第25話 模擬ドッグファイト試験
Aチームの指揮を任されたジョン・スタンリーはコックピット内で
緊張していた。それを見抜いたかのように中隊長から通信がくる。
「こちらケンイチ。ジョン。いつもの編隊飛行訓練と同じだから、
緊張しなくていいぞ」
「ジョンです。中隊長、そんなこと言われてもやっぱり緊張しますよ」
待機宙域にスタンバイしたジョン、ダミアン、シンイー、ヴィルの
四機は横一列に並んで訓練のスタートを待っていた。
「ソジュンでーす。おーいジョン。大佐の乗るスペース・ホークは
ミーティングで話したように、加速性能はめっちゃいいけど小回りは
苦手なんだ。
だから最初の一撃さえかわしちゃえばこっちのもんだぜ。
午前中の練習でやったように、最初のタイミングだけ気を付けて」
「はい。パク副隊長わかってます」
パク副隊長に言われるまでもなく、昨日から何度も練習した
タイミングで作戦実行できれば、最初の一撃はかわせるだろう。
ただ問題はそのタイミングだ。それがずれたら一瞬で全滅かもしれない。
そう思うと操縦桿を握る手に力が入った。
通信機から航空管制室ホルスト・クラインベックの声が聞こえた。
「それでは第一中隊Aチーム対試験官チームの試験訓練を始める。始め!」
***
試験官チームのスペース・ホーク一機とマーズ・ファルコン三機は、
待機エリアから発進し、ダイヤモンド編隊を組み全速力で戦闘訓練域に
向かった。
ジェラルド・サルダーリ大佐はモニター画像を注視していたが、
やがて動き回る四つの点が見えて来る。よく見ると、どうも各機が大きく
左右にジグザグ飛行をしているように見えた。
—— 浅はかな。ジグザグ飛行をすれば、
ビーム砲を避けれれるとでも思っているのか? ——
ドッグファイトと言ってもビーム砲の射程距離はかなり有る。
少なくとも最初の一撃は、実写モニターの映像ではなく、このレーダー
画像を見ながら撃ち始めることになる。
先頭で指揮を取っているらしい一機のレーダー画像の
動きに照準を合わせながら、距離表示に目を走らせた。
「もうすぐ射程に入る。全機撃ち方用意!」
サルダーリ大佐はビーム砲のトリガーに指をかけた。
その時突然、レーダー画像のジグザグに動く四つの点が突然一つに
まとまって一機だけの画像表示になった。
—— 何だ! 何をした? ——
***
第一中隊Aチームの四機は見事なテールツーノーズの姿勢で並んでいた。
通常の編隊飛行では、前を飛ぶ機体の推進機のプラズマジェットの後流の
影響を受けないように、二番機以降は斜め後ろポジションに着けて飛ぶ
必要が有る。
しかし、Aチーム四機は推進機ポッドの噴射を一時的に止めて、
前の機体に機首が付くほど文字通りのテールツーノーズで四機一帯に
なっていた。
宇宙空間では空気抵抗が無いので、一度加速すれば速度は維持できる。
このようにテールツーノーズで編隊を組むと、相手からは一機分のレーダー
映像しか見えず、次の行動が予測しにくいはずだという
マリー・クローデルの発案だった。
***
指令本部の航空管制室では、集まった観衆がホログラム映像に
映されたAチームの三次元位置情報を見てどよめきが起こっていた。
「四機であんなに近づいて飛べるのか?」
ホログラムを見ながら誰かが叫ぶ。
「こんなに前の機体後部が近くに有るじゃないか!」
各機のガンカメラ映像モニターを見ていた他の誰かも興奮していた。
ヘインズ司令官は、ケンイチからチーム編成案を聞いた時から、
若いAチームは乱戦になるのを避けるために、最初に奇襲攻撃をする
はずだと予想してた。
しかし、これほど技術的にも難しいフォーメーションで仕掛けるとは
思っていなかった。
—— なるほど、そう来たか。 でも次はどう出るんだ? ——
