第9話 黒いシティー

 マリーはイルマ博士ともっと長く話をしていたかったが、

遅くならないうちに基地に帰らないといけない。それに、若い二人に

研究所を少し見学させて欲しいというケンイチの指示を思い出した。


 それを伝えると、イルマ博士は快くOKして、助手を呼んで三人に

研究所の案内をするように指示を出してくれた。


「クローデル博士。何か面白いことが分かったら、あなたにデータを送るわ」

「ありがとうございます。楽しみにしています」

 三人は迎えに来た助手につれられて、研究所設備の見学のために

イルマ博士の研究オフィスを後にした。


 ***


 デブリ除去が終わった第一中隊の三機も<テゾーロ地区>で燃料水を

補充してもらい、研究所の見学が終わった三人と合流した。

そして五機は<センターシティー>への帰路についた。


「こちらガーランドです。カネムラ中隊長にお願いが有るんですが」

「なんだヴィル。もうオレンジ色の隕石が来てるなんて言わないでくれよ」

ケンイチがジョークを言うのは珍しかったが、ヴィルヘルム・ガーランドは

真面目な声で通信を続けた。


「いえ、基地に帰ったら、今日の迎撃の時の中隊長機の操縦データを

 見せていただくことはできませんか?」

「別に構わないけど、そんなデータ何に使うんだ?」


「今日私は、自分で操縦や迎撃ができなかったので、中隊長の操縦や

 迎撃データを分析して勉強したほうがいいかなって……思ったんです。

 燃料水の消費を押さえながら、あれだけの迎撃をするなんて、

 ちょっと信じられなかったので」


「やるねぇ、ガリ勉君。ケンイチの操縦記録のデータを分析しても、

 どうせ普通の人間には真似できないけどね……」

通信を聞いていたソジュンが割り込んできた。


「ただ、操縦記録データだけじゃなくてぇ、実際のモニター映像を見れば、

 隕石が飛び交う中で、どう迎撃したかの参考になるかもなぁ。

 そうだ、ケンイチ。そういうモニター映像も含めて全データを皆に

 開示しても構わないか?」


「俺は全く構わないけど、そんなデータ本当に役に立つのか?」

「ちょっと、いいこと思いついちゃったから、見てのお楽しみってことで」


   ***


 <センターシティー>に近づき、指令本部基地に向かって降下を始めると、

違う場所に来たかと見間違えるような光景が広がっていた。

 <センターシティー>全体が真っ黒な砂に薄く覆われていたのである。


 黒い砂状の飛来物が降って来たのだと一目でわかる。

地上の建造物やアンテナ設備が無かったら、どこの都市なのかも分からない。

その黒ずんだ都市に、マーズ・ファルコンが多数着陸してる場所が有り、

そこが指令本部基地の宇宙機発着場だと分かった。


「こちらケンイチ。ここは隕石嵐の範囲外っていう話だったよなぁ」

「こちらマリー。隕石が落ちた形跡は無いから、隕石嵐の範囲外という

 のは間違い無かったんだろうけど、黒い砂嵐はここまで来ちゃったようね」


 発着場に着陸しようとすると、機体下部のジェット噴流で巻き上がった

黒い砂煙で周囲が埋め尽くされ、視界がほとんど効かない。

六人は機体から降りたものの、しばらくは歩くのにも苦労した。


 パイロット待機室に着くと、エレベータで地下に降りエアロックに入った。

その時、ケンイチ、マリー、ソジュンの三人の腕の通信端末に、リーダー

ミーティングの招集指令が入って来た。


「あちゃ~。俺達シャワーも浴びずに会議室に直行じゃん」とソジュン。

 マリーが申し訳なさそうに答えた。

「ごめんね。私はさっき地質学研究所で顔だけは洗わせてもらったわ」


 気圧調整が終わりエアロックを出る。ヘルメットを脱いで顔を見合わせた。

突然の出撃命令で出撃前のブリーフィングができなかったので、ケンイチは

ヘルメット無しで若い二人の顔を見たのは今日初めてだった。


 ケンイチは小柄な二人の若手、ヴィルとシンイーの肩に手を置いて言った。

「今日は二人とも初めての迎撃で良く頑張ったな。ヴィルの迎撃指示は

 ものすごく的確で助かったし、シンイーも機体に傷一つつけずに、

 あの隕石嵐に対応できた。本当に頑張った」


 笑みを浮かべながらケンイチを見る二人は、もう新人隊員の顔では無く、

