戦闘訓練
第23話 VIPルーム
ケンイチは自室でダンベル運動をしながら、第一中隊メンバーの
連絡を待っていたが、ソジュンとマリーが任務のことを考えると
落ち着かないと言って押しかけてきたので、三人分のコーヒーを入れた。
ケンイチがダンベルでトレーニングをする横で、マリーとソジュンは
ソジュンがソファーセットでコーヒーを飲んでいたが、
壁に着いた通信機が呼び出し音を立てたので、三人が注目した。
ケンイチはダンベルを下ろし、通信端末を操作しスピーカーホンにする。
相手はアレクセイ・マスロフスキーだった。
「ケンイチさん。調査隊に参加します」
「アリョーシャ。同居のご両親は反対しなかったのか?」
アレクセイは少し口ごもったが言いにくそうに答えた。
「反対どころか、見合い相手が見つけ易くなるって
喜ばれちゃいまいしたよ。全く失礼な話でしょ」
「はっはっは。その親御さんの見合い相手探しがうまく行くかは保証
できないけど、無事に帰れれば、自慢できる任務なのは確かだね」
ケンイチは明日からのスケジュールは追って連絡すると伝え通信を切った。
ソジュンとマリーが二人でピースサインを出した。
ソジュンがすかさず笑いながら言った
「確かに、あのデッカイ体のアリョーシャがさぁ、
いつまでも同居してたら、両親も追い出したくなるかもねぇ」
マリーはコーヒーを飲みかけていたが、
ソジュンの言葉に吹き出しそうになって慌てて口を押さえた。
***
その後も、メンバーから続々と参加するという意向の連絡が入り、
いくつかの通信が終わった時、ソジュンが指を折りながら連絡のあった
メンバーを数えた。
「えーっと。今の所、不参加の連絡は無くって、参加連絡が有ったのは
アリョーシャ、クリス、ヴィル、ダミアン、ハリシャ、レオ、ジョン、
シンイーだから……あとはフェルだけかな」
「そうだな。フェルは、コニーの出産が近いから難しいかもな」
「そう言えば、子供が生まれたら、すぐ育休を取らないといけない
SG規則が有るわよね? だから意向を確認する以前に、
参加が無理なんじゃない?」とマリー。
「ああ。それは俺もさっき規則を確認した。
出張中に子供が生まれる可能性が有る場合は、本人の希望が有れば出張も
断れるし、出張から帰任後に育休を開始することにもできるらしい。
つまり、本人の意向次第だ」
そんなことを話していると、ケンイチの部屋に通信が入って来た。
「ああ中隊長。フェルディナン・ンボマです。連絡遅くなりましたぁ。
調査隊に参加しまぁぁす」
「ああフェルか。今ここにソジュンとマリーもいるんだけど、コニーの
出産が近いから、フェルの参加は難しいんじゃないかって話してたんだ。
調査に行くと出産予定日までには帰ってこれないけど、いいのか?」
「さっきはそのことで、コニーからこっぴどく怒られちゃったんです。
出産を理由に、またとない名誉ある任務を断ったりしたら、
将来、自分達の子供になんと説明するのかってね」
「でも火星に親戚はいないんだろ? コニーは一人で大丈夫なのか?」
「分娩室に誰がいようが、産むのは自分だけだって言い張っていました」
「そうか、コニーらしいな」
明日からの予定は追って伝えると言って、ケンイチが通信を終える。
「これで十二人全員が全員参加だな」
***
午後三時半。ケンイチが司令官室で、第一中隊メンバー全員が参加できる
ことを報告すると、アルバート・ヘインズ司令官もにこやかに答えた。
「流石だな。君が結束力の強いチーム作りをしてるから、
皆がついて行く気になるんだろう。
そうだ、今日五時からVIPルームで出発準備の打ち合わせを行う。
その時には、クローデル君とパク君にも参加してもらいたい。
後で二人に伝えてくれ。 あと問題はサルダーリ大佐だな」
「大佐がどうかしたんですか?」
「うむ。昨日も言ったが、大佐はSG4の精鋭メンバーで構成すべきでは
無いかとの意見だった。調査隊の総指揮官は彼になるから、
一部メンバーの実力を疑って、何か注文をつけるかもしれん」
「司令官。うちの隊の若手は、操縦に関しては他の隊の中堅クラスと
比べても全く遜色ないと思いますよ」
「それは私も良くわかっている。エースパイロットの動きに合わせて
