復活したらしく、それを倒すために神託に出た勇者を探しているらしい。


そしてその勇者に選ばれたのが僕たちというわけだ。


「かといって成人したての大人を勇者として旅に出すかね、常識的に考えて」

「そう言われるとそうだね。まあ、俺はアリィと2人でいれるなら何でもいいんだけどね」

「んー、そっかー」


僕がいつものようにチベットスナギツネの顔をして返事をするのを見て、クスリとスレイが笑う。一体何が楽しいのだか。


「それで、次はどこに行くんだっけ?王都?それともこの近くの街とか?」

「そうだね、とりあえずここから一番近い街に向かおう。そこで準備を整えてから次の目的地に向かうつもりだ」


そう言ってスレイは地図を広げる。


「この森を抜けて、それからしばらく歩くと大きな湖があるみたいだね。そこが次の街までの最短ルートだと思うよ」

「おっ、じゃあその森の中で1泊してから街に着くことになるのか?」

「うん、それで問題ないよ」

「よし、そうと決まれば出発だ」


僕が元気よく立ち上がると、スレイがこちらに手を差し伸べてくる。


「……えっと?」

「ほら、行こう。俺がリードしてあげるから」

「前衛が片手を封じてどうする」


僕はスレイのその手をパシリと叩いてから森の中へと入って行った。


⭐︎⭐︎⭐︎

⭐︎⭐︎⭐︎

⭐︎⭐︎⭐︎


「今日はここらへんで野宿でいいかな?」

「まあ、そうなるんじゃない?」


夜になり森で野宿をすることを決めた僕たちは、軽い食事をした後に睡眠をとることにした。


寝ずの行軍もできなくはないけど、大変だし万が一があるかもしれないからね。


僕が魔除けの結界を貼り、スレイがテントを立てていく。ちなみにテントは二つである。


「あーあ、俺はいつでもアリィと一緒に寝たいんだけどなぁ」

「あ、そう」


そういえば最初は、スレイのワガママでテントを一つしか買わない予定だったんだっけ。流石に嫌過ぎた僕がもう一つ買って二つになったんだけど。


「馬鹿なこと言ってないで寝るよ、お休み」

「うん、アリィ。おやすみ」


こうして、僕らの一日は過ぎていくのであった。




⭐︎⭐︎⭐︎

⭐︎⭐︎⭐︎

⭐︎⭐︎⭐︎



パチリパチリと焚き火の音が周囲に響く。


俺、スレイはあまりに無警戒にすやすやと眠る幼なじみを見て頭を抱えたくなった。


「これが俺だからいいものの。他の男だったら簡単に襲われてるぞ」


これが信頼の証か、はたまたただのアホの子か。言うまでもなく後者だろうが。


ため息をつきながら、俺はこれまでの旅を振り返る。


ある町では、人が困っているからと言って軽薄そうな冒険者に部屋に連れ込まれそうになったことがあった。


『ここに不治の病を患った患者さんがいるそうなんだ。手が届く範囲は助けてあげないと』

『そうそう、ここにうふ〜んなことをしないとすぐ死んじゃう患者がいて______ぐほぅ!!』

『あっちに魔物が出たらしいぞ、アリィ』


しかもあの男巧妙にも魔封石を隠し持っていたから、あと数分でも遅れたら大惨事になっていたことだろう。


しかもこれが一回ならまだしも_______


あの町では_____。

あの町では______。

あの町では__________。


このように数回あるので旅の最中で落ち着けることが一度もない。何せアリィの警戒心が無さすぎるから。


「……………………」


俺はテントですぴょすぴょと可愛く寝息を立てる少女を見つめる。そして自分の中の黒い感情が湧き出るのを感じた。


(いっそ、既成事実を作ってしまえばこの子は俺のものになるのか?)