***
ジョンが、距離表示を見ながらカウントダウンをしていた。
「接触まであと八秒。各機準備」
四機は翼端からジェットを吹いて、予め決めた角度に
機体をロールさせた。
「三、二、一、いまだ!」
ジョンの合図と同時に四機は、地上から離陸する時に使う
VTOLボタンを押して機体下面から勢いよくジェットを吹き出す。
***
「撃て!」サルダーリ大佐の号令と同時に試験官チーム四機からの
ビームの一斉射撃(正確にはビーム代わりのレーダー波)が
発射されたが、目の前のモニターの点は、英文字のXの字状に四方向に
四つに分かれて飛び散って、照準を合わせた位置にすでに機体は無かった。
—— くそっ! ——
第一射をかわされたサルダーリ大佐は、すぐに、左上に移動した敵機に
照準を合わせようとしたが、同時に航空管制からの声が聞こえた。
「ヴェセツキー機撃墜。ハイランド機撃墜! 訓練域を離脱してください」
味方機が撃墜されたという通信に一瞬気を取られ、実写モニターに目を
移した時には相手の機首がこちらに向いていることに気が付いた。
***
シンイー・ワンはジョンの合図で急速ローリングのあと、
VTOLモードで右斜め上に飛び上がりながら、マーズ・ファルコンの
四つの推進機ポッドから再噴射を始めて加速していた。
操縦桿を少し押して機首の方向を試験官チームの方向に向ける。
推進機ポッドは、元の推進方向を維持するようにジャイロモードに
設定してあるので、試験官チームの斜め上をすれ違うコースを
維持しながらも、機首は試験官チームの機体に照準を合わせ続けていた。
VRシミュレーターに入れてもらった先週の隕石嵐の、クローデル
副隊長の機体のデータでは、多くの隕石が自機に向かってくる中で、
副隊長は横移動をしながら効率よく隕石を捉えて連続迎撃をしていた。
シンイーはその映像で学び、自分もできるようにこの一週間、
ヴィルと一緒にVRシミュレーターで特訓してきた動作だった。
午前中の中隊での訓練の時、クローデル副隊長が立てたこの四機で
X字方向に動くチーム戦術は、タイミングさえ合えば必ず成功すると
言われていた。なぜなら隕石群は意思を持って急に方向を変えたり、
飛行速度を急激に変化させたりはしないからだ。
斜めに飛び上がりながらビーム砲のトリガーを引くまでの時間は、
ほんのわずかなコンマ数秒しかなかったはずだが、スローモーションを
見ているようにシンイーは落ち着いていた。
トリガーを引くまで、レーダー画像表示の違いには気が付いてなかったが、
撃った後によく見ると画像横の表示では、そのターゲットは
マーズ・ファルコンではなく、スペース・ホークを示していた。
すぐに航空管制からの声がコックピット内に鳴り響いていた。
「サルダーリ機撃墜! 続いてマカライネン機撃墜!」
***
「Aチームは全機無傷です。全くロックオンされていません!」
セシリア・バレロの声が航空管制室に響き渡った。
バレロは自分が、いつのまにか右手でガッツポーズをしているのに
気が付いた。審判団としては不適切な行為だと思い、慌てて手を
下ろしたが、顔がニヤついてしまうのはどうしても止まらなかった。
誰もがベテランの試験官チームの圧勝を疑っていなかったのに、
若手だけのAチームの完勝に驚き、航空管制室全体が騒然としてる。
ふと横を見るとアルバート・ヘインズ司令官も腕組みをしたまま、
何度も頷いて嬉しそうな顔をしているし、その横でウィルソン大統領と
デイビス補佐官も嬉しそうに拍手をしていた。
***
模擬ドックファイト試験の第二戦が始まる。
第一中隊のBチーム四機のうち二機は、試験宙域の両サイドに大きく
広がって、かなり先行して飛行していた。試験宙域の中央を進む