編隊飛行訓練とやらをやってるんだからな。若いメンバーもかなり腕を
上げているはずだ」
司令官は少し考えてから、言った。
「そうか、出発前に大佐に君たちの実力を見せつけるのも手かもしれんな」
***
ケンイチ達はヘインズ司令官とともにVIPルームへ行く。
ドアを開くと、ジャック・ウィルソン大統領とリサ・デイビス補佐官が
ゆったりとしたソファーセットに座っているのが見えた。
中に入ると、大統領達の向かい側には、ジェラルド・サルダーリ大佐と
オットー・ブラウアーが座っている。
サルダーリ大佐が立ち上がって右手を差し出しながら言った。
「カネムラ君。直に話をするのは約十年ぶりだな。この前、会議室で
君の顔を見た時は、やんちゃ坊主が立派なリーダー面になっていたので、
とても嬉しかったよ」
ケンイチは握手をしながら苦笑いをして答えた。
「はい。私も鬼教官のお顔を拝見できて私も嬉しかったです」
サルダーリ大佐は、ケンイチの後から入って来た二人を見て驚きの
表情を見せながら、マリーとソジュンと握手をする。
「アルバート君。第一中隊の二人の副隊長というのは、
マリー・クローデルとソジュン・パクのことなのか? この問題児だった
二人が、まさかダークサイドKKと同じ隊で、副隊長をしているのか?」
かつての鬼教官に、問題児と言われた二人は照れ臭そうに頭を掻いて
いたが、ヘインズ司令官とケンイチは顔を一瞬見合わせた。
ケンイチが質問した。
「二人が問題児だったというのは初耳なんですが、何か有ったんですか?」
「いやいや、クローデル君は、VRシミュレーターの映像の隕石の動きが、
月への隕石嵐を基にして作られているので、火星赴任の前に、火星の
重力影響を受けた隕石の動きを見たいと言い張って、無断で、
シミュレーターのプログラムを改修したんだ。
シミュレーターの保守担当がカンカンになって怒ってたよ」
マリーは、ケンイチにウィンクをした。
「それとパク君のほうは、訓練用のムーン・イーグルのビーム砲の照準が
ずれていると言っ張って、機体整備室で徹夜で分解修理してたんだ。
こちらも無断でな」
ヘインズ司令官とケンイチは顔を一瞬見合わせ、噴き出しながら大笑いした。
ヘインズ司令官が答えた。
「クローデル君がプログラムを勝手に変えるのも、パク君が機体整備工場に
入り浸りなのも、今もまったく変わってはおらんよ。
ここではそれがとても役に立っているし、そのことが十分に成果を
上げてるから、SG4では貴重な特殊能力だと思っている。
それに、カネムラ君はその二人のことを良く理解して、三人でとても
うまくチームをまとめているよ。隕石防衛でも第一中隊がピカイチなんだ」
***
サルダーリ大佐は、メンバーの選任結果をヘインズ司令官から聞いて
不安に思っていたが、マリー・クローデルやソジュン・パクのような
頭の切れるメンバーがいるのは良いかもと思った。
二人の能力は、全く状況の分からない現地での対応力を高めることに
なるだろうと納得した。
ただ問題は入隊して間もない若手を含んでいるということが懸念材料だ。
その大佐の表情を見た司令官は、ケンイチとすり合わせた作戦を提案した。
「サルダーリ大佐。実は第一中隊メンバーには明日と明後日は
ドッグファイト訓練をすることを命じたんだが、明後日に、総仕上げの
試験を元鬼教官として見てやっていただけないだろうか?」
大佐は思いがけない提案に、目をキラリとしながら答えた。
「ほほぅ。ドッグファイト訓練か。確かにSGの訓練には対有人機との
ドッグファイト訓練は無いから、少しでもやっておくのはいい案だな」
アルバート・ヘインズ司令官の提案は、
明後日の午後に、第一中隊側は四機ずつの三つのチームに分かれて、
サルダーリ大佐が率いる試験官チームと順番に対戦して、訓練の成果を
確認するというものだった。
大佐はその案を受け入れ、自分はSG4の他の中隊から三名を指名して
試験官チームを構成するということで了承した。
大佐の思惑としては、自分がかつて教えたベテランメンバーから三名を
選ぶことで、第一中隊の若手の経験不足を露呈させ、ヘインズ司令官に
一部のメンバーを入れ替える提案も可能なのではないかとも考えていた。
