第39話 救助 

 <イーストホープ7>からやや西側の宙域。


「こちらケンイチ。クリス、ンボマ、ヴィル大丈夫なのか?」


「クリスよ。私とフェルは無事です。私の機体はサブ推進機をやられて

 ンボマ機もボロボロですけど」

「こちらヴィルです。こちらも左翼が穴だらけです。

 敵機は退却していきましたけど。どうしますか?」


「追わなくていい。まずはソジュンを救出する。<スペースホープ7>の

 周りにはステルス機雷が多数あるから、少し離れた所で集合しよう」


 四機は<スペースホープ7>からやや西側に集まり、情報交換を行った。


 情報を総合すると、交戦した八機のうち、ケンイチが戦った四機は、

一機がステルス機雷で大破、一機は後部を壊して行動不能で漂流中。

もう一機はビーム砲を破壊して無力化した。

残り一機はほぼ無傷で逃げたはずだった。


 ヴィルやクリスが交戦した四機は、ヴィルが一機の機首部を破壊して

無力化、もう一機は機体後部の推進機をかなり壊したが最終的には逃げた。

そしてクリスが一機、フェルがもう一機を行動不能にした。


 つまり総合すると、相手機八機のうち、完全に無傷なのは一機だけだ。

後は何らかの損傷をして退却したか、もしくは漂流中か、大破をした。

行動不能になった機体からは、パイロットはおそらく小型バーニアで

逃げたに違いない。


「テロ組織がこのトロヤ・イースト全域を制覇しているなら、

 スペース・ホークが八機しか出てこなかった理由は分からないが、

 とりあえず、新たに再編して出て来るまでにソジュンを助け出そう」


 カネムラ機がゆっくりとステルス機雷帯へ向かうと、

ソジュンが呼びかけてきた。

「おーい。タクシーが遅いんだよ。待ちくたびれちゃったよ」

「ソジュン。そんな口が利けるんだから、酸素は持ったようだな」


 ソジュンはバルーンを引き裂いて作ったロープの先に、酸素が無く

なった酸素ボンベカートリッジをくくりつけ、カネムラ機の方向に投げた。

ロープが絡まって酸素ボンベカートリッジが途中で止まってしまわない

ように気を付けながら、ロープを宇宙空間に繰り出して行った。


 ケンイチが受け取ったロープをゆっくりと引き、ソジュンはステルス

機雷帯の中をゆっくりとカネムラ機に向かって飛びながら話しかけた。


「さっき、そこで大破した機体のパイロットが射出座席で飛び出たけど、

 きっとあいつ助からないぜ」

「小型バーニアキットで近くのコロニーまで飛ぶんだろ?」


「いや、バーニアキットを外し損ねて、別々に飛んで行くのが見えた。

 あの速度だと、スーツのSAFERだけではコロニーに戻れないと思う」

「それはまずいな」


 ケンイチ達は大統領の『できるだけ殺し合いを避けて欲しい』という

願いをかなえるために、自分たちが撃墜されてしまう危険を冒しながらも、

スペース・ホークのパイロットを傷つけないようにドッグ・ファイトを

行って来た。


それなのに、単純に機体からの射出された時の対応ミスだけで相手が

死んでしまうのは残念なことだ。ケンイチは少し考えてから言った。

「救助に向かうしかないか」


 ケンイチがソジュンを後部座席に乗せると、渡り鳥隊四機は、

漂流中のパイロットを探した。

 宇宙空間を漂流中のパイロットはすぐに見つかった。

ケンイチは自機を漂流中のパイロットの近くに寄せ、キャノピーを

開けてSG共通の近接周波数でパイロットに呼びかけた。


「こちらSG4のケンイチ。救助に来た。危害を加えるつもりは無い」

パイロットの返答は無くカネムラ機が近くに来ているのに気が付いても、

体をひねって反対側を向いた。カネムラ機の後部座席に乗っていた

ソジュンがキャノピーを跳ね上げて話しかけた。


「おーい。そこのイケメン君。ここからコロニーは遠いぜ。

 タクシーに乗らないかい?」

「私は女です。気安く誘わないでください」

 パイロットの黄色い声の返答が聞こえた。

「こりゃ失礼しました。お嬢様」ソジュンは敬礼をして見せた。


女性の声だったので、クリスが声をかけた。

「わたしはSG4のクリスティーン。私たちはウィルソン大統領の

 命令で できるだけ危害を加え合わないようにって言われているの。

 だから信用して。あなたのお名前は?」


 相手は少し無言だったが、考え直して返答した。

「イリーナ。 イリーナ・オルロフ」


