第6話 迎撃

 メインモニターに隕石群が表示されるとほぼ同時に衝撃音に包まれた。

ケンイチが予告したように砂嵐の中を飛ぶような感じだ。

機体全体が大音量のホワイトノイズで満たされる。


 ヴィルヘルム・ガーランドには、その激しい轟音の中で、

通信機からシンイー・ワンの驚いた声がかすかに聞こえた気がした。

—— ワンちゃん。頑張れ ——


 高速航行時警戒システムが激しくビームを撃ち始めると、

遠くの青色の隕石マークがパッパと光ってはモニターから表示が消えた。

各機も白や黄色の少し大きめの隕石を狙ってビーム砲を撃ち始めた。


 ソジュンが最初のオレンジの隕石をビーム砲の連続照射で撃つと、

隕石が分解して、いくつかの黄色と白色の表示になる。

それらは、イレギュラーな角度で四方に飛んだ。


 そのように射程内に入ってからイレギュラーに飛び回る隕石の

破片群については、ヴィルの警告が間に合わない。

各機の操縦者が自分で判断して回避運動する必要があった。


「マリーさん五分後に赤いの一つ。シンイーの所に四分後にオレンジ多数。

 中隊長。ワン機のフォローお願いします」

「こちらケンイチ。四分後にワン機のフォロー了解」


五分前モニターに次々に赤やオレンジのマークが登場して来ると、

皆に的確に指示するのがかなり忙しくなって、ヴィルも余裕が

無くなってくる。

—— これは、思ったよりやっかいだ ——


 最低でも、そのまま地上に落としてはいけない大きな隕石だけは、

迎撃タイミングを見失うまいと、ヴィルはモニター群に目を凝らす。


 赤いマークで示された隕石がクローデル機の射程に入り、マリーが

ミサイルを発射すると、振動がヴィルのいる後部座席にも伝わった。

モニターを見てると、赤いマークの大きな隕石に命中し破壊する。


その破片群はオレンジや黄色のマークに変わって四方八方に飛び散り、

他の機の担当エリアに向かって飛んだ。

「ジョンさん。オレンジのが斜めに行きます」

「ヴィル了解。まかせろ」


 突然、クローデル機が急旋回して横Gがかかる。

すぐに逆の横Gがかかると、ヴィルは意表を突かれて首を左右に振られて

思わず声が出てしまう。

「あおぅ!」

「ヴィルごめん。斜めに飛んで来る隕石を避けるのに忙しいの」


 自機に迫る隕石を回避しながら、迎撃をするマリーの声も真剣だった。

回避運動を行いながら、マリーが隕石に向かってビーム砲を連射している。

モニター内の隕石が次々に破壊されていく。

—— いやぁ クローデル副隊長もやっぱり凄腕だ ——


 シンイーが無事かが心配で、中隊機情報モニターに目をやる。

中隊各機の位置座標などを表示しているモニターの数値は目まぐるしく

変化していた。各機が急速に回避運動を行ってるからだろう。

特にシンイー機の位置座標数値は激しく変化していた。


—— ワンちゃん。それでいい。

   迎撃よりも撃墜されないのが大事だ ——


 ヴィルはその中隊機情報モニターで、一機だけ位置座標が

ほとんど動かないのに気が付いた。

機体のローリング角の数値だけが激しく動いている。

—— これは? 中隊長機だ! —— 


例のローリング運動だけで直撃を避けながら迎撃しているようだった。

—— うそだろ。本当にそんなことできるのか? ——


 それだけではなく、ケンイチの担当エリアのモニターの隕石マークは、

他の四機の担当エリアより明らかに早いスピードで消えて行く、さらに余裕

ができると中隊長機が周囲のメンバーの担当エリアの隕石も迎撃している。


 3Dシューティングゲームだって、そんなに早く沢山のターゲットを

撃ち落とすことなんかできない。

—— どういう動体視力と反射神経なんだ? ——


 ヴィルは中隊長機の動きをもっとよく観察したかったが、余裕は無かった。

次々に来るオレンジや赤色のマークについて各機に警告しなければいけない。

「一分後にソジュンさんのエリアに赤色とオレンジ」


  ***


 入隊二年目のシンイー・ワンは隕石嵐の中で必死に迎撃をしていた。

ターゲティングシステムのモニターの中、黄色いマークが向かってくるのに

照準を合わせてビーム砲のトリガーを引く、すぐに操縦桿を倒して機体を

