第41話 パイロット達の燃料補給

 ケンイチはコンパートメントのシャワーを使い終わると、

自分のベッドに飛び上がった。下のベッドを使っているソジュンは、

まだ、もう一つのシャワー室内にいるようだ。


ケンイチは、上はTシャツで下はトレーニングパンツという姿になった。

すでに<シカゴ>は居住区部を切り離し、自航回転式の疑似重力の発生を

始めている。夕食も宇宙食ではなく、美味しい物が食べられるだろう。


 そこにフェルディナン・ンボマがモレナール医師の病室から戻って

来たが、フェルは少しふくれっ面をしていた。

「ケンイチさん。これじゃぁちょっと操縦が難しいっす」


 上げた右手首にはがっちりと強化樹脂のギブスが付いていて、

手の平までかかっているので、親指は先だけが出ている状態だった。


「足の方は大丈夫だったのか?」

「全然大丈夫じゃないっすよ! 鬼医者先生に太い注射を二本も打たれて、

 かなりの激痛でしたよ。泣きべそかくぐらい」

「まぁ、文句言えるぐらい元気が有るようで良かったよ」


 自分のベッドで着替えて寝転んでいたアレクセイが言った。

「フェル。その手じゃ、しばらくカメルーン柔術の稽古もできないな」

「何言ってるんですか、稽古やりますよ。手首ぐらい使えなくっても、

 片手だって、できることは多いいっす」


 カメルーン柔術は、宇宙移住初期から始まった宇宙時代の格闘技である。

空手やムエタイ、そしてキックボクシングなど地球で生まれた格闘技は、

いずれも1Gの重力環境下での投げや蹴りをすることしか考えていない。


 よってそれら地球で生まれた格闘技は、無重力環境下では十分な威力の

出せない打撃技が多い。カメルーン柔術は、その無重力空間でも1G環境

でも重力状態にとらわれずに、臨機応変に技を繰り出す宇宙時代の

総合格闘技として発展して来た。


 ソジュンがシャワーから出た丁度そのとき、オットーが訪ねてきた。

「ケンイチさん。ソジュンさん面白いデータを見つけましたよ」

オットーは会議後は自室で拿捕したスペース・ホークに残されていた

データの分析を行っていたらしい。


「いろいろ分かって来ました。まず、イワン・オルロフの乗ってた機体は、

 位置情報の履歴からすると、<イーストホープ6>がメインの拠点です」


 続いて、オットーはタブレットを見せながら説明した。

「あと、まだよくチェックできていませんが、メンバーのリスト

 らしいものがデータに有りました。十三人分だけ有ります」

「テロメンバーがたったの十三人?」とケンイチ。 


「これがメンバー全員なら、偵察隊を襲った八機のスペース・ホークと

 護衛隊を襲った作業員一名以外は、四人だけになります。

 スペース・ホークでの追撃が来なかったことと一緒に考えるなら、

 この残り四名はパイロットじゃないのかもしれません」


 ケンイチが強く何度もうなずきながら言った。

「なるほど、パイロットが八名だけとするなら、うち二人は捕まえ…

 いや救助したから、今後戦うとしても、最大六機だけってことかな?」

「そう推測できますね」


 ケンイチとソジュンは一緒に食事をとって休憩しないかと誘ったが、

オットーはもう少しスペース・ホークのデータの分析を続けたいと言って

自室へと向かった。

「研究熱心な人だな」ケンイチがぽつりと言うと、ソジュンが言った。

「宇宙機開発研究所の主任研究員だからね。やっぱりすごいよ」


 フェルもシャワーを浴び終わったので、部屋の四人で一緒にキッチン

区画に行くと、シンイーとヴィルとマリーがいて、フードプロセッサー

の前で、沢山ある美味しそうなメニューからどれを選ぶかでワイワイと

やっていた。


 三人が食事をフードプロセッサーから運ぶうちに、アレクセイとフェル

は、さっさとメニューを決めていたが、ケンイチはメニュー表を

しばらく見て迷った結果、ラム肉のデミグラス煮込みというのを選んだ。


