第36話 ドッグファイト  

 コロニー<イーストホープ7>の宙域。

ケンイチは最初に東から現れたスペース・ホーク四機と接近し、

ドッグファイトに突入する所だった。

—— こいつらを、ンボマ機の方に行かせるわけにはいかない ——

ただ、四対一では少し分が悪いのは確かだった。

—— そうか! ——


 ケンイチは通常ミサイル二本を敵編隊の方向に発射した。

追尾装置はないので、相手が回避行動を取れば簡単に避けることができる。

だが、そうやって相手の出鼻を挫き、敵編隊の体制を崩すのが狙いだった。


 ミサイルは勢いよく四機編隊に向かって飛び、目の前にミサイルを見た

四機は編隊を崩して回避行動を取った。ケンイチはその隙を逃さなかった。

回避のために大きく進路を変えた一機に、狙いを付けてビーム砲を撃つ。


 狙った通り、機体後部の推進機付近に命中し、大きな穴が開く。

事前学習で聞いていた通り、スペース・ホークは爆発はせず、機体後部に

集中して付いている複数のメイン推進機ポッドのジェット噴射が止まった。

—— よし! これで一機 ——


 バラバラに散った残り三機は転進してカネムラ機の後ろに回り込んで

迫って来ている。ケンイチはマーズ・ファルコンを目いっぱい加速

させたが、敵機はすでにビーム砲の射程近くまで詰まって来た。

—— じゃぁ。これならどうだ? ——


 ケンイチは機体後部のメイン推進機ポッドと両翼端のサブ推進機ポッド

の動きをジャイロモードに設定すると、姿勢制御装置を使って

機体後部からは下向きに、機首からは上向きにジェットを噴射させた。


 カネムラ機は急速に機首を下げ、後部を跳ね上げながら、まるで、

でんぐり返しをするような動きをする。

ジャイロモードに設定した四つの推進機ポッドは取り付け部が回転し

最初の進行方向への加速を維持している。高速で逃げながらも、

機首だけは後から追ってくる敵機に向けた。


 後ろから迫って来ていたスペース・ホーク一機が、カネムラ機を

ビーム砲の射程に捕らえる距離まで接近してきていたが、加速を維持した

まま不思議な回転運動をするマーズ・ファルコンに驚いて攻撃が遅れた。


 ケンイチはビーム砲のトリガーを引いた。

すぐ後ろに迫って来ていたスペース・ホーク一機の機首先端部が一瞬で

溶けてなくなり、ビーム砲の銃身が左右二つとも吹き飛んだ。


そのスペース・ホークはおそらく飛行は出来るが、すでに搭載ミサイルを

全部撃ち尽くしてるので、武器が無くなったはずだった。

—— 悪いな。こっちは宇宙機一番の運動性能って言われてんだ ——


 カネムラ機は機首を後ろに向けたまま飛んでいたが、次は推進機ポッドの

ジェット噴射を一瞬止めて、四つの推進機を急速に百八十度回転させる。

機体に対して正規の方向に向けると、再び全力での噴射を始めた。


それまでの進行方向に対して逆噴射したことになり、機体は急速に

速度を落とし、残りの敵機二機との距離がいきなり縮まった。


 後ろからカネムラ機に迫ろうとしていた敵機二機は、目の前で急激な

ストップ&逆進をしたカネムラ機にうまく照準を合わせることができず、

両サイドをそのまま高速で通り過ぎた。


 ***


 ヴィルヘルム・ガーランドは、西から現れた四機のスペース・ホークが

放ったミサイルを多数撃ち落としていた。


また残りのミサイルは、ライムバッハー機やンボマ機から放たれたフレア

ミサイルに欺瞞されて、戦闘空域の外に向かって飛んで行っている。

—— クリスさんはンボマ機を曳航してる! 僕が守らないと! ——  


 大統領機での事前学習で、追尾装置の無い通常ミサイルも、

撃てば機先を制することができるとソジュンさんが言っていたのを

思い出した。両翼に残っている二本のミサイルを迫ってくる敵機に

向かって発射する。


ミサイルは相手の編隊へと真っ直ぐに飛んだが、まだ距離が遠過ぎた。

