第44話 疑惑

 マリーは、ドローン群の解析結果を見せながら言った。

「レーダーがほとんど使えない妨害電磁波の中なのよ。これ。どう思う?」

 ソジュンはマリーの言いたいことが分かって来たので、完全に眠気が

冷めて来ていた。前のめりになって、タブレットを手に取って眺める。


「そうか。レーダーがほとんど使えないのに、白いガス煙幕帯を通り抜けて

 来たこのドローン達は、どうやって移動中の<シカゴ>の居場所を、

 瞬時に正確に知ったのか……と言いたいんだろ。マリー」


「そうなのよ。何かおかしくない?」とマリー。

「単に<シカゴ>の推進機の熱を探知していたんじゃないのか?」

ケンイチが大きなあくびをしながら質問する。

その問いを予測していたマリーは即座に答えた。


「あのドローン群はね。フレアミサイルに何も反応しなかったの。

 それに周囲には<ジェノバ>もファルコン隊もいたのよ。

 熱反応だけで<シカゴ>の位置だけを正確に掴むのは難しいはずだわ」


「じゃぁ。誰かが<シカゴ>に何か位置シグナルを出す装置でも

 取りつけてたのか? とでも言いたいのか?」とケンイチ


—— まさか、そんな ——

マリーは目を大きく開いてケンイチの目をじっと見つめる。

ケンイチも自分の言った言葉の重さを自分で噛みしめ、はっとして

二人同時にソジュンの方を向いた。


「やだな~俺じゃないよ」ソジュンが慌てて手を振った。

「バカね。あなたじゃないのは分かってるわよ。でも調査隊の誰かって

 いう可能性は無い?」


「そんなまさかぁぁ。だって自分が乗ってる機体をさぁ。ドローンに

 攻撃させるなんてことをする? 自分が危ないじゃん」


「確かに。ソジュンの言う通り、マーズ・ファルコン隊以外のメンバーは、

 全員が<シカゴ>か<ジェノバ>に搭乗していたのだから、

 ドローン群をおびき寄せたら、自分が危険だな」

「そうよね…ここに来る前に付けられてたなら話は分かるけど……」


 マリーは何気なく言ったが、ケンイチが突っ込んだ。

「ここに来る前って? 火星で? それとも月で?」

 このケンイチの質問にはマリーもソジュンも答えられなかった。


 しばらく三人で話をしていたが、自爆ドローンの映像以上の情報は無く、

アース・フェニックス開発者で、信頼できるオットー・ブラウアーにも

相談をするか、それともサルダーリ大佐を起こして相談するかで議論した。


 深夜に大佐に相談をするなら、もう少し決定的な証拠が必要だろうとの

判断で、まずはオットーに相談することとなった。


 すでに深夜近かったが、オットーはスペース・ホークに残されていた

データの解析を続けていたので、すぐにファルコン隊の休憩室に合流した。

マリーのタブレットに食い入るようにして解析結果を見ていたオットーは、

事の重大さを認識すると徐々に険しい顔つきになる。


「これは、確かにマリーさん達の言う通り、ドローン群の動きは

 <シカゴ>の位置を確実に掴んでいますね」

オットーは信じられないという顔つきだ。


「<シカゴ>から何らかのシグナルが出ているという皆さんの仮説は……

 信じたくは無いけど……調べる必要が有るというのは私も同意見です」


  *** 


 ソジュンとオットーは、当直パイロットのカレルヴォ・コッコネンに、

カネムラ機の調子が悪いから、少しテスト飛行をしてみると言って、

<シカゴ>の下面にコバンザメ方式で駐機しているカネムラ機に搭乗し、

しばらくは<シカゴ>周囲を飛びながら様々な計測を行った。


 三十分ほどしてソジュンとオットーが休憩室に戻って来ると、

ソジュンは小さな装置をケンイチとマリーに見せた。


「じゃじゃじゃーん。当たりだった。

 これはたぶん近赤外線のパルスレーザーを出す装置だよ。

 工具を使わないと取れない場所に巧妙に隠してあった」


「これは月のSG3宇宙機開発研究所で付けられた可能性が有ります」


オットーは、そう自分で言いながらも、まだ信じられないという口調で、

頭を抱え込んで中央のテーブルに肘をつきながらぶつぶつ言っている。

「……そんなこと、あり得ないんだけど……」


 オットーの説明では、装置が付けられていた場所は、大統領機の高性能な

各種センサーに近く、唯一それらの死角になる場所とのことだった。

つまり、それを仕掛けた者は、アース・フェニックスの設計を良く把握して

いることになる。


 その後、オットーとソジュンが装置を分解して調べた結果、その装置は

このトロヤ・イースト地区に来たときに作動するように、強い妨害電磁波を

受けた時に作動開始するようになっているようだった。


「これだけの技術と知識が有り、アース・フェニックスの開発中に機体に

 近づくことができた者が犯人です」オットーは打ちのめされた表情だ。

「そして、それはものすごく人数が限られる。

 つまり、研究所の同僚しか考えられない」


「なんだって。SG3宇宙機開発研究所にテロリストの仲間がいるのか?」

ケンイチが少し大きな声を出したので、マリーが口に指をあてて静かに

話すように促した。


「それだとさぁ。大統領機が火星に行ったあとに、ここトロヤ・イーストに

 来るだろぅってことまで、そのテロリストには事前に分かってたって

 ことだよねぇぇ。

 しかも、アース・フェニックスの開発中にだよ」とソジュン。


オットーが首をうなだれながら答えた。

「そうなりますね。大統領機の処女飛行が火星になることは、

 開発チームの多くのメンバーに開示されていました。それに、

 テロリストの仲間なら、ここの独立クーデターの時期も知ってたはずで、

 火星から大統領機がここに向かう可能性も予測できたのかもしれません」


「大統領を暗殺したい奴が、大統領機の開発をしてたのか?」とケンイチ。


「いやぁ大統領を暗殺するならさぁ、火星に向かう途中で大統領機を

 爆破するのが、もっと手っ取り早いさぁ。

 わざわざ自爆ドローン数百機に襲わせる必要は無いと思うよ」

とソジュンが否定すると、オットーも補足を加えた。


「このシグナル発進機は、ここトロヤ・イーストに来て、

 強い妨害電磁波を受けた時に初めて作動開始するという装置でした。

 つまり、アース・フェニックスが万が一ここに来てしまったら、

 自爆ドローンで攻撃するための装置だったと言えます」


「確かにそうだわ。第一目的は大統領暗殺や大統領機の爆破では無く、

 アース・フェニックスが、ここに来たら困る理由が有ったのね。

 例えば、輸送船で逃亡した<テラ>主要メンバーの後を、人類最速の

 宇宙機であるアース・フェニックスで追われたく無かったとか」

とマリーが言うと、オットーもマリーの意見に賛成して頷いた。


「だったら、アース・フェニックスの開発をずっと遅らる工作したほうが、

 もっと確実だったんじゃないのか?」ケンイチが素朴な疑問を口に出す。

他の三人はハッとして顔を見合わせた。


「オットーさん。確か開発が予定より十日遅れたって言ってたよねぇ。

 それってさぁ。何らかのテロ工作だったとは考えられるのかなぁ」

「ソジュンさん。その可能性は排除できませんが、最後の一週間の遅れは、

 最終テストの計測器を準備した他の部署の問題でしたから……」


「ちょっと待って! その最後の一週間の遅れさえ無ければ、

 大統領機はあの隕石嵐にちょうど遭遇をしていたのよ」

 マリーの言葉にソジュンが両手で頭を抱えながら続けた。


「えーっと。そうか。隕石嵐が火星を襲うタイミングを知ってて、

 誰かが大統領機の完成日を調整をしてたって言いたい? 

