TERA

第42話 取り調べ

 トロヤ・イースト調査 十日目午前中。

戦慄の戦いの翌日。<ジェノバ>では機体整備員の二名のほか、

手の空いている者が総出で、損傷したマーズ・ファルコンの修理を

伝っていた。


 一方で、<ジェノバ>の一気圧区画の打ち合わせスペースでは、

ジェラルド・サルダーリ大佐がテロ組織の二人のパイロットを一人ずつ

取り調べを始めていた。


 大佐は先に兄のイワンと話をしようとしたが、

イワンは昨日救助されてからSP達にも一言も喋っていないらしい。

大佐が何を聞いても無言のままだった。


大統領の強い意向で、人権を尊重して穏便に話を聞く姿勢で、臨むように

と指示をされていたため、大佐は強引な手段を取るつもりは無かった。


 大佐はイワンは取り調べに協力しそうに無いと判断し、

妹のイリーナと話をすることにした。

兄のイワンは<ジェノバ>のパイロット用の一室に入れ、

SPの一人ジャガーに見晴らせ、自分は妹のイリーナ・オルロフと、

打ち合わせスペースの固定されたテーブルを挟んで向き合った。


 無重力なので椅子は無く、マグネットシューズで床に足を固定している。

打ち合わせスペースには、イリーナと大佐のほかにSPのタイガーと、

クリスティーン・ライムバッハーが同席をしていた。


「初めましてイリーナ・オルロフさん。私はジェラルド・サルダーリ大佐。

 大統領の護衛責任者だ。君たち兄弟はSGTEの隊員では無いようだが、

 スペース・ホークに乗って、我々の調査隊に攻撃を仕掛けてきた。

 その理由を教えてくれるかね?」


 イリーナは下を向いて黙っており、何も話そうとはしなかった。


「私たちは、連絡の途絶えたトロヤ・イーストの状況調査に来ただけだ。

 当然、君たちの行動は法律に違反しているし、その犯罪を見過ごすわけ

 にはいかない。

 しかし、我々の調査に協力してくれるのであれば、裁判では情状酌量

 される可能性もある。何の目的で、あのような攻撃をしたのかを

 教えてくれないかね?」


 イリーナは兄と同様に黙秘を続け、下を向いてテーブルを見続けた。

見かねたクリスが大佐に目配せをして、場所を替わった。


「こんにちわ。私はクリスティーン・ライムバッハー。

 あなたを救助してファルコンの後部座席に乗せたパイロットよ。

 ヘルメットを取って挨拶するのは初めてね。よろしくねイリーナ。

 私のことはクリスって呼んでね」


イリーナは無言のまま一度だけ顔を上げて、

クリスの顔を一瞬見て確認したが、再び下を向いた。


「私の話をするわね。私は火星に住んでいるの。SG4のパイロットよ。

 まさか、トロヤ・イーストに来て他の宇宙機と交戦するなんて考えた

 こともなかったわ」


 イリーナは自分には全く関係の無い話だという感じで、

少し首を傾けて斜め下を向いている。


「私は月で育ってSGに入隊したのよ。しばらくはSG3で

 ムーン・イーグルのパイロットをしてたの。そうしたら、

 すぐに航空管制をしている優しい声の男の人と恋に落ちてね。

 とても素敵な人だったの。少しつきあってから結婚したわ。


 結婚して一年目に夫のカールが火星の航空管制部に転属になったので、

 私も火星への転属を願い出たのよ。それで火星に住むことになったの。

 しばらく子供もできなかったけど、女の子を授かったわ。

 もう四歳になるのよ」


 イリーナは依然として無言だった。

横のサルダーリ大佐も、取り調べとは全く無関係なクリスの話に、

