一時退却

第40話 治療と修復 

 ケンイチ達は<シカゴ>の居住区画の診察室用コンパートメントへ

向かった。アンナ・モレナール医師の寝室と診察室を兼ねている

コンパートメントに入ると、モレナール医師は医療器具を収めている

大きなトランクから何かを出そうとしていた。


「ああ。カネムラ中隊長。ンボマ隊員の様子はどう?」

「意識ははっきりしてます。右足はしびれていると言ってますし

 右手首が折れているかもしれませんが、いつものようにジョーク

 ばっかり言ってますよ」


 フェルディナン・ンボマは右足の太ももを強く縛られ、

ソジュンに支えられながら、診察室の入り口まで来ている。

無重力中とは言え、片手片足では少し姿勢を保ち難そうだったが、

折れていると思う右手を上げてモレナール医師に挨拶をしていた。


「シートベルトで太ももを縛られて、きつ過ぎるっんすよ…これ」

 モレナール医師は探し物をトランクから取り出しながら質問した。

「あぁ、有った有った。挟まれてどのぐらい時間が経ったの?」

「一時間とちょっとぐらいっす」


「そう、大丈夫かもしれないけど、いちおう血液検査もして用心を

 しないといけないわね」


ケンイチは、ソジュンが簡易診察ベッドにフェルを寝かせるのを

手伝いながら聞いた。

「ハリシャはどんな具合ですか? 足は後遺症が残りそうですか?」


「まだ手術の麻酔が効いてて、隣のコンパートメントで寝ているわ。

 大きな血管が傷ついて出血が多くてね。途中危なかったけど輸血を

 してからは、かなり落ち着いたの。後遺症はたぶん残らないと思う。

 ネールちゃんは、またすぐにフェンシングできるようになるわよ」


「それは良かった。ありがとうございます。先生が調査隊にいてくれて

 本当に良かった」

「それにしても、カベッロ君はいい子ね。ネールちゃんを心配して

 ずっとそばにいるのよ」

 医師は隣のコンパートメントの方向を指さした。


 ケンイチとソジュンは医師に頭を下げてからドアを出て、隣の病室用

コンパートメントをノックしてからドアを開けた。眠ているハリシャの

手を握っていたらしいレオナルド・カベッロが慌てて立ち上がった。


「中隊長! パク副隊長もご無事だったんですね。他の皆さんは?」

「フェルが怪我したが、大丈夫。ジョークを言う元気は有る。

 クリスもヴィルも無事だ」

「そうなんですか、良かった」レオはハリシャを指さして続けた。

「麻酔が効いていてまだ寝てるんです。輸血をしてから顔色がかなり

 良くなりました」


 ハリシャは、無重力なので浮かないようにベルトでベッドに

固定されて眠っている。ケンイチは横にしゃがんでハリシャの顔を見た。

思ったより血色は良く、すやすやと寝ている。


「持って来た輸血バッグの血が足りなくなって、クローデル副隊長の血を

 もらったって聞いたら、ハリシャは大喜びするでしょうね。

 憧れの先輩から血を分けてもらって」


「そうだな。レオも疲れたろ。少し休んだらどうだ? 

