第14話 展望デッキ  

 ソジュン・パクは展望デッキの西側で視察の一行を待っていた。

こちら側は、大統領機からも離れており見物人は少ない。

目の前の窓ガラスの向こう側には多数のマーズ・ファルコンが

駐機しているのを見下ろすことができた。


 昨日命じられるまでは、大統領に説明をすることになろうとは、

思いもしなかったので、緊張していたが、マリーとにこやかに

談笑しながら歩いてくる大統領の表情を見て少し安心した。


 一行がソジュンの近くまで来ると、ヘインズ司令官がソジュンを紹介した。

「彼が先ほど話した宇宙機工学博士号を持つソジュン・パク副隊長です」


「私は航空機や宇宙機を見るのは好きでね。マーズ・ファルコンにも

 とても興味が有るんだ。宇宙機工学に詳しい隊員がいると聞いて、

 話を聞くのを楽しみにしていたんだ。よろしく頼む」


 ウィルソン大統領がにこやかに右手を差し出したので、

ソジュンも恐縮しながら右手を出し握手をした。

「おぉこれは壮観だ。カタログ写真は見ていたが、まさに地球時代の

 戦闘機のフォルムだな」

大統領は窓の外にずらっと駐機しているマーズ・ファルコンを眺めて唸った。


「はい。良くそのような感想を聞きます」ソジュンが頷いた。

—— これは説明のし甲斐が有りそうだねぇ ——


「しかし、月で運用しているムーン・イーグルをベースにして開発された

 と聞いてたが……フォルムが全く違うし、サイズもかなり大きい……」


「はい。マーズ・ファルコンは一般にはカシミール・インダストリー社製の

 ムーン・イーグルを母体として開発されたと言われますが、

 それは正確な表現では有りません」


ソジュンは、想定通りの質問だったので、待ってましたと説明を始める。


「正確にはムーン・イーグルの推進システム構成を参考にした程度です。

 カシミール・インダストリー社の推進システム構成に関する特許を、

 一部買い取って、その技術を使っています。

 しかし、それ以外の部分はSG3の宇宙機開発研究所が、独自ノウハウを

 入れながら開発したものなので、ほとんどの部分が別機種と言えます」


 ソジュンは手にしていたタブレットを少し操作する。ムーン・イーグルと

マーズ・ファルコンの違いが良くわかる比較映像が窓に表示された。


「ムーン・イーグルは防衛専用機ですが、マーズ・ファルコンは隕石防衛以外

 にも人員輸送や物資運搬などを行う多目的機として開発されたものです」

ソジュンは映像の上でカーソルを動かしながら意気揚々と説明する。


「宇宙防衛機としては珍しい複座機となっているのは、怪我人や病人の

 緊急輸送にも使用できるようにするためです」

 窓の映像は火星の映像に切り替わった。


「火星は移住都市がまばらにあり、月のように都市間を結ぶチューブ式の

 リニアトレイン網も有りません。よって人員の高速緊急輸送では

 マーズ・ファルコンが活躍しています。高速連絡艇よりもかなり速い

 ですし、火星各地の基地に多数の機体が常時配備されていますから」


「なるほど、それで複座機なんだな。それと、あのような翼があるという

 ことは、離陸時はSTOL(短距離離着陸)をするということなのかね」


「いえ火星の大気圧は地球の1パーセント未満ですので、

 翼による揚力はほとんど得られません」

—— 大統領は少しは専門用語を使っても大丈夫そうだな ——


「離着陸はジェット噴射によるVTOL(垂直離着陸)になります」

 窓に映している映像をマーズ・ファルコンの内部構造が分かる図に

切り替えて続ける。


「複座になった上に物資輸送ができるように小さな貨物室も有ります。

 このように機体が一回り大きくなったのに加えて、火星の重力は月よりも

 大きいため、そらで隕石防衛をするためには燃料水を多く搭載する

 必要がありました」


 マーズ・ファルコンの構造図で胴体と両翼の燃料水タンクの色が変わる。

「このためムーン・イーグルではサブ推進機ポッドを取り付けるために、

 胴体横に張り出したブレースだった部分を、デルタ翼状にしながら

 燃料水タンクにしたと言われています」


「ほほぅ。なるほど。翼の中はほとんど燃料水タンクなんだな」


「このデルタ翼風の主翼も、水平尾翼も垂直尾翼も、火星の大気圏内を

 高速飛行する時には、姿勢制御にはかなり役に立ちます。

 また、姿勢制御用のジェットを吹く頻度が減るので燃料の節約にも

 なっています」


「なるほど、火星の大気圏内で使うから、燃料水タンクを兼ねた翼が有る

 ということか。これだけ火星環境に特化した機体ということは、宇宙空間

 での隕石防衛でデメリットは無いのかね? 