 もしも隕石嵐に遭遇してたら、流石のアース・フェニックスも

 何らかの損傷をして、ここに来ることはできなかったよねぇ。

 隕石嵐にやられたなら、誰もテロ工作とは思わないし」


「まさか、そこまで話を飛躍させちゃうのか?」とケンイチ。


「最終試験の前に、考えられない軽微な不具合が続いて、当初予定からは

 三日ほど遅れました……確かによく考えると、隕石嵐のタイミングに…」

 オットーがそこまで言ったところで、マリーが休憩室のテーブルに手を

バンと強く叩きつけたので男三人は驚いてマリーの方を向いた。


「あっごめんなさい。ちょっと待って」

マリーは目をぎゅっとつむったまま、ぶつぶつ言っている。

目を開いて続けた。


「オットーさんは広域警戒探査機の『異常なし』を示す信号が、

 隕石嵐の二日前まで届いていたって言ってたわよね。でも私の分析では

 あの時の小天体群の速度なら、広域警戒探査機の配備されていた場所

 からは最低三日かかるはずなの。

 それがずっと変だと思ってたのよ」


 オットーはマリーが何を言おうとしているのか、即座には分からない

様子だった。


「地質学研究所小天体組成研究室のターシャ・イルマ博士の調査では、

 火星に落ちた隕石群の一部には、核融合エンジンを破壊した

 後のような放射能汚染がついていたらしいのよ」


 オットーがきっぱりと言った。

「隕石嵐の後の調査では、三機の探査機が破壊されたのが確認できたけど、

 核融合エンジンの部分が破壊されたものは無かったはずです」


 ケンイチは、目をつぶって秀才二人の話を聞いていたが、話にどんどん

ついていけなくなるので、自分が理解したことをぶつぶつと順番に話した。


「探査機の核融合エンジンは壊れてない。でも隕石には放射能が有った。

 探査機は火星の隕石嵐の三日前に壊れていたはずだが、

 二日前まで異常なしの信号が届いてた……ということは?」とケンイチ。


「二日前に信号を送ったのは、世界政府の広域警戒探査機ではなく、

 小天体に破壊されたその『何か』だと仮定すると、

 全体がつながりますね」

オットーが言った。


 マリーが確信したように言った。

「異常なしの信号を送り続けたがいたのね。

 それに、本物の広域警戒探査機も、何かの妨害電磁波のようなもので、

 隕石の回避行動システムが機能しなかったんじゃない?そうじゃないと、

 三日前より早く警報を発しているし、回避行動が出来てたはず」


マリーの仮説で、様々な情報全体が一つのストーリーとしてつながり

出したことを皆が感じていた。


 オットーが自分のタブレットを自室から持って来て、

アース・フェニックスの開発から最終試験までの様々な日程と、

その時の宇宙機開発研究所の職員の担当者をいろいろと調べたあと、

目を閉じて言った。「なんてことだ」


「何がわかったの?」マリーが効くとオットーが答えた。

「アース・フェニックスの開発で、軽微な不具合が出た三カ所の場所に

 関わった職員で、一人だけその三カ所全てに関わっている者がいる。

 ランベルト・ミュラーだ」オットーは頭を抱え込んでいた。


「彼なら三カ所の不具合を仕込むことができる。

 それに、彼はセンサー系の設計にも精通しているから、

 このシグナル発生装置を何処に隠せばよいのかも分かっている。

 おまけに、今、職員名簿で個人情報も確認したら、

 彼はトロヤ・イーストの出身だ」


「完全にビンゴじゃん」ソジュンが言った。

「そのランベルト・ミュラーという人が<テラ>の協力者だとして、

 まだSG3の宇宙機開発研究所にいるんだとしたら、

 ねぇ。かなり危なくない?」とマリー。


マリーの言葉にオットーは目を丸くして、再びタブレットの情報を

確認し始めた。


「まずい。彼はこのトロヤ・イーストの異変に対処するために、

 追尾型の新型ミサイルを開発するチームにも入っている」


「何だって? その追尾型の新型ミサイルって、もしかして……」

 ケンイチが言いかけた。

「そう、ここに向かっているSG3部隊が輸送船に何本か搭載してます」

オットーの顔が蒼白になっていく。


「何てこと! SG3部隊は<テラ>の工作員に細工された恐れのある

 ミサイルと一緒にここに向かっているの? それって……」


マリーの言葉をソジュンが続けた。

「ここに到着する前にドッカンだな。やばいよこれは」


 四人は組み立てた推論を、すぐにでもサルダーリ大佐に報告すべきだと

いうことで意見が一致した。

すでに深夜遅かったが、大佐に連絡を取ると、大佐は<テラ>に関する

報告書を書いていたので、まだ寝てはいなかった。


 サルダーリ大佐がファルコン隊の休憩室に来る。

マリーが全ての情報と推論をまとめて報告し、続いてオットーが、

<テラ>の工作員の疑いが有るランベルト・ミュラーに関する

個人情報と業務スケジュールをサルダーリ大佐に見せた。


 大佐は四人の報告に驚いて、しばらく目をつぶって考えていたが

目を開けると言った。

「SG3部隊が積んでいるミサイルに、何らかの破壊工作が仕組まれて

 いる恐れが有るということだな」

オットーが頷いた。


「ということは、SG3部隊がまだ無事で航行を続けているならば、

 ミサイルが爆発する前に、何とかして連絡を取らないといけない。

 そのためには、先にあの妨害電磁波発生装置を止めないといけない」

 大佐は机を指でトントン叩きながら続けた。


「つまり、我々はオルロフ兄弟が仲間に降伏するように言う決断するのを

 ゆっくりと待つことも、そして、SG3部隊の到着まで待つことも

 できなくなったということだ」


 四人は揃って大きくうなずいた。


「ステルス機雷が見えるように、ファルコン隊のモニター表示の

 プログラムを調整する案はできてます」

オットーが手を挙げながら発言した。


「そうか流石、開発担当者だな。明日朝早く出撃するとしても、

 間に合わせられるのか?」と大佐。


「はい大佐。このタブレットにあるプログラムを各機にインストール

 するだけですから、すぐにできます」

「ではブラウアー君。深夜に申し訳ないが<ジェノバ>に行って、

 ファルコンの修理状況確認をして、続けてインストールをやって

 もらえないか?」

「承知しました」


「ステルス機雷の除去方法なんですが……」今度はソジュンが手を挙げた。

「あのTNSコントローラーなら爆発させずに移動できるかもしれません」

「ソジュン。それ良い案だな。試してみる価値があるよ」とケンイチ。


ソジュンはケンイチに舌を出しながら返した。

「もうドッカンはコリゴリだからねぇ」


「パク君のその案がうまくいくとしても、多くの機雷を除去するのには

 時間がかかるだろう。

 だからカネムラ君、クローデル君、パク君の三人は

 明日朝からの作戦に備えて少しでも睡眠をとった方が良いな」


 大佐は続けて四人の真剣な顔を見回してから言った。

「私は、君たちのような優秀な部下が一緒で本当に良かった」





次回エピソード> 「第45話 機雷除去作戦」へ続く























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