第38話 波状攻撃

「ハリシャ! ハリシャ! 応答しろ!」

レオナルド・カベッロは、機体の姿勢制御ジェットを少し吹いて、

機体をハリシャの射出座席に寄せる。座席の下面にはいくつもの破片が

突き刺さっているのが見えた。


 レオはシートベルトを外して操縦席の上に立ち上がり、体が機体から

離れないようにシートベルトに足を引掛けるようにしながら、

ネール機の射出座席に手を伸ばして引き寄せた。


 ハリシャのパイロットスーツの右太ももには、鋭利な尖った破片が

突き刺さっている。そこから、スーツ内の酸素と共に血しぶきが吹いて、

宇宙空間に赤い球体を撒きちらしていた。


スーツの胸についている生命維持状態モニターはイエローの点滅だ。


 イエローの点滅はスーツ内のパイロットは生きてはいるが、

酸素が漏れて、かなり危険な状態になっていることを指している。

ハリシャは気絶しているようだった。レオは通信で連絡した。


「ハリシャを救助。イエローの点滅。右太ももに破片が刺さっている」

「破片は抜かないで! そのまま破片ごと酸素漏れを止めるのよ。

 コックピットにある補修スプレーを使って」

クローデル副隊長の指示だった。


 レオはハリシャの射出座席のシートベルトを外して、

ハリシャを抱きかかえるようにして自機のコックピットに引き寄せた。

自分の操縦席のシートベルトをハリシャの左足首に巻いて離れないように

すると、急いでダッシュボードに有るスーツの補修スプレーを取り出す。


 補修スプレーはパイロットスーツに吹き付けて使う瞬間接着剤のような

もので、パイロットが腰に携帯している補修テープでは止めにくい場所

でも吹き付けることで、スーツの酸素漏れを一時的に止めることができる。


 レオはマリーの指示通りに、ハリシャの右太もも部に刺さっている

破片を残したまま、破片の周囲にスプレーを吹いて酸素漏れを止めた。

次はハリシャのベルトに付いている予備酸素ボンベカートリッジを外して、

胸の位置の酸素ボンベカートリッジと交換する。


 少ししてハリシャの胸の液晶モニターがイエローの点滅から、

グリーンの点滅に変わった。

グリーンの点滅は、スーツ自体の生命維持装置は正常でも、

中の人間のバイタルが不安定なことを指している。


「スーツを補修した。グリーンの点滅!」

レオの通信に、マリーがすぐに答えた。

「スーツ内で出血が続いているのよ。すぐにモレナール先生の所へ!」

「了解!」


 レオはマーズ・ファルコンの後部座席のキャノピーを開け、

ハリシャを中に入れようとする。

ハリシャが気が付いたようで弱々しい声が聞こえた。

「レ……オ……助けに来て…くれたの?」


 レオは自分のヘルメットを、ハリシャのヘルメットにくっつけて

バイザーを覗き込みながら言った。

「ああ。ハリシャ大丈夫だ。今からモレナール先生の所にいくかならな」

 レオは後部座席のキャノピーを閉めて、自分も前席に飛び込むと、

マーズ・ファルコンを急発進させて父鳥こと<シカゴ>へ向かった。


 ***


 ネール機が撃墜され、カベッロ機がハリシャの救助に行くと

前衛はマリー・クローデル機だけになった。


 マスロフスキー機を護衛していたジョン・スタンリー機も、

マスロフスキー機が、完全にコントトロールを失ってはいるが、

戦域をかなり離れて行ったのを見極めてから、前衛に加わる。


 戦況をモニターしていたサルダーリ大佐からの指示で、

<シカゴ>の護衛をしていたシンイー・ワン機も、護衛を離れて

前衛に加わって来ていた。


 だがハリシャ・ネール機を木っ端みじんにした第四派の残りの

ドローンはまだ多く、三機は必死にビーム砲を連射していた。


  ***


 ジョン−スタンリーは、自分よりも少し前方に出ている

クローデル機の方へ二機のドローンが急接近するのを見た。


一機はマリーが撃ち落としたが、もう一機はクローデル機目掛けて

突っ込む。マリーが直撃をかわそうとして、機体を急速ロールさせたが、

自爆ドローンがサブ推進機ポッドにわずかに触れて爆発し、

ポッドが外れて、宇宙空間に吹き飛んだ。


