第24話 第一中隊の作戦
トロヤ・イースト調査隊への参加が決まった翌日朝。
第一中隊のメンバー十二人は会議室に集合していた。
ケンイチは危険な任務と知りながら、調査隊に参加するとの意思を
示してくれたメンバーに感謝を伝える。続いて今日と明日はドッグファイト
の訓練を行って、三日後の出発までに必要な準備について伝えた。
「三日後?」
ダミアン・ファン・ハーレンがそう呟いたのを、横にいた同期入隊の
ジョン・スタンリーは聞き逃さなかった。ひそひそ声で話しかける。
「なんだよ。お前、もっとゆっくり出発すると思ってたのか?」
「いや今日かと」
ダミアンの足元を見ると、大きな黒いボストンバッグが置いてある。
思わず声が大きくなった。
「えっ! お前、もう今日出発するつもりで荷物の準備してきたのか!」
周囲の皆もジョンの声に気が付いて振り向いた。ダミアンは自分の
早とちりだったと理解して、恥ずかしそうにしていた。
ケンイチが少し笑いながら、ダミアンをかばった。
「ダミアン。それだけやる気が有るってことで頼もしいよ。ありがとう。
ご家族に今日から出発って言って出てきたなら、出発までは俺の部屋に
寝泊まりしてもいいぞ」
ジョンもすかさずフォローに回り、ダミアンの肩を叩きながら言った。
「いえ中隊長。俺の部屋で十分です。
久しぶりにダミアンとゲームやれるし。なダミアン?」
「うん。そうする」
皆はいつも仲の良い同期二人の様子に微笑んで、打ち合わせを再開した。
ケンイチが今日と明日のドッグファイト訓練の最終テストとして、
明日の午後にジェラルド・サルダーリ大佐に見てもらうために、
大佐の率いる試験官チームと、四機対四機ずつの模擬ドッグファイトを
行うと報告すると、皆が悲鳴を上げた。
マリーが皆を落ち着かせるために補足をした。
「大丈夫よみんな。SGのベテランといっても、対有人機との
ドッグファイトの経験はほとんど無いの。だから、作戦を練って
少し練習すれば、勝算は十分にあるわ」
実際、アルバート・ヘインズ司令官とケンイチには勝算が有った。
マリーの言う通り、SGのベテランと言ってもドッグファイトの訓練は
行っていないし、通常の対隕石防衛の訓練では、意思を持って複雑な
動きをするターゲットに照準を合わせることは無い。
第一中隊はケンイチの提案で、編隊飛行訓練と称して、
複雑な運動も可能なマーズ・ファルコンの運動性能を使いこなせるように、
独自訓練を積んで来ている。それはドッグファイトにも生きるはずだった。
調査隊の総指揮官となるサルダーリ大佐には、第一中隊メンバーの
実力を認めてもらう必要が有り、それには模擬ドックファイト試験で、
直々にサルダーリ大佐に試験管をやってもらうのが手っ取り速いという
考えで、ケンイチと司令官は一致していた。
会議室で入念に作戦会議を行った後、第一中隊メンバー十二名は
マーズ・ファルコンで飛び立ち、宇宙ステーション<マーズ・ワン>の
近くの宙域へ、ドッグファイトの練習に向かった。
***
翌日の昼前、ジェラルド・サルダーリ大佐は、連絡艇で火星の
静止軌道にある宇宙ステーション<マーズ・ワン>に来ていた。
模擬ドッグファイト試験の試験官として、自分が乗る汎用宇宙防衛機
スペース・ホークの点検を行った。
マーズ・ファルコンを借りても良かったのだが、スペース・ホークは
太陽系の各地の宇宙空間で使用されている最も一般的な防衛機でもあり、
こちらのほうが乗り慣れている。
それにトロヤ・イーストのテロ組織がSGTEのスペース・ホークを
使用していることも分かっているので、調査隊の試験には
スペース・ホークがうってつけだった。
司令官から渡されたSG4の航空部隊の全メンバーリストから、
精鋭メンバーを三人選び、試験官チームとすることにした。
かつて自分が教えたたことがあり、入隊当時から腕が立つことを
良く知っているメンバーなので、レベルは高い。
彼らももうすぐここ<マーズ・ワン>に来るだろう。
選んだメンバーが来るのを<マーズ・ワン>のカフェ・コーナーで
コーヒーを飲みながら、調査隊に参加するという第一中隊のメンバー
リストを眺めていたが、若手六名は全く知らない名前だった。
そもそも火星育ちで、月での訓練を受けずに、直接SG4で入隊研修を
行ったというレオナルド・カベッロとハリシャ・ネールという二人に
ついては知るはずも無かった。
それに、あとの四名は自分が訓練教官を離れた後に入隊した二年目と
四年目の隊員だ。
—— こんな若手で大丈夫なのか? ——
アルバート・ヘインズ司令官も、ケンイチ・カネムラも、チームの
結束力を重視して、マーズ・ファルコン隊を第一中隊メンバーで揃えた
ほうが良いとの意見だったが、あまりにも未熟な若手が入っているよりも、