少しイラついているように感じたが、クリスはおかまいなしに続けた。


「火星に行ったとき最初は驚いたわ、地球圏からは遠くて、なかなか

 行き来ができないし、月よりもとても不便なの。砂漠が多くて

 町と町も離れているし、月との経済格差も大きかった。


 だから、世界政府の政治が地球圏中心で、遠い宇宙移住先の

 ことなんかあまり考えてないのが、はっきりわかったのよ。

 だから私も、世界政府の政治には嫌気がさしているの。本当よ。


 今回、大統領の護衛のために、調査隊に参加するかどうかを聞かれたの。

 この調査任務は、SG4の本来の任務からは外れているし、危険が伴う

 かもしれないから断っても良いが、どうするか? って聞かれたのよ。


 もしも前の大統領だったら、即座に断っていたと思うわ。でもね、

 ウィルソン大統領のことを知れば知るほど、この方は尊敬できる

 人だっていう思いが強くなって、この人を守りたいっていう

 気持ちになって……たから、この調査隊に参加したのよ」


 クリスは一呼吸置いた。


「ウィルソン大統領は、この前の大統領選挙の時、地球圏中心の政治は

 改めるべきだし、経済格差もできるだけ解消をしたいと訴えていたの。


 だから、私は彼に投票をした。でもその時は、どうせ選挙で地方の票を

 集めたいがゆえに、そういう主張をしただけだろうと思ってたのよ。


 それが、驚いたことに、その大統領が就任してすぐに火星に来たのよ。

 驚いたわ。だって、それまで世界政府の大統領が火星に来たことなど

 一度も無かったのよ、一度も。


 おまけに、長旅で疲れているはずなのに、到着してすぐに、

 隕石嵐で被害を受けた火星の都市に慰問に行くって言ってね、

 その日のうちに強行軍で慰問に行ったのよ。


 慰問に同行した友達の話では、被害をうけた都市を視察して、

 世界政府が何か支援ができないかって、現地でも真剣に考えていた

 らしいの。そんな話を聞くとね、ああ、この人は太陽系全体の

 市民のことを思ってくれているって感じたの」


イリーナは、依然としてテーブルを見つめていたが、明らかにクリスの

話を聞いており、少しは興味を持っている様子がうかがえた。


「ウィルソン大統領が火星に来た二日後にね、ここトロヤ・イーストで

 何かの異変が起こったっていうニュースが火星に届いたの。

 SGTEのスペース・ホークが味方機からミサイルで攻撃されて

 破壊される動画も有ったわ。


 それなのに、大統領はトロヤ・イーストの市民が無事なのかどうかを

 自分が調べに行くって、周囲が止めるのも聞かずにここに来たのよ。

 トロヤ・イーストの人々を守る義務が、自分には有るんだと言ってね。


 もしも、ここの人々が何らかの危機に陥っているのならば、

 自分が何とかしたいって本気で思っているらしいの。


 自分の身が危険にさらされることを知っているのに、地球圏から遠く

 離れた場所の人々を助けたいって言って、飛んで来る大統領なんて、

 これまでいなかったわ。そう思わない?」


イリーナは、下を向いたままだが軽くうなずいた。


「ここに来て、<イーストホープ7>に調査に行った私たちも、

 そしてこの輸送船や大統領機、そして護衛隊も、

 昨日の午後とてもすごく危ない目に有ったわ。


 でもね。<イーストホープ7>の周辺で、あなた達のスペース・ホーク

 のコックピットを撃った人はいなかったでしょ。なぜだか分かる?


