第43話 情報 

 ジェラルド・サルダーリ大佐は、イリーナ・オルロフの取り調べの後、

<ジェノバ>でマーズ・ファルコンの修理状況を見て回っていたが、

オルロフ兄弟の見張りのSPを経由して、イリーナからの連絡が入った。


 イリーナの話では、兄のイワンが仲間に降伏を勧告するべきかどうか、

まだ少し迷っており、しばらく考えたいと言っているので、

時間が欲しいとのことだった。


 大佐は急いでも良い結果にはならないと判断する。

翌朝にもう一度話をすることとにして、まずはイリーナから聴取した

情報を大統領に報告するために<シカゴ>に戻ることにした。


 ***


 トロヤ・イースト調査 十日目午後。 

<シカゴ>大統領区画の特別会議室。大統領、補佐官、大佐、オットー、

ケンイチ、マリー、ソジュン、そしてクリスの8名が、

大佐とクリスの取り調べ状況を共有するために集合していた。


 大佐がクリスがイリーナの心を開いて、情報を聞くことができた

ことを伝え、イリーナが簡潔に聞き出した情報を報告する。

もしも、オルロフ兄弟から居残りメンバーへの降伏勧告が実現すれば、

市民が早期に解放されるという状況に、大統領は大変喜んだ。


「しかし大統領、イワン・オルロフはまだ降伏勧告をするとは

 OKしていませんし、降伏勧告をしてもトロヤ・イーストの残りの

 メンバーが素直に応じるかも分かりません」と大佐。


「ライムバッハー君のおかげて、市民が無事なのは分かったし、

 さらに、これ以上の戦闘を回避して、市民が解放される可能性が

 見えただけでも、かなり前進したのは確かだ」

ウィルソン大統領は、クリスに向かって感謝を示すために軽く

頭を下げた。


 続いてオットー・ブラウアーからも、拿捕して持ち帰ったイワンの

スペース・ホークの位置情報履歴から、<イーストホープ6>の

宇宙港がメインの拠点とわかったこと、および通信データの諸情報から、

居残りメンバーは十三人だけと判断できると報告した。


「昨日スペース・ホークが八機しか出てこなかったことからも、

 居残りメンバーがわずかだというのは確かだと思いますし、

 イリーナの言っている情報とも整合します」

とケンイチが言うと、サルダーリ大佐はこれには賛同した。


「ああ。護衛隊の方も、自爆ドローンを放った作業員風の一人しか

 確認できていないから、居残りメンバーがごく少数だというのは

 真実なのだろう」


「とても演説が上手なルカ・パガニーニと言うリーダーが、

 トロヤ・イーストを離れて独立すると言って、賛同した支援者を

 数百人連れてったとイリーナは言っていました。

 そんな小集団で本当に独立生活ができるのでしょうか?」

クリスが首を傾けながら聞く。


「宇宙ステーションと大量の物資を積んだ輸送船が有れば、

 何処かで小さなコロニーを形成することはできるかもしれません。

 ただ、燃料水は何処かで補充する必要が有るし、強奪した

 宇宙ステーション以外の居住施設を造るとなると、様々な技術的な

 ノウハウも必要ですね」

 とオットーが答えた。


「そう言えば…老齢の技術者で……カウフマンとかいう人がいると

 イリーナが言ってましたわ。

 その人のことは良く知らないようでしたけど」とクリス。


「何だって! カウフマン?」

オットーが驚いて大声を出し、持っていたタブレットを机に落とした。

横ではソジュンが目と口をあんぐり開けて、絶句したあと、

両手で顔を覆ってのけぞった。


 オットーの突然の大声に驚き、クリスティーンはキョロキョロと

周りを見回した。


マリーがその名前を思い出したようで、ソジュンに向かって質問をする。

「それって、もしかして十数年前に学会を追い出されたってあの人?」

「あの人も、この人も無いよぉぉ。

 老齢な技術者でカウフマンという人は一人しか知らない」とソジュン。


オットーもショックから立ち直っっていない。

小声で何かぶつぶつ言っている。

「そのカウフマンって、そんなに有名な技術者なのか」ケンイチが

学者肌の三人の反応を見て質問する。


ソジュンが声をわざと低くして、恐ろし気な作り声で答えた。

 ルドルフ・カウフマン博士だ

 間違いない」


 少し気を取り直したオットーがさらに詳しい情報を追加した。

「かつては『機械工学の神』と呼ばれた優秀な科学者です。

 沢山の分野の博士号を持ち、彼の発明した技術の多くが、

 現在の最先端技術の基礎になっているとも言えます」


「かつては……か。なぜ学会を追い出されたんですか?」とケンイチ。


「彼の研究目的は、最新技術を武器に転用するという危険思想が有った

 ので、世界政府の法律に反すると判断されたんです。

 それで十数年前に学会を追われました。

 彼がその<テラ>に加わっているのならば、あの高度な技術を要する

 武器類を開発できたことも全て納得できます」


 今度はウィルソン大統領が質問をする。

「ブラウアー君。その高度な技術を持っているかもしれない

