第5話 ガーランドの提案
「こちらケンイチ。マリーそっちは上手くやれそうかい?
ジョンに操縦させてターゲティングシステムいじってたんだろ?」
「こちらマリー。もうちょっと待ってね。終わったらみんなに説明するわ」
マリーはターゲティングシステムの修正が終わると、他の四機に修正
プログラムを送信してから説明を始めた。
「みんな良く分かってると思うけど、今日は大量の隕石にたった五機で対処
する必要が有るの。だから、大事なポイントは対隕石ミサイルをできるだけ
温存することよ」
マリーは意識的に落ち着いてゆっくりと説明を続けた。
「ミサイルは各機四本だから五機合計で二十本だけよね。だからビーム砲では
どうしても防げない大きさの隕石にだけにミサイルを使います。
ケンイチここまではいい?」
「ああマリー、大丈夫続けて」
「ミサイルを使う隕石を一目で分かり易くするために、
ターゲティングシステムはいつもの詳細表示モードではなく、
カラーコンター図モードで隕石を色別に表示します」
マリーは遠隔操作で全機のターゲティングシステムを
カラーコンター図モードに切り替えサンプルデータを表示する。
「隕石の運動エネルギーの大きいほうから、赤、オレンジ、
黄色、白、青の五色になってるの」
その後、マリーは続けて各色への対処法を詳しく説明した。
「こちらケンイチ。マリー良くわかった。簡単に言うとミサイルは赤だけ。
オレンジや黄色はビーム砲で必ず撃ち落とす。白色は忙しいときはTNSに
任せて地上に落下させてもいい。そして青色は下のTNS防衛面で
受け止められるから、全く迎撃しなくてもOK。という理解でいいよな」
「そうね、それでいいわ」
***
ヴィルのヘルメットにカネムラ中隊長からの一斉通信が入った。
「こちらケンイチ。マリーのおかげで迎撃すべき隕石は各自が色で判断できる
ようになったから、作戦はゾーンディフェンスでいくぞ」
ヴィルの目の前のモニターにも、中隊長機から送信された各機の担当エリア
の図が表示された。カネムラ中隊長が各機の担当を簡単に説明した。
「ヴィル。作戦は良く理解したな?」
マリー・クローデル機の後部座席で通信を聞いていたヴィルは、
突然、自分の名を呼ばれ、驚いた声で返答する。
「えっ、はい。クローデル副隊長のこの機体は北側の中央エリア担当です」
「違う違うヴィル。それはマリーの役目だ。ヴィルは後部座席でナビの担当
なんだから迎撃が始まったら全機に指示を出す司令塔になるんだ。
例えば、どこかのエリアに集中的に大きい隕石が来るようなら、ヴィルが
判断して誰がフォローに入るのかを臨機応変に指示して欲しい」
「えっなんですって? 私が中隊全機に指示を出すってことですか?
それならクローデル副隊長のほうが適任で……」
「いいやヴィル。操縦も迎撃もマリーのほうが経験が有る。
だからマリーが操縦して、ヴィルがナビゲーションを担当するほうが、
その機体が安全なんだ。撃墜されないのが一番大事だからな」
「そ、それはそうですが……」
「それに以前に、君たちの世代のVRシミュレーション訓練の成績を見たら、
ヴィルが指揮官役をやった時のチーム得点は同世代メンバーの中でトップ
だったぞ。そういう指揮も得意なんだろ?」
ヴィルは唐突に中隊全機への指揮を任せると言われ、不安になった。
「え、で、でも…」
そこに機内通話でマリーがヴィルにそっと耳打ちしてきた。
「ヴィル。さっき言ったでしょ。ケンイチはあなたののスキルをよく把握した
上で、ヴィルのことを信頼して、あなたに任せるって言ってるのよ」
ヴィルはマリーの言葉にはっとして、強い口調でケンイチに答えた。
「中隊長承知しました。自分がナビ役として全機に指示を出します」
「よし。ヴィルヘルム・ガーランド隊員。よろしく頼んだぞ」
「はい。了解です」
***
無線で作戦会議をしている間にカネムラ機とクローデル機の二機も
<テゾーロ地区>に到着した。
五機はそれぞれケンイチの指示した担当範囲を迎撃できる体制をとった。
「こちらケンイチ。みんな高速航行時警戒システムはONになってるか?」
高速航行時警戒システムとは、宇宙機が高速飛行するときに、前方の障害
となる小天体をビーム砲で自動的に排除する自衛装置である。
小天体雲と太陽系の衝突以降の混沌とした宇宙域では、小天体にぶつから
ないで宇宙機が高速航行することはほぼ不可能である。
よって高速航行時警戒システムは人工知能の自動判断でビーム砲を撃つ
ことが許可されている数少ないシステムだ。
ただしこのシステムで、排除できるのは、ごく小さなものまでである。