相手機はさらりと回避運動をして、余裕でミサイルをかわして

追尾してこないことを確認すると、編隊を組みなおした。

—— しまった! 撃つのが早過ぎた! —— 


 ヴィルは前面モニターに迫ってくる敵機四機に注目していたが、

左側のモニターの動きが、目の端っこに見えてギョッとした。

—— えっ? 何か来る? ——


 急いで左側のモニターを確認する。先ほどクリスがンボマ機を

ワイヤーでぐるぐる巻きにしたときに外れたンボマ機の通常ミサイルが、

宇宙空間を漂って左前方に移動しているのがわかった。

—— そうか! ——


 相手機の編隊が宇宙空間を漂うそのミサイルに近づいた時、

ヴィルはそのミサイルをビーム砲で撃った。ミサイルが相手機の

すぐ近くで爆発して、破片が相手機にもろに降り注いだ。


 爆発に最も近かったスペース・ホークが完全にコントロールを失い、

もう一機のスペース・ホークに側面から激突する。

衝突した二機はどちらもコントロールを失ってふらふらとしている。


 ヴィルがビーム砲で一機の機首部分を撃ちぬき、ビーム砲を破壊した。

さらにもう一機の後部の推進機も撃って、スペース・ホークに四つある

推進機のうち三つを破壊した。

—— やった! ——


「ヴィル! 左よ!」クリスの声。左モニターを見ると、

ミサイルの爆発を避けて、大きく迂回した敵機が左側から迫っていた。


 ヴィルは姿勢制御ジェットで急速下降したが間に合わず、

敵機の連射したビームが、ガーラーンド機の左翼に大きな穴を開けた。

次々に左翼に点々と穴が開いて、水しぶきが宇宙空間に散った。


ビームの命中位置は、スローモーションを見ているように

徐々にコックピットに近づいてきた。次の一発は、ここに直撃する……

—— ダメだ! ——

ヴィルは目をつぶった。


 しかし、次の一発は来なかった。

敵機はガーランド機のすぐ上を通り過ぎる。

敵機の推進機ポッドに穴が開き、コントロールを失って遠ざかって

行くのが右モニターに見えた。

クリスが推進機ポッド部分を撃ち抜いたのだ。


「ヴィル! 大丈夫?」クリスの声。

 ヴィルは、各計器類をざっと見て答えた。

「助かりました。左翼をかなりやられましたが……

 他は……たぶん大丈夫です」

「私も今、右のサブ推進機ポッドをやられたわ。油断しないで! 

 もう一機、すぐ戻って来るわよ」


 ***


 フェルディナン・ンボマは操縦不能でモニターも見えず、曳航されている

機体の中で地団太を踏んでいた。武器システムが使えるとは言え、

その発射方向も何も自分で制御できないので、全く戦闘に役立てられない。


 クリスからの通信が聞こえた。

「フェル。私、サブ推進機ポッドひとつやられちゃった。後ろから敵機が

 来てるけど、逃げきるのは無理そうだから派手に行くわよ。

 チャンスが有ったらあなたも撃つのよ。よーくちゃんと目を開けててね」


 ンボマは目の前のライムバッハー機が、残った片側のサブ推進機ポッドと

メイン推進機ポッドを回転させて少し上昇をするのを見た。

ポッドを回転させ、逆噴射状態にしようとしている。


「おいおいクリス姉さん。 何を……

 それって、俺、とっても嫌な予感がするんですけど……」

ライムバッハー機の後方下側に位置しワイヤーで曳航されている

ンボマ機は、急減速したライムバッハー機の下を追い抜く形となった。


 一時的に緩んでいたワイヤーに再び張力がかかると、ンボマ機は一気に

機首を持ち上げられる。と同時に、回転しながらブランコのように

ライミバッハー機の前方に振り出された。

「おいおい。これで俺に何をさせよう……って」


 振り回される機体の中からは、クリスがワイヤーが自機に絡みつかない

ようにロール回転をしながら、腹を上に向けようとしているのが見えた。

さらに、その向こう側に敵機二機が迫っている。

 

