第2話 幻想と現実
女帝陛下直々に呼び出しを受け、今は陛下が暮らす城へと向かっている途中だ。
ディアラにはにっこり笑顔で送り出され、一体何が待っているのかと思うと少し胸糞が悪い。……いや、その顔が不愉快だっただけかもしれない。
そんなことは置いといて、だ。
とにかくやばい。緊張がやばい。なんか悪寒が凄いし鳥肌も。そのせいか、この帝都の中央を歩く私が非常に浮いている気がする。なんというか、周りの空気と隔絶されているような。
……あと、変な目で見られているような。いや、それは私が可愛いからだと信じたい。
「はぁ……って、城でか!」
いや、声でか!
やらかした。うう、視線が痛い。やめてよ! その田舎から来た人を見るような目! 私は、私は……どこから来たんだっけ? まあいいや。
「嬢ちゃん、ここに来るのは初めてかな?」
声のする方を見ると、そこには私よりかなり年上の男がいた。髭が生えてる。
「えっと、私用事があるので……」
「ナンパじゃねぇよっ! 見慣れない顔だったからちょっと声かけてみただけなんだよ!」
「そうなんですか。誤解してごめんなさい」
はぁ~、びっくりした。
ナンパでも嬉しかったけど。……え、なぜって? そりゃあ、自分が可愛いということが証明されるからに決まってるじゃないですか。
「えー、ここに来るのは初めてです。何も知らないひよこです」
「おお……そうか」
少し引かないでくんなまし。私が悪うございましたから。
つい戯言を申してしまいました。さぞ耳障りであったことでしょう。この場をお借りして深くお詫び申し上げます
私の見た目は清楚系美人です。お淑やかに。そう、お淑やかに。
「初めてですが、大丈夫です。下調べはしておりますので」
「そ、そうか。じゃあ、頑張れよ」
「わかりました」
そう言葉を交わしてお互い反対方向に歩き始めた。のだけれど。
ねえ! 下調べなんかしてないよ! と、心の中で叫ぶのであった。
少し歩いた。城はまだ遠い。
もう疲れた。馬車か何かあれば良かったのにとどれだけ願ったことか。幸い、服と体重は軽かったから良かった。
なるべく清楚を装って歩いていると、今度はひそひそと話す声が聞こえた。
何を話しているのかと聞き耳を立ててみる。あっ、違うよ? 決して盗み聞きとかじゃないからね?
「なぁ、知ってるか? 王国の〈戦鬼令嬢〉の噂」
「ああ、知ってるぜ」
王国。
正式名称はライトニア王国と言う。
帝国と比べてもそれに勝る、大陸随一の軍事国家である。絶対王政とまではいかないものの、王の権力は大きい。
軍の規模も桁違いで、その数は万を優に超える。
過去にはこの帝国とも争いが繰り広げられていたのだが、現在は休戦中だそうだ。理由は、私にはわからない。
ともかく、その〈戦鬼令嬢〉という話題に興味があるからもう少し聞いてみよう。
「あの……あいつだろ? 王国最強の軍人だっけか」
「ああそうだ。〝元〟だけどな」
「元? なんでだ?」
「知らねぇのか? あまり知らねぇが忽然と姿を消したそうだぞ」
「あまり知らねぇのかよ」
王国最強の軍人――〈戦鬼令嬢〉。
妙に記憶の奥底から掘り返されるような名前に反応したが、特に思い出すこともなかった。
「うっ……!」
頭がズキンと痛む。あまりの痛さにその場にしゃがみ込み、頭を抱えてしまった。
本当に痛い。継続的に痛みがやってくる。
誰か、助けて。
そう言おうとしても、上手に声が出せない。出そうとするだけで更に大きな痛みが襲い掛かってくる。
決死の辺りを見渡す。そこで目を疑った。
誰も助けてくれない。動こうとしてくれない。誰しもが立ち止まって、汚物を見るような目で見てきたり、連れとひそひそ話していたり。
あれ、世の中ってこんなに残酷だったっけ。人ってこんなだったっけ。
私が思い描いていたイメージは、ただの幻想でしかなかったのかな。
――後になって、なぜ周りの人々がそのような態度を取っていたのかという理由を知ることになるのだが。
少し離れたところから足音が聞こえてきた。誰かが助けに来てくれたのかな、と思ったが、そうではなさそうだ。なんだろう、高貴な人の歩き方というか。
「やあ。君がリアナ・フィアローズだね?」
「……え?」
その声に聞き覚えはなかった。けれど、どこか引き寄せられるものだった。
重い頭を上げる。霞む意識と視界に映ったのは、女神かと見紛うほどの美女だった。
薄く長い金髪は丁寧に整えられており、両サイドを紐状のリボンで結んでいる。加えて、透明感のある碧眼と美麗な顔立ち。
痛みが吹き飛びそうになったが、吹き飛ばなかった。どうせなら吹き飛んでほしかったところだが。
「あの……誰ですか?」
「わからんか。世間知らずだな。――私はリーセルカ帝国の女帝だよ」
「え……ぇえ!? で、でも、手紙では一人称が『童』だったじゃないですか」
「ああ、それは手紙だからだよ。本来の一人称は『私』だよ」
「そ、そうだったんですか……」
あれ、治った。
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