「クローデル副隊長!」ジョンが叫んだが、クローデル機は

コントロールを失ってふらつく。さらに数機の自爆ドローンが

すぐそこまで迫っていた。

—— ダメだ! フォローが間に合わない! —— 


 クローデル機目掛けて、速度を上げようとしていた自爆ドローンが

直前で、次々に連続爆発した。

—— え? 誰が撃った? —— 


ジョンは、周囲のモニターを見た。角度的にシンイーのいる場所からの

迎撃ではない。前線にはこの三機しかいないはずだ。


「ジョン。前見て!」ヘルメットの中で聞こえたのはダミアンの声だった。

ジョン・スタンリー機の目の前に迫ろうとしていたドローンも、

ジョンが撃っていないのに、次々と爆発した

—— えっ? ダミアン? 何処から? —— 


 ジョンは後部モニターを見て、目を疑った。

後方の遥か遠く、おそらくビーム砲の射程ギリギリにハーレン機がいる。

—— あいつ、あんな遠くから? —— 


しかも、ハーレン機の右翼には、<止まり木>だった角柱材が

一本貫通し、その角柱材に連結されて、別の角柱が二本ぶら下がって

いる状態だ。


「こちらマリー。ダミアンさっきはありがとう。危なかったわ」

コントロールを取り戻したクローデル機が、急速後退をして体制を

立て直し、ドローンを撃ち始めた。


「損傷は?」とダミアンの声。

「片側のサブ推進機ポッドが壊れたけど、まだ大丈夫」マリーが応えた。


 ジョンが叫んだ。

「バカヤロー! お前、無事ならもっと早く通信しろよ!」

ジョンは涙目になっていた。

「うん。再起動してたから」


「こちらレオ。ハリシャを先生に預けました。俺も前衛に戻ります」

「了解。助かるわ」と副隊長の返信が聞こえる。

 レオナルド・カベッロ機も、機体下面がボロボロだったが、

推進系は損傷していないようで、前衛に戻って来た。


 そんなダミアンとレオの戦線復帰を喜ぶひな鳥隊だったが、

クローデル機、カベッロ機、ハーレン機の三機は損傷をしているので

動きが鈍かった。そんなボロボロのひな鳥隊の前に、さらに第五波の

自爆ドローンが飛び出してきた。


 ジョンはさっきから頭に何かのヒントが浮かんだ気がしたが、

サイドから親鳥の方向へ抜けるドローンに気が付いたので、

よく考える暇がなかった。


「横を三機に抜かれました! 後を追います!」

「行って!」マリーの声。副隊長の声も、もう余裕が無い。


 ジョンは機体の向きを変えて<シカゴ>や<ジェノバ>に向かって

行くドローンを追った。後ろから自爆ドローンを狙おうとしたが、

射線上に<ジェノバ>が入る。

外れると<ジェノバ>を撃ってしまうので撃てない。


 その時、<ジェノバ>の後部ハッチが開いた。

—— 何をする気だ? ——


白いパイロットスーツと、黄色の機体整備員のスーツの二人が、

何か大きなものを抱えている。

「ジョンさん。近寄らないで」とオットーの声。

「え? オットーさん?」


 <ジェノバ>の後ろに迫っていたドローンが一機爆発した。

「ほぉ。当たるもんだねぇ」とオットー。

オットー・ブラウアーとヒロシ・サエグサは、マーズ・ファルコンの

ビーム砲の予備パーツ部分を手で抱え、後部ハッチから迎撃していた。


 ジョン・スタンリー機も加速して、ドローンを斜め後ろから狙える

位置まで行き、最後尾のドローン一機を撃墜した。

残ったもう一機のドローンは、再びオットー達の抱えるビーム砲で

撃ち落とされた。

—— 良く、あんな急ごしらえのパーツだけで ——


その時、ジョンは、先ほど頭をかすめていたアイデアを思い出した。

—— 急ごしらえのパーツ? そうだ。あれだ! —— 


「こちらジョン。オットーさん。パク副隊長のTNSコントローラーが

 <ジェノバ>の格納棚に有ります! それを見つけてください!」

すぐにオットーからの通信が戻って来た。


「こちらオットー。了解した。ジョンはあれ使えるのか?」

「パク副隊長がコントローラー作ってるときに、少し教えてもらいました」


すぐにオットーの通信が入る

「こちらオットー。TNSコントローラーを見つけた。

