第46話 機雷帯の攻防 

 ケンイチは敵機一機と激しいドッグファイトをしていた。

交戦中のこの一機はイリーナ・オルロフ達のような素人では無い。

動きからは、よく飛行訓練されているパイロットだとわかる。

SGTEのメンバーで<テラ>に協力した者かもしれない。


 そのドッグファイト中も、ファルコン隊メンバーの通信が

聞こえてくるので全体の状況を把握しようと必死だった。

通信では一機はダミアンが撃って操縦不能。そしてアレクセイが

シンイーをフォローしながら一機を撃墜したと聞こえた。


 スペース・ホークは全部で六機出てきたはずなので、残りは四機。

こちらは十機なので、今は圧倒的に数的有利を保てるはずだ。

ケンイチは元低重力ラグビーの選手で、司令塔として活躍していた。

敵と味方が空間の何処に何人いるのかは脳内マップにプロットされている。


アレクセイとシンイーが<イーストホープ7>の北側宙域で一機と

交戦中で、南側宙域ではクリスが一機と交戦中。

 マリーとヴィルがいる<イーストホープ7>の近くで一機が逃げている。

そしてここ、<イーストホープ7>の太陽側の自分の目の前に一機。

交戦中のスペース・ホークはこれだけのはずだ。


 システムダウンしたというジョン・スタンリー機は、機雷帯の

西側の宙域にいるはずだ。その周囲には敵機はいないはずだから、

すぐにスタンリー機が撃墜されることは無いのかもしれない。


「こちらレオ。ジョンお前の西側に何かいるぞ! 

 スペース・ホークじゃない。あれは…ジジ………」

 レオの通信は明らかに不自然にぶつっと切れた。

「レオさん! レオさん!」ジョンの声だ。


 ケンイチは目の前の敵機が放ったミサイルが追尾してきているのを

後部モニターで確認しながら通信した。

「こちらケンイチ。ジョン何が有った! レオはどうした?」


 レオはスペース・ホークではない何かがいると言ったように

聞こえたが……スペース・ホーク六機以外にも、敵が出て来ていたのか? 

相手は残り四機だけだと踏んでいた自分に腹が立った。


「こちらジョン。保安艇です! TE保安部隊の保安艇一機! 

