第27話 ダイモスへ

 出発当日の朝、第一中隊メンバーは指令本部基地の宇宙機発着場を

見下ろす展望デッキに集合し始めていた。発着場にはピカピカに

整備されたマーズ・ファルコン十二機が並んでいる。


 宇宙機発着場の遠くには、アース・フェニックスも離陸準備が整えられ、

離陸時間を待っていた。自動操縦のカートで三名の搭乗者が向かっている。

黄色い整備員用のスーツ姿二名がディエゴとヒロシで、医療部メンバーの

着る小柄な青いスーツがモレナール医師だろう。


 外を眺めていたケンイチの後ろで、女性メンバーの黄色い歓声が上がる。

何かと思って振り向くと、フェルディナン・ンボマが、お腹の大きい

コニー・ンボマと一緒に歩いて来ていた。


 産休中のコニー・ンボマはパンパンに大きくなったお腹を抱えるように

して歩いている。クリスやハリシャがコニーと挨拶するために駆け寄った。 

 さらにその後ろからはやはり、産休中のターニャ・ノヴァチェクが

幼い赤ん坊を抱いて来ると、まるで同窓会のような盛り上がりになる。


 マリーと、見送りに来た婚約者のピエール・マクロンは、二人だけで

少し離れた所で別れを惜しんでいたが、ターニャが来たのを見ると

マリーはターニャに駆け寄って、赤ん坊を紹介してもらいに行った。


 残されたマクロンは、ケンイチの方に近づいて来て話しかけてくる。

「ケンイチ。マリーを絶対無事に返してくれよな」

「ピエールさん。俺は全員を無事に返したいと思っているし、

 全力でそう努力するさ。でも相手の組織の規模も装備も何も分かって

 いないんだから、どうなるのかは誰にも分からないんだ」


「そうだな。じゃぁ言い直す。

 あいつが無謀なことしないように見張ってくれ」

「ん~。逆に俺のほうが無謀な行動はするなって、止められそうだが……」

「お前はスーパーマンだから、相手が何機いたってやられないだろ?」


 男二人の話は、マリーがターニャと赤ん坊を連れて近づいて来たので

そこで中断された。


「ターニャ久しぶり。元気そうだね」ケンイチが話しかける。

「ケンイチさんも元気そうね。今度はずいぶんと大変な任務だそうね。

 マリーさんに連絡を貰って驚いちゃったわ」

「ああ。俺達も突然、火星を離れることになって驚いてるんだよ」


 その後、集合時間の五分前にアレクセイやダミアンも来て全員が揃った。

時間になるとヘインズ司令官も来て、エアロック前に整列した第一中隊の

メンバー一人一人に握手をしながら声をかけた。


最後にケンイチの所に来る。

「カネムラ君。皆をよろしく。必ず全員で戻ってくると信じているからな」

「はい司令官」ケンイチは、内心では必ず全員で戻れる保証はないだろうと

思いながらも、ぜひそうで有りたいと願った。


十二人がエアロックに入り扉が閉まる。向こう側ではピエール・マクロン、

コニー・ンボマ、ターニャ・ノヴァチェクそして、アルバート・ヘインズ

司令官が手を振っていた。


  ***


 マーズ・ファルコンに搭乗し離陸前チェックを始めていると、航空管制

からの通信が入った。

「第一中隊メンバーへ、アース・フェニックスが先に離陸する。暫く待機」

 クリスの夫である航空管制員のカール・ライムバッハーの声だった。


発着場の向こう側で大統領機が爆音を立てて垂直離陸を始める。

「しまったぁ。俺っちのタブレットをアース・フェニックスに先に積んで

 もらったから、大統領機の離陸動画が取れないよ。

 着陸の時は撮影できたのになぁ」

 中隊内通話で聞こえてきたのはソジュンのぼやき声だった。


 すかさずマリーが慰めた。

「帰ったら、航空管制の発着記録動画をコピーさせてもらえるわよ」

「自分で撮影するから価値が有るんだよぅ。こういうのは」


「こちらケンイチ。ソジュン、これからいくらでも大統領機の特ダネ

 動画が取れるさ。小惑星エルドラドとのツーショットとか、

 マーズ・ファルコンを下にぶら下げたコバンザメ映像とかな」

「おっ。それいいねぇ。誰も見たことないお宝映像になるねぇ」


 そんなたわいのない会話をしていると、航空管制からの一斉通話が入る。

「第一中隊各機。離陸準備は出来ているか?」

「こちらケンイチです。OKです。いつでも出られます」

 航空管制室からの次の言葉は声のトーンが違っていた。

