第35話 ミサイル 

 ケンイチは、一斉通話でヴィルやクリスに連絡した。

「こちらケンイチ。ソジュンを発見した」

「え? パク副隊長は無事なんですか? 良かった」とヴィル。

「いや無事と言うか何というか。ステルス機雷っていうのが

 沢山ある中にいる。ヴィルもクリスもこっちには来ないほうがいい」


 ケンイチは開いたキャノピーからソジュンの方を向き、通信した。

「どうしてそんな遠い所に飛んだんだ? 怪我は無いのか?」


「少し腰が痛いが大丈夫。突然機体が爆発して、なぜか運よく射出装置が

 働いて椅子ごと射出されたんだ。射出装置のバルーンに包まれて飛んで

 たから良くわからなかったが、ここにある黒い探査機みたいなのに

 衝突して止まったようだ」


 マーズ・ファルコンは火星用に開発されたので、射出装置は火星の

大気内での使用が想定されている。よって射出装置はバルーン機能付き

となっている。


 バルーンは操縦座席の周囲に取り付けられており、射出後すぐに

展張して大きく膨らみ座席とパイロットを包み込んだまま、

火星の重力に引かれ地面に落下する仕様になっている。


「ケンイチ。いいニュースと悪いニュースが有る。どっちから聞きたい?」

「どっちでもいい。早く言え」

「じゃぁ。いいニュースから。俺が射出座席ごとぶつかった奴、

 そう、この黒くてでっかい装置がここに有るんだけど。

 ビンゴだよ。これがお目当ての妨害電磁波を出してる装置らしい」


「なんだって? そこの奴が妨害電磁波を出してるのか?」

「さっき、少しだけ調べたんだけどね。いじるのは止めたよ。

 ステルス機雷と同じように、下手に触ったらドカンかもしれない。

 何か、とっても怪しい。危険な匂いがプンプンする」


「じゃぁ、離れた所からミサイルかビーム砲で撃つか?」

「ダメだな。周りをよーく見て。ステルス機雷だらけだろ? 

 ここでこいつを撃ったら、そこら中の機雷が誘爆して大変なことに

 なっちゃうよ。そうしたら、すぐそこの<イーストホープ7>の

 コロニーの外壁もやられて、中の人たちが大勢死ぬかもしれない」


「なんてこった! ソジュン。じゃぁ止める手段は無いのか?」

「時間はかかるけど…ステルス機雷を大掃除してからじゃないとねぇ」

「良し分かった。じゃぁ、いったん戻ろう。小型バーニアはどうした? 

 座席の下にあるだろ」


「ここで小型バーニアなんか吹かしたら、おそらくドッカンと大爆発さ。

 たぶんね。この辺一帯にうじゃうじゃあるステルス機雷が何に反応する

 のか分からないけど、熱感知、接触感知、磁気感知など複数の

 センサーが付いててもおかしくない」

「そんなに凄いのか? この直径五十センチぐらいの丸っこい奴が」


「ここの妨害電磁波発生装置も、それからステルス機雷もかなり技術力の

 有る奴が設計しているのは間違いない。

 ちょっとやそっと勉強したぐらいじゃこんなもの作れないぜ。

 俺達はテロ組織をずいぶんと甘く見過ぎてたようだよ」


「じゃぁ、ソジュンがステルス機雷源から出るのは、どうすればいいんだ?