経験豊富な中堅以上の精鋭部隊で揃えた方が良いに決まっている。
今日の試験結果で、あまりにも不甲斐ないようならば、
やはり中堅メンバー以上へのメンバー交代を申し出ても良いと思った。
自分の率いる調査隊から殉職者は出したくないし、護衛任務は
確実に果たしたい。
一方、年上の六名については、確かにヘインズ司令官が太鼓判を
押すだけあって、腕の立ちそうなメンバーが並んでいる。
—— ライムバッハー、マスロフスキー、ンボマ、確かに優秀だった ——
特に昨日VIPルームで会ったケンイチ達三人が、ずば抜けて
いい腕なのは知っている。
サルダーリ大佐が指名したベテラン三人が到着する。
第六中隊長のマッティ・マカライネン、副隊長のクレイグ・ハイランド、
第七中隊副隊長のボフミール・ヴェセツキーという面子だ。
<マーズ・ワン>のレストランで一緒に昼食を取りながら、かつての
教え子達にも意見を聞いた。三人は自分たちも指名されれば、
トロヤ・イーストの調査隊に参加しても良いと考えていたらしい。
三人とも第一中隊メンバーが、様々な任務で優秀な成績を収めているのは
良く知っていたが、若いメンバーが入るよりも経験豊富な中堅メンバーで
揃えたほうが良いという思いは、サルダーリ大佐と全くの同意見だった。
そんな話をしながら食事を終わらせ、食後のコーヒーを飲んでいる所に、
大佐が机の上に置いていたタブレットに指令本部基地からメールが入る。
大佐はコーヒーカップを下ろして、タブレットをタップしてメールを
開いた。模擬ドックファイト試験のチーム分けの連絡だった。
第一中隊の十二機が四機ずつの三チームに分かれて、各チームが
試験官チームと対戦することになるが、そのチームメンバーと対戦順
の連絡だった。大佐はタブレットを他の三人に見えるように反転させて
テーブルの上に置く。
「あれ? いつもの小隊分けとは全然違うチーム分けみたいだな」
ハイランドが呟いた。
「なんだって?」リストを見てケンイチと同期のマカライネンが笑った。
「ケンイチの奴、これは二勝一敗での勝ち越しを狙ってやがる。
これ完全な年齢別構成だぜ。Aチームは入隊四年目以下の若手ばかりだ。
Aチームが負けても、BとCの二チームは勝てると思ってるんだろうな」
「なるほど、このCチームだけは、カネムラがいるからかなり厳しいな」
ヴェセツキーが顔をしかめながら言った。
「あいつの操縦センスは人間じゃない。それにクローデルとパクって
腕も頭もキレッキレの副隊長二人も入ってるじゃないか」
ハイランドも、Cチームのリストを見て付け加えた。
「もう一人の、クリスティーン・ライムバッハーは航空管制員カールの
嫁さんだろ? カールの方がSG3からSG4に異動になった時に
一緒に来た美人だよな。
SG3にいる俺の友人が、凄腕だって太鼓判を押してたぜ」
サルダーリ大佐も、改めてCチームのメンバーリストを見てから言った。
「確かにこのCチームは手ごわいな」
「Bチームのほうは格闘技ならチャンピオン級です」
マカライネンが大佐に説明した。
「このアレクセイ・マスロフスキーは大学レスリングのチャンピオン。
フェルディナン・ンボマはカメルーン柔術の使い手でW杯に出てます」
「その二人は、私が指導したので覚えている。格闘技だけでなく操縦の
飲み込みも早かったぞ」
大佐はリストの残り二人の名前を指さして続けた。
「この火星でSGに入隊をして、ここSG4で直接入隊訓練を受けた
という二人は全く知らないが」
「そのハリシャ・ネールとレオナルド・カベッロの二人は幼馴染で、
小さいころから、一緒にフェンシングを習ってたって話です。
火星のフェンシング大会で何度も優勝と準優勝を常に独占してます」
マカライネンが説明した。
「なるほど。フェンシングか。反射神経は良さそうだな」大佐が頷いた。
「このBチームは格闘技系では確かに強いかもしれないが、宇宙機の
空中戦なら俺達のほうが上だと思うんですが」とハイランド。
「俺もそう思います」ヴェセツキーも同意した。
「では、我々が格闘技と空中戦は違うということを証明すればいい」
大佐が三人の顔を見ながら言い切った。
「このAチームの四人は、調査隊に加わるのは若過ぎて経験が無く、
不安だと思うんだが」大佐が懸案事項を三人に相談した。
「このダミアン・ファン・ハーレンは、入隊四年目のメンバーの中では
長距離迎撃の成績トップだそうです。うちの中隊の若手が言ってました」
マカライネンが料理を口に持っていきながら続けた。
「他の三人も、先日の隕石嵐の時に活躍したとは聞きましたけど、
調査隊に入るのは経験不足だとは思いますね」
「ジョン・スタンリーって、ソジュン・パクにいつもくっついてる奴だろ?
サンドバギー倶楽部で一緒のチーム組んでるから、機械いじりは
好きなんだろうな。
あとシンイー・ワンってのは、かなり大人しい女子でドッグファイトする
という雰囲気は無いよなぁ」ヴェセツキーが言った。
「それにこっちの、ヴィルヘルム・ガーランドは、ついこの間まで
第三中隊だったのが、第一中隊に応援に行ったあと、
正式に第一中隊に異動になったばかりだよな。第三中隊の連中は、
かなりのオタクで、隕石嵐で活躍したっていう話も信じられない
と言ってたぞ」
「よしそれでは、AチームとBチームを叩きのめして確実に二勝して、
Cチームのカネムラ達を焦らしてやろうじゃないか」
ジェラルド・サルダーリ大佐が締めくくった。
***
「こちら通信状態OKです」
航空管制委員セシリア・バレロは小走りに走りながら、記録表示用の
電子ボードを取りに行き、戻って来ると航空管制室の正面に置いた。
今日は模擬ドッグファイト試験の審判団として、非番の航空管制
メンバーまで呼び出されている。朝から諸準備に忙しかった。
昨日の朝から第一中隊が訓練をしているのは知っていたが、
航空管制室で模擬ドックファイト試験の審判団をやるという話が
決まったのは昨日の夕方だ。
そもそもそんな試験の準備などしたことが無かったので、様々な準備が
後手後手に回って、朝からあれやこれや必要以上にドタバタしている。
航空管制室では四機対四機でドッグファイトをする各機の位置、
ガンカメラ映像そして、ビーム砲をロックオンするときに照射された
レーダー波の受信情報をリアルタイムでモニターすることになっている。
ヘインズ司令官が試験の様子をここに見に来ることになっているので、
八機の状況を同時に表示できるようにモニター配置を見やすく変えたり、
様々な通信データの受信状態を確認したりするのに追われていた。
おまけに準備をするうちに、なぜか自分もだんだん緊張をしてきた。
もちろん撃墜判定はコンピューターで自動処理されるが、撃墜された
機体には航空管制員が訓練域から離脱させるための誘導連絡をしないと
いけない。
いきなりの準備だったので、そこまで自動処理をプログラミングする
時間など無かったのである。
向こう側で各機の位置を示す大モニターの調整をしていた航空管制員の
ホルスト・クラインベックは、見物に来た数名の部外者に何か叫んでいる。
確かに
分かるが、こんなにバタバタと準備に追われている中で、部外者に
うろうろされては邪魔でしょうがない。
セシリア・バレロは試験が始まるまでにもう一度トイレに行った
ほうが良いと思い、廊下に飛び出して行った。
バレロが持ち場に戻った時は、すでにヘインズ司令官はメインモニター
の前で腕組みをしている。
そして驚いたことに、横にはウィルソン大統領とデイビス補佐官まで
来ていた。そして、少し遠巻きにして、黒いサングラスの大統領の
SP二名も立っている。
—— そんな!大統領一行が一緒に視察に来るなんて聞いてない ——
航空管制員のカール・ライムバッハーが慌てて大統領達に座って
もらうための椅子を運んでくるのが見える。
バレロは近くにいた航空管制室の事務員に、大統領や補佐官にコーヒー
を持ってくるようにとお願いをして、自分はライムバッハーが
椅子を運ぶのを手伝った。
ライムバッハーは、椅子に座った大統領と補佐官に、各モニターに
表示される数値の説明などを始めている。
そしてクラインベックは、担当する試験官チーム側の管制コントロールを
するためにモニターの前にすでにスタンバイしていた。
バレロも自分の担当である第一中隊側のモニター数値をチェックすると、
Aチームは四機とも待機エリアでスタンバイしており、訓練開始の合図を
待っている状態だった。
—— こんなドタバタで大統領の前で航空管制するなんて! ——
バレロは頭に掛けたヘッドセットを伝って汗が流れるのを感じた。
こんな役は先輩のカール・ライムバッハーにやってもらいたかったが、
彼は第一中隊のクリスティーン・ライムバッハーの夫であり、
公平性を保つために審判団には入れないと言って、早々に自分は
準備作業だけ手伝うと宣言していた。
撃墜判定はコンピュータが行うので公平性もくそも無いはずだが、
自分の妻が模擬ドックファイト試験を受けるのだから、
落ち着いて航空管制などできないというのが本音なんだろう。
バレロは第一中隊のAチームは自分と年の近い若いメンバーばかり
であり、基地のレストランなどで会った時は話もする知り合いでもある。
対する試験官チームはリーダークラスの三人と、SG3で飛行訓練指導
をしていたという大佐という顔ぶれだ。
経験値からすれば試験官チームが圧勝するのは目に見えている。
何としてもAチームに勝って欲しいと強く思った。
ホルスト・クラインベックが、時計を見ながら言った。
「セシル。そっちのチームのモニター状況は大丈夫か?」
「オールクリア。いつでも大丈夫です」
セシリア・バレロはヘッドセットの位置を調整して、
試験開始の合図を待った。
次回エピソード> 「第25話 模擬ドッグファイト試験」へ続く
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