鳥の巣の惨劇

第37話 死闘 

 <シカゴ>と<ジェノバ>を守るひな鳥隊こと護衛機は、

自爆ドローンの攻撃でじりじりと後退を余儀なくされていた。


 その状況を分かっているかのように、白いガス煙幕帯から

新たなミサイルが数本飛び出して来ると、ひな鳥隊の目の前で

自爆して、再びガス煙幕を撒いた。

ひな鳥隊を追うように、ガス煙幕帯そのものも前進をしてくる。


「各機ガス煙幕帯から距離を取って! ドローンが飛び出してくるわよ!」

ヘルメットに響くマリーの指示に従って、アレクセイ・マスロフスキーは

ビーム砲を連射しながら後退速度を速めた。


 目の前に迫った自爆ドローン二機を撃ち落としながら、アレクセイが

横のモニターをちらっと見ると、ダミアン・ファン・ハーレン機も

すぐ横で、後退しながらビーム砲を連射している。


 ハーレン機のすぐ下に、<ジェノバ>が切り離した<止まり木>の

角柱材が漂っているのが見える。その角柱材の下のハーレン機から

死角となっている場所に自爆ドローンが猛烈なスピードで迫っていた。

「ダミアン!」

アレクセイが注意を呼び掛けるのと同時に、自爆ドローンが角柱材に

突っ込んで爆発した。


 チェーンでつながれていた十数本の角柱材が乱れ飛ぶ。

—— ちっ! しまった ——

 アレクセイは機体をバンクさせて、高速回転しながら飛んで来た

角柱材を避ける。


「あっ!」とダミアンの声。

 横のモニター画面の奥にちらっと見えたのは、ハーレン機の右翼に

角柱材が深々と突き刺さり、燃料水がまき散らされる映像だった。


ハーレン機はチェーンでつながった数本の角柱材とともに激しく回転し、

漆黒の宇宙空間に渦巻き状の水滴の跡を残しながら遠ざかって行く。

「ダミアン! おいダミアン大丈夫か!」


 アレクセイは自機に向かって来る角柱材を避けるのに必死で、

それ以上、ハーレン機を目で追うことができなかった。


 マスロフスキー機の目の前から、角柱材が水平回転しながら

向かってくる。レスリングで相手のラリアット攻撃を避けるように、

姿勢制御ジェットを噴射して垂直下方に機体を沈めた。


 角柱材のラリアットをうまくかわしたと思った瞬間、

その角柱材の後ろ、斜め下から、自爆ドローンが猛スピードで

角柱材の先端に突っ込むのが目に入った。


「まずい!」アレクセイが回避運動を取る前に、ドローンが角柱材に

突っ込んで爆発する。

角柱材は回転方向を急激に変え、マスロフスキー機の機体後部を

激しく打ち付けた。


 機体が激しく振り回され、アレクセイの体も横に大きく振られて、

ヘルメットがコックピットの側面に強く叩きつけられた。


 ***


 親鳥を護衛しながら、共に後退をしていたジョンは、すぐ目の前で

親友のダミアンの機体に角柱が突き刺さったのを見た。

続いてマスロフスキー機が角柱材に殴打される。


「ダミアン!」「あっ! アレクセイさん!」

ハーレン機が、コントロール不能になって角柱材にまとわりつかれたまま

戦域から遠ざかって行く。マスロフスキー機は機体後部が折れ曲がって

回転しながら目の前を漂っている。


 その漂流中のマスロフスキー機に、さらに自爆ドローンが数機迫って

突っ込もうとしている。考えている暇はなかった。

ジョンは急速に推進機ポッドを回転させて後退を止め、急発進しながら、

マスロフスキー機に向かって、迫る自爆ドローン群を、ビーム砲で連射し

撃墜する。


「ダミアン! アリョーシャ! 応答して!」ヘルメット内では

クローデル副隊長の声。二人からの応答は無い。


「こちらジョン。ハーレン機は<止まり木>の直撃を受け一時方向下側に

 漂流中。どんどん離れて行きます。マスロフスキー機は機体後部を

 大きく破損。機能停止状態に見えます。カバーに入ります」


ジョンは後部モニターで、どんどん離れていく親鳥を見た。

「シンイー聞こえるか? シンイーは親鳥の護衛を!」

「こちらシンイー。了解です」


 ジョンはマスロフスキー機を守るように、前に出て迎撃を続けながら、

親友のダミアンの機体が回転しながら戦域から遠ざかって行くのを

モニターで追った。

ハーレン機の方に向かうドローンはなさそうだ。

—— ダミアン! 勝手に死ぬなよ! —— 


 ドローンの迎撃に急がしく、親友の機体を追いかけて救助しにいくのは

無理だった。複雑な回転運動をしながら漂流するマスロフスキー機。

その機体に襲い掛かろうとするドローン群に向けてビーム砲を連射した。

 

  ***


 ハーレン機とマスロフスキー機が戦闘不能になり、三機だけになった

ひな鳥隊の前衛は苦戦していた。


 ハリシャ・ネールは、自機に突っ込んでくるドローンを迎撃しながら、

左右のモニターも警戒する。右ではレオナルド・カベッロが急上昇を

かけながら、前方少し上方から迫っていた自爆ドローンを迎撃していく。

「みんな後退して距離を取って!」クローデル副隊長が叫んでいた。


 ハリシャが、白いガス煙幕帯の中の影に動きが有るのに

はっとして、前部モニターを見つめると、目の前から自爆ドローン

数十機が飛び出して来た。第三波だった。


 すぐに自爆ドローン数機が、自分の機体をロックオンして向きを変え、

速度を上げ始める兆候に気が付いた。

ハリシャはフェンシングの火星チャンピオンで、相手が突きを放つ

瞬間に突き返すのを得意としていた。 

—— 間に合わない! やるしかない! ——


 ハリシャ・ネールは推進機ポッドを回し、全速力で前方に突っ込み

ながら、操縦桿を引いて急上昇をかける。

ネール機をロックオンしていた自爆ドローン群も次々に方向を変えた。

「ハリシャ! 何する! 無茶すんな!」幼馴染のレオの声だ。


 ハリシャは急上昇を続け、さらに右に旋回した。

白いガス煙幕帯から飛び出た自爆ドローン群の少し上を、

ネール機が高速で横切る。

自爆ドローン群数十機が、次々にネール機の後を追い始めた。


 ネール機も加速しているが、小さなドローンのほうが速い。

先頭のドローンとネール機の距離はみるみるうちに近くなる。


 ハリシャが機体を急旋回させて方向を変えると、後続のドローン群が

近道をするようにネール機の方向に向きを変えたため、

たちまちドローン群の大きな塊ができた。


「レオ! わかってるわね!」

「バカ野郎! 無茶し過ぎだ!」

レオがネール機に迫るドローン機一機に向けてビーム砲を放つと、

その爆発に突っ込んだ後続のドローンも突っ込んで次々と誘爆をした。


 大爆発の中で目標を見失って、ふらふらするドローンが数機有ったが、

マリーとレオが次々に撃ち落とした。


 高速で逃げていたハリシャは大きくターンをして、速度を落としながら

一気に大量のドローン群をせん滅した宙域へと戻って来た。

ハリシャはその成果にかなり満足していた。


「ハリシャ! 気を抜かないで!」マリーの声が聞こえたその時、

第四波のドローン群が、白いガス煙幕帯から飛び出してきた。

ネール機の前にも後ろにも、そして真横からも。

—— え? —— 


 油断していたネール機は、すでに三方から自爆ドローン

十機以上にロックオンされていた。

ハリシャは、高速離脱するのも、もう間に合わないことを悟った。

—— レオ。ごめんね —— 


  ***


「ハリシャーーーー!」レオが叫ぶ中、ネール機は爆炎に包まれた。


 レオナルド・カベッロは、その爆炎から射出座席が飛び出すのを見た。

展張して射出座席をくるむはずのバルーンは、爆炎に包まれて、

むき出しになった射出座席が、炎のスジを引きながら上昇する。


 そのすぐ下で、バラバラに分解したマーズ・ファルコンの機体に、

さらに群がるように自爆ドローン群が突っ込んで行こうとしていた。

レオナルド・カベッロは無我夢中で自機を発進させる。


 射出されたハリシャの座席を下から襲うであろう衝撃波と、

射出座席の間に割って飛び込んだ。

激しい衝撃波がカベッロ機を襲い、下から機体が突き上げられる。


 機体下面には爆発でまき散らされたネール機のパーツや、

ドローンの破片が高速で突き刺さった。

レオの目の前の操縦パネルには、沢山の警告ランプが一度に点滅し、

機体下面のモニターが真っ暗になった。


 幸いにも近くの自爆ドローンはほとんどがネール機の残骸に

突っ込んで、直接カベッロ機に向かってくるドローンは無いようだった。


 レオはハリシャの射出座席に爆炎が届かないように、自機でカバー

しながら姿勢制御装置のジェットを吹いて上昇を続ける。

カベッロ機は、機体下面に沢山の破片が突き刺さってはいるが、

操縦系は何とか動いているようだ。


 姿勢制御ジェットを吹いて、上昇速度を射出座席に合わせるように

コントロールする。コックピットのキャノピーを跳ね上げてハリシャを

見ようとした。


 レオのヘルメットのバイザーに、大きな赤い斑点がいくつも付いた。

ハリシャの血だった。



次回エピソード> 「第38話 波状攻撃」へ続く

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