「カネムラ中隊長…」


 ケンイチは、カール・ライムバッハーが妻をよろしく頼むと言いかけて、

一斉通話では不謹慎だと思って言葉を止めたのを感じ取った。

「ライムバッハーさん。大丈夫です。行ってきます」

「皆の無事を心から祈ってる。マーズ・ファルコン隊離陸OKだ」


 カールのその言葉は、おそらくクリスティーンに向けたものと

皆が理解していたし、クリスも当然分かっていた。


 VTOLで十二機が次々に勢いよく飛び上がる。

舞い上がる砂煙の向こうで、展望デッキの窓で手を振る司令官やコニーが

ちらっと見えた。

—— 全員が無事に戻れるように努力するよ。司令官 —— 


 ***


 灰色の衛星ダイモスに近づくと、大統領機<シカゴ>と無人輸送船

<ジェノバ>が、小さな宇宙港の近くの宙域に止まっているのが見えた。


 <ジェノバ>後方には船外作業プラットフォームデッキが浮いている。

近づくにつれて、<シカゴ>の下面や<ジェノバ>の両サイドには

大型の燃料水タンクが付けられているのがわかる。


 事前の打ち合わせでは、ケンイチの機体は<シカゴ>の下面に

コバンザメ方式でドッキングさせることになっている。

そして<ジェノバ>の外側には第一分隊のクリス、フェル、ヴィルの

三機をドッキングさせることになっていた。


 残り八機のうち、クローデル機以外の七機は分解して<ジェノバ>の

貨物室に格納するのだが、これが大変な作業になることは分かっている。


 <シカゴ>と<ジェノバ>のすぐそばまで到着すると、かなり大勢の

作業員が物資の積み込み作業をしている。

おそらく衛星ダイモスの宇宙港担当の作業員だけでなく、衛星フォボスや

火星からも応援が来ているのだろう。手にライトを持った誘導員が

合図をして、マーズ・ファルコン隊を誘導しようとしているのが見えた。


 ケンイチはマーズ・ファルコン隊各機に誘導員の指示に従うように

連絡すると、自分は<シカゴ>の下面の前方に向かう。

ぐるっと反転して<シカゴ>の機首から少し後ろの下面に付けるように

ゆっくりと姿勢制御を行った。


 すぐ後ろには大型の燃料水タンクが有るので、誘導員の指示に従って

慎重に距離を詰める。

サイズの大きいマーズ・ファルコンには少し狭いスペースだ。

<シカゴ>にはコバンザメ方式でも一機しか付けられないと

オットー・ブラウアーが言ってた意味が分かった。


 誘導員がマグネットブーツで<シカゴ>下面に仁王立ちしている。

誘導員がライトを振っているのに合わせ、機体をゆっくりと近づけて

<シカゴ>下面のドッキングポートに自機の駐機フックに位置を合わせる。

最後はマーズ・ファルコンの機体下面のカメラ映像を見ながら、ゆっくり

近づけると、駐機フックがガチャっとはまり自動ロックした。


 通信装置を操作し<シカゴ>に連絡する。

「こちらマーズ・ファルコン隊カネムラ機。<シカゴ>に駐機しました。

 これから<ジェノバ>の様子を見に行きます」

「こちら<シカゴ>のコッコネン。ドッキング状態正常を確認。

 <ジェノバ>への移動了解」


 ケンイチは<シカゴ>の操縦席にいるのがコッコネン兄弟の兄カレルヴォ

なのか、弟マティアスなのかさっぱり分からなかったが、とりあえず連絡は

済んだので宇宙空間に出る準備をする。


 予備酸素カートリッジと予備バッテーリーがスーツのベルトにきちんと

装着されていることを確認して、操縦席の座席下に格納してある

小型バーニアキットをベルトの背中側に装着した。


 この装着式の小型バーニアキットが無くても、パイロットスーツの

ベルトには背中側に小さく折りたたんだセルフレスキュー用推進装置

(SAFER)と呼ばれる窒素ガスを噴射するタイプの推進機が有る。


 このSAFERでも少しの距離は飛べるが、こちらはあくまでも

船外活動中に機体から離れてしまったときの緊急用なので、

スピードも遅く長時間は噴射できない。


 小型バーニアキットのケーブルを引き出してハンドコントローラーを

準備し、コックピットのキャノピーを開けた。

宇宙空間に出ると機体側面に付いているバーを握って体制を整え、

キャノピーを閉めてから小型バーニアを少し吹いて<シカゴ>下面に

取りついた。