 ハリシャは、まだしばらくは寝てるんだろうし」

「ええ、ここベッド沢山空いてますしね」

レオは病室用コンパートメントの空いているベッドを指さした。

自室に戻らないで、ハリシャのそばに付き添っていたいのだろう。


 レオもハリシャも、お互いの事を友人以上恋人未満と公言して、

恋人関係では無いと言い張ってはいるが、物心ついたころから兄弟の

ように育って、常に一緒にいる二人には恋人以上のものを感じる。

—— 幼馴染ってのは、なんだか少しうらやましい関係だな ——  


 ケンイチはもう一度ハリシャの寝顔を覗き込んでから、

そっと肩をなでてソジュンと一緒に病室を出た。


 ***


 渡り鳥隊の帰還後、<シカゴ>は<ジェノバ>とともに移動を開始し、

トロヤ・イーストからかなり離れた安全な場所まで一時退避した。

 ジェラルド・サルダーリ大佐は激戦から帰ったマーズ・ファルコン隊

メンバーが、ゆっくり休めるようにと、<シカゴ>の居住区を分離して

疑似重力を発生させるよう命じた。


 ***


 午後七時、<シカゴ>の特別会議室には、大統領、補佐官、大佐、

オットー、ケンイチ、マリー、ソジュンの七名が集まっていた。

そして、オットーとマリーからひな鳥隊の戦況報告を行い、

ケンイチとソジュンからは渡り鳥隊の調査報告を詳しく行った。


 大佐や大統領は、護衛隊は約三百機の自爆ドローンから調査隊を

守り抜き、偵察隊のほうは第一目的だった妨害電磁波の発生元を

突き止めた上に、不利な状況でのドッグファイトも制して無事に戻った

ことを口々に褒めた。


 しかしケンイチは、隊員二人が大きな負傷をした上に、

マーズ・ファルコンも大多数が作戦不能なほど損傷しているので、

全く喜べる状況ではなく、ガックリと肩を落としていた。

機体が無傷なのは自分、シンイー、ジョンの乗っていた三機だけだ。


 パク機、ネール機の二機は大破し、他七機もかなりの損傷だ。

まともな機体整備工場も無いこの宙域で、修理可能なのは数機だけだろう。

少なくとも今後は<シカゴ>を護衛しながら、現地調査を続けるという

二面作戦が難しくなったのは確かだった。


「しかし、妨害電磁波の発生や追尾ミサイルだけでなく、ステルス機雷や

 自爆ドローンを多数作れるとは……相手はそれだけの武器を製造できる

 技術も能力も保有しているということだな」 

サルダーリ大佐が明らかになった懸念を言葉に出した。


「相手は想像していた以上の技術力です。

 ステルス機雷は、宇宙機の有視界モニターが有害な光線をカットして

 映像表示をしていることを良くわかった上で、その有視界モニターには

 全く映らないように作られていました」とソジュン。


 オットーがかなり落胆したような声で呟いた。

「そう、相手は我々SGの宇宙機の仕様をかなり理解している……

 いや、もしかしたら、僕ら以上の技術かも……」


 SG3宇宙機開発研究所の主任研究員のこの言葉には、

大統領も補佐官もかなり驚いた。

「ブラウアー君。SGの技術力は、世界有数の民間企業を、

 遥かに上回る人類トップクラスだと思っていたんだが……

 相手はそれ以上だと言うのかね?」


ウィルソン大統領の問いかけに、オットーは悔しそうに答えた。

「詳しく調べたわけでは有りませんが、その可能性は十分に有ります。

 あの自爆ドローンも小型なのに、かなりの高性能でした」


オットーとソジュン以外の五人が、この返事に愕然とした。


 ジェラルド・サルダーリ大佐は、自分が思っていた以上にテロ組織が

強敵だったと頭を抱えたが、SG3部隊が到着するまでに、

あとは、どのような調査隊ができるかを判断しようと思った。


「カネムラ君。マーズ・ファルコンの修理にどのぐらいの時間がかかり、

 何機が使えるようになるのか、機体整備員に聞いてくれないか?」

ケンイチがウェアラブル端末に手を伸ばそうとした丁度その時、

その端末がディエゴからの通信を受信して鳴り響いた。


 ケンイチは皆に聞こえ易いように、スピーカーに端末をリンクさせた。

「カネムラ中隊長。打合わせ中かもしれませんが、よろしいですか?」

「ああ丁度良かった、たった今、ディエゴさんにファルコンの

 損傷のラフチェック結果を聞こうとしてたんだ」


「えー。ヒロシと調べたんですが、簡単に言えば、燃料水を補充する

 などして三十分以内に出撃可能なのは四機だけです」

「え? 無傷なのは三機だろ?」


「そうですね。無傷なのは、中隊長機、スタンリー機、ワン機の三機です。

 あとンボマ機は損傷していますが使えます」

「何だって? ンボマ機はコックピットが潰れているのにか?」


「カネムラ中隊長お忘れですか? マーズ・ファルコンは複座機です。

 詳細にチェックしましたが、後部座席の操縦系、その他の機能は

 正常に作動しています」


 ケンイチはソジュンと目を合わせ、親指を立てて喜んだ。

一機でも多く使えるに越したことは無い。


「ディエゴさん。あとは早く修復できる機体から手を付けるとして、

 修復に必要な時間と、出撃可能機数の見込みが概略で知りたいんだが」

「そうですね。ちょっと待ってください」

 ディエゴ・マリアーノは横にいるヒロシ・サエグサと何か相談している。


「お待たせしました。あくまで修理の見込み時間ですが……

 条件としてアーロン・フィッシュバーンさんにも手を貸してもらう

 こととして……」

ディエゴは少し考えてから続けた。


「三、四時間いただければ、あと二機は使えるようになると思います。

 ライムバッハー機とクローデル副隊長機です。

 どちらもサブ推進機ポッドの周辺をやられているので、

 サブ推進機ポッドの付け替えが必要です」


「推進機ポッドの予備なんか有るのか?」


「パク副隊長機の残骸を持って帰っていただいたのが良かったです。

