第34話 見えない敵 

 ヴィルヘルム・ガーランドは、コロニー<イーストホープ7>の

宙域からどんどん離れていくンボマ機をクリスとともに追いかけていた。


 あまり離れると中隊長機と通信できなくなるため、

途中の宙域で止まって、通信中継を始める。

ライムバッハー機がンボマ機を追うのをモニターで追った。


 そして、周辺警戒のためにマルチモニターの数を増やし、キャノピー

内面各所に展開する。モニター内で動く映像には識別マークが出るように

設定し、周辺警戒を始めた。

 右側のモニターの上方では、遠くで中隊長機がソジュン機の機首部

を見つけて近づこうとしているのが見えた。


 左側モニターにはンボマ機は完全に操縦不能になっているようで、

激しくローリング回転をしながらコロニー群から離れ、漆黒の宇宙の

彼方へ向かっているのが映っている。


 ライムバッハー機がいつの間にか、重量物を吊り上げるための吊り下げ

ワイヤー&フックを機体下部から出して、尻尾のようになびかせながら、

激しくローリングしているンボマ機に近づいているのが見えた。

—— クリスさん? ワイヤー&フックで何を? —— 


 周囲の警戒のため六つのモニターを見るのに忙しかったが、

再び左側モニターを見て目を疑った。クリスはンボマ機のロール

回転とは逆方向に激しく旋回しながら、ンボマ機の周囲を回っている。


 尻尾のように伸ばしたワイヤー&フックがンボマ機に接触すると、

フックがどこかに引っかかり、ンボマ機がぐるぐる巻きになり始める。

ンボマ機の翼のパイロンについていた通常ミサイルが一本ワイヤーに

絡まって外れ、弾き飛ばされて何処かに飛んでいった。


 ライムバッハー機の機体下部から延びるワイヤーの残りが短くなり、

ンボマ機の回転が弱まっていく。クリスは機体の腹同士を合わせる形に

なったときに、ワイヤーを一機に引き締めて、ライムバーハー機と

ンボマ機とが腹合わせで合体する形になった。

—— うわっクリスさん。凄い操縦テクニックだ ——


 合体した二機はまだ少し回転が残っていたが、クリスが左右の翼端から

ジェットを少し吹いたので回転がほぼ止まった。

ヴィルはライムバッハー機の動きに見とれていると、周囲の警戒が

おろそかになるので、慌てて他のモニターを見回して何か異常は無いかを

確認した。


  ***


 <イーストホープ7>の宙域から西にかなり離れた場所。

クリスティーン・ライムバッハーは、コックピットのキャノピーを

跳ね上げ、背中のバーニアを確かめると機外に出た。


 まずはフェルの生存を確認したかったが、ワイヤーが外れて二機が離れる

とやっかいだ。翼下のパイロン部分に引っかかっただけのフックを外し、

ンボマ機の前部ランディングギアの格納扉のボタンを押して扉を開くと、

収納してあるランディングギアの足に付いている牽引フックに連結した。


 ランディングギアの牽引フックは、駐機場で無人の誘導車がファルコンを

牽引する時に使う物なので、機体を曳航するのにも使えるはずだ。

 ンボマ機のコックピット側に回り込むと、ひどく損傷している。

コックピットの前側から右側面にかけて激しく凹んで、

キャノピーも右側面から操縦席に食い込むように凹んでいる。


 キャノピーのヒンジ部も損傷を受けているので、キャノピーを開け

ようとしたが簡単には開けられなかった。

スキマから内部が僅かだけ見え、横に倒れているフェルディナン・ンボマ

の姿が分かった。ヘルメットの通信で呼びかける。

「フェル! フェルディナン応答して!」


 フェルディナン・ンボマの応答は無かった。何とかしてキャノピーを

こじ開けないといけない。

クリスはバーニアで自機の方に戻り、コックピット内のダッシュボード

から携帯工具入れを取り出して、急いでンボマ機に戻った。


 携帯工具入れには大きなバールなどは入っていないので、短いスパナを

キャノピーの下にこじ入れて、梃子の原理で動かそうとしたが、

びくともしない。

—— これじゃ駄目ね。少し手荒にいくしかないか —— 