 例えばコロニーで良く使われているスペース・ホークと比べたら

 宇宙での性能はどうなのかね?」


—— 来た来た。それも想定内の質問だ ——


「そうですね。スペース・ホークは、スペーステクノロジー社製で、

 宇宙空間での使用を前提に開発されていますから、宇宙空間ではとても

 優秀な機体と言えます」

タブレットを操作して窓に移る映像をスペース・ホークに切り替えた。


「スペース・ホークは機体も軽量で加速性能は宇宙防衛機の中では

 最高レベルにあると言って良いでしょう。ただし、実際の運用時には

 マーズ・ファルコンと同等だと言えます」


「その説明は良くわからないが、どうしてかね?」


「簡単に言えば、中のパイロットは人間ですから、スペース・ホークの

 最大加速度には耐えられません。機体の性能がどんなに良くても、

 現実的な運用としては最大5G程度までに抑える必要が有るからです。

 その最大加速度というのも、長時間では体に負担が有りますので、

 SGの宇宙機はパイロットの健康を考え、通常3Gで制御されています」


「なるほど、最大加速度はパイロットの限界で決まる……その通りだな」


「マーズ・ファルコンは宇宙防衛機では最高レベルの運動性能が有ります。

 激しい隕石嵐の中で飛び交う隕石を、巧みにかわしながら迎撃が可能で、

 隕石防衛への適正でも最高のパフォーマンスを発揮できる機体です」


「その最高レベルの運動性能というのは、他機種と何処が違うのかね」


「マーズ・ファルコンは、先ほど説明したようにムーン・イーグルの

 推進システム構成を参考に開発されています。

 垂直尾翼の両脇に張り出したブレースに付いているメイン推進機ポッドと、

 両主翼の先端にあるサブ推進機ポッドの四つの推進機ポッドが

 それぞれ独立して動く点は、ムーン・イーグルと同じです」


 ソジュンは映像を切り替え、推進機ポッドを回転させている動画にした。


「ムーン・イーグルではこれらの推進機ポッドは限られた可動範囲内でしか

 動きませんでしたが、マーズ・ファルコンでは推進機ポッドを三百六十度

 ぐるぐると、何回転もできるように改良されています」

「なるほど。それは凄いな」


「この改良によって、前後上下のどの方向にでも核融合プラズマ推進による

 最大加速度を発生可能です。またそれだけでなく、マルチ推進システムを

 持っている点にも特徴が有ります」

 映像はマルチ推進システムの構成図に切り替わった。


「この機体の各所の姿勢制御用ジェットはかなり大きいパワーが有ります。

 火星の重力なら推進機ポッドを使用しないでもVTOLが可能です」

「姿勢制御用ジェットに、そこまで大きいパワーが有るのか……」


「四つの推進機ポッドの回転と、この機体各所のジェット噴射の組合せで、

 かなり複雑な動きも可能です」

「それは凄い。火星大気圏内でも宇宙空間でも最高レベルということか」


「はい。SG3の宇宙機開発研究所が持てる技術の粋を集めて

 開発した機体ですから」

「それは搭乗するのがますます楽しみになったな」


 その後もウィルソン大統領が様々な質問をしたが、ソジュン・パクは

次々に資料映像を出しながら答え続ける。二人は時間を忘れて宇宙機好きの

趣味の世界にどっぷりとはまっていた。


 ヘインズ司令官は、もうそろそろいいかと考え、通信で機体整備場の

ケンイチに機体を出すよう指示をした。


 ピカピカに磨き上げられたマーズ・ファルコンが、展望デッキ右手の

機体整備場から、姿を現して、展望デッキに向かって走行してくるのに

ソジュンが気が付き説明した。


「大統領。あれがこれから<センターシティー>視察のために乗って

 いただく機体です。視察の飛行ルートはこちらをご覧ください」


 ソジュンは予定飛行ルートをタブレットに表示させて、簡単な説明を行い、

次はコックピットの後部座席内の映像に切り替えると、通信装置の使い方と

非常時の緊急射出ボタンの場所を手早く説明をした。


 ***


 展望デッキの宇宙機発着場側の中央部にあるエアロックの扉が開き、

ヘルメットを装着したままのケンイチが出て来る。

ケンイチが一行のほうに近づくと、ヘインズ司令官が大統領に紹介をした。


「ジャック。うちのエースパイロット、第一中隊のカネムラ中隊長だ」

司令官が言い終わらないうちに、大統領がニコニコしながら右手を差し出す。

ケンイチは大統領に装着してもらうために、両手に持っていた予備酸素

カートリッジと予備バッテリーを、慌てて床に置いた。


 横で見ていたマリーは、その時大統領が何かに気が付いて、

ハッとして司令官に目を向けたのに気が付いた。

 そして、ヘインズ司令官のほうは、笑みを浮かべ、大統領に向かって

深く頷いたのを見逃さなかった。


ケンイチは機材を置くために床に目を向けており、二人のその動作には

全く気が付いていない。


 ウィルソン大統領は、ケンイチの手を取るとしっかりと握って握手を

しながら言った。

「大統領としては街の視察も大事だが、個人的にはマーズ・ファルコンの

 後部座席に乗れるのがとても楽しみだ。どうかよろしく頼む」

「大統領。こちらこそよろしくお願いいたします」


 大統領が予備酸素カートリッジと予備バッテリーをスーツにつけ終わると、

マリーとソジュンは、リサ・デイビス補佐官とともに、ケンイチ、大統領、

司令官の三人が外に出るためにエアロックに入るのを見送った。


 マリーが心配そうに見ながら、ソジュンに囁いた。

「大統領、気絶しないといいわね」

「ああ。ゲロよりも、気絶してもらった方が掃除が楽でいいかもねぇ」




次回エピソード> 「第15話 司令官の作戦」へ続く

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