 カウフマン博士というのが、学会を追われてから、

 ここトロヤ・イーストに来たという情報は今までに有ったのかね?」


「いえ。学会を追われてからの消息は誰も把握してなかったと思います。

 学会を追われたとはいえ、カウフマン博士の大量の著書の著作権や

 技術特許などの権利が無効になったわけでは有りません。

 その使用料金の支払先が不明で困っているという話が有りましたから」


「なるほど、密かにこのトロヤ・イーストに来ていたなら、地球圏でいくら

 探しても行方不明のままだな」サルダーリ大佐が納得したように呟いた。


 黙って聞いていたリサ・デイビス補佐官が自分のタブレットを

操作しながら発言した。


「<テラ>のリーダーという、ルカ・パガニーニという元地方政府議員も、

 かなり危なさそうな人物ですね。トロヤ・イースト地方政府議会で、

 武力による世界政府からの独立を訴えていたとの情報が有ります。

 あまり賛同を得られずに、議員を辞めたようですが」


 サルダーリ大佐が質問をした。

「デイビス補佐官。議員を辞めた後、その元地方政府議員は

 何をしていたの情報は有りますか?」


「詳しい内容まではなさそうですが、監視をしてたTE保安部の

 報告書では、有志を集めての政治塾を行っているとなっています。

 政治塾を開いているというだけでは法律で取り締まれないので、

 それ以上踏み込んでの情報はなさそうです」


 サルダーリ大佐が指で机を叩きながら、不満そうに発言する。

「危険思想の元地方政府議員と、マッド・サイエンティストか、

 最悪の組み合わせに聞こえるな。

 そして、彼らの考えに同調した者が政治塾という隠れ蓑のもとで

 <テラ>を組織したということか。危険極まりない。

 何としてでも行き先を見つけて捕まえる必要が有る」


「ある意味、彼らを追うのは得策じゃないかもしれません」

デイビス補佐官の言葉に、会議室のメンバーが驚いて

補佐官の次の言葉を待った。


「彼らが今後、本当に世界政府とは全く縁を切って、本当に完全独立して

 生きて行くということならば、我々には害は有りません。

 でも彼らを追いかけて補足しようとすると、昨日のように強力な武装で

 反撃されて多くの被害が出るおそれが有ります」


「確かに……そうですね」

マリーが目から鱗が落ちたというように続けた。


「私たちは昨日、たった一人の作業員風の者が放った自爆ドローン群に

 壊滅寸前までやられました。輸送船を追いかけて補足しようとしたら、

 次は大量のスペース・ホークとの戦いが必至です。

 こちらにも大きな人的損耗が有るはずです」


「だが、人を殺し、多くの物資を略奪した犯人達を、

 そのままにするわけにはいかんだろう」

サルダーリ大佐も補佐官やマリーの言うリスクは良くわかっていたが、

逃亡した犯人を野放しにすることはできないという怒りで声を震わせた。


 その議論にウィルソン大統領が、冷静に静かな声で割って入った。

「サルダーリ君。 法を犯した者を放置してはいけないのは

 全くその通りだ。君の気持は分かる。

 だがリサが言うように、<テラ>の主要メンバーを補えるには、

 こちらにも大きな損害が生じるのは確かだ。


 少なくともこの調査隊では数十機以上ものスペース・ホークを

 略奪して保有しているであろう<テラ>に立ち向かうのは無理だ。

 ここに向かって来ているSG3部隊でも十分ではないのかもしれん」


「はい。その通りです」 

大統領の言うことは全くその通りなので、大佐は反論できなかった。

大統領は、会議のメンバーを見渡しながら結論を言った。


「<テラ>の主要メンバーをどうするかよりも、今、我々ができるのは、

 妨害電磁波の処理と、ここトロヤ・イーストの市民の早期解放だ。

 オルロフ兄弟の降伏勧告が実現すれば、コロニーを解放して彼らの

 隠れ家に残された情報を収集することも可能だ。

 その情報で<テラ>の行先も判明するかもしれない」


 大統領のトロヤ・イーストの解放を最優先で考えるべきだとの考えに

反対する者はいなかった。


  ***


 特別会議室での会議と同時刻、<ジェノバ>ではマーズ・ファルコンの

修理が進んでいた。ファルコン隊メンバーも総出で修理の補助作業を行い、

アレクセイ・マスロフスキーの指揮のもと、修理の終わった機体の

飛行チェックを順次行っていた。


 昨晩のうちに、クローデル機とライムバッハー機のサブ推進機ポッドの

付け替えは終了し、この日の午前中は、ガーランド機とカベッロ機の

翼に開いた穴の周辺の燃料水漏れを防ぐための応急処置が施された。


現在はヴィルとレオが、修理が終わった自分達の機体の飛行チェックを

行っている。


 午後になって、止まり木の角柱が突き刺さったハーレン機の右翼を

取り外した所で、機体整備員のヒロシ・サエグサが大きなため息をついた。

「これは酷い。予想以上に時間がかかりそうだな」