ひねる。目の前まで迫った白いマークのついている隕石をかわした。


 大学時代は卓球部にいたので動体視力には自信が有り、VRシミュレーター

訓練でも回避運動は得意だったが、隕石に照準を合わせて迎撃するのは少し

苦手だった。照準を合わせるのに時間がかかり、後手後手になってしまう。


 大量の隕石が迫る中で、青や白色の隕石は下のTNSに任せて、

黄色マーク以上のものを、ビーム砲で迎撃するのに徹していた。

 その時、自機への直撃コースで目の前に白色の隕石が迫る。

—— 迎撃? いや間に合わない! ——


「あっ!」

 シンイーが回避運動をするうちに、黄色マークの隕石を一つ撃ち漏らした。

下に見える大気圏上層部のTNS防衛膜面に三角形の穴を開け、

その隕石はTNSネットに包まれたまま落下して行った。

—— ああ! 神様! あれで大きな被害が出ないように! —— 


 ヘルメット内に同期のヴィルヘルム・ガーランドの声が聞こえてくる。

「ワンちゃん頑張って。一分後に赤い色が行くよ」

 次々に飛来する黄色の隕石をビーム砲で迎撃していると、

ヴィルが予告した赤色の隕石マークが目の前のモニターに現れた。

照準を合わせてミサイルを発射した。


 ミサイルが命中したかどうかを見届ける余裕は無く、

他の隕石にビーム砲の照準を合わせていたが、ヴィルの声が聞こえた。

「ミサイル命中。ワンちゃん! 破片のオレンジのが真っ直ぐ行く!」

—— あぁ! ガー君! —— 


 シンイーは目前に迫ったオレンジの隕石の破片を、被弾直前で

何とか破壊したが、その破片はまだ大きく、黄色マークのまま

ワン機の横を通り過ぎた。「あっ! また撃ち漏らした!」

しかし、後部モニター内で、その黄色いマークの隕石が破壊される。。

—— えっ? 誰が? —— 


 直ぐ近くの後ろにカネムラ中隊長機がフォローに来ていた。

「シンイーその調子でいいぞ。大丈夫だ。撃墜されないように

 回避運動するのが一番優先だから無理しなくていい。

 少しぐらい撃ち漏らしても地上部隊が迎撃するから気にするな」


「はい! 中隊長!」

 TNSの防衛面には、すでに多数の三角形の穴が開いていたが、

地上部隊が打ち上げたTNSが新たに展開して穴を埋めて行くのも

確認できた。確かに地上部隊も頑張っているようだ。


  ***


 ジョン・スタンリーは自機の三本目のミサイルを発射した。

破壊された大きな隕石の破片が、オレンジや黄色のマークに変わって

飛び散るのを連続で迎撃する。

「こちらジョン。ヴィル。ミサイルがあと一本。

 まだ赤いのが来るのか?」


「ジョンさん。まだまだ来ます。今、ソジュンさんの射程内にひとつ

 入るとこ。二分後に赤いのがジョンさんのエリアにひとつ」


 ヴィルの声で続けて指令が聞こえる。

「各機のミサイル残存数が、すでに一本か二本になっています。

 各機ミサイルを温存するために、余裕が有る場合は赤色の隕石も

 ビーム砲の連続照射で対応してください」

「こちらソジュン。りょーかい。とても余裕が有るとは言えないけどねぇ」


 ジョンがモニターを見ていると、ソジュンが通信しながらビーム砲を

連続照射していた赤色の隕石は、副隊長機ギリギリまで迫った所で、

いくつかに分解して機体のすぐ横を通り過ぎて行った。

「ひゃーギリギリ。危なかったじゃん」とパク副隊長の声。


 ジョンは赤い隕石が射程に入る前にできるだけ周りを片付けようと

必死にトリガーを引いた。こんなにトリガーを引き続けたのは初めてだった。


   ***


「こちらソジュン。ケンイチ聞こえるか? ミサイルを温存するために

 あれをやってみようか?」

「えっ、あれって? TNSを使うってやつか? 新たにコントロールする

 プログラム作る必要が有るって言ってじゃないか」

ケンイチは激しく迎撃を続けながら応答した。


「じぇんじぇんテストしてないんだけどね。一応はプログラムはできてる」

ケンイチは迎撃に忙しいらしく、小声で「……そうか」とだけ聞こえた。


 ソジュンは、モニターから目を離さないようにしながら、左手で手探りを

しながら、コックピットの中に持ち込んでいた自作のジョイスティックの