その眼は、はっきりと何らかの自身を得た輝きを放っていた。


 ***


 六人は地下道を通り<ベースリング>中央のセンターシャフト部まで行き

シャフトエレベーターに乗った。


<ベースリング>は疑似重力を発生するために回転しているが、このセンター

シャフト部の内側の円筒(内筒)は回転していない。そして、その内部の

シャフトエレベータで地下通路から屋上まで行けるようになっている。


「航空管制室からの連絡では、緊急輸送要請にはクリスやアリョーシャが

 対応してると言ってた。ジョン、ヴィル、シンイーは一度自室に戻って、

 シャワーでも浴びて来たらいい。その後、着替えてからパイロット控室に

 行って待機していてくれないか」


 三人が返事をしている横で、ソジュンがぼやいていた。

「俺もシャワー浴びてぇぇ」


 <ベースリング>の上層部でシャフトエレベーターを降りた六人は、

センターシャフト部の外筒側のターンテーブルに乗り移った。

センターシャフト部は二重円筒構造で内筒側は回転していないが、

外筒側は<ベースリング>の主構造とともに、六十数秒で一回転している。


 生活区域に戻るジョン達三人と別れ、ケンイチ達リーダー三人は

勤務区画側に向かう方向のスポークに進む。


 センターシャフト部の外筒と、<ベースリング>のリング部は、

何本かのスポークと呼ばれる構造で繋がれている。このスポーク内には

リング部まで行く特殊なスポークエレベーターが有るのだ。


 回転中心部では遠心力がほぼゼロとなるので、火星の重力方向、

つまり垂直真下に床面が有るが、回転体の外周部に近づくにつれて遠心力

が強くなり、重力と遠心力の合力方向、すなわち斜め下向きに床面が来る

ように、スポークエレベータの箱自体の角度が調整される。

 このためリング部ではスポークエレベータの箱はほぼ横倒しとなる。


 乗っている者にとってみれば、徐々にエレベーターの箱の角度が変わって

いくのは感じ難い。センターシャフト部から出発する時の出だし時点では、

列車の出発時のように横方向の加速を感じ、リング部に近づくと、

疑似重力が増えて体全体が重くなるのが特徴だった。


 エレベータを降りると、第一中隊のアレクセイ・マスロフスキーと

クリスティーン・ライムバッハーが三人を出迎えた。

二人はケンイチ達と年が近い中堅メンバーである。


「皆さんよくご無事で」大学時代にレスリング部だったアレクセイは、

中隊内で唯一ケンイチよりも体が大きい隊員である。

その太い腕と手を上げて、ケンイチとハイタッチをした。


「中隊長、副隊長、ご無事でよかったです」クリスは軽く敬礼して話した。

「出撃要請のあとすぐに第一避難体制が発令されて、隔壁が閉まったので

 基地に戻れませんでした。申し訳ありません」

「ああクリス。それは仕方ないさ。事前に警報が出なかったんだから」


「五機だけで担当地区を守り切ったって司令官が褒めてましたよ」

 とアレクセイ。

「いや~。へとへとになっちゃったけどね」とソジュンが、

首をガクッと傾けて舌を出し、いかにもグロッキーという表情をして見せる。


アレクセイがソジュンに向かって頷きながら、パイロット控室を指さし

ながら言った。

「出撃に間に合わなかったメンバーも、第一避難体制が解除された後に

 全員集合できています。だから緊急輸送任務には十分に対応できますから、

 皆さんはミーティングが終わったらそのままシャワーでも浴びてください」


「アリョーシャありがとう。そうさせてもらうよ。ジョン達三人には自室で

 シャワーを浴びたあと、パイロット控室に行くように言ってある。

 ところで緊急輸送の任務は多いのか?」


「先ほどフェルが<アルギルシティー>へ医師を乗せて行き、ハリシャの

 ほうは被害の大きかった<ペルガモンシティー>へ医療物資の緊急輸送で

 向かった所です。今の所、第一中隊への緊急輸送指令はその二件だけで、

 まだレオとダミアンもスタンバイしてますから、十分対応できます」


「それは助かるな。俺達もミーティング後にシャワーを浴びたら、

 すぐパイロット控室にいくよ」


 

次回エピソード> 「第10話 リーダー会議」へ続く

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