第21話 司令官の指名
司令官が調査隊に加わるマーズ・ファルコン隊のリーダーに、
ケンイチを指名したので、会議室中の視線がケンイチに集まった。
ケンイチは少し目を閉じて考えたが、目を開けるとゆっくりと
椅子を引き、立ち上がって答えた。
「私は大統領を大変尊敬していますし、指名されてとても光栄です。
それに私には、家族もいません。
ぜひ同行させてもらいたいと思います」
ケンイチの真剣な顔を見て司令官は大きく頷いてから言った。
「そう言ってくれると信じていた。では、このあと司令官室に来て欲しい」
「はい。承知しました」
司令官は再度、ケンイチに向かって大きく頷いた後、
全員に向き直って言った。
「マーズ・ファルコンが何機同行できるのかの検討が終わり、
同行メンバーの案ができたら、個別に意向を聞くことになるのを
承知してもらいたい。
また調査隊メンバーが抜けたあと、この火星での任務に関しても、
人員配置や中隊の勤務ローテーションも変えないといけない。明日にでも
またここに集まってもらうことになるから予定しておいてくれ」
会議は終了し、皆が席を立ち始める。ソジュンが横のケンイチに言った。
「ケンイチ。俺もぜひ一緒に行きたいから推薦してくれよな。
最新鋭機のアース・フェニックスの任務に同行するなんてすごいよぅ。
危険な任務かもしれないけど、ラッキーだ」
続いて、マリーも口を挟んだ。「私も行くわよ」
ケンイチとソジュンは驚いてマリーを見た。ケンイチがすかさず言った。
「マリーは結婚の準備があるだろ? それにご両親が月から火星に来て、
ピエールさんの母親と顔合わせ会が有るっていってたじゃないか。
現地でどのぐらいの期間の任務になるか分ってないんだぞ」
「小惑星エルドラドを直接見ることができるのよ。
このチャンスを逃したら、天体運動学の博士号が泣くわ。
結婚を遅らせてでも私は行くわよ」
「じゃぁ、その件は、ちゃんとピエールさんと良く話し合って欲しい。
どう考えても危険な任務なんだ。俺があの人に怒られるのは嫌だからな」
「ピエールが反対しても私は行くわよ! ケンイチも私を推薦して
くれなかったら絶交よ!」
マリーはそう言いながらピエール・マクロンと話をするために
足早に会議室を出て行った。残された二人はマリーの剣幕に肩をすくめて
顔を見合わせた。
***
ケンイチが司令官室に行くとアルバート・ヘインズ司令官はケンイチに
コーヒーを勧め、デスク前の椅子に座るように指示した。
いつもはデスクの上に出しっぱなしになっているモニターはデスクの中に
引っ込められて、通信端末とコーヒーカップ二つだけが置かれている。
その様子から、大統領一行と打ち合わせる前に、ケンイチと二人だけで
ゆっくり話をしたいという司令官の意図が感じられた。
「カネムラ君。良く分かっていると思うが、今度の任務は非常に危険だ。
相手のテロ組織がどの程度の規模かも分からない中で、少ない機数で
大統領機<シカゴ>とミンク・ホエール<ジェノバ>を護衛することに
なるのだが、本当に良いんだな」
「はい覚悟はできています。ただ護衛と言っても、
我々のマーズ・ファルコンには有人機を攻撃する能力は有りません。
どうするのでしょうか? 向かってくるミサイルをビーム砲で
撃ち落とすことしかできませんが」
当然の質問に頷き、司令官はデスクの通信端末を指さしながら答えた。
「まだSG本部からの連絡待ちだが、今朝のSG本部の見解では、
本件事案のケースはSG規則にある有人機攻撃禁止条項の
『例外事例』に当てはまるのは明らかで、大統領の許可を得れば、
『専守防衛』に努めるという条件では武装を認められると言っていた」
「専守……防衛……ですか?」
「もちろん、すでに相手が追尾型のミサイルを撃って来ると、
はっきり分かっている今の状況では、相手の機体を先に攻撃することも
正当防衛と認められる」
ケンイチは有人機と戦い、相手を殺すか、自分が殺されるかという
状況になることなど考えたこともなかった。
コーヒーカップから手を離し、手を握りしめながら呟いた。
「つまり、戦闘も辞さない考えで、対応するということですね」
「そういうことになるな。あとマーズ・ファルコンのビーム砲の制御を
外したり、火星に有るミサイルを改造して攻撃できるようにする
対応方法については、まだ検討中だ」
少し沈黙が続いたが、デスクの上で司令官は両手を組んで続けた。
「問題はこの危険な調査隊の人選をどうするかだ。
私としては、第一中隊のメンバーを中心にしたほうが、君が指揮を
取り易いと思うんだが、サルダーリ大佐のほうはSG4の精鋭を集めた
選抜メンバーが良いのではとの意見だった。君はどう思うかね?」
ケンイチは司令官室に来て始めて笑顔を見せて答えた。
「マリーとソジュンの二人はもう行く気満々で、自分たちを推薦して
くれということでしたよ。マリーなんかは天文学者としてL4に
行きたいという気持ちが先に有って、動機が少し違うのですが、
二人が参加してくれるのは私はやり易いですね」
「ほほぅ。あの二人はもう参加表明したのかね。しかしクローデル君は
結婚の準備も有るんじゃないのか?