 そうだスーツのセルフレスキュー用推進装置(SAFER)は

 エアジェットだから反応しないんじゃないか?」

「反応はしないが、、問題はSAFERでこの機雷源を抜ける位置まで

 行けるかだな。これは本当に速度が遅くて日が暮れちゃうよ…」


 ソジュンは顔を横に向け、ギラギラと眩しい太陽を見てから訂正した。

「ああ宇宙空間だからという表現は変か。

 それよりも、悪いニュースが、もうひとつ有るんだ」

「ソジュンもったいぶらずに、早く言え」


「ケンイチ。スーツの酸素が無くなりそうだ。バッテリーもだ。

 バルーンを外そうともがいてたら、バルーンのひもが絡まってベルト

 から予備酸素と予備バッテリーのカートリッジが外れちゃっててね。

 気が付いたら飛んで行ってたよ。失敗した」


「スーツの酸素はどのぐらい持ちそうなんだ?」

「あと、そうだなせいぜい二十分ぐらいかな」

「じゃぁ、俺の予備酸素と予備バッテリーをそっちに投げるぞ」


 そう言うと、ケンイチは自分のスーツのベルトに付いている予備酸素と

予備バッテリーのカートリッジを外し、スーツの腰の小さいポケットから

スーツ補修テープを取り出して、二つの装備を合わせぐるぐる巻きに

すると、コックピット内で立ち上がった。


「おいおい。ケンイチ。まさかそこから、ここまで投げるって言うんじゃ

 ないだろうな。約七十メートルは有るぞ、方向が少しでも狂ったら、

 俺はキャッチできないぞ」


 ケンイチはソジュンが言い終わらないうちに、機体の横に付いている

バーに足を引っかけて体を固定して、すでに投げる体制になっていた。

「おいやめろ。それがどこかに飛んでったら、もう予備は無いんだろ?」


「俺を誰だと思ってるんだよ!」

 ケンイチは狙いすましてスローイングした。

「わぁぁ。受け取れなかったらどうすんだよぉぉぉ」


予備酸素と予備バッテリーをテープでぐるぐる巻きにしたボールは、

ソジュンの方向に真っ直ぐ飛び、ソジュンの胸の真正面にドスンと

ぶつかって、ソジュンがキャッチした。


「おおぉ。ナイススロー。さすがダークサイドKKのパスは衰えてないな。

 でもここは月じゃないから、重力での放物線運動は無いだろ? 