この世界は15歳から成人扱いされる。つまり成人した男女が何をしようとも咎める人はいないのだ。それに俺たちだってもう16歳だし。


「………………」


だが、アリィの笑顔を壊してしまうことだけはしたくない。それは今まで一緒に過ごしてきたからこそより強く思うことだった。


「……」


だから、今はまだ我慢しよう。アリィがいつか自分と同じ気持ちになるその時までは。


そう自分に言い聞かせて俺は目を閉じた。


それにしてもこいつ頬柔らかいな。もっちーんって伸びる。


⭐︎⭐︎⭐︎

⭐︎⭐︎⭐︎

⭐︎⭐︎⭐︎



冒険の旅に出てから3年が経った。今、国は活気付いている。平民から王様まで全国民が上機嫌になって酒を煽ったり会話を楽しんだりしている。


なぜこんなにも騒いでいるのか。それは、ある勇者2人の力によって魔王が倒されたからである。


アルフとスレイ。王都に来た初めは、田舎者だと言う理由で旅の護衛もつけずに、貴族に馬鹿にされて笑いものになっていた。


だが、その目も魔王を倒したことによって変わることになる。今や貴族どもがこぞって2人のご機嫌とりに勤しむくらいだ。


一説によると、2人は男女の仲であり将来を誓い合った仲であるそうだ。小さい頃からの幼なじみで好きあっているらしい。


「なーにが男女の仲で将来を誓い合って好きあっているだ!!嘘もほどほどにしてくれ」


そんな新聞をバリバリと破り捨てて僕は叫ぶ。


「俺はアリィと男女の仲になって将来を誓い合って好きあいたいけどね」


隣で不敵な笑みを浮かべてそんなことを嘯くスレイ。相も変わらずこいつは僕をチベットスナギツネにするのが得意だ。


「それで、村へはいつ帰ることにするの?」

「んー、もうそろそろ出発する?」

「うん、そうしようよ。それにしても8年ぶりかー、なんか緊張するな」

「まあ、家に帰るだけだからそこまで気負わなくても大丈夫だよ」


そう言いながら僕たちは、王都にある小さな宿屋から出て行く。


「それじゃあ行こうか」

「うん」


僕たちは大きく深呼吸をしてから歩き始めた。馬車は使わない予定だ。なぜなら景色を眺めていたいから。


「あ、スレイ覚えてる?あの花畑、2年前のあの時のやつだよ」

「あー、こんなのもあったなぁ」

「あー!あっちはあの時の教会!まだシスターさん勤めてるかな?」

「流石に勤めてるだろ。なんなら一回寄ってみるか?」

「んー?こんな場所あったっけ」

「昔森だった場所だよ。今じゃ開発されて村になってるけど」


道中の景色は非常に有意義だった。今までの旅路を思い出せるし、それに変化も楽しめる。


村に着くのも楽しみではあるが、こう言った道中も楽しめるのが旅のいいところだ。


たまに王都行きの旅人ともすれ違うのもまた一興。


そして、それが起こったのは一瞬だった。


_________グサリ


旅の中で聞き慣れた、それでいてもう聞きたくない音が隣から聞こえてくる。


「あ、ぅえ?」


スレイの胸から突き出ているのは一本の槍。それが何なのか理解するのに時間はかからなかった。


「……あ、う」

「スレイ!!!!」


スレイの体がふらりと倒れる。ああ、なんでこんなことが起こって……。いや、それどころじゃない。まずは回復しないと______。


「なっ、回復できない!?」


魔法自体は使えるのに、回復魔法をスレイに対し使うことができない。な、なんで?どうして!?


「……アリィ」

「喋んないで!今回復するから!!」

「……俺さ、君と旅ができて楽しかったよ」

「だから!喋るなって!!」

「分かるんだよ……。俺には分かるんだ。もう助からないことくらい。だから、最後に聞いて欲しいことがあるんだ」

「そんなことない!あきらめないでよ!!」


くっ、この槍に魔毒が含まれているから回復魔法が効かないのか。どうにかしてこの毒を抜ければ……。


「アリィ……」

「嫌だ、嫌だ!」


必死に傷口を押さえるが血は止まらない。毒を抜くこともできない。


「アリィ、俺の分まで生きて幸せになってくれ……」

「やめてよ!お願いだから、そんなこと言わないでよ……」

「……愛してる、永遠に」

「そ、そうだ!愛してるなら僕と結婚してよ!結婚すればずっと一緒に居られるし、それに……」


そこで言葉は途切れた。スレイが僕の

唇を塞いだからだ。触れるだけのキスをして、彼は優しく微笑む。そしてそのまま目を閉じた。


「……」


声を出したいのに声が出せなかった。涙が溢れて、目の前がよく見えない。


「……ッ!!!」


そして、その瞬間僕は全てを察した。


「うわぁぁぁあぁあぁああっ!!スレイィイイッ!!」


彼の亡骸を強く抱きしめて僕は泣き叫んだ。泣いて、泣いて、泣いた。


それから数日の記憶は曖昧だ。気がついたら僕は王都にいた。

スレイの葬儀は国中を巻き込んだ大きなものだった。たくさんの人間が勇者の死を悲しんでいた。

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