 出発前に大統領が、たとえ戦闘になったとしても、

 できる限り殺し合いにならないようにして欲しいって、

 私たちに懇願したのよ。人々は殺しあっちゃだめだって。


 だから、私たちはここに来るまでの道中で、スペース・ホークの

 何処を撃ったら、機体が爆発してしまうのかを徹底的に勉強をした。

 できる限りパイロットを傷つけないように戦闘を終わらせる努力を

 してたのよ。気が付かなかった?」


 イリーナはとてもとても驚いたように目を見開いていた。

昨日の戦闘で、自分達の仲間が誰も死ななかったのは偶然で、

運が良かっただけだと思っていたようだ。


「ウィルソン大統領からの伝言を伝えるわね。

 人を攻撃したり、妨害電磁波で通信妨害するような犯罪行為を

 許すことはできないけれど、そのような行為をした人の人権も

 尊重すべきだって。


 だから、尋問のような取り調べはしないようにって、

 さっき私たちもここに来る前に強く注意されたの。


 あと、もしもトロヤ・イーストの多くの人々が、そのような犯罪を

 せざるを得なかった根本原因が、世界政府の地球圏中心の政治方針に

 有るのならば、それは正さないといけないと言ったわ。


 だからこそ、あなた達、兄弟と直接話し合いたいって言っていたの。

 今日は補佐官に止められて実現しなかったけどね。

 そんな方なのよ。あのウィルソン大統領は。


 ねぇ。イリーナ。大統領が一番知りたいって言ってたのはね。

 ここトロヤ・イーストの多くの市民が無事なのかどうかってことなの。

 それを教えてもらえないかしら?」


イリーナはゆっくりと顔を上げて、クリスの目を見つめた。


クリスは微笑み返して言った。

「わぁイリーナ。綺麗なグリーンの瞳なのね。うらやましいわ」

「あなたのブルーの瞳も綺麗だわ。クリスさん」


イリーナが初めて言葉を発したので、サルダーリ大佐とSPのタイガーは

顔を見合わせて、両肩を上げて驚いたという表情をした。


 二人の女性は顔を近づけあって、瞳の色を確かめあうように、

お互いの瞳を見つめていたが、二人が同時に笑った。


「フフフ、フフフ、アハハ」

「クリスさん。あなたを信じるわ。そのウィルソンっていう大統領も。

 私や兄を助けてくれてありがとう」


 イリーナは右手を差し出した。クリスは握手をしながら答えた。

「いいお友達になれそうね。イリーナ」

イリーナは、先ほどのクリスの質問に答えだした。


「コロニーのエアロックが封鎖されているだけで、中の人々のほとんどは

 通常の暮らしを続けているわ。鉱山で働く人や、輸送業の人たちが

 仕事ができなくなっているだけ。あぁ、あとSGTEの人たちと、

 保安部隊の人は<イースト・ホープ7>の刑務所に拘束されているけど」


「そうなの? 市民が無事で良かった。大統領も大喜びするわ。

 それから、あなた達を何て呼べばいいかしら…あぁ…

 確かスペース・ホークにT・E・R・Aって書いてあったけど、

 あれがあなた達のグループの名称なの? どういう意味なのかしら?」


「<テラ>。TERAはトロヤ・イースト革命軍の略よ」


「ふーん。革命軍かぁ。凄いわね。

 私なんか自分の家族のこと考えて生活するだけで精いっぱいだわ。

 世の中を変えてやろうなんて、一度も考えたことなかった。

 その<テラ>の人たちは、何を目指しているのかしら? 

 ウィルソン大統領に言いたいことが有るなら、私から伝えられるわよ」


「独立したいって、言ってたわ」


「言ってた? 誰が? それに『言ってる』ではなく、『言ってた』と

 過去形なのね」


クリスが核心に触れる質問をしてしまったためか、イリーナは一瞬口を

つぐんでいたが、暫く考えて言った。


「大統領に伝えて欲しいの。<テラ>の主要メンバーはもうここにいない。

 私たち居残りメンバーは、主要メンバーが遠くに逃げ切るまで、

 時間稼ぎのために妨害電磁波の発生装置を守っていたの。

 行った先が探知されないように。行先は私たち居残りメンバーには

 全く知らされなかった」


「そうなの?あなた達…その残ったメンバーはなぜ逃げないで残ったの?

