第10話 リーダー会議  

 ケンイチ達三人が汗まみれのスーツのまま会議室のドアを開けると、

多くの中隊リーダーはすでに席についていて、後ろのほうの席が

空いているだけだった。


 会議室の向こう側で、アルバート・ヘインズ司令官が、ケンイチ達を

見ると手を上げて迎え入れた。会議室はいつものリーダー会議とは異なり、

無駄話をするものは誰一人おらず、何やら深刻な雰囲気が漂っている。

 それを感じ取り、三人もすぐに最後部近くの席に並んで座った。


 ケンイチの横に座ったマリーはキョロキョロとあたりを見回している。

—— 婚約者のマクロンを探しているのか? —— 

確かに、第七中隊はピエール・マクロン中隊長の姿は見当たらず、

副隊長の二人も会議室にいないようだった。


「みんな、今日は突然の隕石嵐への対応ご苦労だった」

 司令官がミーティングを開始する。


「皆も疑問に思っていると思うが、これほど大きな隕石嵐にも関わらず、

 太陽系各所の広域警戒探査機からの事前情報が入らなかった。

 原因はまだ調査中だが、もうすぐSG本部から詳しい情報が入るだろう」

 

 司令官はここまで言うと、一度目を閉じ、息をゆっくり吸った。

「すでに知っている者も多いと思うが、残念なことに、複数の中隊で

 マーズ・ファルコンが何機も墜落して複数の殉職者や重傷者が出ている。

 このミーティングにも何名かのリーダー達が来ていないが……」


 司令官がそこまで話したところで、マリーがビクッとして椅子が少し

音を立てた。隣にいたケンイチがマリーを見ると、青ざめた表情で司令官

の次の言葉を聞きたくないというように、両手で耳を覆い隠している。


 遠くからマリーの表情に気が付いた司令官は慌てて言った。

「大丈夫。クローデル君。大丈夫だ。君の婚約者は軽傷だよ」


 このヘインズ司令官の言葉のあと、一瞬間を置いて、会議室内の多くの

メンバーが驚いたように振り向いてマリーのほうを見た。

「クローデルの婚約者?」「えっ? 誰と誰が婚約?」

 先ほどまで葬式のように静まり返っていた会議室が急にざわついた。


 皆に振り向かれて、マリーの顔が青白い色からみるみると赤くなった。

すぐに恥ずかしそうにうつむいてしまう。

ケンイチは、もう勘弁してやれという風に、両手を開いて皆に前を向けと

いうジャスチャーをする。


 司令官は慌てて謝罪した。

「すまん。まだ皆にはマクロン君との婚約を公表していなかったのか?」


顔を真っ赤に染めて縮こまってしまったマリーをかばうように、

ソジュンが大声で返答する。

「司令官そりゃないですよ。せっかくサプライズ発表する予定だったのに、

 こんな所で先に暴露しちゃうなんて」


司令官は肩をすくめ、参ったと両手を軽く挙げて降参ポーズをとった。

「すまんすまん。報告に戻る」

司令官はざわつきが少し治まるまで少しだけ待ち、マリーを見るために

後ろを振り返っていた隊員達が前に向き直ると報告を続けた。


「第七中隊は三機の機体が墜落した。マクロン君はそのうちの一機の

 重症を負った隊員を緊急輸送しようとしていた際に怪我をした。

 落ちてきた瓦礫が重症の隊員に当たらないように、自分が盾になって

 肩を打撲したんだ。幸い、比較的軽傷だ」


 司令官はマリーに向かって、目で大丈夫だと言いながら頷いた。

「マクロン君もまだ三名の負傷者と一緒に現地<ペルガモンシティー>の

 病院で手当てを受けている。

 重症の一名を除いて、今日中にはここに帰還できるだろう」


「あと、第八中隊だが……」

司令官の声色が暗くなり、片手をぎゅっと握りしめたので、会議メンバー

は殉職者の話になることを感じ取った。

状況説明をするヘインズ司令官の報告の声には悔しさがにじみ出でていた。 

二機のパイロットが殉職をしたとのことだった。


 隕石嵐で航空部隊から殉職者が出るのは初めてではないが、こればかりは

慣れるものでもない。会議室は静まり返っていた。

 司令官が黙祷をする号令をかけ、少しして黙祷止めと言ってからも、

リーダー会議メンバーはしばらく誰も口を開かなかった。


   ***


 その後、ミーティングでは各都市の被害状況が順番に報告されたが、

被害が広範囲に渡るため、その報告にはかなりの時間がかかった。


 <ペルガモンシティー>や<アルギルシティー>では大きな隕石が墜落し、

地下の居住施設まで被害が及んだとのことだ。

ほとんどの住民は地下シェルターに避難して無事だったが、一部の避難が

遅れていた住民などが行方不明になっている。


 また、けが人を輸送中の医療航空隊の機体が隕石の直撃を受けて数名が

亡くなるなど、各地での人的被害が報告された。