 そのうち一機は、機体後部をヴィルに撃ち抜かれて推進機が

一つしか動いていないので少し遅れている。

「わかったよクリス姉。あれを撃てってことだな」


 ライムバッハー機に迫る先頭の敵機を撃とうとしたが、角度的に

コックピットを直撃する場所だったので、一瞬トリガーを止めて待つ。

そして敵機の機体後部に向けビーム砲を連射し、完全に推進機部分

全体を破壊した。

「やったぞ! クリス姉」


 しかしンボマ機は惰性でさらに振り子のように回転を続け、

遅れて近づいてくるもう一機の敵機の真上に近づいていた。

—— おいおいおいおい。どけどけ! ——


 フェルディナン・ンボマは自分では何もコントロールできないので、

半開きのキャノピーから周囲を見ることしかできなかったが、推進機が

一つしか動いていない敵機は、上から降り下ろされてくる宇宙機に

驚いて、機首部分の姿勢制御ジェットを吹いて慌てて転進した。


 ライムバッハー機が加速しながら直進し、ワイヤーがピンと張ったので、

ンボマ機は大回転の余韻を残しながらも、姿勢が徐々に安定した。

フェルディナンのヘルメットにヴィルの声が聞こえた。

「残り一機、逃げていきます」


 ンボマ機を避けて転進した敵機は、待ち構えていたガーランド機に

機首部分も撃たれ、攻撃力も失ったため、撤退したようだった。


 ***


 <イーストホープ7>のステルス機雷帯の中、ソジュンは自機の

射出座席から出たバルーンを切り裂いてロープを作ろうとしていた。

ケンイチ達が交戦しているが、戦域が遠くに移動したので、何が起こって

いるのかも良くわからない。


 ヘルメットの受信機はそれほど強力では無いので、遠くの味方機の

通信は、ほとんど聞こえないし、遠くで爆発の光が見えても、

自分には何もできることは無い。


 今はケンイチから受け取った予備酸素が無くなる前に、戦いが終わって

味方機が近くまで助けに来てくれることを信じるしかなかった。

それまでに、このステルス機雷帯から抜け出すための準備を進める

必要が有る。


 味方機が近くに来た時には少なくとも七十メートル先まで届くような

ロープが無いといけない。射出座席の一部破損した破片をナイフ代わりに、

淡々とバルーンの布を切り裂く作業に集中していた。


 ふと目を上げると、広がっているステルス機雷帯の近くにまで

カネムラ機が戻ってきており、後ろからスペース・ホーク二機が追ってる。

カネムラ機はマーズ・ファルコンの優れた運動性能を武器にして、

スペース・ホークの攻撃をかわしては、自機が攻撃できるチャンスを

うかがっているようだ。


 複雑なカネムラ機の動きのあと、スペース・ホーク一機の後部が光って、

推進機が一つ吹き飛んで行くのが見えた。コントロールを失った敵機は、

錐揉み状態になってステルス機雷帯へと向かっていた。

—— まずいぞ、あいつ機雷に突っ込む ——


 スペース・ホークがステルス機雷帯に突っ込む直前に、

射出座席が飛び出すのが見えた。

機雷とスペース・ホークが爆発する爆炎の向こうで、錐揉み状態の機体から

射出された射出座席が、かなりの高速で回転しながらコロニー群から

遠ざかる方向へ飛んで行っている。


 スペース・ホークは宇宙空間用に開発されているので、

マーズ・ファルコンの射出座席のようにバルーンは展張しない。


 ぐるぐると高速で回る射出座席の下から、小型バーニアキットを

取り出そうとしたパイロットの手からバーニアキットが離れて、

別の方向に飛んで行くのが見えた。

—— バーニアキット無しだと、コロニーに戻れないぞ。あいつ ——


 カネムラ機を追いかけていた残りのスペース・ホーク一機は、

味方機がステルス機雷に突っ込んで大破したのを見て、方向を変えて

退却して行った。




次回エピソード> 「第37話 死闘」へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る