アレクセイ・マスロフスキー機とフェルディナン・ンボマ機は、
打ち合わせ通り両サイドの二機よりもかなり後方に位置取りをしている。
フェルがチーム内通話で先行する二機にエールを送った。
「いい感じだ。ハリシャ、レオ、目もくらむフレッシュを見せてやれ」
Bチームはネール機とかベッロ機が両サイドに分かれて先行し、
それに対して試験官チームがどのような行動を取るかで、いくつかの
攻撃バリエーションを考えていた。
アレクセイとフェルは試験官チームがどう対処するのかを
見極めようとモニターに集中する。
どの攻撃パターンになっても素早く対処できるように身構えた。
***
「こちらサルダーリ。両サイドの二機がかなり先行しているな」
—— 両サイドからこちらの背後に回り込むつもりか? ——
大佐が相手の意図を考えていると同時に味方機からの通信が来た。
「こちらヴェセツキー。右の一機は任せてくれ」
「マカライネンだ。俺は左の奴を迎え撃つ」
試験官チームのヴェセツキー機とマカライネン機が両サイドに分かれて
離れていく。それとほぼ同時に、Bチームの残り二機が急に速度を上げた。
中央の二機が、真っ直ぐて迫ってくるのを察知すると、サルダーリ大佐と
ハイランドは正面の二機に集中をすることにした。
***
「こちらアレクセイ。鬼教官たちは作戦通り個別で一対一の迎撃を
選択した。各機ぬかるなよ」
ここまではBチームの狙っていた作戦通りに進んでいる。
ハリシャとレオは火星のフェンシング大会で活躍する選手である。
正面からの一対一の戦いの駆け引きや反射速度ならば、相手が熟練
パイロットであっても互角以上の戦いをするだろう。
—— 敵味方入り乱れての乱戦にならなければ、こちらの勝ちだ ——
だから相手のうち二機が、両サイドに分かれるように仕向けたのだ。
試験官チームの中央の残り二機までもが両サイドに行かないように、
Bチームの中央二機が、増速して、残りの敵機を引き付けるように
動いたのは正解だった。
***
ハリシャ・ネールは目の前から迫ってくる敵機がビーム砲の射程に入る
直前に、両翼の端についているサブ推進機ポッドと後部のメイン推進機
ポッドを百八十度反転させて、逆噴射の形で急減速を行った。
急減速で相手の攻撃タイミングを外すと、今度はまた推進機ポッドを
通常方向に戻して今度は急加速をした。
前後にステップを踏んで、敵との間合いを見極めて突くのは得意だ。
その辺の駆け引きで負けるつもりはない。ビーム砲のトリガーを引いた。
***
レオナルド・カベッロは、昨年のフェンシング大会決勝でハリシャに
やられて優勝を逃した悔しさも有り、この作戦でハリシャだけが相手に
勝って、自分が負けるということだけは避けたかった。
ハリシャは幼馴染でも有り、小さいころからのライバルでもあるのだ。
正面から来るのは、レーダー画像表示では第六中隊長のマカライネン機の
ようだが、SG4の先輩だろうが何だろうが、勝つ自信は十分に有った。
フェンシングではハリシャの鋭い突きをかわして互角の戦いをしている。
相手の動きを見て機敏に動く反射神経は、ドッグファイトでも有効な
能力のはずだと確信していた。
マカライネン機の動きを見極めようと集中していると、レーダー画像の動き
からでも相手の呼吸が分かる気がした。ビーム砲の射程距離に入る寸前、
相手機が向かって少し左に動いたので、レオは右にロールしてひねりながら、
操縦桿を操作して機首を相手機に向けトリガーを引いた。
***
「マカライネン機撃墜! ヴェセツキー機撃墜!」
ヘルメットに流れる航空管制員の声を聞いて、サルダーリ大佐は
コックピット内でうめいた。
—— くそっ! やりやがる ——