まだまだ各地の情報が混乱しており、被害の全貌は調査中とのことだった。


 なお被害は地上だけでなく、火星周辺の探査衛星もいくつかが機能不全

になり、火星圏の近傍では無人の長距離輸送船も、数隻が行方不明または

コントロール不能になっている。


 航空管制室は、隕石嵐の迎撃中は各中隊が迎撃に集中できるように、

他地区の被害情報をほとんど流していなかったため、ケンイチ達はここで

初めて被害の大きさを知らされて驚くばかりだった。


 隕石嵐は通り過ぎたが、しばらくは建設作業用の重機や作業員を各地に

輸送するなど、SG4航空部隊にも様々な輸送任務が生じるはずだった。

各中隊は協力するようにとの指示が出る。


 輸送部隊には重機を輸送できる大型輸送機も有るのだが、航空部隊の

マーズ・ファルコンのほうが圧倒的に機体数が多く、今回のように多方面

への緊急輸送が必要なときには『多用途汎用機』としてデザインされた

マーズ・ファルコンが緊急輸送業務を担うのが効率的だった。


 今後数日間はその任務が入るために一時的に防衛担当エリアの

ローテーションのスケジュールを見直す件などが議論された。


 ***


 会議が終わりかけたとき、通信コントロール室から緊急の連絡が入った。

「司令官。SG3からの動画通信が入りました。

 このまま、会議室に映像を送りますか?」


 SG3の『3』は太陽系第三惑星、つまり月を含む地球圏を指している。

当然ながらSG3はSG最大の主力部隊である。


 SG総司令部はSG全体を統括する部門で、正式にはSG3と別部門だが、

月のSG3司令本部とSG総司令部が同じ建物に同居していることもあり、

SG3からの通信というのは、ほぼSG総司令部からの連絡を指している。


 なお通信が入った言っても、地球と火星は距離がかなり離れているため、

数分から数十分のタイムラグがあり直接会話をすることはできないので、

送られてきた録画映像を視聴するだけという形になる。


 ヘインズ司令官が録画映像を流すように言うと、SGのカルロス・ブランコ

総司令官のホログラム画像が会議室前方に映し出された。

総司令官からは、SG4メンバーに形式的な、ねぎらいの言葉が有り、

すぐに今回の隕石嵐の警報が出なかった件についての、SG3の技術スタッフ

からの説明に変わった。


 その中で、地球圏の宇宙望遠鏡から撮影された映像が映し出された。

映像には、損傷した広域警戒探査機らしいものが映っており、

警報を出す以前に隕石に衝突されたのではないかとの推論が報告された。


 機能しなくなったことが判明している広域警戒探査機は、全部で三機で、

全て地球圏から見て、いて座方向の小惑星帯(メインベルト)近傍に配備

されたものだった。


 報告を聞いていたマリーがソジュンに聞いた。

「ソジュン。広域警戒探査機には自己防衛のために、自機との衝突コースに

 来る小天体を自動回避する推進機能や、ごく小さな隕石については、

 ビーム砲で自動迎撃する装置があったはずよね。

 なんで三機も同時に損傷するのよ」


「わかりませーん。そもそもさぁ、自動回避が間に合わなかったとしても、

 回避運動始める前には警報を発してるはずだよ」

ソジュンは、眉間にしわを寄せながら、マリーとケンイチを見た。


「衝突で壊れたから、警報が出なかったというだけの説明は、

 自動回避できなかった理由にはならないから、何か変だねぇ。

 SG3の技術スタッフがそんな分かりきった矛盾を報告するってのは、

 何かが匂うね。これ」


ソジュンの言いたいことがわからなかったのでケンイチが突っ込んだ。

「何が、どう匂うんだよ」


「えーっと。考えられるのは、通信システムの故障で警報が出せなく

 なってたとか、それとも小天体の接近を探知できなくなってたとかぁ…

 それも三機同時ってなると、もっとやばいこともあるさ」


「何だよ。そのやばいことって」

「採用したパーツに何らかの設計不具合が有ったか……

 例えば、採用した素材が不適切で耐用年数が異常に短くなったとか

 それとも……」

「他には?」


「操作を間違って探査機が壊されていたか、機能を止められちゃったか……

 つまり誰かの人災になるから、原因がはっきりするまでは、

 天災としておきたいんじゃない?」


「何よそれ。ただのごまかしじゃない」

「ソジュンの推測どうりなら、SG3の設備部か開発部の誰かの

 責任問題になるだろうな」



次回エピソード> 「第11話 VRシミュレーター」へ続く





 


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