第28話 積込み作業

 第一中隊はマーズ・ファルコンの分解作業を手伝うことになっていた。

現地到着後には機体整備員は二名しかいないので、ファルコン隊メンバーも

機体の組み立てを手伝わなければいけない。

そのため、事前学習を兼ねて何機かの分解工程を見ておくほうが良いとの

ソジュンの提案だった。


 ただ、全機の積み込みには数時間かかる見込みだったので、火星から

飛行をしてきたファルコン隊メンバーは、ダイモス到着後はまず

<ジェノバ>の一気圧区画で小休止してから手伝うことになっている。


「こちらケンイチ。第一中隊メンバーへ。駐機したら、

 予定通り<ジェノバ>の一気圧区画に集合して小休止する。

 その後は積み込みを手伝う」


 ケンイチが通信を終えて貨物室の奥へ行くぞという合図をして、

小型バーニアを緩く噴射して移動を始めると、フェル、クリス、ヴィルの

三名も後を追った。


 プラットフォームデッキに駐機した他のメンバーもすぐに来るだろう。

四人が<ジェノバ>の貨物室前方の小さいエアロックを通り一気圧区画に

入ると、クリスが驚いたような声で言った。


「初めてここまで入ったけど、思ってたよりはかなり広いのね」


 ミンク・ホエール型輸送船は長距離輸送時は無人運転だが、

輸送船としては小型のため、近距離の宇宙港を順番に回ると言うような

航海も多い。細やかな操作の必要な宇宙港も多く、有人運航することも

考慮されている。


 そのため二人のパイロットが数日間過ごせるようになっており、

一気圧区画には無重力対応型シャワーやトイレも付いたシングルルームが

二部屋有った。さらに共同で使うダイニングルームと、小さな打ち合わせ

スペースも付いている。


 ダイニングルームといっても、無重力下仕様のためテーブルや椅子が

並んでいるわけではなく、壁付けのフードプロセッサーや

ドリンクサーバーが有り、好みのメニューボタンを押せば宇宙食や

ドリンクが携帯宇宙食パックに詰められて出て来るだけである。


「やっぱり輸送船だから、簡単なメニューしかないな」

ケンイチが呟きながらコーヒーのボタンを押すとクリスが笑いながら

応えた。

「大丈夫ですよ。この後、大統領機に行けば、もっと美味しい

 お茶が有ると思うわ」

「そうだな。それは楽しみだ」

ケンイチとフェルは顔を見合わせて、親指を立てて喜んだ。


 ***


 マーズ・ファルコン七機の分解と搭載は、かなり重労働だった。

ダイモスの作業員が多数いるので、ファルコン隊メンバーは補助するだけ

だったが、機体から推進機や、主翼パーツなどを順番に取り外して

<ジェノバ>の格納棚に一機分ずつコンパクトにまとめるのが大変だった。


 無重力の宇宙空間とはいえ、質量の有る物体を動かすには、

それなりの力が必要だ。現地に着いてからは少人数で組み立てを

しなければいけないことを考えると、大変な作業になることが予想できた。


 積込みの様子を見に来たサルダーリ大佐も、その様子を見て言った。

「ケンイチ君。現地に着いても、すぐには全機出動できないな。

 コバンザメ方式で外に駐機させた四機と、この貨物スペースに分解

 せずに搭載する一機の合計五機が有るからまだ良いが」


「そうですね大佐。現地での搬出と組み立ては、

 こんなに作業員がいませんので、一日近くはかかりますね」


 ***


 ファルコン隊十二名は輸送船<ジェノバ>へのマーズ・ファルコン

の積み込み作業が終わると大統領機<シカゴ>に搭乗した。

<シカゴ>には四人用のコンパートメントが八室有り、最大で三十二名の

ゲストが過ごせるようになっている。


 八つのコンパートメントのうち一室は、火星に来る前からすでに

オットー・ブラウアーが自室として使用しており、各種計測機器を

沢山並べ、大統領機の処女航海データの記録室を兼ねていた。

 また二室は、アンナ・モレナール医師の居室を兼ねた診察室と

病人や怪我人が休むことのできる病室に使うことになっている。


 マーズ・ファルコン隊用には、事前の打ち合わせで四室が割り当てられ、

一室は四名の女性用、二室は八名の男性用、残り一室はメンバーの

休憩室に使うと決めていた。

残りの一室はアーロン・フィッシュバーンと機体整備員の二名が使用する。


 ファルコン隊メンバーの私物は火星を離陸する前に大統領機に

積み込まれており、休憩室にしたコンパートメントにまとめて格納されて

いたため、ケンイチはその沢山の荷物の中から自分のバッグを掘り起こす

と男性用に決めた一室に入った。


 男性用二室のメンバー割り振りは決めていなかったが、ケンイチに続き

ソジュン、アレクセイ、フェルと続いて入ったため、自然に年齢が

上の四人と若手のレオ、ジョン、ダミアン、ヴィルの四人の部屋となった。


 コンパートメント内は両側の壁の上下にベッドが付いており、

部屋の中央には小さな収納式のテーブルセットが有る。

まぁまぁの広さだ。さらにコンパートメント毎に無重力対応の

シャワーとトイレが二セットも付いている。

—— この広さなら四人でもそんなに窮屈じゃないな ——


 ケンイチは壁の上側についているベットに飛び上がって寝転がって

広さを確かめる。さすが大統領機だけあって、ゆったりとしていた。


 また各ベット横の壁にはヘルメットや私物を入れられるスペース、

通信装置、アラーム付きのデジタル時計、読書灯、オーディオ装置、

エアコンの調節ボタンなど十分な装備が有った。

航行中の数日間は、まぁまぁ快適に暮らせそうだと嬉しくなった。 