それにマクロン君がOKしないんじゃないか?」
「いや、ピエールさんが反対しても行くし、私には、メンバーに推薦して
くれなかったら絶交だとすごい剣幕でしたよ」
「はっはっは。強気の彼女らしい。それではマクロン君も抑えきれんな」
それから、しばらく二人は他のメンバーをどうするのかを相談したが、
結論としては、まず第一中隊の残りのメンバーに、同行するかどうかの
意向を聞いて、同意した第一中隊メンバーを優先として、残りを他の隊の
メンバーから補充するという案となった。
打ち合わせ中に、デスクの上の通信機が鳴る。
司令官が通信機の音声をONにして、ケンイチにも聞こえるようにした。
相手はオットー・ブラウアーで、マーズ・ファルコンの最大搭載数は
やはり十二機になるとの連絡だった。
通信を切ると、司令官は言った。
「やはり、全部で十二機だけとのことだ。もしも第一中隊メンバーが
全員行くと表明したら、第一中隊メンバーだけになるな」
「全員が行くと言うかは分かりません。
少なくとも、フェルディナン・ンボマは、奥さんのコニーの出産が
近いので、難しいんじゃないでしょうか? それに危険な任務なので、
ご家族の反対があるメンバーも多いと思います」
「では、明日の第一中隊の当直は他の隊に回すから、明日中にメンバーの
参加意向を確認してくれないか。それとテロの事はまだ秘密事項だ。
メンバーには家族以外には口外しないように十分に伝えてくれ」
「承知しました」
ケンイチは司令官室でマリーとソジュンに連絡を取り、
司令官との話し合いの結果を伝え、明日の当直勤務は無くなったと伝えた。
***
航空部隊リーダーの緊急ミーティングの翌日、産休中の二人を除く、
第一中隊の十二人全員が会議室に集合していた。
ミーティング内容を知らない九人も、この日の当直勤務がキャンセルと
なったことや、ケンイチ達の様子から、ただ事ではないのは理解していた。
トロヤ・イーストのテロ行為の動画を見せた時は、流石に皆が驚いて
絶句した。そして<シカゴ>でウィルソン大統領が調査に行く護衛部隊は、
第一中隊メンバーの参加希望者から優先的に決めることになると伝えると、
メンバーの顔が一様に引き締まる。
ケンイチは司令官からの指示が有ったことを詳しく伝えた。
また今回の調査任務はSGの通常の勤務とは全く異なるし、かなり危険を
伴うため、参加を断るのも各自の自由で、ご家族とも相談をしてから、
今日中に返事をするようにと伝えてミーティングを解散した。
***
ミーティングの後、ケンイチ、マリー、ソジュンの三人は隣の
カフェ・コーナーから飲み物を持って来て少し話を続ける。
ケンイチがマリーに尋ねた。
「ピエールさんとの話はどうなったんだ?」
「ええ大丈夫よ。最初はかなり反対されたけど、押し切ったわ」
マリーの強い口調を聞いて、ソジュンがおどけた表情で肩をすぼめたが、
マリーは無視して話を進めた。
「かなり危険な任務だと知ると、本人が行く気でも家族が止めるケースも
あるでしょうね」
「そりゃそうだよ。皆はマリーみたいに強引に押し切れないんじゃない?」
とソジュン。
ケンイチは熱いコーヒーをすすりながら言った。
「ソジュン。お前は月に住んでるお兄さんに連絡しなくていいのか?」
「ああ。連絡をする気はないね。両親が亡くなってからは、
ほとんど話したこともないんだ」
次回エピソード> 「第22話 各自の決断」へ続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます