第11話 VRシミュレーター  

 会議が解散されると、マリーの婚約話を聞こうと何人かの隊員が

取り囲んで来たが、マリーはマクロンと連絡を取りたいと言って、

そそくさと会議室を出て行ってしまった。


 そこにヘインズ司令官が近寄って来た。

「カネムラ君。第一中隊は少数の機体だったのによくやってくれた。

 <テゾーロ地区>の被害も最小限で済んだようで、地上部隊や地質学研究所

 の所長から感謝の連絡があったぞ」


ケンイチは会議室最後尾の机の椅子を引いて立ち上がりながら答えた。

「ありがとうございます。

 司令官からヴィルヘルム・ガーランド隊員を褒めてやってください。

 今日は彼が後部座席から中隊の指揮をとってくれて、うまく行ったので」


「ほほぅ。若いガーランド隊員が中隊の指揮かね? それはずいぶんと

 面白そうな話だな。クローデル君の機体の後部座席に乗ったところ

 までは聞いていたが……」


 集まっていた他の中隊メンバーは話が全く見えずポカンとしていたが、

中でもヴィルの本籍である第三中隊のリーダー達は互いに顔を見合わせた。

あの若いヴィルが、応援先の第一中隊で、ケンイチたち強者のリーダー三人を

差し置いて指揮を取ったという話は、全く信じられないという顔だ。


 ソジュンは第三中隊メンバーにウィンクして合図をしながら報告した。

「ヴィルは大活躍だったんだぜ。クローデル機の後部座席でモニターを

 見ながら『ソジュンさん一分後に赤い色の隕石が行きます』って、

 次々に予告してくれたんだ。だから俺達は結構落ち着いて迎撃に専念する

 ことができたんだよ」


 ヘインズ司令官もソジュンの話を聞いていて、関心して割り込んできた。

「そうか。隕石モニターを見ていた地上部隊からの報告では、非常に的確に、

 大きな隕石を優先して迎撃していたと言っていた。五機の連携も取れて、

 まるでチェスで何手も先まで読んでいるような動きだったとも言ってたな」


 司令官はケンイチとソジュンの顔を交互に見た。

「私もそのガーランド君の指示を聞いてみたかったな」


ソジュンは、ケンイチの顔を見てからニヤッとして、司令官に言った。

「ヘインズ司令官。そのガーランド隊員の指揮ぶりを

 ご自身で見ることができますよ」


  ***


 ケンイチとソジュンが会議室から周回通路に出ると、すぐ横のカフェ

コーナーからマリーが出て来る所だった。


ピエール・マクロン中隊長と連絡を取っていたようで、耳から通信用の

イヤホンを外し、それを腕の通信端末にセットしながら出て来る。

会議の時よりも少し安心した顔のように見えた。


「マリー。ピエールさんと連絡とれたのか? 怪我の具合はどうなんだ?」

「彼の怪我は右肩の打ち身だけで、大きな問題無いって言ってたわ…ただ」

「ただ?」


「彼の部下が重症でまだ手術中なの。ピエールも心配だから手術が終わるまで

 病院にいるつもりだって。彼、病院の廊下で話してたから、あまり

 詳しくは話できなかったの。ここに戻れるのは深夜か、明日の早朝に

 なりそうだって言ってたわ」


「そうかそれは大変だな。でもピエールさんが無事で良かった」


  ***


 翌日のSG4指令本部基地はだいぶ落ち着きを取り戻し、第一中隊への

緊急出動要請は無くなっていた。


SG4航空中隊は週休三日制で、第一中隊は非番一日目に緊急出動したので、

緊急出動要請が無い限りは、まだあと二日は非番が残っている。

ケンイチは勤務区画で緊急出動の状況を詳しく確認して、問題無いようなら

トレーニングルームに行こうと思っていた。


 周回通路を回っていくと、通路のずっと先の方で誰かが床に座り込んで

ぐったりしている。よく見るとヴィルヘルム・ガーランドだ。

そこへソジュンが何か飲み物のカップを持って介抱しているようにも見える。

—— 何かの緊急事態か? ——


 何が起きているのか良くわからなかったので、少し不安にかられ、

ケンイチはステップ・ムーバーの速度を上げて近づいた。


「ソジュン。何が有った? ヴィルはどうしたんだ? 大丈夫なのか?」

ソジュン・パクは、何やら含みのある笑いを浮かべながら、肩越しに後ろの

