調査隊結成
第26話 顔合わせ会
模擬ドックファイト訓練の翌日。
調査隊に参加するマーズ・ファルコン十二機は、出発前の最終整備の
ために機体整備工場に入れられている。有人機に対しビーム砲を
撃てるようにするために、制御装置の設定変更を行っていた。
そしてこの日は、調査隊メンバー全員の顔合わせ会が予定されている。
調査隊メンバーは、SG4からは十六名で、<シカゴ>に搭乗してきた
十二名と合わせて、全部で二十八名になったとケンイチは司令官から
聞いていた。
SG4側はマーズ・ファルコン隊、つまり第一中隊の十二名のほかは、
機体整備員二名、医療部の医者一名、そして<ジェノバ>の操縦をする
輸送部隊のパイロット一名と聞いたが、最終的な人選結果は知らなかった。
また<シカゴ>側の十二名のうち、直接話をしたのは大統領、補佐官、
サルダーリ大佐、オットー・ブラウアーの四名だけだ。
他にはSPは全部で四名、大統領機の専任従事者が四名と聞いている。
マーズ・ファルコンを積むミンク・ホエール型無人輸送船の
<ジェノバ>は操縦席とパイロットの居室を含む2LDKぐらいの
小さな一気圧区画を備えてはいる。
水や空気をリサイクルしながら循環させる生命維持装置も有るので、
短期間なら<ジェノバ>で数名が航行することも可能だろう。
しかし、ファルコン隊メンバー全員がトロヤ・イーストまで
<ジェノバ>で過ごすのは無理があった。
よって全員が大統領機<シカゴ>に搭乗して現地まで行き、
作戦行動時のみ<ジェノバ>に乗り移って活動することになっている。
大統領機<シカゴ>は、大統領の執務区画や貴賓サロンなどを除いても、
定員五十名が過ごせるエリアが有るとのことなので、二十八名なら十分な
スペースが有るはずだ。
ただ、それでも限られた空間しかないのは間違いない。
調査が長期間になる可能性も有り、この顔合わせが大事だった。
—— 限られたエリアに二十八人か。うまくやっていけるだろうか ——
第一中隊メンバー十二名は、いち早く会議室に集合して他のメンバーが
来るのを待っていた。
大統領一行と一緒に過ごすことになるので、若いメンバーだけでなく、
クリスティーンやアレクセイのような中堅メンバーまでもが、
少し緊張気味で待っている。
ケンイチはすでに視察飛行でジャック・ウィルソン大統領と面識も有り、
その気さくな人柄も分かっていたので、むしろ他のメンバーが、
どのような人なのかが気がかりだった。
第一中隊のあと会議室に来たのは、機体整備員のディエゴ・マリアーノと
ヒロシ・サエグサだった。ソジュンととても仲の良い整備員である。
第一中隊のメンバーも皆、機体整備の相談などで顔見知りだった。
続いて入って来た輸送部隊パイロットを見て、多くのメンバーが驚いた。
「アーロン・フィッシュバーンじゃないか。何で輸送部隊に?」
ケンイチが思わず立ち上がる。
フィッシュバーンは数年前まではSG4の航空部隊の所属だった。
宇宙防衛機のパイロットでは無かったが、指令本部基地などから
宇宙ステーション<マーズ・ワン>までの連絡艇のパイロットとして
従事し、独身時代は<ベースリング>の生活区画に住んでいたので、
ファルコン隊の中堅以上のメンバーとは顔見知りだった。
「やぁ。ケンイチ久しぶり。結婚して子供もできて家族が増えたんで、
給料の良い輸送部隊に行けるように輸送船の免許を取ったんだ」
アーロン・フィッシュバーンはケンイチと強く握手をした。
「今回はヘインズ司令官に強く頼まれてね、同行することになった」
—— さすが、司令官人選が上手い。古い知り合いだからやり易い ——
ヘインズ司令官はメンバー一人一人の個性を良く見て配属を決める人だ。
今回も狭い空間で長く生活を共にしても、問題にならないよう
フレンドリーな彼を指名したのだろう。
少しして大佐とオットー・ブラウアーが大統領機の専任従事者四名と
ともに入室し、続いてヘインズ司令官が、大統領と補佐官、
SP四名を連れて入って来た。
そして最後にSG4医療部のアンナ・モレナール医師が入って来た。
—— やばい! モレナール医師だ ——
ケンイチは健康面に特に問題はないが、検診のときはモレナール医師に
食事面での注意などを厳しく指導されるので、少し苦手にしていた。
