第13話 第一中隊への指令

 大統領の挨拶に引き続きヘインズ司令官がリサ・デイビス補佐官を

紹介すると、最初に会議室に入室して来た細身の女性が演台に立った。

彼女は凛として張りのあるメゾソプラノの良く通る声で、大統領の今日の

この後の行動予定を説明した。


 火星到着後すぐに休みもせず、<ペルガモンシティー>へ行くことに

ついては、どうも大統領が突然言い出して強引に決めたらしいということが、

デイビス補佐官の説明の端々から感じ取れた。


 補佐官の説明では、今日は<ペルガモンシティー>から帰るのが遅く

なるため、明日はSG4指令本部基地内と<センターシティー>の

視察だけにするとのことだった。


 その後の予定は、まだ詳細未定と言いながら、約十日ほどの火星滞在中に、

大統領が希望している視察先候補のリストを説明をしようとしたが、

手持ちのタブレットに、あまりにも広範囲にわたるリストが表示されている

のを見て、読み上げるのを止めた。


 少し溜息をついて間を置いてから、気を取り直し、リストの中から

火星の二つの衛星であるフォボスとダイモス、そして極地の氷の採掘場など

代表的な視察候補地だけをあげるに留めた。


 そして最後に、これらはあくまでウィルソン大統領の希望であるが、

月からの出発が遅れたことも考慮すると、もう少し現実的なスケジュールを

考え、見直しも有りうるとの自分の意見を付け加えて演台を降りた。


 変わって演台に立ったヘインズ司令官は、本日の<ペルガモンシティー>

視察は、大統領一行はSG4所有の高速連絡機で向かうため、その護衛

として第四中隊からマーズ・ファルコン二機を出すようにとの指示をした。


さらに大統領の視察にはSG3の護衛担当指揮官が同行すると説明をする。

司令官が合図をすると、保安部員が会議室のドアを開き、痩せて背の高い男性

がキビキビした足取りで入室して来る。


 マリーがケンイチの後ろから驚いた声で囁いた。

「えっ? もしかしてジェラルド・サルダーリ教官?」

マリーだけでなく、会議室の隊員たちが少しざわついていたが、

ヘインズ司令官が男性を紹介した。


「ここにいる多くの者が良く知っていると思うが、以前は新入隊員の防衛機の

 飛行訓練を指導していたジェラルド・サルダーリ大佐だ。

 現在はSG3特殊任務部隊で特命任務に対応している」


 ケンイチもソジュンもマリーも驚いてサルダーリの顔をまじまじ見ていた。

ケンイチがSGに入隊して十年も経っているので、教官が老けるのは

当たり前だが、髪の毛にはかなり白いものが混じり、やや温和な表情に

なっている。しかし、歩く時動作は昔のままのキビキビしていた。


 サルダーリ大佐は演台に進み出て大きな声で挨拶した。

「SG4のパイロット諸君。護衛担当指揮官のジェラルド・サルダーリだ。

 大統領の火星視察中は、君達と一緒に護衛任務に就くので宜しく頼む」


 サルダーリ大佐は、ゆっくりと会議室の全隊員を見まわしてから続けた。


「なるほど、ほとんどが知った顔だ。昔のヒヨッコ共が立派なハヤブサの

 顔になっておるわい。指導した者として、皆の成長した姿をこの目で見る

 機会があることを楽しみにしている」


うんうんと自己満足したようにうなずいて、一礼すると演台から下がった。


 ***


 リーダー会議の最後に、ヘインズ司令官は明日の指令本部基地内と

<センターシティー>の視察は、第一中隊に担当してもらいたいと

ケンイチ達に依頼し、このまま会議室に残るように命じた。


 会議解散後、司令官が第一中隊の三人の所に歩み寄って来る。

「司令官、ウィルソン大統領と幼馴染なんて、大統領選挙の時は一言も

 教えてくれなかったですね。なぜ黙っていたんですか?」

ケンイチがすかさず質問する。


「そんなことを話したら、彼に投票するように仕向けているように

 聞こえてしまうだろ? だから話せなかったんだ」


 ヘインズ司令官は一指し指を立てて口に当て、ひそひそ声で話し出した。

「明日はジャック……いや大統領にゆっくり休んでもらうために、

 デイビス補佐官とある作戦を考えているんだ」


 司令官はデイビス補佐官と事前にすり合わせを行い、明日は大統領に

火星までの長旅の疲れを取ってもらうために、ここSG4指令本部基地内の

視察と<センターシティー>の視察だけに留め、実質的な休養日となる

視察プログラムを考えたと説明した。


・午前中はマリーが基地内案内及び、視察予定の二つの衛星のレクチャー

・午後はソジュンが展望デッキで、マーズ・ファルコンの説明

 (大統領は航空機ファンなので、詳しく説明して欲しいとの依頼だった)