 大統領機とは言え、当然、合成肉の料理なんだろうとは思ったが、

ラム肉というのは、これまで食べたことが無かったからだ。


 ケンイチは料理を持って自分のコンパートメントへ向かおうとしたが、

隣の休憩室のドアが開いたままで、大勢が集まっているのが見えた。

すでに料理を持ったメンバーが大勢いて、ケンイチの姿を見ると、

ジョンが手を振って呼んだ。

「中隊長! 待ってました!待ってました! ここへどうぞ!」


 ダミアンとジョンはすでに食べ終わって、食後のお茶を飲みながら

仲良く並んで下のベッドに座っていたが、ケンイチが座れるように

二人は上のベッドに移動して場所をあけた。


 ジョンが上のベッドから話しかけた。

「ヴィルが、ステルス機雷が有ったって言うんですが、近くでは見てない

 らしいので、中隊長かソジュンさんに、話を聞きたかったんです!」


集まっているメンバーは、みな料理を食べながら、偵察隊側と護衛隊側で

お互いにそれぞれどんなことが有ったのかの情報交換をしていたようだ。


 ジョンの開けてくれた場所に座りながら、見回すと、まだ集まってない

男性は、キッチン区画でメニューに悩んでいたソジュンだけだった。

アレクセイとフェルは、早々とテーブル席で美味しそうなカレーをむさぼり

食っている。フェルは右手が使えないので左手でスプーンを持っていた。


 ケンイチは、向かい側のベッドの上で、何かのデザートを食べようと

しているレオナルド・カベッロに聞いた。

「レオ。ハリシャはもう目が覚めたのか?」


「さっき目が覚めて、いきなりお腹がすいたっていうから、料理を病室に

 運んでおきました。先生がいくつか術後の検査が残っているから、

 それが済むまで病室にいるようにって言われて、不満そうでしたが」

「まぁ、腹が減るぐらいなら大丈夫そうだな」


 女性陣はマリーとシンイーはいるが、クリスはまだのようだ。

ケンイチが料理を食べようとすると、皆の視線を感じた。


「ああ、ステルス機雷か? あれのことはソジュンが説明するのがいいな。

 俺は仕組みが全くわからない。直径五十センチぐらいの球体で

 『見えにくい』としか説明できないよ残念ながら。

 バイザーの調整をしてやっと黒い影が見えただけなんだ」


 そこにソジュンとクリスが料理を持って入って来る。

ソジュンの姿を見た全員が、ステルス機雷の詳しい説明が聞けるかと

一斉にソジュンに注目が集まった。


 しかし、ソジュンは自分がなぜ注目を浴びてるのか、全く分かってない。

「何? どうした? ステルス機雷の説明? いやちょっと待ってよ、

 すごく悩んで決めたこのボローニャ風カツレツっていう料理が、

 冷めないうちに食べてもいいかなぁぁぁぁぁ」


 ソジュンが料理を見つめながら、悲しそうな顔をして真剣に訴えた

のが面白くて、みなが大笑いした。

ケンイチも笑いながら、ゆっくりとラム肉料理の味を堪能した。


 ソジュンが説明するのを皆が期待して待っているため、ソジュンは

料理を三分の二ぐらい食べた所で話し始めていた。

「あれは、すごい技術だよ。たぶん可視光のほとんどを吸収しちゃう

 塗料を塗ってて、機体の有視界モニターごしでは全く見えなかった」


「それって、もしかして有視界モニターで有害光線をカットしているのを、

 逆に利用されたってことですか?」

 ジョンが聞くと、ソジュンが人差し指を上げて答えた。

「ピンポーン! 流石だねジョン。その通り。敵はSGの宇宙機技術を

 良く知った上で、その裏をかいている。かなり手ごわいよ」


 マリーが横から質問をした。

「だけどソジュン。確か、爆発する前に何かおかしいって気が付いたって

 報告会議で言ったわよね。全く見えなかったのに。

 何かのセンサーに反応でもあったの?」


「いや、有視界モニターで周辺警護をしていたら、遠くの星が

 突然見えなくなった気がしたんだ。それも二度。

 まさか、ステルス機雷が星を隠したなんて思いもしなかったさ。