***
顔合わせ会の冒頭でヘインズ司令官が、調査隊の総司令官となる
サルダーリ大佐を紹介した。サルダーリ大佐が短めの挨拶をすませると、
次はジャック・ウィルソン大統領が挨拶をした。
「皆さん。今回は危険な任務に参加をしてくれることに心から感謝します」
大統領はゆっくりと一人一人の顔を見回しながら、自分には太陽系の
全人類が平和に暮らせるように行動する義務があり、今回の調査では
SG3の部隊が到着するまでに現地に先に入って状況を把握し、
少しでも早く状況を改善できる方法を検討したいと説明した。
そして続いてケンイチ達のほうを向くと、静かにゆっくりと話をした。
「かなり難しいことかもしれないが、一つ私の思いを伝えておきたい」
大統領が何を言わんとしているのか分からず、皆、次の言葉を待った。
「私は決して人類同士で殺し合いをして欲しくないと思っている。
あの動画を見る限り、相手は追尾装置付きのミサイルを撃つ相手で、
現地で攻撃された場合、相応の応戦をせざるを得ないことは良くわかる」
大統領が何を言わんとしているのかが分からず、ヘインズ司令官も
少し困惑した顔をしていた。
「しかし、互いの立場や考えを正当化して両者が殺し合いを始めたら、
知人や家族を殺された者は相手をもっと憎むことになるだろう。
そしてそれは、かつて地球に有った国々が行っていたような戦争や
紛争に発展してしまうことも考えられる」
大統領はゆっくりと、言葉を選びながら慎重に話を続けた。
「これから武装した相手と対峙する時に、無理なことを言っているのは
私も分かっている。だが私はここにいるメンバーにも、そして相手側の
誰にも死んで欲しくはないんだ」
大統領は若いメンバーの方を向いて続けた。
「それに、もしも相手を殺してしまったら、たとえそれが正当防衛でも、
皆さん自身の心にも大きなダメージが残るだろう。皆さんのように
若いメンバーが、心にそのようなダメージを抱えて残りの人生を過ごすと
思うと私も悲しい。決してそのようなことになって欲しくはない」
初めて近くで大統領と接した若手メンバーは、大統領の言葉にとても
優しいものを感じはしたが、ドッグファイト訓練まで行って参加するのに、
どう対処すれば良いのかが、わからなかった。
大統領の挨拶は続いていた。
「世界政府の政治が地球圏中心の考えで進められてきた結果として、
地球圏とトロヤ・イーストの間で経済的な格差が有るのは事実だ。
その環境が、テロ組織のようなものを生む原因になっているなら、
世界政府側にも何らかの非が有ることは認めざるを得ないだろう。
だから我々世界政府の方針に背くからといって、一方的に相手を武力で
制圧するのではなく、できる限り話し合いによって、平和に共存できる
道を探したいというのが、私の政治家としての信念だ。
今回の調査はその道を、見い出すための調査だと考えてもらいたい」
大統領が話し終えると、誰からともなく少し拍手がわいたが、
すぐにヘインズ司令官が立ち上がり大統領に向かって言った。
「ジャック。 君の気持は良くわかった。だが私としては自分の部下から
殉職者は出したくないので、ひとつ確認させてもらいたい。
マーズ・ファルコン隊がもしも相手とのドッグファイトになった時は、
大統領を含む調査隊メンバーの命を第一優先に考えて、相手を撃墜して
しまうのも止むを得ないということでいいかな?」
アルバート・ヘインズ司令官は、真っ直ぐに大統領の目を見つめ、
話を続けた。
「ドッグファイトは昨日見てもらった通り、一瞬の判断で決着がついて
しまうんだ。自分も相手も死なないようにと考える時間は無い」
「アル。すまない。その通りだ。それは仕方ないと思っている」
大統領は親友のアルバート・ヘインズ司令官に向かって頷いた。
ケンイチは二人のこのやり取りを聞いて少し安心をした。
確かに大統領の言うように相手を殺してしまったら、
その後一生悔やむことも有るかもしれない。
しかし、光速で向かってくるビーム砲を見てから避けるなど
当然不可能なので、ドッグファイトでは撃たれる前に撃つしかない
場面が多いだろう。その時に躊躇するようではこちらが死ぬ。
***
次にヘインズ司令官が、SG4側のメンバーを一人ずつ紹介しはじめた。