「ああ、この翼の取り付け部もかなり変形しているな。この変形を

 直さないとどうにもならないな」

ディエゴ・マリアーノも腕組みをして、ハーレン機の右翼の

取り付け部を睨んでいた。


「すみません」横で自機の損傷を見ていたダミアン・ファン・ハーレンは

謝るばかりだったが、ディエゴとヒロシはダミアンは何も悪くないと慰め、

むしろ、こんな状態になっても機体を放棄せず、戦列に戻ってマリー達の

窮地を救ったのだから胸を張ればいいと背中を叩いていた。


 そこに一気圧区画から出てきた<ジェノバ>パイロットのアーロン・

フィッシュバーンがヘルメットの通信機で声をかけてきた。

「ディエゴさん。ヒロシさん。二人もそろそろ休憩して昼食を取ったら

 どうだ? 昼食時間はとっくに過ぎてるぜ」


「アーロンさん。じゃぁ、そうさせてもらうよ。昼飯を食いながら

 こいつの修理方法を練り直すことにするよ」

ディエゴはそう言いながら、ヒロシに合図をして二人で一気圧区画

に向かい始める。


「俺達でやっておくこと何かあるか」

「ああ。アーロンさんありがとう。あれの翼を使うから、翼部分を

 壊さないように外しておいてもらえると、ありがたいかな」

ディエゴが指さした貨物室の先には、残骸と化している

ソジュン・パク機の機体が横たわっている。


「OK! ディエゴさんやっておくよ。おいダミアン君、

 アレクセイさんを呼んできてくれないか?三人いればできるだろ?」

ダミアンはアーロンに手を上げて了解の合図をすると、

バーニアを吹いてアレクセイを探しに行った。


 アーロン・フィッシュバーンは、パク機の残骸をしげしげと眺めた。

ステルス機雷でコックピットから前の部分が無くなっているほか、

すでに両翼のサブ推進機ポッドや、後部のメイン推進機ポッドも

外されている。


 アーロンはその残骸に向かって呟いた。

「次は翼だってよ。お前も良かったな。パーツだけは生き残って、

 この宙域の宇宙ゴミにならなくてな」


 ***


 トロヤ・イースト調査。 十日目の夜。 

 マリーは昨日の自爆ドローン迎撃の際に、少し心に引っかかることが

有ったのを思い出し、自機の修理後の確認飛行の時にガンカメラ映像を

タブレットにダウンロードしてきていた。


 夕食後しばらくは同じコンパートメントの女子四人で話をし、

各自が自分のベッドに入った後、マリーは自分のベッドでドローンの

映像を何度も見るが、何が気になっていたのかまでは思い出せない。


 危険な自爆ドローン群の動きを見ているうちに、昨日の激戦を思い

出して背筋がぞわぞわとする。

今でも全員が生き残れたのが信じられないぐらいの激戦だった。


 単に動画を眺めていても埒が明かないので、天体観測用のアプリの

プログラムを少しいじって、各ドローンの位置情報を画像からデータ化し

動作解析を始めた。


 流石に半日近くの映像をデータ化して解析するのは時間がかかった。

解析が終了する頃には、他のコンパートメントの女子三名はベッドの

明かりを消灯していた。


マリーは、解析結果を図示してみた。

—— これは? ——


 マリーは急いでタブレットを抱えて部屋をそっと出ると、男性部屋から

ケンイチとソジュンを静かに呼び出し、ファルコン隊の休憩室に入った。

二人に映像を見せながら、ひそひそ声て説明をする。


「ここね。白いガス煙幕帯からドローンが出て来るところ。これが第一波、

 そして第三波、そしてこれが最後の第六波よ。何か気が付かない?」

「みんな同じドローンに見えるけど……何か違うのか?」

 先ほどまで眠りかけていたケンイチは目をこすりながら質問した。


「ドローンの比較じゃなく、進行方向を比較して欲しいのよ」

マリーはタブレットを操作し、映像に各ドローンの進行方向ベクトルを

重ねて表示されるように変更すると、再び二人に映像を見せた。


 ソジュンが何かに気が付いて、トロンとしていた目が少し開いた。

「なるほど、各ドローンの進行方向ベクトルを延長すると一点のターゲット

 ポイントに集まりそうだね」


ソジュンは自分で動画を操作し始める。

「それに、第一波、第三波、第六波の比較ではそのターゲット

 ポイントが徐々に移動しているねぇ」


「それなのよ」マリーはソジュンの目の前に人差し指を立てて言った。

「迎撃しているときに、それが何となく心に引っかかっていたの」


 マリーは再びタブレットを操作する。鳥の巣隊の戦闘区域全体の俯瞰図を

出し、ドローンの進行方向ベクトルの示すターゲットポイントを表示した。


「そして、これが各映像の時刻の<シカゴ>の位置情報よ」


ドローン群各機の進行方向ベクトルが交差する点、

つまり大量のドローン群の、共通のターゲットポイントは、

みごとに<シカゴ>の位置と完全に一致していた。



次回エピソード> 「第44話 疑惑」へ続く

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