「名前を教えてくれてありがとう。イリーナ。

 私の機体の後部座席に乗らない?」

クリスは機体をイリーナに寄せながら前席のキャノピーを開け、

後部座席を指さした。


「兄さんも助けてくれると約束してくれるなら、あなた達と行くわ」


「お兄さんも何処かで漂流しているの?」

「さっき航行不能にされて、バーニアも壊れているから

 脱出できないって通信が有ったのよ」

 ケンイチが通信に割り込んだ。

「イリーナ・オルロフさん。お兄さんも救助するよう約束する」


 イリーナはライムバッハー機のほうに手を伸ばし、クリスが差し伸べた

手を手繰って後部座席に乗り込んだ。


ソジュンから渡り鳥隊専用周波数でクリスに通信が有った。

「クリス。後部座席の操縦系や射出装置の電源を落としておかないと、

 何をされるかわかんないぞ」

「ソジュンさん。もうやっていますから大丈夫ですよ」


 その後、イリーナの話からイリーナの兄の機体が有ると思われる宙域を

特定して探すと、漂流中のスペース・ホークがすぐに見つかった。

フェルが撃って航行不能にした機体だった。


 イリーナが通信で兄のイワン・オルロフと話をすると、

スペース・ホークのコックピットのキャノピーが開いて、

一人のパイロットが両手をあげて立ち上がった。


 スペース・ホークの機体にはペンキで後から『TERA』と言う文字が

書かれている。ソジュンが小型バーニアでスペース・ホークまで飛び、

イワンが武器を持っていないことを確認すると、ガーランド機まで連れて

行き後部座席に乗せた。


 また、ソジュンはイワンのスペース・ホークを曳航して持ち帰れば、

機体のコンピュータに残っているであろう情報から、相手組織のことが

わかるはずだと提案し、ガーランド機のワイヤーで曳航することになった。


 また親鳥達の待つ場所へ帰還する途中、ステルス機雷で壊れたパク機の

コックピットから後ろの部分も見つかり、それもカネムラ機で

曳航していくことになる。


 渡り鳥隊は、航行できる三機が、自力航行できない三機を曳航しながら、

五名のSG4隊員と、二名のお客さんを乗せて帰還の途に就いた。


 ***


 ケンイチ達渡り鳥隊が<シカゴ>や<ジェノバ>のいるはずのエリアに

戻ったのは、帰還予定時刻を大幅に過ぎて午後六時を回っていた。

通信は依然としてつながらない。


 何やら白いガス煙幕帯が広がっており、親鳥やひな鳥隊は見えなかった。

カネムラ機の後部座席からソジュンが言った。

「なんだぁこれは? いったい何があったんだ?」


 周囲の宙域にはおびただしい数の破片が漂い、明らかにここで大きな

戦闘が有ったことは間違い無かった。ケンイチは胸騒ぎがしていた。

—— 頼む! みんな無事でいてくれ! ——


 通信からヴィルヘルム・ガーランドの声が響いた。

「十時方向! マーズ・ファルコンの尾翼です」

「なんだって?」ケンイチはモニター映像を拡大して確認した。

確かにマーズ・ファルコンの尾翼だった。ヴィルの悲痛な叫びが続いた。


「尾翼の…機体番号は……ハ、ハリシャさんの機体です」

「こちら渡り鳥隊ケンイチ。親鳥応答せよ。ひな鳥隊応答せよ」


「ザザ…ちらひな鳥……ンです。ザザザ…」通信状態が悪く殆ど

聞き取れなかったが、ジョンの声だと言いうことは分かった。

—— 良かった! ジョンは無事か ——


 ここで大きな戦闘が有って、遠くに退避したのだと想像がついた。

破片が無数に漂う宙域を抜けて進むと、通信状態が徐々に回復してくる。

「ザ…こちら…巣隊のジョンです。中隊長ご無事…ザですか?」

「こちらケンイチ。あんまり無事でもないが、全員生きてはいる」


 その後、通信で親鳥達が退避した場所が判明し、渡り鳥隊が帰還すると、

周囲の警戒に当たっているジョン・スタンリー機、シンイー・ワン機、

レオナルド・カベッロ機の三機が出迎えた。  


 カベッロ機の下面に複数の破片が刺さっており、燃料水の水滴を周囲に

まき散らしていた。ケンイチがそのカベッロ機に近づくと、

コックピット周りには大量の血の跡が点々と付いている。


「レオ! 怪我をしたのか? 大丈夫か?」

ケンイチの呼びかけに答えたのは、レオではなくアレクセイだった。

「ケンイチさん。ご無事で良かった。これはハリシャの血です。

 レオはモレナール医師の所で、ハリシャの手術に付き添ってます」