紹介されたメンバーは顔が良く見えるように立ち上がって軽く会釈をした。
アンナ・モレナール医師の紹介の順番になると、司令官はこの会議の
後に、SG4メンバーはモレナール医師に出発前の健康チェックして
もらうと告げ、医師に挨拶をするよう促した。
「今回調査に同行し、これから数週間、皆さんの健康管理を担当させて
いただくことになりました、SG4医療部のアンナ・モレナールです。
病気や怪我の治療はもちろんですが…」
そこまで言うと、横に並んで座っているケンイチやアレクセイ、
そしてフェルディナン達のほうを強く睨みつけながら続けた。
「メンバーの中にはサプリメントとプロテインだけで、健康な体が維持
できると思い違いをしている肉体派が数名いるようですので、
栄養指導のほうも、しっかりとさせていただきます」
モレナール医師の厳しい態度に、ケンイチ達は厄介なことになった
という感じで、頭を掻いていが、クリスやマリーは大笑いをして
喜んでいた。
SG4側の紹介の後は、大佐が月から来ているメンバーを紹介した。
「大統領と、リサ・デイビス補佐官はもう皆良く知っているな」
そして、SP四名の紹介をしようと四名を立ち上がらせて言い淀んだ。
「えー。世界政府保安部に所属するセキュリティポリスの四名だが、
保安部の方針で本名は公表しないことになっている。
ここではコードネームだけ紹介したい。
左からタイガー、ピューマ、ジャガー、レパードだ」
それを聞いたレオが面白がって、小さな声で横にいたハリシャに囁いた。
「みんなネコ科の肉食獣じゃないか。でもライオンはいないんだな」
レオの横にいたハリシャ・ネールが真面目な顔をして聞き返した。
「なーに。ライオンって」
宇宙移住では、地球上の野生動物たちは連れていかれることは無く、
月や火星で育った人類は資料映像でしか野生動物たちの姿を見たことは
無い。ハリシャはライオンという動物を本当に知らなかった。
こそこそと話しているのにサルダーリ大佐が気が付いた感じがしたので、
レオが横からフォローした。「あとで説明する」
サルダーリ大佐は紹介を続けていた。
「彼はSG3宇宙機開発研究所のオットー・ブラウアー。大統領機を
開発したチームの主任研究員だ」オットーが立ち上がり皆に顔を見せた。
SG4機体整備員のディエゴ・マリアーノとヒロシ・サエグサは、
ソジュンから話は聞いていたものの、アース・フェニックスの開発に
携わったブラウアーとは初対面なので、憧れの目を向けて見ている。
「彼はもちろん各種の宇宙機開発にも関わっているし、
マーズ・ファルコンの開発も担当した。今回の任務では、
SG4の機体整備員とともにファルコン隊の整備も手伝ってもらう」
その後は大統領機の専任従事者が次々に紹介された。
大統領機のパイロット三名は、双子の兄弟で兄のカレルヴォ・コッコネン
と弟のマティアス・コッコネン、そしてタマーラ・ジェブロフスキー
という赤毛で短髪の女性。
コッコネン兄弟は顔だけでなく挨拶をした声もそっくりであり、
ケンイチは二人を見分けるのは難しいと感じた。
ジェブロフスキーのほうは、年齢はケンイチ達よりも少し上に見え、
大柄で背も高くケンイチと同じぐらいある。
三人とも、きりっとした目つきで、大統領機のパイロットを任せられた
自信がみなぎっていた。 世界政府が新型の大統領機を任せるのだから、
三人とも腕は相当確かなのだろう。
最後に大統領機のキャビンアテンダントのアルセーヌ・アルドワンという
美男子が紹介されたが、モデル出身かと思うぐらいの端正な顔立ちで貴賓も
備えている。年はケンイチたちとほぼ同じで三十歳前後だろうか。
大統領機の貴賓室やサロンで、VIPの相手をする役目というのが
ぴったりの優雅で落ち着いた振る舞いをしている。
第一中隊の女子四人は、その美男子の顔に釘付けになって見入っていた。
その後、サルダーリ大佐より、出発を急ぐので、出陣式は出発後に
大統領機<シカゴ>のサロンにて行うと告げられ、内の部屋割りの案や、
翌日の出発までの細かいスケジュールなどの事務的な連絡が有った。
次回エピソード> 「第27話 ダイモスへ」へ続く
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