 レオナルド・カベッロ機が操縦不能で漂流中」

—— しまった! <テラ>はTE保安部隊からの協力者もいたのか ——


 ケンイチはマーズ・ファルコンの運動性能を駆使して後ろから追って

来たミサイルをひらりとかわすと、ビーム砲で撃って爆発させた。

ミサイルを放った敵機は方向を変えて機雷帯の西側方向へと向かっている。

—— まずい! あっちには操縦不能のジョンとレオがいる! —— 


 ケンイチは推進機のパワーを全開にしてスペース・ホークを追った。

「こちらケンイチ。ジョン! 敵機一機がそっちに行く! 気をつけろ!」


「ソジュンだ。保安部隊の保安艇は、電磁パルス砲を持ってる。

 機体を破壊する力は無いが、強力な電磁パルスで相手機を停止させる

 装置だ!」

「ソジュンさん。わかってます。スタンリー機もうすぐ再起動できます!」


 ケンイチは操縦不能になっている二機のいる方向にスペース・ホークが

向かうのを少しでも遅らせるため、一か八かでフレアミサイルを

敵機に向け撃った。


 二本のフレアミサイルが速度を上げながら敵機の背後に迫ると、

敵機は回避運動をせざる得なくなり、ジグザグ回避運動をした。

—— しめた ——


 こちらのミサイルには追尾装置はついてないが、敵はそれを知らず

追尾装置が付いているかもしれないと思っての回避運動だろう。

ケンイチの放ったフレアミサイル二本は速度を上げながら直進する。


 ミサイルは難なく敵機を追い越してからすぐに爆発して、敵機の

目の前で華々しくフレアの光を撒き散らした。目の前に閃光を見た

スペース・ホークは急ターンをして向きを変える。

その隙をケンイチは逃さなかった。


 ケンイチの撃ったビーム砲は急ターンをしたスペース・ホークの

機首部を破壊して、ビーム砲部分が宇宙空間に飛び散った。

スペース・ホークはそのまま<イースト・ホープ6>の方向に逃げていく。


 ***


 ダミアン・ファン・ハーレンは、操縦不能のスタンリー機と

カベッロ機のいる宙域に到着する。

モニターに映る保安艇の映像を中隊機全機に送信した。

「ソジュンさん、どこ撃っていいの」


 マーズ・ファルコン隊は、大統領機でスペース・ホークのパイロットに

危害を与えずに、機体を破壊する方法は勉強していたが、

保安艇が襲って来ることは想定していなかった。


 また、保安艇は、地球圏や火星そして各所で使われている機種が

違うので、TE保安部隊の保安艇は初めて見る機種だ。

火星の保安艇よりもかなり小型で、ずんぐりとした機体の両側に

推進機がついていて、機首からは太い電磁パルス砲の短い砲身が

一本突き出ている。


映像を見たソジュンからすぐに通信が有った。

「ダミアン。これはTE保安部隊の使ってるエルドラド・ギャラクシー

 社製の保安艇だ」


 ソジュンは資料映像を検索し、少し間を置いてから続けた。

「パイロットのいる操縦席は機首のすぐ後ろ、機体中央に旅客四名が

 乗れるスペース。核融合エンジンはその機体中央の下部。

 うーん機体がコンパクト過ぎて、撃つ場所が限られてるねぇ」


「パルス砲は?」

「電磁パルス砲の砲身か? そんな短い奴、狙うと、

 ちょっと外れたら、すぐ後ろが操縦席だぞ」

「やってみる」


 ジョン・スタンリー機は再起動が終わって、推進系が動いたようで、

動き始めていたが、レオナルド・カベッロ機のほうは、まだゆっくりと

回転しながら漂っている。

キャノピーを開いて周囲を確認しようとしているレオの姿が見えた。


 ダミアンはカベッロ機を見下ろしながら通り過ぎ、少し上昇してから

保安艇を真下に見る角度から急降下していく。

機首の電磁パルス砲に狙いをつけた。

「ほんと、操縦席が近いね」


 ダミアンがトリガーを引くと、短い電磁パルス砲が溶けて

さらに、半分ぐらいの長さになった。

ダミアン・ファン・ハーレン機がそのまま保安艇のすぐ横を

高速で通り過ぎると、唯一の攻撃手段を奪われた保安艇は

怯えたように急発進して逃避して行った。


 ***


「こちらアレクセイ。敵機の様子が変だ。なんか、少し距離を

 とっていると思ったら、そのまま退却してる」


「マリーよ。こっちのスペース・ホークも撤退をしていくわ」

「こちらケンイチ。各機へ。深追いしなくていい。少し様子をみよう」

 まだ交戦中だったスペース・ホーク三機がそろって退却をしたようだ。


 ケンイチは中隊各機の状態が映っている情報モニターに目を走らせた。

十機全機のデータが動いている。

「ファルコン隊。損傷を受けた機体は有るか?」

「シンイーです。さっき尾翼をやられて後部警戒センサーとモニターが

 作動していませんが、飛行には問題は有りません」


 ジョンとレオからは無事に再起動できたとの報告が有った。

「ヴィルです。さっき敵にTNSネットをやられました。

 機雷除去を再開する時には予備のTNSネットを放出して使います」


 そこに別の通信が割り込んできた。

「こちら母鳥。アーロンだ。ひな鳥隊聞こえるか? 繰り返す。

 こちら母鳥。アーロンだ。ひな鳥隊聞こえるか?」


「こちら、ひな鳥隊のケンイチ。全機無事だ。

 アーロンどうして通信が届いてる?」

「ああ。ケンイチか。無事で良かった。今だいぶ近い所まで来てる。

 その辺は通信中継探査機が有るから感度がいいみたいだな」


 アーロンからは驚きのニュースが伝えられた。

自分たちが機雷除去をしている間に、大統領自らが<ジェノバ>に赴いて

オルロフ兄妹とたっぷりと会話をした結果、オルロフ兄妹は仲間たちに

降伏勧告をする決断をしたという。


 オルロフ兄妹は、まさか大統領が自分たちと直接会話をするとは思って

いなかった所に突然大統領が現れて、しかも取り調べではなく、世界政府に

何をして欲しいのかという意見聴取の形を取ったことに驚いたとのこと。


そして大統領と意見交換をした結果、兄のイワン・オルロフも大統領の

ことを信用して、仲間に降伏勧告をすることを納得したらしい。


 大統領はファルコン隊と<テラ>居残りメンバーの無用な交戦を

終了させるように命じ、オルロフ兄弟が降伏勧告の通信ができる

所まで<ジェノバ>を派遣させたとのことだった。

—— それで、敵機がいきなり退却して行ったのか ——


「こちらソジュン。俺のTNSネットに航行不能になった敵機を一機

 捉えているが、こいつどうする? 

 中のパイロットは爆発の衝撃波で気絶してるかもしれない。

 休戦になったのなら、起こして解放するか?」


 ケンイチがソジュンと少し相談した結果、パイロットが無事なのか

確認することにして、数機で取り囲む。

ソジュンとアレクセイが自機から出て、バーニアでスペース・ホーク

まで飛びキャノピーを開けた。


 自分がマーズ・ファルコン隊に囲まれていることに気が付いた

パイロットは、両手を上げてコックピット内で立ち上がり、

降伏することを態度で示した。

ソジュンは機首のビーム砲のケーブルを抜いて作動しないようにした。


 アレクセイは敵パイロットが背中に付けようとしていた

バーニアキットを受け取りながら近接通信で言った。

「私はアレクセイ・マスロフスキー。大統領から君たちに危害を加えない

 ように指示されてる。機雷除去と妨害電磁波発生装置を除去するのを

 邪魔しないなら、危害は加えないことを約束する。

 あなたのお名前は?」


「ハオラン・リュイ。<テラ>居残りメンバーのリーダーだ。

 さっき、イワン・オルロフと話をした。降伏勧告を受け入れる」


スペース・ホークの近くに機体を寄せて、通信を聴いていたケンイチは、

キャノピーを開けて片手を上げて挨拶をしながら通信した。


「こちら、マーズ・ファルコン隊のリーダー。ケンイチ・カネムラだ。

 降伏勧告の受け入れを感謝する。君たちの何機か操縦不能になって

 いるはずだが救助は必要ですか?」


「全機と通信はできている。今、保安艇の仲間が救助に向かっている」

「了解した。では我々は機雷除去を続けさせてもらう」


「待て! 妨害電磁波の発生装置は絶対動かさないほうが良い。

 コロニーの<イーストホープ7>から遠くに動かすと自爆する

 装置が付いている。そうなるとコロニーは助からない」


「何だって?」


 ハオラン・リュイの説明によると、妨害電磁波の発生装置は

ソジュンが睨んだ通り、強力な爆薬を搭載しているとのことだった。

そして<イーストホープ7>との距離を測る光センサーが付いていて、

無理に遠ざけようとすると自爆するらしい。


 <テラ>がTE保安部隊やSGTEの追撃を阻止するための、

脅迫材料として、<イーストホープ7>の数千万人の命を人質に取って

いたというのだ。


—— 大統領の説得が遅かったら、

   俺達がその自爆装置を爆発させてしまう所だったのか ——

ケンイチは考えただけで背筋が寒くなった。


 ハオラン・リュイの主張では、このような<テラ>主要メンバーの

過激な行為は純粋に自分たちが逃げるための時間を稼ぐためであり、

本当に人殺しをしたいわけでは無いとのことだった。


 自分たちも『時間稼ぎ』の役目は十分果たせたはずなので、

降伏勧告を受け入れ、仲間を<イーストホープ7>に向かわせて、

妨害電磁波発生装置の爆弾を起爆させる装置を止めさせるとのことだった。


  ***


 その後、機雷除去中はもう敵機は襲ってこなかった。


 交戦中にソジュンがTNSで機雷をある程度高速移動しても

爆発しないことが分かったので、機雷の除去作業のスピードが

かなり上がり、思っていたよりも早く作業が進んだ。


 機雷群が遠く離れた場所にまとめられ、コロニー<イーストホープ7>の

近くには、妨害電磁波発生装置だけが残っている状態となった。


 ハオラン・リュイからは、仲間が起爆装置を停止させたから、

もう位置を動かしても問題ないとの連絡が入ったので、ソジュンが

機雷と同じようにTNSネットで慎重に包み込み、ゆっくりと移動させる。


 装置を機雷群をまとめている所まで運ぶと、ファルコン隊全機が

かなり遠くまで退避して爆発に備えた。

スペース・ホークが操縦不能になっているハオラン・リュイには、

カネムラ機の後部座席に乗ってもらっている。


ジョンがTNSの小型ロケットを機雷集積エリアの方向に加速させた。

TNSの小型ロケットが機雷群に突っ込むと、閃光でマルチモニターが

真っ白になった。


 トロヤ・イースト地区に太陽が出現したと思うぐらいの明るさになり、

かなり遠巻きにしていたファルコン隊メンバーも爆発に巻き込まれる

のではないかと焦るほどだった。


 後から聞くと、その凄まじい爆発は、かなり遠い宙域に避難していた

<シカゴ>でも良く見えたらしい。


 すぐに<シカゴ>からの通信が入って来た。

「こちら父鳥のサルダーリ。ひな鳥たちは皆無事か?」

「ひな鳥隊全機無事です。ステルス機雷と妨害電磁波発生装置の

 除去が全て無事終了しました」


ケンイチは全機に<ジェノバ>とのランデブー地点に戻ることを伝えた。

ハオラン・リュイは、カネムラ機の後部座席に乗ってもらったままだ。

ハオランも直接、大統領と話をするのを願っていた。


 


次回エピソード> 「第47話 コロニー解放」へ続く


  








 



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