「ハリシャは大丈夫なのか?」

「戦闘中にかなり出血したので、かなり危なかったみたいですが、

 何とか命は取り止めたとの連絡が有りました」


「マリーとダミアンは?」

「モレナール医師が、ハリシャの手術中に、持ってきた輸血用血液だと

 足りないかもしれないと言ったので、同じB型のマリーさんが

 採血するために父鳥に行ってます。

 ダミアンは機体がかなり損傷したので<ジェノバ>に居ます。

 そちらのは怪我人は? ソジュンさんは?」


「大丈夫。ソジュンはこの機の後部座席だ。

 フェルが怪我をしてるが、命に別状はない」


 ヴィルはシンイー・ワン機が無傷なのを見て安心をして呼びかけていた。

「ワンちゃんは大丈夫だったかい? 僕は翼のタンク沢山やられたけど」

「ええ。大丈夫。その後ろにつながってるのって」

「スペース・ホークだよ。敵さんの」


 ケンイチは通信で<シカゴ>のサルダーリ大佐に簡単に報告を行い、

敵の二人を救助してきたことを告げると、サルダーリ大佐は大統領機の中に

入れるのは危険なので、<ジェノバ>に連れて行くようにと命じた。

監視役にSP二名を<ジェノバ>に向かわせるとのことだった。


 渡り鳥隊が<ジェノバ>に近づくと、マーズ・ファルコン二機が

ワイヤーで連結されて<ジェノバ>の後ろに漂っている。

小型バーニアで機体整備員とオットーらしいパイロットスーツの三人が

その周囲で作業をしていた。


 ハーレン機をくし刺しにしている角柱材を見て、ソジュンが叫んだ。

「何をどうしたら、こんな姿になるんだ?」

「アレクセイさんの機体は、後部が完全に折れて横向いてますね」

ヴィルも驚いた声だ。


 ケンイチが通信でオットー・ブラウアー達に呼びかけた。

「オットーさん。フェルが怪我をした。コックピットに挟まれて動けない

 んだ。治療しないといけないから、優先して助けてもらえませんか?」


 オットー・ブラウアーは、ライムバッハー機が曳航しているンボマ機を

一目見て通信して来た。

「貨物室に入れたほうが救出しやすい。ハッチ前まで持って来てくれたら、

 貨物室のウィンチで中に入れます」


 カネムラ機の後部座席からソジュンもバーニアで飛び出し、貨物室から

出てきたアーロンと、貨物室に戻って来た機体整備員のディエゴとヒロシ

そしてオットーの五人がかりで損傷したンボマ機を貨物室内に引き入れた。


 ワイヤーを切り離したライムバッハー機から、クリスが通信してきた。


「オットーさん。フェルは操縦桿に右足を挟まれて動けなくなってから、

 一時間以上たってます。足の締め付けをいきなり開放すると、

 クラッシュ症候群を起こす可能性が有ります。

 まずは、何かで右足の付け根をきつく縛ってください」


 クリスは救護要員としての研修も受けているので、怪我人の処置に

関して少しは知識が有った。

クリスの通信を聞いていたフェルディナン本人が質問した。


「クリス姉。何だよ、そのクラッシュなんとかってのは」

「フェル。簡単に言えば、血流が止まってた間に、溜まった悪い物が

 全身に回って大変なことになるのよ。侮らないほうが良いけど。

 大丈夫。すぐにモレナール医師の所で診てもらえるから」


 その後すぐに、<シカゴ>からはサルダーリ大佐の命令で、

救助した敵二名を監視するために、SP二名(ピューマとレパード)が

<ジェノバ>まで小型バーニアで飛んで来る。

イリーナ・オルロフとイワン・オルロフの二人は、SP二名に連行されて

<ジェノバ>の小さな打ち合わせスペースに入れられ、鍵を掛けられた。


 大統領のSPは世界政府の保安部の所属で、犯罪人を取り押さえる

訓練も受けているし、簡単な武器を携行する権限も持っている。

そのまま<ジェノバ>でオルロフ兄弟の監視をするとのことだった。


 フェルディナン・ンボマを閉じ込めていたコックピットの

操縦桿モジュールが解体されて、フェルが助け出されると、

ケンイチとソジュンはフェルを両方から抱えて、小型バーニアで

<シカゴ>へと向かった。


 <シカゴ>の下面にはコバンザメ方式で、マリー・クローデル機が

駐機しているのが見えたが、遠目からもサブ推進機ポッドが

無いのがわかった。




次回エピソード> 「第40話 治療と修復」へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る