第20話 火星とL4
司令官は映像を止めると、絶句している会議メンバーを見渡して言った。
「見ての通り自然災害では無く、SGTEのスペース・ホークが
仲間の機体に向けてミサイルを放っていることが分かる」
「ミサイルは有人機に向かっては発射できないのでは?」誰かが質問した。
「そうなんだが、見ての通りだ」司令官もそうとしか答えようが無かった。
SGは軍隊では無く隕石防衛を主とした宇宙防衛隊である。
世界政府の法律によってビーム砲もミサイルも、有人機に向かっては
撃てないように制御され、誤射も全く起こらない仕組みになっている。
万が一テロ組織などに宇宙防衛機を奪われても、何重にもブロックされた
セキュリティーシステムの改変には非常に高度な技術が必要となる。
宇宙機の中で、有人機に何らかの攻撃が可能なのは、各地の保安部隊が
運用している保安艇だけである。ただし攻撃と言っても、犯罪者の乗る
宇宙機を強制停止させるための、電磁パルス砲を持っているだけで、
宇宙機を破壊することはできない。
ソジュンが手を挙げると、司令官がうなずいて発言を許可した。
「いまの映像では、ジグザグ回避運動をしているのに最後には撃墜
されています。あのミサイルは何らかの自動追尾システムも
備えているように見えたのですが」
「さすがパク君だな。映像を送って来たSG3の分析官も同じ
コメントをしていた」司令官はさらに続けた。
「映像を細かく分析すると、ミサイルを発射したスペース・ホークは
二機で、それぞれが二本ずつのミサイルを発射している。
つまり誤射でもなく、また突発的な気の迷いでもない。
明らかに計画的にミサイルを改造し、仲間の防衛機に向かって
発射したことが分かる。しかも単独犯ではなく、
複数のSGTEの航空隊隊員がそれを実行している」
司令官の話した内容の重さを理解し、会議室は緊張で静まり返っていた。
世界政府が樹立してからここ数百年は、宇宙での紛争は全く無く、
宇宙機が別の宇宙機に攻撃されて撃墜されることなど、誰も予想して
いなかった。
しかも、同じSG部隊の仲間がそのテロを行ったというのだ。
司令官は説明を続けた。
「先ほど映像にも映っていたブルー・ホエール型無人輸送船<ヤンゴン>
との通信も途絶えている。よって地球圏からはこの無人輸送船を何も
コントロールできない状態だ。
この船は地球圏からトロヤ・イーストまで物資を輸送したあと、
大量の資源を積み込んで、昨日には木星のエウロパに向かう予定
だったが現在の状況は不明だ」
司令官はなぜかそこで口をつぐんだ。
明らかに困った表情を見せ、少し声のトーンを落として続けた。
「困ったことに、ジャック……いや大統領は、
すぐにでもトロヤ・イーストへ、アース・フェニックス<シカゴ>で
調査に向かうと言っている」
会議室のリーダー達は、思わず口々に疑問をなげかけた。
「なぜ、SG3部隊ではなく大統領自らが行く必要が有るんでしょうか?」
司令官が最もな質問だというように、大きくうなずいて答えた。
「今、火星は地球圏よりもトロヤ・イーストにかなり近いからだ」
ヘインズ司令官は再びホログラム映像を出して説明を続けた。
太陽の周りを回る地球の公転軌道と、火星の公転軌道の図が表示されていた。
「皆も知っているように、
火星と地球とが接近する会合周期は約二年二ケ月で、現在は、
その最接近まであと約四ケ月となっている。
つまり地球と火星の位置関係はこうなっている」
ホログラム映像に地球と火星の位置が表示された。
「そして太陽-地球系のラグランジュ・ポイントL4にある
トロヤ・イーストの現在位置はここになる」
映像に地球の公転軌道のトロヤ・イーストの位置が表示されると、
現在は、ラグランジュ・ポイントL4、つまりトロヤ・イーストと火星が
ほぼ最接近に近い状態であることが、誰の目にもはっきりと分かった。
「現在、火星とトロヤ・イーストの距離は、約六千万キロメートルだ。
そして、地球とトロヤ・イーストの距離は約一億五千万キロメートルで、
火星とトロヤ・イーストの距離の二・五倍の距離がある。
今日の夕刻にはSG3部隊が出発予定だが、
地球圏を出発し現地に着くのは約一ケ月後だ」
ヘインズ司令官はメンバーの顔を見渡してから続けた。
「この距離の差に加え、大統領機<シカゴ>は人類最速の宇宙機だ。
出発までに諸準備で数日間かかったとしても、SG3部隊よりも
かなり早く着けるのは間違いない。
SG3部隊より二週間近くは早く到着できる。
いち早く、トロヤ・イーストの住民の安否を確認するという意味では、
大統領が言うように<シカゴ>で現地に向かうのが最も早い手段となる」
***
宇宙空間では加速し続ける推進剤さえ有ればかなり増速が可能だ。
太陽系の各所に世界政府が管轄する燃料水補給ステーションが多数
配備され、航行しながら燃料水を補給し続けることが可能となっている。
しかし、小天体雲と太陽系が衝突する壮大な天体現象が始まってからは、
宇宙機の最高速度を決めるのは、推進機や燃料補給の問題だけでなく、
高速航行時警戒システムの性能が重要になった。
宇宙空間を漂う小石レベルのような、ごく小さな浮遊物であっても、