 後部ハッチから投げるよ」


 <ジェノバ>の後部ハッチから、オットーがコントローラーを

持って手を上げている。

ジョンがハッチ横まで機体を近づけて、キャノピーを開く。

オットーがコントローラーをスローし、ジョンがそれをキャッチした。

「オットーさん。ありがとうございます」


 ジョンは前衛の防衛ラインから少し後退した位置で、自機の貨物室から

TNSを一セット放出した。

「ジョン。お前。ソジュンさんのTNSコントローラー使えんのか?」

レオの声だった。

「やってみます」


 コントローラーの無線を、自機の無線とリンクさせてから、

コントローラーにTNSのIDを入力する。スイッチを操作すると、

放出したTNSの小型ミサイルが動き出した。

—— 良し! ——


「こちらジョン。ひな鳥隊全機へ連絡! 

 ソジュンさんのTNSコントローラーを試してみる」

TNSの小型ミサイル三機は三方に大きく移動して、TNSネットを

大きく展張した。


「ソジュンさんの仇を取ってくれ!」ジョンが叫びながら、

コントローラーのジョイスティックを操作すると、小型ミサイルが

前進し、ひな鳥隊の防衛ラインから前に出て行く。


 TNSの大きな三角形ネットが自爆ドローンの前に立ちふさがると、

追突してきた一機の自爆ドローンは、動きを阻まれて押し戻されたが、

ネットに触れても爆発はしなかった。

—— よし! 上手くいきそうだ! ——


 ジョンが操作するTNSは、さらに前進する。

自爆ドローンを次々に捕らえて行く。自爆ドローン同士はぶつかっても

爆発はしないようだった。


「ジョンさん。すごい!」シンイー・ワンが明るい声で歓声を上げた。

「ジョンです。もしもTNSの小型ロケットがやられたら、

 ネットが維持できなくなりますから、ある程度の機数を捕らえた所で

 まとめて爆発させたほうがいいです」


「こちらマリー。ジョン分かったわ」

「ジョン撃つよ」ダミアンがそう言って、TNSのネットごしに

自爆ドローンを撃つと、ネットにまとめられていたドローン十数機が

一度に爆発した。


「次のTNSも行きます!」

ジョンはさらに貨物室からTNSセットを一機出すと、コントローラーに

IDを打ち込んで操作を始めた。


 ジョンのTNSでの防衛方法は、ひな鳥隊の負担を一気に軽減させた。


 白いガス煙幕帯の前に、TNSネットを大きく展張し、突っ込んでくる

ドローンを受け止める。ひな鳥隊は、ネットの範囲外から出てきた

ドローンを迎撃し、時々はTNSでまとめたドローンを爆発させるという

作業だけで良くなった。


 次の第六波のドローン群が押し寄せた時には、TNSの小型ミサイルに

自爆ドローンが突っ込んで、TNSネットが展張できなくなり、

せっかく捕えていたドローンが復活して向かってくるという事態が

一度だけ有った。


しかし、マリー、レオ、ダミアン、シンイーの四機が迎撃するうちに、

ジョンが新たにTNSを展張させて乗り切ることができた。


 ***


 第六波のドローン群の後は、白いガス煙幕帯を抜けてくるものは

無くなり、しばらく静かになっていた。


 損傷を受けていないジョン・スタンリー機とシンイー・ワン機の二機は、

ジョンが操作するTNSネットで防御をしながら白いガス煙幕帯を抜けて

偵察に行く。


 トロヤ・イーストのコロニー<イーストホープ2>の手前に、

大きな物流コンテナ六個の扉が開いた状態で放置されていた。

そこには敵の姿や、コンテナを牽引していた作業艇も無かった。


 おそらく、この大きなコンテナにドローン群が格納されてたのだろう。

コンテナが六つで、第六波までの襲来が有ったことからも、

それはほぼ間違いが無かった。


 ジョンからの報告を受け、マリーは敵は自爆ドローン群を

全て使い果たしたために、一時的に撤退をしたのだと判断した。



次回エピソード> 「第39話 救助」へ続く

















 

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