蹴、そんなこと

「って言うか、そんなことはどうでもいいんだよ……! 整理だ整理!」


それで推理する。この並びなら彩理を並べたいな、理屈はないけど彩りになる。整理推理彩理、なんて可愛い言葉の並びだろう。


「整理と推理がマイナス5点ぐらいなら彩理が10000000000000000000000点ぐらいか?」


「かっこいいことをキメ始めたのもそうやって脱線し始めたのも全部あなた様ですわ、わたくしはさっきから今か今かとこの箱の封を破る瞬間を心待ちにしております」


「じゃあ勝手に破っとけよもう」


「なんですの!?」


発狂していた。あー……。


「……流石にふざけすぎた。うん、ああ、ごめん、僕が悪かった」


「え、ああいえ、そんなそこまで謝られることでは……」


「いや謝らせてくれ、ほんと、また駄目なところが出てたんだ、ああクソさっき同じことで反省したばっかなのに僕は、ああ……」


「あっ、雨が」


「ちょっ、なんか拗れてきてますわ、本気で気になってないって言うかあんなんコミカルな掛け合いの一環ですわ、そう気に病む必要は」


「アァァァァァァァァッッッツ」


「うわっ」


ドン引き。

割愛。


「……で。あとわかってる部分は、どこどこあったっけ」


「ううん……そうは言っても、それが検討つかないので、依頼しましたのよ、空拭様。仮面が中心にある事件で、とはいえ被害に遭われている方から直接話を聞くこともできず、外部犯の関わりも見えない──お手上げですの」


「それも、そうか。……ただ一応、もう一個、調べられそうな内容はあるよ」


そう言うと、音菜乃七乃は目を輝かせて──この瞬間のために、自分は探偵なんて得体の知れないものに依頼して、家にまで上げたのだと──まるでそんなふうなリアクション。実際、僕が、或いは、これは彩理でもいいことだろうけれど──つまり、経験則。経験値。探偵、と言う看板こそ掲げているが、僕にできることはこのぐらいのことしかない。別に僕は特別頭の回りが早いわけでも、天才的な発想力があるわけでもない。あくまでパターンを多く知っている、ただそれだけなのだ。天才ではなく、秀才。もしくは、優等生。クラスに一人は居るくらいの、これはその程度の能力でしかない。

ただ、普通は人生で一度経験するかどうか、そんなもののパターンを多く知っていると言うことこそが、この世界における、異能力の一つであるとも、言えなくも無いが。

まあ、どちらにせよ──当事者と、外部犯と、もう一つ。思い浮かんだ事柄は、ある種明快で、ある種不明瞭。


「この、アパートの建物そのものに、原因があるかも知れない。──地学なんかは関係なくて、この場合単にパターンだけど」



「今回の事件で起きていること、お面による洗脳とそのパンデミック、それとお面が限られた人間にしか見えない異常。全部に共通するのは、このアパートに住んでいる人限定で、それに巻き込まれてる、ってことだ」


僕と彩理は例外なだけ。関わりすぎた。原理は不明だけど、大方、怪異に近づいたものは自らも怪異に堕ちていく、みたいなとこだろう。障れば障られるとかSAN値減少とか。


「範囲が限定されてるってことは、その範囲内に、何かしら原因があるってことなんだ。そういうパターンが多い。だから、この場合、僕たちはこのアパートのどこかにある匿された地下室とかを探さないといけない」


秘匿されたものを探す。──秘匿。

秘匿で思い出す、この事件において、もう一個のもう一個、秘匿されてる何かしら。


「──その箱。それが何かの助けになってくれるとしたら、例えば、件の部屋の探し方とかだ」


一拍、二拍。整理が成されて、推理を生した。生じた可能性は──どうやら。

彼女の救いになったらしい。この場合の彼女とは、彩理ではなく音菜乃の方で。


「……なるほど。これは、とても──助けになりましたわ。ええ、あなた様に依頼して良かったです。わたくしでは思いつきませんでしたわ。幾度となく、不可解な事件に巻き込まれているあなた様だからこそ──辿り着けるものですわね、これは」


「まあ箱の中身が今言ったのと丸切り同じこと書いてあるだけで完全に徒労で無駄足ってこともあるかも知れないけどな」


「なんでめちゃくちゃ褒めたのに自分から全部ぶち壊しちゃうんですの!? わたくし今めちゃくちゃ褒めましたわよ!? 最高級の賛辞と感謝を伝えたつもりでしたわ!」


「残念ながら……」


「もう二度と言いませんね」


「そうした方がいいな」


ちっ。今舌打ちしたぞ、このお嬢様!