クレイグ・ハイランドは目の前のレーダー画像ではマスロフスキー
機が迫って来ていたが、右サイドに展開していたヴェセツキー機を
撃破した相手機が、九十度横から来るのを察知した。
完全に不利な状況に陥ったことを悟った。
そもそも正面と横の二方向を迎撃することなど、隕石迎撃の訓練では
あり得ないことだ。
***
航空管制室で見守る大統領と補佐官、そして多くのSG4隊員達は、
ハリシャ・ネール機とレオナルド・カベッロ機が、堂々と一騎打ちで、
熟練パイロット達の機体を撃破した段階で大歓声を上げていた。
司令官は、立場上は第一中隊だけを応援するわけには行かなかったが、
内心ではここまでの段階で、すでに第一中隊の若いほうから六名が見事に
戦ったので、かなりほっとしていた。
これで大佐も若いだけでメンバーを変えろとは言えなくなると確信した。
—— むしろ、試験官チームの先輩を慰める方法を考えないとな ——
そんなことを深く考える間もなく、四機対二機になった勝負は
あっけなく終わりをつげた。横で航空管制員のセシリア・バレロが
派手にガッツポーズをしているのが見え、少し苦笑いをした。
***
Cチームと試験官チームの模擬ドッグファイト試験が始まるころには、
航空管制室では多くのメンバーがCチームの勝利を確信していた。
唯一、カール・ライムバッハーだけは自分の妻が撃墜されないようにと
ドキドキしながら、クリスの機体のモニタを食い入るように見ている。
ホログラム映像の三次元位置表示ではCチームは前の二チームのように
特別な動きをすることはなく、四機が横一列になって真正面から
試験官チームとの間合いを詰めて行っている。
ビーム砲の射程距離に入った途端に八機は乱れ飛ぶように動き回って
乱戦状態になったが、決着はあっという間だった。
すぐにホルスト・クラインベックが試験官チーム全機の撃墜を報告する。
セシリア・バレロが「Cチームは全機、被弾無し」と報告すると、
見物客だけでなく、司令官や大統領と補佐官も椅子から立ち上がって
スタンディングオベーション状態となって、第一中隊の完勝を祝った。
航空管制室内が騒然とする中で、大統領はヘインズ司令官に耳打ちした。
「アル。君が第一中隊に相当優秀なメンバーを集めたんだな?」
「いやジャック。私はただ一癖も二癖も有りそうな原石のような隊員を
あそこに集めただけだよ。
その原石を輝くまでに磨き込んだのは、ダークサイドKKだ」
「そうか。そう言えば、ツィオルコフスキー大のあのチームメンバーも、
夫々が個性あるメンバーだったな。その個々の個性を生かし、
すごいチームに作り上げたのと同じか」
***
ケンイチ達Cチームのメンバー四人がエアロックを通り、
<マーズ・ワン>に入ると、第一中隊の八名と、先に到着していた
試験官チームが出迎えた。
「カネムラ君。一機も撃墜できずに完勝されてしまうとは
思いもよらなかった。完敗だ」
サルダーリ大佐がケンイチに握手を求めながら言った。
「試験官チームとしては恥ずかしい限りだが、元教官としては、
君たちが、立派に成長したのが分かって本当に嬉しかった」
サルダーリ大佐は、他の第一中隊のメンバー一人一人と握手を
交わしたあと、全員の顔を見ながら言った。
「君たちとトロヤ・イーストに行くのが楽しみになって来た。
出発は二日後だ。よろしく頼む」
そう言い終わると、大佐は若手チームにまで完敗して肩を落としている
試験官チームの三人の肩を叩いて、反省会でもしようかと言いながら
カフェコーナーへと向かった。
次回エピソード> 「第26話 顔合わせ会」へ続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます