第45話 機雷除去作戦

  トロヤ・イースト調査 十一日目早朝。

 ケンイチは興奮してあまり眠ることができず、目覚ましが鳴る前に

起きてしまった。ソジュンもすでに起きて洗面スペースで顔を洗っている。


 起床予定時間まで他の隊員を起こさないように、パイロットスーツ

に着替えて休憩室に行き、<ジェノバ>で当直をしているはずの

マティアス・コッコネンに通信した。


 マティアスは少し眠そうな声で言った。

「オットーさんが深夜に来て、まだ皆さん懸命に何かやっています」


 大佐の命令でオットーがマーズ・ファルコンの修理状況の確認と、

ステルス機雷が有視界モニターで見えるようにするためのプログラムの

インストールを行う為に、深夜に<ジェノバ>に向かったことは

知っていたが、朝までかかるとは思っていなかった。


「なんだって。オットーさん達は、みんな徹夜作業していたのか?」

「そのようです」

 マティアスに通信を切り替えてもらい、オットーに状況を聞いた。

オットーの話では、驚いたことに、修理を諦めていたマスロフスキー機も

作戦に使えるようにできたとのことだった。


 オットーが<ジェノバ>に行った時、ハーレン機の翼の補修はほぼ終わる

所だったが、妨害電磁波発生装置の除去には一機でも多いほうが良いだろう

と考え、マスロフスキー機を使えるように頑張ったとのことだった。


 マスロフスキー機は機体後部が折れ曲がって角度が変わっていたが、

それを修理するのは諦め、後部のメイン推進機ポッドの取り付けブームを

根元から外して動かしたのだという。


 機体が折れ曲がったまま、メイン推進機ポッドだけを機体本体の中心軸に

合わせて取り付けて、推力方向が真っ直ぐになるように調整するという

応急処置をしたらしい。


 機体後部や尾翼は斜め向きのままだが、宇宙空間なので空気抵抗は

関係無いし、尾翼に付いているセンサー類は機体の中心軸からずれて

いても、調整すれば、それほど大きな支障は出ないとの

オットーの判断だった。 


 結局、オットー、ディエゴ、ヒロシ、アーロンの四名は食事のための

小休止以外はほとんど休まず、一睡もせずに修理を行っていたという。

今はマスロフスキー機への燃料水補充を進めているとのことだった。


 またオットーは、ファルコン隊内の通信が途絶えないように、小型の

通信中継機を多数と、ソジュンの考案したTNSコントローラーも複製を

二つ作成しておいたと言った。


さらにTNSの小型ロケットが機雷に反応するといけないので、

TNSのネットと小型ロケットの距離を取るために、ネットと小型ロケット

の結合部を外して、長い樹脂ロープで結合したという。


この特製TNSは予備も含めて六セット準備してあるとのことだった。

—— オットーさんもやるな。流石、宇宙機開発研究所の主任だ ——

 ケンイチはオットーに感謝を伝えて通信を切った。


  ***


 ファルコン隊の起床予定時間。

ケンイチはすぐにメンバーを集め、昨夜の解析結果で得られた仮説を

伝えるとともに、急いで出動準備をするように命じた。

メンバーは皆、突然の出動命令に驚きはしたが、突然の出動自体は

隕石防衛の時も同じなので準備は手慣れたものだった。


 各自バタバタと身支度を整え、パンをかじりながらパイロットスーツに

着替えたりしている。ケンイチはサルダーリ大佐に機内通信で連絡を取り、

三十分以内にファルコン隊が出動できる体制になりそうだと伝えた。


 大佐のほうは、今日の作戦を考えていたらしく、ファルコン隊全機を

機雷除去の作戦に避けるように、<シカゴ>は遠く離れた場所に留まり、

<ジェノバ>もトロヤ・イーストの近くでファルコン隊を出撃させた後は、

<シカゴ>のいる宙域まで非難するということをケンイチに提案した。

 ケンイチもその案に同意した。


 ***


 <イーストホープ7>の宙域。ファルコン隊十機が編隊を組んでいた。

周辺警戒をしながら、ケンイチは全機に有視界モニターにステルス機雷が

映るかを確認させた。  


 オットーのプログラム修正の結果、ステルス機雷が良く見え、先日は把握

できていなかった遠くまでステルス機雷が点在していることが分かった。

—— いやぁ。かなりの数だ。機雷掃除に時間がかかりそうだ ——


 TNSネットで機雷の移動を行う役目はソジュン、ジョン、ヴィルの

三機として、各機の担当範囲を決めた。その周囲を固めるように警戒担当の

七機を配備することにする。


 また、妨害電磁波発生装置に近い作戦エリアでもファルコン隊内の通信が

できるように、マーズ・ファルコン隊各機は格納庫から小型の通信中継機を

放出して各所に配備をした。


 ***


 ソジュンは自機がステルス機雷にやられて壊れてしまったので、

前部コックピットが潰れているフェルディナン・ンボマ機の後部座席に

乗って操縦をしている。


 マーズ・ファルコンは後部座席でもあらゆるコントロールが可能であり、

キャノピーの形状が前部座席とは少しだけ異なるため、その内面に映した

マルチモニターの角度がやや違う点以外は何も問題はない。


 まずは、TNSでステルス機雷を安全に動かせるかの確認が必要だ。

ネットが接触しただけで爆発するような繊細な接触感知装置が有ったら、

そもそもTNSでの移動は不可能だ。


 また、位置を移動させたときに、加速センサーや位置センサーが反応し

爆発しないかどうかも要注意だ。中隊内一斉通信をONにする。


「よーし。お掃除を始めるぞ~。まずは俺が試しに機雷をひとつ

 TNSで動かして爆発しないかどうかを確かめる。

 それまでジョンとヴィルは待機してくれ」

「ジョン了解」「ヴィルヘルム了解です」


 ソジュンはTNSを慎重に操作し、ステルス機雷群の手前で三角形の

ネットを大きく広げ、ネットの中央に機雷が来るように近づけて行く。

長い樹脂ロープで繋がれた小型ロケットは機雷から少し離れているため

反応しないようだった。


 しかし、気を付けないと小型ロケットのほうが、他の機雷に

当たりそうになる。

「ああ。ネット部分だけ見てると、小型ロケットが、

 他の機雷に近づいちゃうね。こりゃ危ない。危ない」


 ソジュンはゆっくりとTNSを回転させて、小型ロケットが周囲の

機雷に近づかないようにした。そしてネットが機雷に触れる。

ネットが触れただけでは爆発はしなかった。

—— よしっ行ける ——


「ネットの接触では爆発しなかった。次は動かしてみるぞぉ」

 その後もソジュンが慎重にTNSを操作した結果、ステルス機雷は

ゆっくり移動させる分には爆発はせず、TNSネットで機雷群を掃除する

ということが可能だと判明した。


 その後、ソジュン、ジョン、ヴィルの三機での機雷掃除が開始され、

機雷は少し離れた場所に徐々にまとめられていく。

まとめた機雷群は後で一気に爆破させることになっている。


 ***


 ケンイチは周囲のモニターに目を配りながら、進捗を見守っていた。

オットーが敵のスペース・ホークのデータから読み取った情報では、

<テラ>居残りメンバーの数は十三名で、それほどは多くは無い。


 一昨日にスペース・ホークが八機しか出てこなかったことから考えると、

スペース・ホークを操縦できるパイロットが八名しかいなかったの

かもしれない。


 八名のうちオルロフ兄妹は<ジェノバ>にいるから、パイロットが八名

しかいなかったという推測が正しいなら、今日は敵機が出てきても

六機以下の可能性もある。


 ディエゴやヒロシの修理のおかげで、こちらは十機が出動できている

から数的不利にはならないかも……と思った。

—— 敵機が出てこなければ、一番有難いんだが ——


 ケンイチのその願いを吹き飛ばすように通信が入った。

「敵機発見! 一時方向一機!」ダミアンの声だ。続いてシンイー。

「七時方向。上三十度方向からも来ます! 一機です」


 その後は、複数名が同時に敵機襲来を叫んでいた。

正確には分からなかったが、やはり六機ぐらいのようだ。

—— くそ! 周囲から囲むように同時に来たか ——


「TNS隊は作業を中止して先頭に備えろ! 

 各機ミサイルを機雷帯に撃ち込ませるな」


 ケンイチ・カネムラ機のモニターにも敵機が現れ、高速で向かってくる

ミサイルのマークが二つ見えた。全力で加速しながらミサイルに照準を

合わせてトリガーを立て続けに引いた。


 ***


 ダミアン・ファン・ハーレンは、正面やや下から迫ってくる敵機に意識

を集中していた。あちこちの味方からも敵機発見の通信が有ったが、

今は目の前の一機に集中せざるを得ない。


 相手機がミサイルを二本撃った。VTOL機能で垂直急上昇して

向かってくる敵機を上から見降ろすポジションに移動しようとしたが、

相手機が撃ったミサイルが追尾機能で斜めに進路を変えて迫ってくる。


 ダミアンは前後部の姿勢制御用のジェットを吹いて機首をミサイルに

向けると、ミサイル二本を立て続けに迎撃し、その爆炎に隠れるように

直進して敵機の後部が狙える距離まで近づく。

 ダミアンは敵機の後部に狙いをつけてトリガーを引いた。


 ***


 ソジュンは周囲のあちこちで突然始まった戦闘の光を見ながら、

TNSで動かしている途中の機雷をどうするか迷っていた。


 機雷を変な場所に放置したら誰かが誤って激突しそうだし、

ゆっくりと機雷の集積場所まで移動する余裕は全くなさそうだった。

一か八かでTNSの速度を上げた。

—— いや~。ひやひやするね。このぐらいの加速度はセーフみたい ——


 ふとモニターを見ると、少し離れた所でダミアン・ファン・ハーレン機が

交戦しているのが見える。上昇しながらミサイルを迎撃し、敵機の上から

ビーム砲で撃とうとしている。


「うまい! あいつあんなにドッグ・ファイトも上手なんだな」

ダミアンが機体後部を撃ち抜いた敵機は、完全に航行不能になって、

ゆっくりと縦旋回を始めながら漂流を始めた。


 その移動していく先に見えるのは、機雷の集積エリアだった。

—— やばいぞ! あの敵機。あのままだと機雷群に突っ込む! ——


「ソジュンさん! まずかったかも」とダミアンの声。

「分かってる。任せろ」


 ソジュンは、TNSコントローラーのボタンを目いっぱい押して、

機雷を包んでいるTNSネットを一か八か最大速度まで上げた。

ジョイスティックを操作して方向を少し修正する。

—— ええい! 急げ!急げ!急げ! —— 


 TNSネットが機雷の集積エリアと、コントロール不能になっている

敵機の間まで到達した時、ソジュンはTNSを急停止させた。


 ネットに包まれていた機雷は、慣性力でネットから高速で飛び出し、

そのまま集積エリアの機雷群の方へ向かう。機体同士が衝突すれば

大爆発は間違いないだろう。


「ソジュンより、各機へ機雷集積スペースの機雷が爆発する。注意しろ!」

 ソジュンは通信しながら、TNSの小型ロケットの向きを変えて、

縦回転しながら漂流中のスペース・ホークの前でガードするように

三角のネットを広げた。


 スペース・ホークはそのままネットに突っ込んで、小型ロケット

三機を引きずりながら少し進んだが、ソジュンが小型ロケットの

推力を最大まで上げたので急減速していく。


 <イースト・ホープ7>の宙域に閃光が走った。

閃光はモニター画面いっぱいに広がって、TNSも敵機も見えなくなった。

眩し過ぎる光をカットする機能が働いてモニターが少し暗くなる。


通信ではケンイチの声が響いていた。

「大丈夫か! おい! ダミアン! ソジュン!」

「ダミアンです。大丈夫」


 ソジュンはモニターのあちこちを探しながら答えた。

「ソジュンだ。俺っちは大丈夫だが……コントロール不能になった