・最後にケンイチが大統領をマーズ・ファルコンの後部座席に乗せて

 <センターシティー>を空から視察する。


「空からの視察をするなら、マーズ・ファルコンより低速飛行が可能な

 連絡機のほうが向いていると思いますが?」ケンイチが質問する。


 司令官は人指し指を横に振りながら答えた。

「いや、マーズ・ファルコンの後部座席に乗せるというのがポイントなんだ」

 司令官は、意味ありげにケンイチに頷いてみせた。


「彼は航空機の大ファンでね。防衛機を見るのも好きなんだが、他の防衛機は

 全て単座だろ? だからパイロットじゃない彼は防衛機で空を飛んだことは

 無いんだ。彼が明日ここで一日ゆっくりすることをオーケーしたのは、

 マーズ・ファルコンの後部座席に乗って飛べると提案したからなんだ」


「でもケンイチの後部座席に乗ったら、すぐに気分が悪くなっちゃって、

 視察にならなくなっちゃいますよ」ソジュンは心配してこう発言したが、

 司令官は指を鳴らしてから親指を立てた。


「その手も良いかもな。マーズ・ファルコンの運動性能の良さを十分説明して

 もらうとことにして、夕方からは自室でゆっくりと休んでもらおう」


 マリーとソジュンは顔を見合わせて爆笑する。ケンイチは複雑な顔だ。

「そんな。俺に大統領にゲロ吐かせたっていう汚名を着せるつもりですね」

「いや。ジャックはそういう経験も喜ぶ男だよ。カネムラ君」


  ***


 翌日。マリー・クローデルは午前九時より指令本部基地内の案内を始めた。

ウィルソン大統領とデイビス補佐官、ヘインズ司令官、そしてSP二名と

<ベースリング>内の業務区域や生活区域の設備を視て回った。


 その後、会議室で火星の二つの衛星フォボスとダイモスの説明を行う。

天文学者としての見地から、火星の衛星の特殊性などを説明した。


 特にフォボスは、非常に速い速度で火星の周りを公転をしているため、

一日に二度も地平線から『昇り』、そして『沈む』という特性を生かし、

物資の集積と、火星各所への物資輸送に役立っているという説明には

大統領はかなり興味を持ったようだった。


「天体運動学の博士号まで取った君のような優秀な学者が、なぜSG4の

 パイロットを志願したんだね?」と大統領。

マリーは良く聞かれるその質問には答えを用意していた。


「大統領が良い政治を行うためには、月の執務室の机上ではなく、現地に

 赴いて広く知見を深めることが大事だと思っているのとよく似ています」

マリーは大統領と補佐官に微笑みかけながら続けた。

そらでの様々な現象の理解には、月の研究所に居るだけでは

 ダメだと私も思ったからです」


「こりゃ参った。一本取られたな」

ウィルソン大統領は笑いながらヘインズ司令官のほうを見ると、

ヘインズ司令官が付け加えた。

「このあと、もう一人、似たような考えの宇宙機工学博士に会えますよ」


 視察の一行は宇宙服のスーツを身に着け、地上設備の二階にあり

宇宙機発着場の良く見える展望デッキへと向かった。


 回転している<ベースリング>から外に出たため、疑似重力は働かず

火星の〇・三八Gの重力環境ではあるが、展望デッキは一気圧に調整されて

いるため、ヘルメットを着用する必要はない。


 この宇宙機発着場に沿った長細い展望デッキは、地上二階の高さが有り、

宇宙機発着場側には、特殊強化ガラスが張られた大きな窓が有る。

このため発着場全体が一望できる。


 また、その発着場の向こう側には、<ベースリング>内では映像でしか

見ることのできない火星の山々の風景を一望することができた。

展望デッキ内には飲み物の自販機やベンチも備え付けられ、一気圧環境と

いう過ごしやすさも有るため、指令本部基地の従業員の憩いの場でもある。


 特にこの日は、宇宙機発着場に駐機しているアース・フェニックスを

一目見ようと、いつもの倍以上のSG4従業員で賑わっていた。


  ***


 第一中隊のハリシャ・ネール隊員とレオナルド・カベッロ隊員は

展望デッキに来ていた。二人は共に火星育ちで幼馴染だ。

幼いころから共にフェンシングを習っており、火星で行われている

数々の大会で優勝を争うライバル同士でもある。


 非番の日はフェンシングの練習のため、基地外のフェンシング道場で

過ごすことが多いが、この日はアース・フェニックス見物のために

展望デッキに来ている。

しばらく見物したあと二人で昼食に行こうとしていた。


 展望デッキ中央の出入り口付近で、

丁度、そこに入って来たマリーを見つけてハリシャが声をかける。

「あっクローデル副隊長も、アース・フェニックスを……」


マリーの後ろにヘインズ司令官に続いて、大統領一行が続いて入って来るの

に気が付くと、ハリシャ・ネールとレオナルド・カベッロは慌てて

直立不動になって敬礼をして道を開けた。


 マリーは軽く手を振り二人にウィンクして、視察の一行を展望デッキの

西側の方へ誘導した。一行が通り過ぎると、レオナルド・カベッロが唸った。

「すっげー。クローデル副隊長が大統領を案内してるよ」

「SG4で一番美人で優秀だから司令官が指名したんだわ。きっと」


 ハリシャは第一中隊の第二分隊メンバーであり、第二分隊長のマリーと

一緒に任務に就くことも多く、理想の先輩として尊敬している。

大統領の案内と言う大役を任せらた先輩を、憧れと羨望の目で追っていた。


「ああ。クローデル副隊長は、カネムラ中隊長に対して言葉遣いが

 荒いことが有るけどな。ああいう案内は向いてるかもな。

 ハリシャそれより腹が減ったよ。早く飯食いに行こうぜ」



次回エピソード> 「第14話 展望デッキ」へ続く

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