第18話 昼と夜

「初めて地球を見て感動したという話はよく聞くが……」

大統領はケンイチの話がどのようにSGに志願を決めた話につながるのか

全くわからなかった。


 ケンイチは、マーズ・ファルコンの操縦桿をゆっくり操作して

旋回しながら続けた。赤い大地の向こうには太陽が眩しく輝いていた。


「あの自転する姿を見てとても感動して、すぐに地球に飛んで行き

 住んでみたいという衝動が抑えられなくなったんです。

 でも再生プログラム中の地球には住めないことは分かっていました」


「それが、プロチームの巨額のオファーを断ってSGに志願した

 理由にどうつながるのかね?」


「SGに志願したのではなく、SG4に志願したんです」

「SG4? 火星に来たかったということなのか? 月にいるよりも

 さらに地球からさらに遠くなるじゃないか」


「はい。この火星で、巨額の契約金より大事な、プライスレスと言って

 いいものを貰いました」


「なんだって? プライスレスのもの?」

「一日の中の昼と夜です」


 ***


 火星の自転周期は二十四時間と約四十分で、地球ととても近い。

火星では地球と同じように毎日『陽が昇り』そして『陽が沈む』。

月ではその長い公転周期のため何日もかけて日が昇るのに対し、

ここでは目に見えるスピードで陽が昇る。


 月で生まれ育った人が火星に来ると、そのような日の出や日の入りは、

初めて目にする光景である。


そして明るくなったら目を覚まし、暗くなったら寝るという、

太古から人間のDNAに刻み込まれたリズムを知る。

その本能とも言えるその自然な体のリズムと、

天体の自転が密接に関係していることを改めて実感する。


 もちろん月の居住施設でも、時刻に合わせて照明の明るさを変えて、

暮らしやすくする調整がされている。


しかし、月から火星に移住した人々は口を揃えて、その人工的な明るさの調整

だけでは得られない『体調のリズムにフィットする感覚』があると言う。

それが、昼と夜の気温の変化によるものなのか、電磁波か何かの変化なのかは

未だ解明されていない。


  ***


 ウィルソン大統領は、少し考えこんでいた。言われてみると、

昨日<ペルガモン・シティー>視察の途中で日がどっぷりと暮れたのを見た。

そして今日は、このとても明るい太陽光の中を気持ち良く飛んでいる。

—— 確かに、ここには、地球と同じように、毎日『昼と夜』があるな ——


 明るい太陽の光の中、赤い大地が遠くまで広がっている。

アンテナ塔の影が斜めに長く伸びている。視察フライトを始めた時よりも

少しだけ長く伸びたその影が、日時計のように時間の経過を表していた。


そう。ここでは毎日のように、『陽は昇り』そして『陽は沈む』。

ウィルソン大統領は、目を細めてその美しい風景を見つめていた。


「カネムラ君。地球と似た火星に住みたいという気持ちは、なんとなく

 分かったよ。しかしだ。低重力ラグビーには何の未練も無かったのか? 