 敵機がどうなったか分からない……あっいた!」


 TNSネットに包まれていた敵機は、爆発こそしていなかったが、

TNSのネットには機雷の破片が多数突き刺さっている。

ソジュンは、敵のパイロットが串刺しにされていないことを願った。


  ***


 アレクセイ・マスロフスキーは自機の近くには敵機が来なかったので、

仲間のフォローに入るため高速で移動していた。


シンイー・ワン機が迫るミサイルを迎撃するのが有視界モニターに見える。

だが、その後ろからは高速飛行でスペース・ホーク二機が迫っているのに

シンイーは気が付いていないようだ。慌てて通信した。


「シンイー! 後ろだ二機いるぞ!」

「えっ!」


 ワン機はすんでの所で姿勢制御ジェットを吹き急速に下方へ移動したが、

ビーム砲で撃たれ、垂直尾翼上部の後部カメラやセンサーが吹き飛んだ。

アレクセイはワン機を攻撃した二機に向けて、立て続けにビーム砲を撃つ。


 一機の機体後部の推進機ポッドが破壊されて飛び散って、もう一機は

回避行動をとって離れていく。推進機ポッドを破壊されたほうの敵機は、

惰性で機雷帯から離れる方向へと飛んで行った。


「シンイー大丈夫か?」

「アレクセイさん。ありがとうございます。後部モニターが使えませんが、

 飛行には問題ありません」


  ***


 ジョンはTNSネットで機雷帯の機雷を動かそうとしてたが、敵機来襲の

通信を聴くと、動かし始めていた機雷を慎重にネットから外し、

TNSの小型ロケットが漂流して機雷に当たらないように、

コントローラーで移動させていた。


 周囲では戦闘が始まり、様々な通信が入ってきていたが、

ソジュンからの通信の直後、眩い閃光が見えた。

広げているTNSのネットが強い光を受けて白く輝いた。

—— なんだ? 今の爆発。 皆、大丈夫なのか? ——


 ジョンは推進機の出力を上げて敵機が襲って来る前に機雷帯から

出来るだけ離れようとした。

機雷帯の近くでのドッグファイトは危険が大きすぎるからだ。


 マルチモニターを見まわして敵機がいないかを確認しようとした時、

突然モニターも操作パネルも全て消えて真っ暗になり操縦不能になった。

—— なんだ? 撃たれた? いや、機体がシステムダウンした? ——


 すぐに機内電源が予備バッテリーに切り替わり、コックピットの照明と

生命維持装置、そして通信機能が使えるようになったが、

核融合エンジンや操縦系パネルと武器システムは機能が停止したままだ。


「こちらジョン。操縦不能です。突然機体がシステムダウンしました。

 原因不明。これからシステムリセットします」

ジョンは通信をしながら急いで、手探りで操作パネル下のシステム

リセットボタンを押した。


「こちらケンイチ。ジョン。止まっていると格好の標的になる。

 すぐに再起動できないようなら、小型バーニアをつけて脱出をしろ!」

「レオです。近くにいるのでスタンリー機の援護に行きます」

—— 早く再起動しろ! ——


 ジョンの目の前で操縦系パネルのLEDがチカチカと点滅して

再起動を始めたが、緊迫した状況なのでとても遅く感じる。

少なくともあと一分以上はかかりそうだ。

じっとしてたら、中隊長の言うように格好の標的になる。

—— まずい。脱出するか? ——


 ジョン・スタンリーは、再起動をただ待つのではなく、肉眼で周囲を

確認しようとキャノピーを開けるボタンに手を伸ばした。




次回エピソード> 「第46話 機雷帯の攻防」へ続く

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