「こちらマリー。隕石嵐の第一波到達まであと八分を切ったわ。
そろそろ近距離レーダーからの詳細な情報が入って来るわよ。
個々の隕石の運動エネルギー情報が入るとカラーコンター図モードが
使えるようになるわ。皆モニターの準備はいいかしら?」
マリーの通信が終わらないうちにモニターに多数の隕石のマークが出始めた。
その数はみるみるうちに増えて行き、モニターの隅々まで隕石のマークで
埋め尽くされる。その多さに皆が絶句して通信の声が一瞬途絶えた。
「ほとんどが青色か白色だけど……これちょっと数が多すぎじゃない?」
ソジュンの声色も明らかに隕石の多さに困惑して動揺しているのがわかる。
「こちらケンイチ。射程範囲外の隕石まで全部写っていると紛らわしいから、
メインモニターの設定を対隕石ミサイルの射程範囲に切り替えるぞ。
射程に入って来た奴からどんどん迎撃するしかないだろう」
ケンイチは通信しながら冷静にモニターの設定をいじった。
「あと、みんないいか? 青色の小さい隕石だって機体を壊すには十分な
威力が有る。絶対に当たるなよ! それから、機体を壊すほどじゃないが、
このレーダー情報には映らない小さな砂粒も沢山来る。
砂嵐の中を飛ぶような激しい音に驚くなよ」
皆が急いでメインモニターの設定を射程範囲だけ映るように切り替える
作業をする間、ヴィルが中隊機全機への通信モードのままマリーに質問した。
「クローデル副隊長が変更したプログラムは、マルチモニターの
被写界深度別表示でも問題無く機能しますか?」
「どんな表示設定でも問題なく機能するわよ。そんな滅多に使わない
設定まで知ってるの? 航空管制室でしかあまり使わない
機能だけど、よく勉強しているわね」
「いや、訓練時の筆記試験の前に一夜漬けでマニュアル熟読しただけです」
「こちらケンイチ。ヴィル。何かいい作戦があるのか?」
「はい提案が有ります。みなさんはメインモニターを射程範囲の映像に
したままで、サブモニターをもう一つ出して、サブモニターには射程に
入る一分前からの隕石群の表示が出るようにセットしてもらえますか?」
ヴィルは皆がセットするまで、少し間を取った。
「私は後部座席で操縦や迎撃をしないでいいので、六つのマルチモニター
で射程範囲内から五分前ぐらいまでの表示を順番に出します。
それらを見ながら、皆さんに隕石の予告を出せるようにします」
「ヴィル。それいいわね。ナイス案だと思うわ」とマリー。
ヴィルは自分の前に六つのマルチモニター映像を次々にセットし、
手で映像の位置を動かして見やすい順番に表示していく。
VRシミュレーション訓練前の自習時に、ターゲティングシステムの
マニュアルを見ながら練習したことが有るのだ。
—— 練習しておいて良かった ——
中隊長に指摘されるまでもなく、実機の操縦や迎撃よりもこちらのほうが
戦略ゲームに似ていて、ゲーム好きの自分にとって得意分野だ。訓練成績を
見ただけでそこまで中隊長に見抜かれているとは思いもしなかったが……。
モニターのセットが済むと、ヴィルはすぐにナビゲーションを開始した。
「ビーム砲の射程に入る五分前のモニターに第一波が表示されています。
パク副隊長担当の南西エリアにオレンジ色が一つ。
あと残りのエリアは、今のところ黄色以下の小さい隕石が多いです。
そろそろ四分前のモニターに入り始めました」
「ソジュンでーす。四分後に迎撃開始で、オレンジが一つ了解。
そうやって今後の迎撃予定を指示してもらえるとかなり安心するねぇ。
ヴィル。いい案じゃないか」
***
「あと二分で第一波が来ます。パク副隊長のエリアにオレンジが一つ。
他のエリアは白や青のレベルのものが多数です。また四分後にはクローデル
副隊長の担当エリアに赤がひとつ。カネムラ中隊長のエリアにオレンジが
二つ来ます」
「ケンイチだ。ヴィル。指示が間に合わなくなるからファーストネームで、
ケンイチ、マリー、ソジュンでいい。そもそも第一中隊はみんなファースト
ネームで呼び合ってるんだ」
第三中隊から臨時応援で第一中隊に加わっているヴィルにとっては、
この手の文化の違いとでもいうような、カルチャーショックが多い。
上下関係にうるさい第三中隊とは違って、ここ第一中隊が皆が家族のように
仲が良いのは感じていたが、流石に中隊長や副隊長をファーストネームで
呼び捨てにはできないと思った。
「それでは中隊長、マリーさん、ソジュンさんにさせていただきます!
第一波まであと一分を切りました」
次回エピソード> 「第6話 迎撃」へ続く
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