 よくコントロールできたな」

「まだ俺を馬鹿にしてるのか? ここに重力が無いぐらい知ってるよ」


「馬鹿になんかしてない。驚いただけ。これで一時間以上は生きられる」

 そんな、二人のやり取りの中ヘルメット内にヴィルの叫び声が聞こえた。


「敵機です!四機! 東三十度方向やや上。スペース・ホークです」

 ヴィルの叫び声を聞いて、ケンイチは慌ててコックピットに

戻ろうとした。そのヘルメット内でまたヴィルの声が聞こえた。

「あっ! 敵機がミサイルを発射! ミサイル多数来ます!」


  ***


 ヴィルヘルム・ガーランドは迫ってくる八本のミサイルは、自分が撃ち

落とすしかないと分かっていた。クリスはンボマ救出のため機外にいるし、

中隊長もなぜかコックピットから出ているようだ。

 両翼からフレアミサイルを二本とも撃った。


 ヴィルの撃ったフレアミサイルが相手ミサイルの少し手前の下方で

爆発してフレアをまき散らす。相手のミサイル二本が欺瞞されて

進行方向を変えたが、残りの六本は高速で近づき続ける。


 狙いを定めビーム砲のトリガーを引いた。

連続して中央の二本は撃ち落としたが、まだ四本が高速で近づく。


 ヴィル機から見て右の中隊長機の方向に二本、左のンボマ機の方向に

二本向かっている。考えている暇はなかった。反射的に左のミサイルを

迎撃し一本は撃ち落とした。


  ***


 ケンイチがヴィルの通信で慌ててコックピットに戻ると、

すでにミサイル二本が目の前に迫っていた。開いているキャノピーを

閉める余裕はなかった。慌てて、機体を斜め右にロール回転させる。


 その瞬間、二本のミサイルは左翼のすぐ下と、コックピットのすぐ上を

通過する。ミサイルのジェット噴射の光で目が一瞬くらんだ。

—— あぶねぇ。危機一髪だ —— 


「ケンイチ! ミサイルは追尾装置ですぐに戻って来るぞ!」

ソジュンが通信で注意を呼び掛けていた。ケンイチが目をぱちぱちさせ、

後部モニターを見ると二本のミサイルは急ターンを始めている。


 さらに前のモニターでは、迫ってくる敵機四機が再びミサイルを一斉に

二本ずつ撃ち、合計八本のミサイルのマークが見えた。

—— くっそぅ。景気よくバンバン撃ってくるな —— 


 ケンイチは機体を急発進させ、前方から来るミサイルをビーム砲で

迎撃し四本を撃ち落とす。

後部モニターでは一度通り過ぎた最初のミサイル二本が急速ターンを

終えてこちらに向かって来た。その時ケンイチは、いい案を思いついた。

 後部からくるミサイルをギリギリまでひきつける。


 フレアミサイルを前方に撃ってから、VTOLで機体下方から急速に

ジェット噴射して真上に飛び上がりすぐに噴射を止めた。

フレアミサイルが爆発して高温のフレアをまき散らすと、後部から来た

ミサイルはカネムラ機の下を通り過ぎて、フレアのほうに向かった。


一方、前から迫ってくるミサイル群がフレアに向かって行き、

後部からのミサイルと衝突して全てのミサイルが一度に爆発した。


「やるねぇ。流石エースパイロット」

 遠くから眺めることしかできないソジュンの声が聞こえたが、

ケンイチに返答する暇はなく、近づいてくる敵機とのドッグファイトに

集中していた。


  ***


 コロニー<イーストホープ7>から西にかなり離れた場所。  

ンボマ機とライムバッハー機は腹を合わせるように合体しており、

クリスはフェルディナン・ンボマを助けるため、機外に出てンボマ機の

コックピットの脇にいた。


 ヴィルの通信で敵機来襲を知り、クリスは慌てて体の向きを変えて

ンボマ機の反対側に有る自機に戻ろうとしていた。


 フェルディナン・ンボマは、半開きのキャノピーの向こうに、

迫ってくるミサイルを見た。

遠く離れたガーランド機がそのミサイルを迎撃するためにターンしている

のも分かったが、ミサイルはすでにかなり近い距離まで来ている。

—— 間に合わねぇ! —— 


 小型バーニアを吹いて自機に戻ろうとし始めたクリスの足首を、

右手でつかんで思いっきり引き上げた。痛めている右手首に激痛が走る。

「きゃぁ」クリスが予想外のことに悲鳴を上げた。


左手でクリスのスーツのベルトをつかむと、半開きのキャノピーの内側

に無理やり引き込みながら叫んだ。

「クリス姉。頭を中に入れろ!」


 クリスが慌てて頭をキャノピーの内側に隠し、フェルディナンが左手で

壊れているキャノピーの端を掴んで、キャノピーを下げようとした。

その途端、ガーランド機が迎撃したミサイルが近くで爆発する。

衝撃波とともにミサイルの破片が襲ってきた。


 ミサイルの破片がンボマ機のキャノピーにも突き刺さる。その先端は

クリスのヘルメットをギリギリかすめていた。

フェルがキャノピーの影に引き戻さなければ、クリスの全身に破片が

突き刺さっていたに違いない。

「クリス姉。大丈夫か?」


 狭いコックピット内に、無理やり引き込んだクリスのヘルメットが、

フェルディナンのヘルメットにくっつく距離だったので、

クリスがウィンクしたのが見えた。

「大丈夫。フェルありがとう」


「こちらガーランド。クリスさん。フェルさん大丈夫ですか?」

「こっちは大丈夫! ヴィル助かったわ」クリスはそう言いながら、

コックピットから出て小型バーニアで自機のコックピットへ急いで飛んだ。


 フェルディナン・ンボマは、つぶれたコックピットの中で自機の様子を

急いで確認した。キャノピー内面も、コックピット内正面も、

モニター類は全部死んでいる。

コックピットの内側に凹んで、自分の上にのしかかっている操縦桿は、

手と体で押したが、びくともしない。


 しかし、核融合エンジンは動いていて、電気系統も動いているようだ。

もしかしたら、ミサイルやビーム砲は撃てるかもしれない。

 クリスから通信が入る。

「フェル。少し目が回るわよ。首を気を付けて」

—— え? 何? ——


 ンボマが状況をよく理解しないうちに、クリスはンボマ機にぴったりと

くっついていた自機を急発進させた。

先ほどンボマ機を制御するために、ぐるぐる巻きにしていたワイヤーが

急激に引っ張られて、ほどけながらンボマ機を回転させる。


「うわぁぁクリス姉! これどうなってんだ!」

フェルはクリスがンボマ機を制御するためにワイヤーを巻き付けていた

ことを全然把握していなかったので、ワイヤーがほどけ終わるまで

何が起こっているのか分からなかった。


 ワイヤーがほどけ、クリスがンボマ機を曳航しながら、ガーランド機の

方向に向かって飛び始めて、フェルは曳航されているという状況を

やっと理解した。

「クリス姉! 俺の機体を曳航しながらドックファイトなんか無理だ! 

 ワイヤーを切り離して一人で戦ってくれ」


「馬鹿なこと言わないで! 

 飛べないファルコンなんか格好の標的になるわ。

 もしも、ここであなたを見捨てたら、コニーと生まれてくる

 赤ちゃんに、私は何ていえば良いのよ!」


 クリスにコニーと赤ちゃんの事を言われると、フェルは黙って従うしか

なかった。下半身が動かせないので、上半身を懸命にのばして前を

見ようとしたが良く見えない。


 右側の遠くでミサイルが爆発して明るくなったのは分かったが、

中隊機情報を示すモニター画面も真っ暗なので、ケンイチやヴィルの

機体がどうなっているのか確認することもできなかった。


「西側の三時方向からミサイルが多数来ます! 新手です。

 西側の三時方向に敵機が四機!」

ヴィルの叫び声がして、クリスが急に方向を変えたらしく、牽引ワイヤー

がンボマ機を右側に強く引っ張ったため、ンボマの上半身は左側に

振られた。

—— くそ! これじゃぁ何もできない —— 


「クリス姉! 俺の機体はミサイルは撃てそうだが、

 モニターは死んでて狙いがつけられない」

「フェルわかった。じゃぁ合図したらフレアミサイルを二本とも撃って」

ンボマ機を引くライムバッハー機が少し上昇しンボマ機の方向を修正した。

「フェル! 今よ! フレアミサイルを撃って」

 ンボマは言われるがままに、フレアミサイルの発射ボタンを押した。



次回エピソード> 「第36話 ドッグファイト」へ続く

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