 SG4に入隊するのだってプロで三年間プレイしてからでも遅く無いとは

 思わなかったのかい?」


「低重力ラグビーには未練だらけでしたよ。自分も随分悩んだんですが、

 もしもプロで三年間プレイしていたら、SGに志願するということは

 できなくなるだろうと思ったんです」

「ほほう。それはなぜだ?」


「大学の仲間達と離れ離れにならざるを得ないことは決まっていましたが、

 あの仲間達と別れるのがとても寂しくて、あの試合中もいつまでも終わら

 なければいいのにとも思っていました。


 だから、もしもプロで三年もプレーしていたら、そのチームから離れて

 SGに志願するということは出来なくなるだろうと気が付いたんです」


「なるほど。そうか良く分かった。低重力ラグビーにも仲間にも未練があり

 それだからこそ、大学卒業の節目で引退を考えた……ということか」


大統領は長年の疑問の答えを聞き、

頭の中でケンイチの言葉を何度も何度も反芻していた。


「確かに君達はいいチームだったな。特にあの試合の最後のプレイは

 素晴らしかった。あれほどチーム全体が連携しての3D走法攻撃は

 他では見たことが無い。

 あれほどバックス陣が全員で飛び回りながらも、正確にパスを繋げられる

 のは君たちだけだ。何で最後の試合でしかあれをやらなかったんだい?」


「あれは一回しかできない戦術だったんで、最後の最後の切り札として

 取って有ったんだです」

「それは初耳だ。インタビューで必死に練習したと言っていたのは

 憶えているが、一回しかできないというのは?」


「外部の方に種を明かすのは初めてなんですが……あの時、バックス全員が

 ランダムに3D走法をしたように見えたかもしれませんが、全て計画通りの

 コースで全員が動き、誰が何処で誰にパスするかも決まっていたんです。

 その動きとパスのパターンは、一種類しか練習できませんでしたから、

 もう一度やったら、確実にどこかで止められていたでしょう」


「はっはっは。そんな隠し話が有ったのかね。これは驚いた。

 なるほど、それなら一回しかできないというのも分かるな」


  ***


 ケンイチは予定よりもかなり長い視察フライトになっていたので、

そろそろ通信を回復させて状況報告でもしないと、流石に航空管制員が

カンカンに怒っているだろうと思い出した。


「大統領。かなり時間が経ちましたので、司令官やデイビス補佐官も

 心配していると思います。少しだけマーズ・ファルコンの運動性能の説明を

 して、通信を回復させて、基地に帰還しようと思いますがいかがですか?」


「そうか。そんなに時間が経ったかな。君と楽しく話していたから、

 あっという間だったな」

大統領は赤い大地を見ながら続けた。


「そう。長いフライトになった言い訳を考える必要が有るな。

 パク隊員がマーズ・ファルコンは防衛機の中で一番優れた運動性能

 を持っていると言っていた。

 その運動性能の良さというのをではなく、

 じっくりと見せてもらえないか?」


「大統領。運動性能の良さを見せるというのは、宙返りとか、背面飛行を

 しろということでしょうか? かなりGがかかりますが大丈夫ですか?」


「その通りだ。防衛機に乗るのは初めてだが、乗り物酔いには強いほうだ。

 派手にやってくれないかね。パク君の説明した『防衛機の中で一番優れた

 運動性能』とはどんなものかを、ぜひとも体感したいんだ」


「承知しました」

 ケンイチは操縦桿を操作し、<センターシティー>の郊外の

開けた大地へと機首を向けた。


  *** 二十分後 ***


 カネムラ機が帰還した。マリーとソジュンが機体横のタラップを駆け上がり

後部座席からウィルソン大統領が出るのを補助した。

とても一人では歩ける状況では無く、大統領は手を挙げて二人に感謝の意を

示しはしたが、話ができないぐらい気分が悪いようだった。


 展望デッキに入るエアロック内の気圧調整をする間、

ソジュンがケンイチのヘルメットに手を当てて個人通話で話しかけた。

「まさか、キリモミ飛行までは、やってないよな」

「やったよ。大統領がすべて見せろというから」

「やっぱりそうか」


 エアロックが開くと、デイビス補佐官が心配そうに駆け寄って来たが、

ヘルメットを脱いだ大統領は意外にも上機嫌だった。

「やぁ。リサ。 ちょっと気分が悪くなったが大丈夫だ。

 随分と面白い体験だったよ。今度、君も乗せてもらうといい」


「冗談じゃありません。私は防衛機に乗りたいなんて絶対に思いません」

大統領にピシャリと言い切るデイビス補佐官の言動に、

ケンイチは思わずにやけてしまう。


 ヘインズ司令官がケンイチに近づき、小声で聞いた。

「ラグビー好きの大統領とゆっくり話をできたのか?」

「いろいろ昔話をしました。ちょっと話過ぎたかもしれません」


「それは良かった。彼は君の大ファンだったからな。

 ここにダークサイドKKがいるということを絶対に言わないようにして、

 歓迎用のサプライズ・プレゼントにしようと思ってたんだ」

「やっぱり、最初から司令官の企みだったんですね」


 ケンイチが司令官の腕を軽く肘で小突くと、司令官が言い返した。

「いい作戦だったろ? 隠し玉の切り札は最後の最後まで秘密にしておく

 というのは、ツィオルコフスキー大学の君達に教わったんだ」



次回エピソード> 「第19話 SOS」へ続く







 






 


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