 あれには、まだ使えるパーツが沢山あります。

 パク副隊長機のサブ推進機ポッドを使います。

 あとの機体は少し重症なので、今日中の修理は難しいです」


 通信を聞いていたサルダーリ大佐が、ディエゴに話しかけた。

「こちらサルダーリだ。ディエゴ・マリアーノ君。的確な判断を感謝する。

 今はトロヤ・イーストから離れて安全距離を取っている。

 今日中に六機も稼働できるならば、今日はそれで十分だ。

 明日もここで、一日、時間をかけて修復するとするならば、

 あと何機かは使えそうなのかな?」


「燃料水タンクの容量が、少し減っても良いという応急修理で

 良いのならば、あと二機は明日の午前中で修理可能です。

 ガーランド機とカベッロ機です」

ディエゴが即答し、詳しい説明を続けた。


「ガーランド機は片翼を何カ所もビームで撃ち抜かれています。

 またカベッロ機は機体下面に強い衝撃波を受けて、多くの破片が

 刺さり両翼の下面から激しい燃料水漏れを起こしています。


 しかしこの二機は、主要な機関系、操縦系にはダメージは有りません。

 燃料水タンク容量が、八十五から九十パーセントぐらいまで落ちても

 良いという条件なら、明日の午前中に使用可能にできそうです」


 この返答にはオットー・ブラウアーが驚いて質問した。

「ディエゴさん。オットーです。左右の翼の燃料水タンクは、

 各二分割のタンク割りで、胴体内のタンクも合わせると、

 五つのタンクが約二十パーセントずつの容量になってます。

 だから、漏れのあるタンクのバルブを閉じる応急処置だと、

 一か所だけでも、二十パーセントは減るんじゃないですか?」


 ディエゴは少し嬉しそうな声で答えた。

「宇宙機開発研究所の整備マニュアルではそういう応急処置の指示に

 なっていますが、ヒロシの考案したSG4の応急処置方法は違うんです」


「マニュアルとは違うSG4独自の応急処置だって?」

とオットーは怪訝そうな声で聞き返した。


「ええ。簡単に言えば翼の損傷部周辺のハニカム構造に、速乾性の

 充填剤を注入するんですよ。そうすると損傷の周辺部だけの

 容量が減るだけです」


「速乾性の充填剤を使う? ハニカム構造に注入?」


「ええ。損傷一ケ所あたり十分から十五分ほどで注入ができますし、

 充填剤は約十分で完全硬化するので、この方法をヒロシが考案してから、

 翼に損傷を受けた機体が、すぐ現地復帰できるようになりました」


 オットーは、宇宙防衛機の開発ではかなり自信を持っていたので、

この現場ならではの応急処置方法には腰を抜かすほど驚いていた。

「ディエゴさん。そういう現場ならではの応急処置方法は

 他にも沢山あるんですか?」


「もちろん沢山ありますよ。今度時間が有る時にゆっくりお話しします」


「いやいや。参った。こちらからもよろしく頼みます」

目を丸くして驚くオットーに、横からソジュンが深く頷いて見せた。


 ディエゴが修理時間の見込みの続きを報告した。

「<止まり木>にくし刺しにされたダミアン・ファン・ハーレン機の翼は、

 パク副隊長機の翼と総取り換えしますが、翼と胴体の結合部も一部損傷

 しているので、補修にはだいぶ時間がかかります。

 明日の午後いっぱい、かかるかもしれません。


 あと残り一機はマスロフスキー機ですが、機体後部が曲がってメイン

 推進機ポッドの中心軸も完全にずれています。

 よって修理設備のない、ここでは修理は難しいとみてます」


 ケンイチが満足げに答えた。

「デイエゴさん。明日中に全部で九機が稼働できるようになるとの

 見込みありがとうございます。

 今日も深夜作業になりますが大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。このためにここに来ていますから。

 それに我々は、命の危険の少ない所で働いてますからね。

 これぐらい頑張ってもパイロットの皆さんの活躍に追いつきませんよ」


 ディエゴとの通信を切ると、ソジュン以外の会議室のメンバーは

明日中に九機が稼働可能との答えに、一同に驚きの表情を見せた。


 特にオットーは、帰還したファルコン隊の損傷を見て、修理には何日も

かかると予測していただけに、ディエゴ・マリアーノと

ヒロシ・サエグサの機体整備員の二人の能力に感激していた。


「SG4機体整備工場で一番優秀な二人を選んだんだ。それぐらいやるさ」

ソジュンがオットーに向かって親指を立てて言った。


 ジェラルド・サルダーリ大佐は会議の結論を出した。

「よし明日は、この安全距離を保って、機体の修理に専念しよう。

 それから、明日は、捕らえた……いや救助した敵の二名の取り調べを

 <ジェノバ>で行う。

 敵のことが少しでも分かれば、今後の行動を立てやすいからな」


 ケンイチは、イリーナの取り調べには、クリスを同席させたほうが良いと

提言した。イリーナを後部座席に乗せて少し会話したことが有るからだ。

それに、クリスは誰とでもすぐに打ち解ける能力に長けていると説明すると

大佐もクリスの同席に賛成した。


「良し。そういうことで、明日はマーズ・ファルコン隊の諸君には

 休息時間があるからゆっくりと休むようにしてくれ」

大佐はそう言いながら立ち上がった。


「飯の時間も有る」ソジュンが横から付け加えた。

今日は午後一番から出撃してから、ファルコン隊のメンバーは

携帯用の飲料パックぐらいしか口にしていなかった。


サルダーリ大佐がうなずいた

「そうだなパク君。パイロットの方も燃料補給が必要だな」




次回エピソード> 「第41話 パイロット達の燃料補給」へ続く


 












 















 


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