爪痕

第7話 地上からの依頼

 大規模な隕石嵐との戦いは数時間に及んだが、第一中隊は

ソジュンの考案したTNSコントローラーにより、ミサイルを

温存することができ、危機を乗り越えつつあった。


 ヴィル・ヘルムガーランドの前のモニターでも、明らかに

大きな隕石の飛来が少なくなって来ている。

—— なんとか切り抜けられたかな? ——


「二分後までは青色と白色の隕石だけです。

 三分後にジョンさんのエリアに黄色がひとつです。その後は今のところ

 大きい隕石は見当たりません」


「こちらジョン。三分後に黄色了解。終わりが見えてきたってことか?」

「はい。近距離レーダーの探知範囲にオレンジ以上はもう見当たりません」


その時、火星基地の航空管制からSG4航空部隊全機への一斉通信が入った。


「こちら航空管制。遠距離レーダーの観測では火星に向かってくる

 大きな隕石はほぼ無くなり、あと数分で隕石嵐が収まるという情報です。

 十五分後には全エリアで第一避難体制を解除する予定です」


 管制員セシリア・バレロの声は疲れ気味で少し枯れていた。

おそらく各地の航空部隊へ、ずっと指示を出し続けていたのだろう。


「<ペルガモンシティー>と<アルギルシティー>では大きな被害が

 出ています。第六、第七、第八中隊には、被害の出た地域の怪我人の

 救急医療搬送をお願いしています」

 バレロは一呼吸おいて続けた。


「他の航空中隊は嵐が収束したら、出動機体の被害状況報告をお願いします。

 その後は担当宙域のデブリ除去に取り掛かって下さい。

 あと担当エリアの地上部隊から、支援要請が有れば、中隊の判断で

 適宜対応をお願いします」


 ***


 隕石嵐が治まるとすぐに、カネムラ機に<テゾーロ地区>の

SG4地上部隊から通信が入ってくる。

ケンイチは通信が全機に聞こえるように中隊内一斉通信に切り替えた。


「こちら<テゾーロ地区>地上部隊隊長のスコット・サンダースです。

 カネムラ中隊長、おかげさまで居住設備への大きなダメージは有りません」

 サンダースの声は、低くて落ち着いた声だった。


「通信アンテナ設備に不具合が生じていて、地質学研究所からそちらに

 直接の通信ができないとのことで、研究所所長から防衛機への伝言を

 頼まれてるんですが、今、伝えても大丈夫ですか?」


「はいこちらカネムラです。サンダース隊長、TNSの打ち上げ感謝します。

 こちらも機数が少なくて、撃ち漏らした隕石が多かったのですが居住区が

 無事で良かったです。地質学研究所からの依頼は何でしょうか?」


 地質学研究所からの依頼は、研究所に所属する小天体組成研究室が、

今回の隕石群について調査するため、ミサイルで破壊されずにTNSに

包まれて落ちた大きな隕石を、研究所のエリアまでマーズ・ファルコンで

吊り上げて運んで欲しいとのことだった。


 もちろん地上部隊の重機や作業車で輸送可能だが、火星の大気や砂に

さらされる時間が長くなると、宇宙空間を飛んでいた状態を正確に調査

できないおそれが有るため、急いで輸送して欲しいというのが、

第一中隊に依頼する理由だった。


 ケンイチは地上部隊との通信を一度切り、航空管制にも依頼が有った

ことを伝えて、他に急ぎの任務が無いかを確認する。


 航空管制からは、第一中隊のクリスティーン・ライムバッハー他、残りの

メンバーが基地に集まっているので、医療機器等の緊急搬送などは彼女達に

依頼するので、地質学研究所の依頼作業を進めて良いとのことだった。


 ケンイチは再び地上部隊に通信して依頼を受けると伝えた。

「みんな聞こえていたと思うが、研究所からの依頼が入った。

 デブリ除去は、俺、ソジュン、ジョンの三機。隕石輸送のほうは

 マリーとシンイー 二機としよう」


 ケンイチは中隊機情報モニターに目を向け、各機の燃料水残量を確認した。


 隕石嵐のあとのデブリ除去は、飛び散った隕石のかけらや、ミサイル部品

などをビーム砲で撃って除去する作業で、担当宙域を低速でくまなく飛び回る

作業になるので、意外と燃料を食う作業である。


「シンイーは先に降りて燃料補給をしてもらったほうが良さそうだな。

 俺達もデブリ除去後に燃料水の補給をさせてもらう。地上で合流だ」


「こちらマリー了解です」

「そうだマリー。シンイーとヴィルにはいい機会だから、地質学研究所を

 少し見学させてもらうのがいいかもな。

 マリーは小天体組成研究室の先生にも挨拶したいだろ?」


「私もちょうどそうしたいと思ってたの。助かるわ。でもデブリ除去を

 三機じゃ大変なんじゃない? 今日は派手にミサイル撃ったから、

 ゴミがかなり多いわよ」

「そうだな。基地への帰還がちょっと遅れるが、まぁなんとかなるさ」


  ***


 シンイー・ワンは<テゾーロ地区>の小さな宇宙機発着場に

着陸するとマーズ・ファルコンのキャノピーを開けた。


 SG4地上部隊所属の整備員達が燃料水を補充するために、タンク作業車を

寄せて来ている。作業員達に手で合図して感謝を示すと、操縦席から縄梯子を

ふわりと投げ下ろした。


 マリー・クローデル機は研究所に運ぶのに適当な隕石を探すために

周囲を探索している。ワン機は燃料水がギリギリだったので、先に一機で

