第8話 イルマ博士の推論

 隕石運搬の作業を終えて、マリーとヴィルも地上部隊の控え所に入った。

マリーとスコット・サンダース隊長との挨拶が済むと、サンダースの案内で

居住設備へと向かう。


 エレベータで狭い地下通路へ降り、倉庫や地下シェルターの扉の前を

通り過ぎて、少し歩くとエアロックの扉が見えた。


 ヴィルヘルム・ガーランドの目が輝いて、サンダース隊長に質問する。

「これって、チューブ・トレインの入り口ですか」

「ああ良くわかったね。珍しいだろ、大都市にはこのタイプの居住施設

 は無いからね」


 サンダース隊長はボタンを押して、エアロックの扉を開けると、先に中に

入って、三人が中に入ってから内側の操作ボタンで扉を閉めた。

エアロックと言っても、狭い部屋ではなく中は長い廊下状の区画だった。


 シンイー・ワンが不思議そうな顔をしながら、ヴィルの背中を

指でつっついて話しかけた。


「ねぇ。チューブ・トレインって何? 居住区に行くのに地下鉄に乗るの?」

「ああ、ワンちゃんはチューブ・トレイン式居住区のこと知らないか。

 僕も見るの初めてだけど、文字通り地下鉄の様な居住区なんだ」


「普通の居住区は、ぐるぐる回転して疑似重力を発生させるだろ? 