 いずれは世界政府に制圧されてしまうのは分かっていたはずだけど。

 大勢の人が残ったの?」


「残ったのは十数名だけ。みんないろいろ家族がトロヤ・イーストを

 離れられない理由が有るからよ。

 私の母は、重い病気で入院していて、とても宇宙旅行なんてできないし、

 医者からは余命は一か月ぐらいと言われているの。

 そんな母を一人置いて遠くには行けなかった」


イリーナは、母親のことを口にしたからか、少し悲しい目つきになった。


「兄にも相談しないと、私一人では決められないけど、

 私たち居残りメンバーを捕まえて、地球圏に連れて行くのではなく、

 トロヤ・イースト内の刑務所とかに留めてくれるって条件なら、

 みんなに、これ以上は戦わないで、降伏しようって呼びかけても

 いいかもしれない。


 みんな、家族のために、ここトロヤ・イーストを離れたくないという

 ことで残ったのだから、たとえ刑務所に入ったとしても、

 この地に残れるならば、降伏する可能性はあると思う」


 サルダーリ大佐が、そんな条件を言える立場ではないだろうと言おうと

して、少し動いたのをクリスは察して、右手を大佐の方に向けて制止した。


「イリーナ。私はね。あなたの言う条件にOKを出せる立場じゃないけど、

 あなたの言ったことは、必ず全部をウィルソン大統領に伝えるわ。

 この約束は守る。


 お母様が入院してるのは大変ね。私は自分の母も月から呼んで、

 火星で同居しているの。やっぱり家族はそばにいると安心よね。


 その主要メンバーの人たちだって家族がいただろうに。トロヤ・イースト

 からも世界政府からも離れてどうするつもりなのかしら?」


「<テラ>のリーダーのルカ・パガニーニっていう元地方議員は、

 とても演説が上手かったの。だから支援者も多かった。

 トロヤ・イーストを離れて独立するっている案に賛成した人たちは、

 家族もつれて一緒についていったわ。私たちはそうできなかったけど」


「そうなの? 独立するって言っても大変よねぇ。

 人は社会全体で支え合って生きてるから、少人数で独立すると言っても

 簡単ではないはずよ」


「支援者のうち数百人は一緒に行きました。それに、えーと、

 何て言ったかな……そう、確かカウフマンとかいう名前の……

 かなり年寄りの技術者がいてね。私は直接はその人と話したこと

 無いけど、生活に必要な装置類は何でも作れるからトロヤ・イーストを

 離れても大丈夫って言ってたらしいわ。」


「じゃぁ、そのパガニーニっていう人たちは本気で独立するために

 すでに何処か遠い所へ向かったのね。


 ということは、やっぱりこのトロヤ・イーストの多くの人たちを救う

 ためには、さっきのイリーナやお兄さんが居残りメンバーに降伏勧告を

 するっていうお話が、一番平和的な解決案だわね。


 いろいろお話してくれてありがとう。イリーナの言った条件は必ず大統領

 に伝えるわ。お話しできて良かった。お兄さんにもよろしく伝えてね」


 クリスがイリーナに再び右手を差し出すと、イリーナも応えて握手をした。

そのあとクリスはサルダーリ大佐の方を向いて言った。


「大佐。イリーナは正直にいろいろ話をしてくれたわ。

 彼女の立場ではお兄さんと相談しないと、勝手に仲間に降伏を呼びかけ

 られないというのは理解できます。だから、彼女へのヒアリングはここで

 一度中断して、お二人で相談する時間をあげたほうが良いと思います」


 サルダーリ大佐は、イリーナからまだまだ聞き出したい情報が有ったが、

下手にいろいろ質問すると、イリーナが心変わりするかもしれないので、

クリスの言う通り、一度取り調べを中断してみるのも良いと考えた。


SPのタイガーに頷いて、イリーナをイワンがいる部屋に連れていかせた。


 タイガーとイリーナが部屋を出て行く。

クリスは肩の荷が下りたというように、ほっと溜息をついて、

サルダーリ大佐のほうを向いた。


 大佐は、クリスの肩をポンと叩いて言った

「ライムバッハー君。カネムラ君が君を取り調べに参加させたほうが

 良いって提案した理由が良くわかったよ。君は流石だった」


「いえ、大佐、私は自分がどうしてここに来ているのかを、

 正直にそのまま話しただけですわ」


「いや、瞳の色を褒め合って、打ち解け合うなんて、私にはできないよ」




次回エピソード> 「第43話 情報」へ続く













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