高速航行時に衝突すると宇宙機は一瞬で穴だらけになってしまう。
高速で有ればあるほどその衝突リスクも、衝突のエネルギーも
高くなるからだ。
何十キロも先の極小レベルの浮遊物を探知し、瞬時に自動迎撃することが
必要だった。しかも、探知から迎撃までの瞬時に有人機や衛星などの有益な
人工物ではないと判断することが必要であり、長射程で目標を破壊できる
精度と威力を備えたビーム砲も必要となる。
よって高速航行時警戒システムの総合力が宇宙機の最高速度を決めている。
アース・フェニックスは、世界政府が大規模予算をつぎ込んだ機体であり、
高速航行時警戒システムも最高レベルのものであることは公表されている。
***
司令官の説明にソジュンは目を丸くして質問した。
「司令官、大統領専用機は何マイクロまでの速度が出せのですか?」
ヘインズ司令官はソジュンの方を向き、口に人差し指を当てた。
「パク君。大統領機<シカゴ>の性能数値は極秘事項なんだ。
トロヤ・イーストまでの所要日数を考えれば、君なら簡単に
計算できると思うが、その数値を口に出してはいかんぞ」
司令官の言葉にソジュンは慌てて口を手で押さえて、首を振り言いません
というジェスチャーをした。
***
『マイクロ』というのは正確にはマイクロ光速(μC)つまり、
光速の十の六乗分の一を指す速度の単位である。
人類が宇宙に進出すると、地球の大気圏内での音速を基準にした
『マッハ』という単位で宇宙機の速度を示すのは適切では無く、
光速(C)を基準としている。
地球の大気圏内での音速(1マッハ)は、約一・一四マイクロとなる。
SG3の運用する輸送機も、民間の輸送機や有人宇宙旅客機と、
高速航行時警戒システムの性能はほぼ同じで、最高航行速度は
約二百マイクロ程度である。
司令官が説明したように、アース・フェニックスが十日程度で
トロヤ・イーストに到着できるということは、最高航行速度は
約二百マイクロを遥かに超え、段違いの航行性能であることは間違いが
無かった。
***
司令官は説明を続けた。
「SGTEと連絡が取れず、その安否も分からない状況で、
大統領機が単機で現地に赴くのはあまりにも危険だ。
よってSG本部はSG4の宇宙防衛機を同行させる方法を
検討するようにと指示を出してきた。
それが君たちを今日ここに緊急招集した理由だ」
テロの可能性のある遠く離れたトロヤ・イーストに、
SG4の航空部隊が出動命令を受けるなどと考えたことも無かったので、
会議室中のメンバー全員が驚き、息をのんだ。
ソジュンが質問した。
「マーズ・ファルコンは遠距離航行できません。
どうやって運ぶんですか?」
「いい質問だ。それは先ほど<シカゴ>に同乗して来たSG3の技術者の
オットー・ブラウアー君とも少し話をしたんだが……
あぁ彼は、パク君とは仲がいいらしいな」
「えっと。まだ直接会ったことは無いんで、仲良しと言えるのかどうか……
部品改良の件で、彼とは何度か録画通信をやり取りしたことは有ります。
昨日、<シカゴ>内から私の所に通信が入って、初めてタイムラグ無しに
挨拶ができたばかりです」
「そのブラウアー君の提案では、昨日、衛星ダイモスに来て荷下ろし中の
ミンク・ホエール型の輸送船<ジェノバ>が使えると言っていたが、
まだ少し検討が必要だと言っていたな」
「でもミンク・ホエール型は小型なので、確かマーズ・ファルコンを分解
しても沢山の機数は搭載できないのでは?
それに<シカゴ>の速度にはついていけないはずです」
「速度については、大統領機が先導して高速航行時警戒システムで
邪魔な浮遊物を除去したそのすぐ後ろを、輸送船が航行すれば
大丈夫なはずだと言ってたな。
あと。積載量に関しては……何だったかな……そうだ確か……
『コバンザメ方式』と言ってたかな。何か特殊な方法を考えるそうだ」
司令官は会議室のメンバーを見渡しながら続ける。
「調査隊全体の全体指揮は<シカゴ>に同乗して来たサルダーリ大佐が
行うことになっている。つまり、同行するメンバーはSG4の組織から
一時的に調査隊に出向という形で、サルダーリ大佐の指揮下に入る」
かつての鬼教官の指揮下に入ると聞いて、会議室内がざわざわした。
「もちろんこの特殊調査任務は、隕石嵐の防衛を主任務とするSGの
業務範囲を超えるし、かなり危険な任務だ。
よってSG本部としても強制的に参加はさせられないと思っている。
だから本人が危険を承知の上で、任務に同行することを了承した
メンバーだけで調査隊を構成したいというのがSG本部の意向だ」
そこまで言うと、司令官はケンイチのほうを向いた。
「大統領とサルダーリ大佐はお二人とも、マーズ・ファルコン隊の
指揮をとるリーダーは、SG4のエースパイロットの第一中隊隊長に
お願いしたいとの意向だった。
私も君が適任だと思うがどうかね?
もちろん断ることもできるし、この場ですぐには答えなくても良いが」
ケンイチは、会議室中の視線が自分に注がれるのを感じた。
次回エピソード> 「第21話 司令官の指名」へ続く
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