 ケンイチの真下のベッドにはソジュンが入っており、下から声がした。

「ケンイチ。出発前までに順番にシャワーでも使おうか」

「ああ。俺は後でいいから先に入ってくれ」


 ケンイチはベッド脇の通信装置で、マーズ・ファルコン隊の他の部屋に

通信して、約一時間後の出発前までに各自シャワーを済ませて、

ゲスト用座席区画に集合するようにと伝えた。


 ***


 調査隊の出発時間が近づき、SG4メンバーは<シカゴ>のゲスト用

座席区画に入る。

 機体が急速な加減速を行う時には安全を考慮して、搭乗者は座席区画に

集合し、シートベルトを着用する決まりになっている。


 ゲスト用座席区画には、中央通路を挟み左右に四人掛けの座席が有り、

前後方向には四列有るため、合計で三十二名分の座席が有った。

見渡すと最後部の座席では、モレナール医師がアイマスクと耳栓をして、

すでにお休みモードに見えた。


 オートー・ブラウアーが最前部の通路で手招きをしていた。


「加速中の時間は暫くここで着席してないといけないから、話をしたくて、

 こっちに来ました。あっちはお偉いさんばかりで肩が凝っちゃうのでね」

オットー・ブラウアーがそう言いながら指さした機体前方には、

サロンを挟んで向こう側に大統領一行の座席区画が有るはずた。


 確かに、向こうの面子は大統領と補佐官、そしてサルダーリ大佐や

SP四人でブラウアーが気軽に話す相手はいなさそうだった。


「ブラウアーさんにアース・フェニックス開発のお話を聞きたかったん

 です。お隣に座らせていただいていいですか?」

ジョンが目を輝かせながら最前席に進む。

「オットーと呼んでもらっていいですよ。ええっと…」


「SG4第一中隊のジョン・スタンリーです。よろしくお願いします」

ジョンはオットーと握手をして最前列右側に入り、オットーも横に入った。

「ジョンは機械工学専攻だったからね。オットーさん気を付けないと

 質問攻めにあっちゃうよ」と笑いながら、ソジュン・パクが

オットーの横に座った。


 続いて最前列の左側にはヴィルとダミアンが入る。

その後から来たケンイチは、周りを見渡して、体の大きい自分が若手を

圧迫しないように、ひと席開けて、最前列の左側の通路側に陣取った。

座席はかなりゆったりとしている。


 ヘルメットは緊急時にすぐに取り出せるように座席下に入れられるように

なっており、前にはモニターとワイヤレスヘッドホンが有る。

モニター下には無重力中でも飲みやすい飲料パックがセットされていた。


 すぐ後ろの二列目左側にはレオ、フェル、アレクセイ、二列目右側には

ゆっくりと女子会のおしゃべりを楽しむためにマリー、ハリシャ、クリス、

シンイーが固まって入ろうとしていた。


 ケンイチがシートベルトを自分の体格に合わせて調整したりして

少し落ち着いた頃に、輸送船パイロットのアーロン・フィッシュバーンと、

機体整備員ディエゴとヒロシが座席区画に入って来た。


 彼らは<ジェノバ>の出発前点検を済ませ、そのまま来たのだろう。

ケンイチは通路から後ろを見て、彼らに手を上げて挨拶をした。

これでゲスト用座席区画のメンバーが揃ったはずだった。


 出発の十分前 <シカゴ>のキャビンアテンダントであるアルセーヌ・

アルドワンが各区画の出発前の見回りのためにゲスト用座席区画に来る。


 三十歳前後、つまりケンイチ達とほぼ同年代に見える美男子の

アルドワンはゲストメンバーに、加減速時は安全のために各区画間の

気密ドアは開放厳禁となることや、他区画との通信用の装置の説明や、

航行スケジュールの説明を行った。


 流石に大統領機の専任搭乗員に任命されるだけあり、その丁寧な口調と

落ち着いた身振りには貴賓さえただよわせている。


 続いてアルドワンは各自のスーツの時計やカレンダーを火星時間から、

大統領機内で使用している地球標準時へと切り替えるように促し、

ゲスト達はその指示に従って時計の設定を変更した。


 さらに各席のアームレストのボタンで、簡単な飲み物や軽食が

注文できるので、昼食は自由に注文してもらって良く、飲食物は

アームレストのカバーを開けば取り出せるとの説明がされた。


「航行中に何かお困りのことが有りましたら、お手元のAAと表示されて

 いるボタンを押していただければ、私の座席に通信がつながります」

「AAってなんの略なのかなぁ」二列目の通路側にいたハリシャが小声で

 呟くと、アルドワンは聞き漏らさずにすぐに答えた。


「AAというのは、わたくしアルセーヌ・アルドワンの頭文字で、

 友人からもAAと呼ばれています。どうぞ、皆さんもお気軽に

 AAとお呼びください」


 アルドワンはそう言い終わると、座席区画二列目の女性メンバーに

向けてウィンクをしてから、通路脇のグリップを強く引いて体の方向を

変え、通路を浮いたままスーッと気密扉を抜ける。

飛びながら壁のボタンにタッチして扉を閉めてゲスト区画を出て行った。


「ワォ! イケメンにウィンクされちゃったぁ」

座席区画二列目の女子会モードの四人が盛り上がる。

「あんな奴のどこがいいんだぁ?」

レオナルド・カベッロが面白くなさそうに呟くと、フェルが横から肘で

小突きながら小声で言った。


「気を付けないと恋人のハリシャを取られちゃうぞ」

「あいつは幼馴染なだけで、恋人じゃないっす」



次回エピソード> 「第29話 出発」へ続く

 

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