 ここでは、大きな円環上の真空チューブの中を列車のような居住区が

 走り続けることで、疑似重力を発生させるんだ」

ヴィルは手で、大きく丸い円を描くように動かしながら続けた。


「リニアチューブラインが、同じ場所をぐるぐる回っているような感じさ。

 ここに来れて良かったよ。赴任前に火星のこと調べてた時に、

 ここにチューブ・トレイン式居住区が有るっていう情報を見てたんだ」


「ガー君って何でも知ってるわね。でもそんな走り回ってる居住区に

 どうやって入るの?」

「それはこれからのお楽しみだよ」


 二人が話しているうちに、入って来たのとは反対側の扉にたどり着き、

隊長が扉を開けて三人に合図した。エアロックから外に出ると、

そこはまさにリニアチューブの駅のホームのようだった。


 駅のホームのように長椅子が並び、特殊強化ガラスで仕切られた壁の

向こうが列車の走る走行路になっている。ホームと走行路を仕切る壁の

何カ所かに二重構造の気密ドアが設置されている。


 すでに、二車両の列車がホームに横付けされ、気密ドアが開いていた。

横にある吸引装置でホーム側と車両側の気密ドア同士が離れないよう固定

され、真空の走行路に空気が逃げないよう調整されている。


 四人が車両に入ろうとしたまさにその時、轟音とともに車両の上側を

別の列車風のものが猛スピードで通り過ぎていくのが振動でわかった。

目を丸くして固まっていいるシンイーにヴィルが説明する。


「今、猛スピードで通り過ぎたのが、乗り込もうとしている居住区画さ。

 この車両はサブラインと言ってね、高速で走り続けるあの居住区画に

 乗り降りするため乗り物なのさ」

「えっ。どういうこと?」


「このサブライン用の走行路は、あのメインの居住施設の走行路と並んで

 走れるようになっているんだ」

ヴィルは二本の指で円を描くようにぐるっと回した。


「今はこのサブラインは止まってるけど、これから加速して、居住施設と

 同じ速度になった時に、両者がドッキングして乗り込むことになるんだ」


 サンダース隊長が車両内両側に並ぶ長椅子に座るように合図して言った。

「いちおう安全規則だから、各自シートベルトをして下さい。

 あと少しで発車します」


 隊長はマリーの隣りに座り、美人の副隊長と話し込む気が満々という感じ

だったので、シンイーとヴィルはその少し斜め向かいの椅子に並んで座る。

 シートベルトをしてから話を続けた。


「ねぇガー君。この、サブラインって、今から発車して、さっき猛スピードで

 通り過ぎた居住施設に追いつくの?」


「いや逆だと思うよワンちゃん。このサブラインが徐々に加速するうちに、

 さっきの居住施設が一周回って、追いついてきて、丁度同じ速度になった

 ころに、ドッキングするんだと思うな」


 そう言っているうちに、サブライン車両が発車してゆっくり加速を始めた。

「ふーんそうなんだぁ」シンイーは迎撃でとても疲れた声だ。


 座ったとたんに眠気が押し寄せて来たようで、ヘルメットを膝の上において、

横を向いてヴィルに言った。

「迎撃で疲れちゃった。少し目をつぶっててもいいかな」


「ああ、ワンちゃんは今日は頑張ったもんな」

「ガー君もすごかった。あんなにしっかりと指揮をとって……あんな風に

 ガー君の声が聞こえてなかったら、私怖くて固まっちゃってた。

 ガー君ありがとう」


 シンイーがそっとヴィルのほうに手を伸ばし、ヘルメットを押さえている

ヴィルの右肘に手を置くと、目をつぶってヴィルの肩にそっと頭を乗せた。


 仲良く話をする同期メンバーでは有るが、恋人では無いので、シンイーの

その動作にヴィルは驚いた。

少しびくっとしたヴィルは、何か言おうとしたが、すでにシンイーは目を

つぶっているようだ。シンイーの頭を肩から落とさないように姿勢を正した。


 車両の向こう側を見ると、マリーがこちらをちらっと見てほほ笑んだ気が

したので、少し恥ずかしくなって左手で頭を掻いたが、自分の右肘の上の

シンイーの左手と、肩にもたれるシンイーの頭を動かさないようにじっと

固まっていた。


 サブライン車両が徐々に加速する。遠心力が増し、疑似重力が強くなる。

それに合わせて車両の角度が少しづつ横倒しになっていった。

ヴィルは肩に乗っているシンイーの頭が少しずつ重くなることで、

疑似重力が強くなってきているのを感じていた。


 少しすると、ほぼ相対速度が同じぐらいになった居住施設が、後ろから

追いついてくる音が聞こえる。やがて並走するようになって、サブラインと

居住施設の気密ドア位置がほぼ同じ位置に来た時に、吸引装置が働いて

両者の気密ドア構造を合体させた。


「ワンちゃん。ドッキングしたよ」

 完全に寝ていたシンイー・ワンは、ヴィルの声にはっとして起き、

乱れたショートヘアを両手で直しながら恥ずかしそうに小声で言った。


「私、寝息たててなかった?」

「大丈夫だよ。ワンちゃん」

二人はシートベルトを外し、隊長に続いてドアから居住施設へと入った。


   ***


 マリー・クローデルは小天体組成研究室の扉のブザーボタンを押しながら、

自分が緊張しているのを感じた。


 これから、小天体の研究では、世界第一人者のイルマ博士に面会できる。

天文学を学んで来た者としてはとても光栄なことだ。

さらに、そのイルマ博士の依頼で隕石を輸送し、作業終了の報告をする

チャンスが来るとは思ってもみなかった。


 インターホンに研究室の助手か誰かが出るものと思って待っていたが、

インターホンではなく部屋の中から直に声が聞こえた。

「どうぞ。中に入って」ターシャ・イルマ博士の声だった。


 ドアを開けると、イルマ博士は片手にコーヒーカップを持っている。

コーヒーサーバーの前で、砂糖の濃度を調節するボタンを押しながら、

カップをサーバーの下に入れようとしている所だった。


「失礼します。SG4第一中隊のマリー・クローデルです」

コーヒーサーバーからドアのほうに目を向けたイルマ博士は、

ぽかんと口を開けて、驚いた表情でマリーを見つめた。


「えっ、え、あなたは確か……いつかお会いしたコぺルニクス大学の

 クローデル博士よね。それがなんでSG4なの? いつ火星に来たの?」


 マリーは何年も前に一度だけしか会っていないイルマ博士が、自分の顔を

覚えていたことにひどく感激した。少し上ずった声で挨拶をつづけた。


「博士と小天体学会でお会いしたのは、ずいぶん前になりますけど、

 覚えていただいてたんですね。とても光栄です。

 博士号をとって、卒業してからすぐにSGに入隊して火星に配属に

 なったんです。今日はイルマ博士にお会いできて良かったです」


 マリーが言い終わらないうちに、ターシャ・イルマ博士のほうから

マリーに歩み寄り、軽くハグをしてから、後ろにいる二人にも会釈をした。

「こちら、シンイー・ワン隊員とヴィルヘルム・ガーランド隊員です」

マリーが紹介してくれるのに合わせ、若い二人はイルマ博士に頭を下げた。


 イルマ博士は、コーヒーサーバーを指し示し、三人に自由に飲んで

ゆっくりして良いと勧め、自分は注いだばかりの湯気を立てているコーヒー

を打ち合わせテーブルに置いて椅子に座った。


「SGに入隊したってどういうこと? 私つい先日も、コペルニクス大の

 研究論文に、クローデル博士の名前が有るのを見たばかりよ。

 大学に残って研究を続けていたんじゃないの? 