部屋を指さした。

—— シミュレーション室? —— 


 ソジュンが指さしたのは、パイロット達が飛行訓練をするための

VRシミュレーターのあるシミュレーション室のドアだった。

—— ここで何か有ったのか? —— 


 ケンイチが怪訝な顔をしながらボタンを押してドアを開けると、

何やら熱気がすごい。大勢の隊員がVRシミュレーターの周りを取り

囲んでいて、その中には第一中隊のジョン・スタンリーの姿も有った。


 VRシミュレーターが緊急停止する。

ブザーが鳴りシミュレーターのハッチが開くと、中から第二中隊の若い隊員が

青い顔をしながら転がり出て来た。そのまま何も言わずに、一目散に

シミュレーション室のトイレの方に駆けて行った。


その後ろ姿にジョンが声をかけていた。

「記録は四分二十秒。残念でした~」


「これはなんの騒ぎなんだ?」

ケンイチが集まっている隊員に声を掛けると、ケンイチが来ていたことに

初めて気が付いた若手隊員達が、驚いて後ずさりをする。


 ケンイチに続いてシミュレーション室に入って来たソジュンが

ケンイチの後ろから答えた。

「昨日のケンイチの操縦データをVRシミュレーターに入れてね、

 実際の隕石嵐の迎撃映像を、音、加速度、振動、それに中隊内通信も

 含めて体感できるようにしたのさ」


ジョン・スタンリーがソジュンに引き続いて説明した。

「最初にトライしたヴィルが九分間でダウンしたのが最長で、今まで他に三人

 がトライしましたが、まだ十分以上持ちこたえた奴はいないんです。

 僕は中隊長のすごい操縦を、すぐ近くで見たことが有るんで、

 まだ試す勇気がないんですが」


 ジョンは話の途中で後ろを向き、順番を待っていた第二中隊の若手に

次のトライを始めるように合図してから話し続けた。


「SG4のエースパイロットの操縦が体験できるぞって呼びかけたら、

 非番の第二、第三中隊の若手パイロットが怖いもの見たさに集まって

 きちゃって、誰が一番長く耐えられるかっていうトライ合戦に

 なっちゃってるんです」


 ケンイチは肩をすくめながらソジュンに向かって質問した。

「ソジュン。マーズ・ファルコン実機のデータを、そんなに簡単に

 VRシミュレーターに取り込めるものなのか?」


「ああ。VRシミュレーターは、その場での回転運動については、ほぼ実機の

 動きを再現できるからね。実機が上下左右に大きく移動した時の

 運動データを、シミュレーターの可動範囲に収まるように少し調整すれば、

 ほぼ実際の迎撃時にコックピットにいる感覚が味わえるのさ」


「訓練用のシミレーターに、勝手にそんなデータを突っ込んだら、

 訓練担当部門に怒られるんじゃないのか?」

「ちゃんと、上から許可をもらったよ」


ソジュンがシミュレーション室の後ろを指さした。後ろに有る指導員室の

窓を通して、中にアルバート・ヘインズ司令官がいるのが見えた。


 ケンイチが指導員室に入ると、司令官はヘッドセットでVRシミュレーター

内の通信音声を聞いてるだけで、目をつぶって腕組みをしている。

目の前のモニターのシミュレーション映像は全然見てなかった。


 そのシミュレーション映像は、昨日ケンイチがコックピット内で見た

モニター映像そのもので、機体をローリングして隕石をかわす場面では

映像がぐるぐると回っていた。

同時にVRシミュレーターの中から若い隊員の悲鳴が聞こえる。


 ヘインズ司令官は、そばに誰かが来たのを感じ、目を開けて、

ケンイチを見るとヘッドセットを外してケンイチに話しかけた。

司令官が手にしたヘッドセットからは、ヴィルヘルム・ガーランドが

中隊メンバーに指示を出す声が漏れ聞こえていた。


「カネムラ君。目が回るから映像はとても見ていられないが、ヴィルヘルム・

 ガーランド隊員が中隊を指揮して活躍したという話は良くわかったよ。

 あれほどの隕石嵐で混乱する中で、君の中隊が確実に大きな隕石を選択

 しながら迎撃できたのは、このターゲティング・システムのカラーコンター

 表示と、ガーランド君のナビゲーションが良かったからだな。

 こんな作戦を以前から考えていたのか?」