 おかしいなと思って動いたらドッカン! だったんだ。

 生きてるのが不思議なぐらいだよ」


「それで俺の機体も巻き添えを食ってこれだよ」

 フェルがギブスの右手を差し出した。

「そんな状態でもフェルさんが相手機を一機仕留めたって聞きましたよ」

 レオが興味有りげに質問すると、フェルが不満そうに答えた。


「あれは俺じゃねぇ! 俺の機体は自分で操縦することもできず

 キャノピーも半開きでモニターすら無かったんだ」

フェルはスプーンを持った左手と、ギブスをしている右手の

両方を上げて万歳をしながら、話をした。


「クリス姉に曳航されてると思ったら、相手機が見えたら撃て!って

 言われてね、いきなりグルンと振り回されながらトリガー握った

 だけなんだ。

 あんなのは、じぇんじぇん自分で撃墜したことにはなんねぇ」


 フェルは言葉では憤慨していたが、少しでも自分が役に立ったことは

嬉しそうだった。


 料理を食べ終わっても、皆はしばらく休憩室での会話を楽しんでいた。

「ヴィルも、ミサイルを迎撃しながら、スペース・ホークを二機も撃墜

 したんだろ? スゲーよなー。それに捕虜まで捕まえて来てなぁ」

レオがヴィルヘルム・ガーランドを指さしながら言った。


「捕虜を捕まえたんじゃなくって、救助です

 ダミアンさんのほうがすごいですよ。機体があんな状態でよく戦闘に

 復帰できましたね」


「うん。なんとか」


 言葉が少ないダミアンを、ジョンが横から肘でつつきながら補足した。

「グサッとやられた時も、悲鳴もあげずに黙ってぐるぐると遠ざかって

 いくんだぜ、こいつ。生きてんのかどうかも分かんなくって、

 俺は随分と心配しちゃったよ」


「そうなの?」


「そうなの?じゃないだろ。親友が生きてるかどうか心配するだろ普通」

「うん。そうだね」


同期入隊の二人の掛け合いはいつものことだが、皆が笑っていた。


 その時、休憩室の入り口に、松葉杖のハリシャが見えた。

みんなが驚いて一斉に声をあげた。

「ハリシャ!」「ハリシャさん」

「もう歩いて大丈夫なの?」ドアの近くにいたマリーが聞く。


「傷が開かないように大きく動かさなければ良いって、先生が」

 アレクセイがテーブル横の席を開けてハリシャに譲り、自分は飲み物を

持って梯子を上って上のベッドのレオの横に座った。


 クリスがノンカフェインのお茶をカップに入れて渡すと、

ハリシャは一口飲んで一瞬はいつもの笑顔に戻ったが、すぐに神妙な

顔になってマリーのほうを向いて頭を下げた。


「機体を壊しちゃって申し訳ありません」

「何言ってるの。あなたのあの特攻が無かったら、護衛隊全機がもっと

 ボロボロになってたわ」


 横からシンイー・ワンが横からハリシャを見ながら言った。

「ハリシャさんが危ないって思ったときね。

 すでに、もうレオさんの機体が爆風の中に飛び込んで行ってたの。

 私すごく感動しちゃた」


シンイーは両手を胸に当てて、ベッドの上のレオをちらっと見た。


「それに必死にハリシャさんを呼びながら救助するレオさんの声が

 聞こえてきて……ハリシャさんの手術が無事に終わったって

 聞いた後に、そのことを思いして、お二人の関係がいいなぁぁって、

 とってもうらやましかった」


 シンイーの発言で皆の視線が、一斉に上のベッドに陣取っていたレオに

向かったので、レオはこっちを見るなと両手を振って視線をガードしたが、

顔が真っ赤になっていた。


 ケンイチは楽しそうに会話をするメンバー一人一人の顔を見回し、

誰も欠けることなく、ここに集まれたことに感謝をしていた。

—— 皆が無事で、こういう楽しい時間が過ごせて良かった ——




次回エピソード> 「第42話 取り調べ」へ続く

 

 






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