……実際、本当に褒められるようなことでも無いので、ていうか褒められたものじゃ無いので、感謝は素直に受け取れと言うが、僕にとってこの場合の素直とは、拒絶して跳ねっ返すことに他ならないのだが。これは口が過ぎるとかではなく、むしろそうならないように気を遣った上での、本心からの発言なのだ。

ただ、まあ、ちらりと。瘴気を感じて、彩理を見ると、凄く不満げな──なんでそうお前はひねくれていて、素直になれないのかとか、そんなことを言いたげな目をしていたので。

素直にはなっているのだけど。彩理がそう言いたいのなら、僕は全然捻くれるので。

一応、言っておく。


「……セェンキュゥ〜」


「腹立つぅ〜……」


彩理の裏拳の残像。横腹にスマッシュヒットだった。いった。


「肋骨が逝った……!」


「……」


背後に瘴気がいっそう濃くなった気配を感じながら、僕はともあれ、調査に立ち返ることにする。

調査だ。やっぱりこれは、対して褒められたものでも無いと思う。

結局──僕の推理が生んだのは、新たに一つ、調査項目が増えるだけという、別に始まってすらいない地点の解決だったから。大体振り出しに戻るとか、そのぐらいの徒労感だ。

故に。


「……まあ、それは置いておきましょう。どちらにせよ──これを開ける行動は、一つ進歩になるはずですわ」


いつの間にか、まあやり取りの時間を考えれば全く不自然は無いのだけれど、箱の開封準備を整え終えていた音菜乃の発言で、僕と彩理は立ち返る。

少なくともそれは、言葉通り。ようやく見れた、始まりからの第一歩だと。そうなってくれる出来事なのだと、期待したいことだった。



「──それじゃあ、ひとまず、今日はお開きと致しましょう。もう少し、詳しい調査──このアパートを調べよう、でしたわね。それは、またご都合の良い後日ということで」


念の為確認致しますけど後日はありますよね!? と戦々恐々で訊ねてくる音菜乃に首を縦に振って答える。そりゃ、一度受けた依頼をそんなところで放り投げたりはしない──。


「……信頼が無いってことか……」


落ち込む。僕の因果だった。けれど落ち込み続けるのはそれこそ因縁なので、今度の首はぶんぶん横に振って、気を取り直して前を向いた。


「建物の見取り図とか、入手出来そうだったらしといてくれ。割と露骨に変な空間とか構造が書いてあったりもする──って言っても、大家は洗脳済みなんだっけ」


「いえ、まあ、最悪忍び込みますわ。不法侵入アンド窃盗、この場合仕方のないことではありません?」


「……」前科数犯、何も言えない。


「え、あなた方の保証ありきの発言だったんですけれど、黙られるとわたくしが悪いみたいになりません!? したことありませんの!?」


その善良さを保てる方でしたの!? とか言われて信頼が無い。何も言えない。ただ、まあ──。


「……止めといたほうが良いよ。彩理の場合──」


あと、そこに勝手に首を突っ込んでる僕の場合。


「気にしてられる余裕がないだけで、音菜乃はここを抜けたら後は普通に戻れるだろ。戻ったら、気にしないといけなくなるぜ」


後、単純に、僕は見逃されそうな条件を選んでしてるから──今回はそうじゃない。そう付け加えることで、僕は尚早を止めさせる。とにかく、犯罪行為とかは控えて、後の人生に影響が出ない範囲で──後の人生を見据えられる程度で、集められそうな情報を集めてほしい。そう強めに言い含める。


「……わかりましたわ。はい、ええ、確かに、そう言われたらそうですわね──ご心配とご忠告、痛み入ります」


「……まあ最悪どっちでも良いけどな。依頼が終わった後のこととか、僕の知ったことじゃないし……」


痛覚。


「彩理!?」


そっぽを向かれていた。……ああ、これは、僕の過ちだろうな。どうにも──辞められない。

ただ、まあ。

とは言え。


「……でも、どうでも良いのは、本心だからな」


「そうなんですの?」


とにかく、今日はありがとうございました。今後──どのくらいかかるか分かりませんけれど、一定の間、よろしくお願いいたしますね。

それが結びの言葉となった。

扉の前に立つ音菜乃に見送られながら、僕と彩理は階段を降りていく。雨勢はだいぶ落ち着いていて、これなら、傘を差していれば問題なく帰れそうだ。階段を降りて、雨垂れがかからないところで傘を開く。僕の方がワンテンポ早い。それから傘がぶつからない程度、生地に落ちて付着した水滴が互いの肩を濡らさない程度の距離を開けて、僕たちは歩き出した。

道路に出て、なんとなく、振り返る。

煉瓦風味の、適度に洒落た建物。何度か改装を繰り返しているらしく、清潔感を保った壁面からは、言葉通りの新しい綺麗さが感じられる。──横にある、一本の立木。美しく景観を彩るようでいて──その実どこか、飾るべきものの新しさに対して不釣り合いな、歴史の象徴。古い、もの。桜の木。

灰色の空の下、輝くように映える薄紅。雨粒に穿たれて、ぱつん、ぱつんと落ちる花びらの一枚ずつが、やけに鮮烈に焼きついた。

あと、この街の排水能力の優秀さも。あれだけ氾濫していた水がもう殆ど流れきっていた。すげー。

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