 あれはまさに、あなたの研究テーマの論文よね」


「あぁ。あれは私が卒業してからも、大学の小天体運動研究室の後輩たちが

 研究を引き継いでくれていて、彼らに頼まれて非番の日にデータ作成の

 協力をしていたら、いつのまにか共著の形にしていただいたものなんです。

 でも、イルマ博士に読んでいただいてたなんて光栄です」


 マリーが答えながらイルマ博士の向かいの椅子に座ると、シンイーが

気を利かせて、コーヒーサーバーでコーヒーを入れて渡してくれたので、

片手を上げて感謝を示し受け取った。


 シンイーとヴィルは自分たちもコーヒーを入れて、マリーとイルマ博士の

話の邪魔にならないようにテーブルの端に座ろうとしていたが、イルマ博士が

二人に向かってにこやかに話しかける。


「あなたたちは、クローデル博士のすばらしい研究を知ってるの?」

 当然、そんな質問をされても、マリーが博士号を持っているというぐらいの

知識しかなかったので、二人とも驚いて首を振った。


 横からマリーが慌てて割り込む。

「イルマ博士、そんなに持ち上げないでください。博士にいただいた隕石の

 データが有ったおかげで、なんとか博士論文をまとめられただけで、

 中途半端な状態で後輩に研究を引き継いでしまったので、あまり褒められた

 ものではないです」


 イルマ博士はシンイーとヴィルの二人に向かったまま話しかける。

「クローデル博士はね。とてもユニークなシミュレーションモデルを

 考案したのよ。あのシミュレーションのアルゴリズムには脱帽したわ」


 イルマ博士はマリーに向きなおって続けた。

「あなたのような優れた研究者が、なんで大学から出てここにいるの? 

 SG4のパイロットだなんて信じられない」


 そのイルマ博士の質問の答えには、シンイーとヴィルもとても

興味が有ったので、三人の目はマリーの答えを待っていた。

マリーは三人に注目され、ちょっと躊躇したが口を開いた。


「隕石防衛に真剣に取り組んでいるSG隊員の皆さんの前で言うと、叱られて

 しまうかもしれないんですが、机上でデータを見ているだけじゃなくて、

 実際に小天体が飛ぶのをこの目で良く見たかった……と言っても答えに

 なっていないでしょうか」


「なるほど、そうなのね。なんとなくは分かるわ。私も研究室よりも隕石の

 サンプルを集めるために外に出ているほうがとてもやりがいを感じるもの」

イルマ博士はそこまで言って、マリー達の訪問理由を思い出した。


「あぁ、そういえば今日は、落ちた隕石を運んでいただいたのよね。

 クローデル博士が来ると思っていなかったから、驚いてしまって、

 お礼を言うのをすっかり忘れていたわ」


「いえ、少しでも博士の研究のお役に立てて良かったです」

「少しなんてことは無いわ。今日の隕石にはちょっと気になることが有って、

 良く調べたいことが有るのよ」


 イルマ博士がテーブルの端のキーボードを少し叩くと、<テゾーロ地区>に

展開されていたTNS防衛面のホログラムの映像が出た。

イルマ博士は、その映像の一部を指さしながら説明した。


「この<テゾーロ地区>のTNSの小型ロケットのいくつかには、

 研究のために隕石の観測装置が搭載してあってね。TNSで受け止めた

 隕石群の組成の簡易分析ができるのよ。少し気になるのはね、

 今日の隕石群の一部にだけ、放射線の線量が大きいものが有るの」


「そうなんですか。それは珍しいですね。小天体雲がどうやって

 できたのかが、わかる何かのヒントになるんでしょうか?」


「いや、隕石群のごく一部にだけ、この放射線量が有ることから考えると、

 これは、太陽系に入ってから、被ばくしたのではないかとも思うのよ」

「そうなんですか?」


「簡易分析データだけでは情報不足で、確証はないんだけどね。

 火星に来る前に、太陽系の何処かで何らかの核融合エンジンか何かを

 搭載したものと衝突したのかもしれない」



次回エピソード> 「第9話 黒いシティー」へ続く

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