—— これは面白い。明日が楽しみになってきた ——
***
その後、VIPルームの打ち合わせは、まずオットー・ブラウアーが、
マーズ・ファルコンの輸送方法を説明した。
「装備を積むスペースも必要で、マーズ・ファルコンを分解したとしても
ミンク・ホエール型輸送船<ジェノバ>には八機しか搭載できません」
オットーがタブレットを皆に見えるようにテーブルに置くと、
タブレットには、<ジェノバ>の格納スペースが表示されていた。
分解されたマーズ・ファルコン七機が積まれ、一機だけが分解されずに
貨物室に置かれた状態のCG映像になっていた。
「この八機だけだと、少ないと思いますのでコバンザメ方式を使います。
皆さんコバンザメをご存知ですか?」
VIPルームのほぼ全員が首を振っていた。大佐が代表して質問した。
「ブラウアー君。そのコバンザメが何なのか詳しく説明しれくれんかね」
オットーが待ってましたとばかりにタブレットの映像を切り替えると、
地球の海の中のクジラが写っていた。
「はいコバンザメというのは、昔、地球の海にいたという魚類の名前で、
大型魚類やクジラなどに吸盤でくっついて生活していた魚類のことです」
オットーはクジラの下に張り付いている別の魚らしいものを指さした。
「宇宙機開発研究所では、アース・フェニックスの直衛に当たる防衛機の
同行を考慮し、アース・フェニックスの機体下部に防衛機を付けたまま
飛行する案を考案し、様々なシミュレーションを行ってきました」
タブレットの映像がアース・フェニックスのCGに変わり、その機体下面
つまり腹側に、スペース・ホークが逆さに張り付いている構想図だった。
「このように、アース・フェニックス下面に駐機フックがあり
防衛機を一機付けて飛行することが可能です。
この防衛機を腹の下につける方式が先ほどの魚類に似ているので、
宇宙機開発研究所でコバンザメ方式と呼んでいたんです。
まだその状態でのテスト飛行はできていませんが、シミュレーションでは
全く問題がないことが分かっています。さらに、ミンク・ホールにも、
比較的短時間で、このコバンザメ方式の装備を付ける改造ができます」
オットーの説明では、ミンク・ホエールには現地での活動用に燃料水の
大型増加タンクも二本付ける必要が有るし、各種センサーの場所も
避ける必要が有るので、コバンザメは三機分になるとのことだった。
つまり、輸送船の船内に八機、コバンザメ方式で四機の合計で十二機と
いうことになる。
またオットーは現地での機体整備のために、機体整備員二名も
同行が必要だと提案した。
分解搭載したマーズ・ファルコンを現地で組み立てる必要が有るし、
各機へのミサイル搭載や推進剤の補充などの準備も必要になる。
ヘインズ司令官は、機体整備員を二名同行させると答え、その選任を
相談すると、ソジュンが即答した。
「二名なら、ディエゴ・マリアーノとヒロシ・サエグサが良いですね。
もちろん彼らが同行するを承諾すればですが」
オットーは続いてSG本部が検討した武装について説明を行った。
ミサイルやマーズ・ファルコンのビーム砲の対有人機への発射抑制機能は
特別なプログラムコードをインストールし直せば外すことが可能との
ことだった。
また短期間でミサイルに追尾装置機能を付けるのは無理だが、
フレアを撒き散らすタイプに、改造することは検討中と説明が有った。
「フレア? それは何ですか」ケンイチは眉をひそめた。
有人機からの攻撃に対する防御法などを学んではいないパイロットの
この質問は当然の質問だったので、オットーが説明した。
「フレアというのは、熱を感知して追尾する赤外線ホーミングミサイルを
欺瞞……つまり、だますために、別の熱源をばらまく装備です。
最も私も昔の地球で使われていた装備の資料をざっと見ただけの
知識しか有りませんが」
このほか打ち合わせでは、ミンク・ホエール<ジェノバ>の改造や、
ミサイルなどの武装の準備などに明日から丸三日はかかりそうなので、
四日後に出発するという方針となった。
次回エピソード> 「第24話 第一中隊の作戦」へ続く
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