 近くにいた誘導員が、ヘルメットの通信装置を指さして合図するので、

腕の端末で通信モードを中隊機内通信から近接通信モードに切り替えると、

誘導員が話しかけてきた。


「<シカゴ>の加速時に機体が外れないように、予備の舫(もやい)を

 掛けておきます。現地に着いたらこのレバーを操作して外してください。

 あと、燃料水は満タンにしておきます」


「ありがとうございます。お願いします」

ケンイチは手を挙げて軽く敬礼をすると、バーニアを吹いてゆっくりと

アース・フェニックス<シカゴ>の下面に沿って後部へと飛ぶ。


 少し飛ぶと<ジェノバ>が見えて来た。すでに上部側には二機、そして

下面には一機のマーズ・ファルコンがドッキングしている。

ケンイチが<ジェノバ>の下面まで飛んできた時には、下面に駐機した

マーズ・ファルコンのキャノピーが開き、パイロットが出て来た。


 下面にはンボマ機を付けることになっていたので、ヘルメットで顔は

見えないが、あれはフェルディナン・ンボマだろう。

飛んで来るケンイチに気が付いたらしく、親指を立てて合図しながら

いつもの調子で通信してきた。


「いいお天気ですね。こんな所でお会いするなんて奇遇ですねぇ中隊長」

「なーに言ってんだフェル。宇宙空間で天気もくそもないだろ。

 さぁ向こうに行くぞ」


 ケンイチが輸送機後部のカーゴハッチへ向かうと、フェルも

小型バーニアを操作して後に続いた。

輸送船下面に沿ってしばらく飛ぶと、少し離れた向こう側には

船外作業プラットフォームデッキが見えて来る。


 宇宙空間に浮いているプラットフォームデッキは、上面も下面も両方

使える仕様になっており、両側にロボットアームが沢山ついている。

通常は、輸送船に出し入れする貨物をこのデッキでまとめたり整理するが、

今日はここでマーズ・ファルコン七機を分解する作業を予定していた。


 分解しないで貨物室に入れる予定のクローデル機も合わせ、

八機のマーズ・ファルコンがデッキの上面に四機、下面に四機誘導されて

ドッキングしようとしていた。


 <ジェノバ>の大きく開いた後部ハッチをぐるりと回り込む。

輸送船の貨物室に入ると、ケンイチとフェルは小型バーニアを止めて、

マグネットシューズでゆっくりと床面を歩いた。


 多くの作業員が貨物室内の格納区画に様々な物資を固定する作業中で、

中央ではグレーのパイロットスーツ姿の大柄な男が指示を出している。

良く見るとSG4輸送部隊のマークが入っているので、

あれがアーロン・フィッシュバーンだろう。

彼は昨日から徹夜で積み込み作業をすると言ってた。


「アーロン。積み込み作業の状況は?」

「ああ。ケンイチか。ミサイル多数と窒素や酸素なんかのボンベ類は、

 だいたい積んじまった。あとの大物は、あんた達のファルコン八機だ」

アーロンはハッチ開口の向こうのプラットフォームデッキを指さした。


 丁度その時ハッチ開口の上から、パイロットスーツの二人が

小型バーニアをつけて飛んで来るのが見えた。

<ジェノバ>上面にマーズ・ファルコンをドッキングさせた

クリスとヴィルだろう。


 クリスティーン・ライムバッハーはハッチ開口から入るとすぐに

小型バーニアを止め、惰性で貨物室床面まで飛んで来て軽やかに着地する。


 後ろから来たヴィルヘルム・ガーランドも同様に着地しようとしたが、

バーニアの勢いが強すぎ、止めてからも速度が速かったため、

床面に足をついたとたんに前のめりになって両手を床について倒れた。


それを見ていたフィッシュバーンが嘆くような声で言った。

「おいカネムラ。お前んとこの若いのだろ。あんなんで大丈夫なのか?」


「大丈夫さフィッシュバーン。

 経験は浅いけど、あいつはマーズ・ファルコンのターゲティング

 システムを触らせるとプロフェッショナルだぞ。

 先週の大規模な隕石嵐の時は、あいつが中隊指揮を取って、

 俺達全員を無事に帰還させたようなもんだ」


「うそだろ? 信じられん。あの若いのがお前たちの指揮をしたのか?」

「見てりゃわかるよ。うちの隊員はそれぞれ優れた才能を持ってるんだ」




次回エピソード> 「第28話 積込み作業」へ続く

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