ついた小さな装置を取り出す。


 スイッチを入れた。続けて、機体の貨物室を開け予備のTNSを放出した。

すぐに放出したTNSセットの識別ID番号を、コントローラーの液晶

パネルで打ち込む。


 TNSは地上部隊が打ち上げて、大気圏上層に防衛面を形成するが、

宇宙防衛機は地上部隊のTNS打ち上げが間に合わない時には、

それを補うために数セットのTNSを貨物室に搭載している。


 通常は、放出したTNSは防衛面の穴の開いたところに自動制御で飛んで

いくことになるが、ソジュンは防衛面への補充ではなく、TNSを自分で

コントロールして迎撃に使うというアイデアを試そうとしていた。


 パク機から放出されたTNSの三つの小型ロケットに点火すると、

パク機のそばで大きな三角形のネットが展開され、そのまま向かってくる

隕石群の方向へ飛び始めた。


「こちらソジュン。ジョン聞こえるか? ジョンの担当エリアの赤いやつを

 TNSで捕獲してみるから、TNSを撃たないでくれよ」


「ジョンです。了解です。あの装置もう完成してたんですか?」

 ジョンはソジュンが部長のサンドバギー倶楽部の部員でも有り、

非番の時も一緒にいることが多い。


サンドバギーのメンテナンスだけでなく、ソジュンが機体整備工場で

新装備の実験をする時も、ジョンが助手をすることも有る。

ソジュンがTNSコントローラーを自作しているのも知っていた。


「まぁだ、完全には完成とは言えないんだけどね。動かせるとは思うんだ」

 ソジュンはコックピットで、左手で操縦桿をコントロールしながら、

両膝に挟んだ装置のジョイスティックを右手で動かし、TNSを大きい

隕石の方に誘導した。


そこにマリーからの通信が入った。

「こちらマリー。ソジュン何それ? TNSを飛ばしてるの? でも大きい

 隕石の運動エネルギーはTNSの推力では抑え消えれないわよ」


「わーかってる。でも方向を変えることぐらいはできるんじゃ無いか?」

 ソジュンの操作するTNSがモニターで赤く表示されている大きな隕石に

到達するとネットで包み込んだ。

ソジュンがジョイスティックとボタンを操作して、TNSの小型ロケットの

推力を最大にしながら叫んだ。「ええい。頑張れ頑張れ」


 赤い隕石マークは速度が落ちてオレンジ色に変化した。それだけでなく、

少しは飛ぶ方向も変化している。

「ほら見ろマリー。少しは頑張れそうだそ。<テゾーロ地区>の南側には、

 確か居住施設は無かったよな」


「こちらマリー。やるわね。南側は未開発のエリアよ。落としても大丈夫」

 ソジュンがコントロールしているTNSは隕石を包んだまま、

<テゾーロ地区>の南側の未開発エリアに落ちていった。

—— よーし! 一丁上がり! —— 


 ソジュンは一人でコックピット内でガッツポーズをした。

「こちらソジュン。中隊各機へ。TNSで大きな隕石をコントロールできた。

 これでミサイルを温存することができそうだぞぅ」


ソジュンは次の予備TNSを放出して準備を始める。すぐ近くまで黄色の

隕石が迫っていたが、ジョン・スタンリー機がフォローして迎撃をした。


「こちらジョンです。ヴィル。ソジュンさんの担当エリアも俺がカバーして、

 ソジュンさんにはTNSのコントロールに専念してもらうことにする」

「気が利くね~ジョン。助かるよ」

 ジョンは常に周囲の状況に気を配り、機転が利く性格だ。


「ヴィルヘルムです。ジョンさん了解です」

「こちらケンイチ。ソジュン。こっちの赤いのも頼めるのか?」

「あいよ~」

ソジュンはケンイチの担当エリアに見えてきた赤いマークの隕石に

TNSを向かわせた。


 パク機に搭載された補充TNSが無くなると、中隊の各機は自機の

格納室からTNSを放出して、TNSの識別IDをソジュンに連絡した。


ソジュンがTNSの識別IDを装置に入力すると、そのTNSがコントロール

できるようになり、赤マークの大きな隕石は次々にTNSで<テゾーロ地区>

の南側方向に落とすことができた。



次回エピソード> 「第7話 地上からの依頼」へ続く

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