「いえ司令官。現地で思いついただけです」

 ケンイチは身振りを交えながら説明した。


「そもそも、ヴィルの機体が整備に時間がかかると聞いて、マリーの後ろに

 乗るように指示したのは咄嗟の判断でしたし、ターゲティング・システムの

 カラー表示のプログラム変更は、マリーが現地に到着するまでの間に、

 機内で行ったことですから……」


「しかしそれなら、あんな大きな隕石嵐を前にして、いきなり若いガーランド

 隊員に指揮を任せるという判断を下せたのはなぜなんだ?」

「いや、そこは一種の賭けでした。私もここまでうまく行くとは思って

 無かったんですが……」

 ケンイチは頭を掻きながら、説明を続けた。


「あれだけ大量の隕石が来る中では、操縦や迎撃をしながら、

 全体への指示出しまでを同時にこなせる人はいません。

 それなら、後部座席のヴィルに指示出しに専念してもらうのが

 良いと思ったまでです」


 ケンイチの説明に、司令官は軽く頷いたが、まだ完全に納得はしていない

様子なのでケンイチは続けた。

「それに少なくとも彼のシミュレーション訓練データでは、彼が指揮を取った

 時のチーム得点が良かったのは知ってましたし、彼の性格ならうまく

 できるんじゃないかって思ってましたから」


「あんな緊急出動の中で、そういう即断ができるのは流石だな。

 やはり低重力ラグビーでチームを率いていた君ならではの判断力の

 賜物というところか」


 ケンイチと一緒に指導員室に入って来ていたソジュンが横から付け加えた。

「ヴィルの被写界深度別マルチモニター表示を使うっていうアイデアも

 良かったよねぇ。あんな風に『ソジュンさんのエリアに二分後にオレンジ色

 のが行きます!』って予告をされたら、じゃぁあと一分のうちに、この辺の

 黄色の隕石を片付けておこう……なんて気持ちの余裕ができたもんなぁ」


 ヘインズ司令官が感心して質問を返した

「その被写界なんとかの…マルチモニターというのは、クローデル君の

 作ったプログラムなのか?」


「いえ司令官。その機能はもともとターゲティング・システムに有る

 らしいです。特殊機能なので基本的な訓練にはあまり使用されてません。

 ヴィルはそういう特殊機能まで勉強してたらしくて、彼が現地で

 提案したので、私も咄嗟にそれで行こうとOKしました」


 ケンイチが答えると司令官はうんうんと何度もうなずきながら、

何かを思いついて笑った。

「なるほど。そうか。どうもガーランド君は、君たち第一中隊ととてもウマが

 合いそうだな。 第三中隊でいつまでも下っ端扱いされているよりも、

 正式に第一中隊に異動したほうが彼も伸びるかもしれないな。どうかな?」


 ケンイチとソジュンは司令官の突然の提案に驚いて一瞬顔を見合わせたが、

ふたり同時に親指を立てて喜び、司令官に応えた。

「よろしくお願いします」


 ヘインズ司令官は指導員室から出て行く時に、言い忘れていたことを

思い出し、ソジュンに向かって行った。

「パク君。実機の操縦データをVRシミュレーターに入れる案は、

 訓練でもうまく使えそうだ。ただし、カネムラ君のデータではダメだ。

 もっと普通の人間が耐えられるレベルでないと」


司令官はケンイチの方を見ながら、笑いながら続けた。

「怖いもの見たさに集まった若手にVRシミュレーター内にゲロされても

 困るからな……そうだ。パク君とクローデル君のデータを入れて選択できる

 ようにしてくれないか?」

「はい司令官。承知しました」とソジュン。


横ではケンイチが少し不機嫌な様子で、小声でソジュンに言った。

「そんなに大声で、普通の人間じゃないって言わなくてもなぁ」

「いやぁ仕方がないっしょ。事実なんだからさぁ」ソジュンが舌を出し

いたずら坊主のように目をキョロキョロさせた。


 ヴィルヘルム・ガーランド隊員の第一中隊への正式な異動通知が出たのは、

それから三日後だった。



次回エピソード> 「第12話 アース・フェニックス」へ続く











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