この発着場に降りて来たのだ。

だから、まず自分一人で地上部隊に挨拶をしないといけない。


 それに何と言っても、ついでにトイレを貸してもらいたかった。

マーズ・ファルコンの操縦席には、長時間の任務用に排泄装置もついては

いるが、あまり気持ちが良いものではないので我慢してたのだ。


 ここに来たのは初めてだ。どの設備が地上部隊の詰め所か分かり難い。

事前にファルコンのモニターで確認した地図からすると、おそらく

すぐ近くにある倉庫の、すぐ横の建物が、地上部隊の詰め所だろう。


 まず挨拶、トイレに行き、運んだ隕石を下ろすポイントの打ち合わせ。

やるべきことを考えながら、揺れる縄梯子を慎重に降りた。

改めて宇宙冀発着場を見回すと、地上部隊所属の小型輸送機や、人員輸送の

ための小型機が数機駐機していた。


 よく見ると、その中の一機は翼が損傷している。

そばにTNSに包まれた隕石が落ちていて、数名の作業員がTNSの大きな

ネットから小型ロケットを取り外す作業を行っていた。

—— やだ、もしかしたら、私が撃ち漏らしちゃった隕石かな? ——


 周囲を見回すと、少し遠くには、明らかに隕石に破壊された通信設備が

有り、宇宙機発着場の端では、ブルドーザーが宇宙機発着場の地面の凹みを

修復するためにに整地作業を行っている。


 確か、サンダース隊長の通信では『居住設備への大きなダメージはない』

と言ってはいたが、それは言い換えれば、大きくはない何かしらの

ダメージは有るということだったのだと気がついた。


 自分の未熟さで地上に被害が及んでいたとなると、何と言って

謝罪すれば良いのか分からない。突然、息苦しくなった。

詰め所に向かう足取りが重くなる。


とぼとぼと、隕石嵐がもたらした黒っぽい砂の降り積もった地面を

踏みしめながら詰め所らしき建物へと向かった。


 シンイーは地上部隊の建物の正面からエアロックに入った。

気圧調整が終わるまでの数十秒間で深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。

覚悟を決めて、こぶしを握り締めた。

ブザーが鳴り、気圧調整終了のサインの青ランプが点灯した。


 自動で内扉がスーっと開く。扉の向こうでは地上部隊の六名ほどの隊員達が

宇宙防衛機の飛行士を迎えるため、自分のほうに注目していた。

—— どうしよう! みんなこっち見てる —— 


 軽く敬礼し、ピンク色の大きなハート形のシールを貼ってあるヘルメットを

脱いだ。黒髪のショートヘアが乱れたのを少し直して敬礼する。

「SG4第一中隊のシンイー・ワンです。よろしくお願いします」


 詰め所の隊員達はエアロックから出てきたのが、少しあどけなさも残る

小柄な若い女性隊員だったのに驚いて、一瞬、互いに顔を見合わせた。

すぐに皆が満面の笑顔になって、近くに集まり握手を求めに来る。


「あ、あの、申し訳あり…」


 シンイーが謝罪の言葉を述べようとしたが、一人のがっしりとした体つきの

中年男性隊員がシンイーに握手を求めて大きな手を出してきた。

 その大きな手で、思いっきり握りしめられることを覚悟したが、男性隊員は

そっと大事な物を包み込むようにシンイーの手をとって、優しく上下に振った。


「ようこそ<テゾーロ地区>へ」

 その低く力強いベースの声は、ケンイチと通信で話してたサンダース隊長

だと、すぐにわかった。肩の階級章を見ると大尉のマークだ。

つまり二等パイロットのシンイーよりも、遥かに上の階級だったが、

若いシンイーを満面の笑顔で出迎えている。


 SGは軍隊では無いので隊員も軍人では無いが、昔の名残りで階級制度は

残っている。ただそれは、単に緊急時に指揮を取る者の優先順位を、

はっきりさせるためのものであり、普段は階級の上下関係を強く意識せず、

かなりフラットに接するのがSG全体の習慣である。


 だからシンイーも『カネムラ中隊長』と呼ぶことは有っても

『カネムラ中尉』と呼ぶことは決してない。


「私は隊長のスコット・サンダースです。本当にありがとう。

 君達のおかげで、被害が最小限に抑えられたよ」

「あっ…でも、通信設備などに隕石を落としちゃって……」


サンダースは優しくシンイーの肩を叩きながら、にこやかに答える。

「いやいや、君たちはものすごく良くやってくれたよ。まだかなり

 混乱しているから、火星全体の被害状況は良くわからないんだが……

 あちこちの都市は、とてもひどい被害が出ているようだ」


 サンダースは片手で詰め所の外の方を示しながら続ける。

「ここは本当に最小限のダメージで、人的被害なし、地下の居住施設は

 もちろん地上の機体整備場や、重要な倉庫のダメージも無い。

 小型輸送機や通信設備が少しやられたが、あんなのは直ぐに修復できるさ」


 サンダース以外の他の隊員達も、地区を救った可愛いヒロインと話を

したそうな顔をして、皆がシンイーの周りを取り囲んで来ていた。


——— どうしよう。トイレ借りたいって言いにくい ———



次回エピソード> 「第8話 イルマ博士の推論」へ続く

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