 手で開けるのは諦め、背中のバーニアを吹いてンボマ機より少し離れた。

—— 行くわよ —— 

クリスはヘルメットの中で一度深呼吸をしてから、バーニアを全開にして

ンボマ機のキャノピーめがけて飛ぶ。


 勢いがついたところでバーニアを止め、体を反転させて足を前に出し、

両足でドロップキックをするようにキャノピーを蹴った。衝撃で足がかなり

痛かったが、キャノピーが動いてすき間が大きくなった。


 何とかすき間から手が入るので、フェルの腕をつかみ揺り動かした。

「フェル! フェル!」

少し動かしたのでフェルディナンの胸が見え、胸についている

生命維持状態を示す液晶モニターがグリーンランプなのが確認できた。

—— 良かった。生きてるし、生命維持装置も働いている! —— 


 グリーンランプはスーツの空気漏れなどもなく、生命維持装置が稼働

していて、中のパイロットのバイタルも安定いることを示している。

激しい衝撃とローリング回転で気絶しただけだろう。


 とりあえず、偵察隊全機に通信した。

「こちらクリス。フェルの生存を確認。

 キャノピーが変形して機体からなかなか出せない」

「ヴィル了解です。フェルさん無事で良かった!」

「ザザ…ケンイチ…了解……ソジュンはまだ見つからな…ザザ」


 クリスはもう一度フェルを起こそうとトライした。

「フェル! フェルディナン・ンボマ起きて!」

クリスはフェルの腕をつかんで強く揺り動かしていたが、その腕に力が

入るのを感じた。


「手が痛てぇ。足が動かねぇ」フェルの第一声は弱々しかった。

「良かった気が付いたのね! クリスよ。助けに来たの」

「クリス姉?」フェルは体を少し起こそうとしてキョロキョロし、

自分がどのような状態なのかを悟った。


「フェル。キャノピーが変形してなかなか開かないの。中から押せる?」

 クリスがキャノピーを開けようとしているのが分かり、フェルは中から

手と頭を強く押し当てて、キャノピーを無理やりこじ開けるのを手伝った。


 鈍い振動がクリスの腕にも伝わって、中から叩いているのが分かり、

キャノピーが半開きまで開いた。

「外に出られる?」クリスが手を貸そうとしたが、フェルは手を振った。

「クリス姉さん。操縦桿の部分が足を挟み込んでて動かせないんだ」

クリスが中を覗き込むと、コックピットの前側が内側に大きく変形して

フェルの右太もも部分に操縦桿が食い込むようになっている。


「右足の感覚は有るの?」

「有るけど…かなりジンジンしてる」

「これはコックピットの前側を専用の工具で分解しないと駄目そうね」 

「俺よりパク副隊長はどうなった?」

「それはこっちが聞きたいわよ。何が有ったの?」


「良くわからない。パク副隊長機がなぜか突然爆発して、

 あっと思った時には機体後部が目の前にぶつかって来て、

 俺はキャノピーにつぶされたんだ」

「ミサイルか何か?」

「いや、何も飛んできた気配は無かったぜ。何も見えてなかったんだ」


  ***


 トロヤ・イースト<イーストホープ7>の宙域。

ケンイチはパク機の機体前部のコックピットにソジュンの姿が

見つからないので、宇宙空間に放り出されているのだと思い、

低速飛行しながら周囲を探してた。

—— ソジュン頼む! 生きててくれ —— 


 ケンイチは宇宙港に入る時に、もっと慎重に周辺警戒すべきだったと

後悔した。今も、偵察隊は少し離れてバラバラになっており、

見えない敵からの攻撃が、どこから来るのか予測つかない。


 有視界モニターには敵機は全く見えないので、どこからミサイルが

飛んで来たのかもわかないが、自分の危険よりも、友人を失って

しまったかもしれないという不安のほうが大きかった。


「ケンイチ! 止まれ! それ以上動くな! ステルス機雷だ」

当然ヘルメット内で聞こえたのはソジュンの声だった。


「えっ? ソジュンか? 無事なのか? 何処だ? 何処なんだ?」

「やめろ! ケンイチ、ストップしろ! ストーップ!」

「ソジュン何処にいるんだ? なぜ動いちゃダメなんだ?」


 ケンイチはとりあえず推進機を逆に吹いて動きを止めた。

「見えない機雷が沢山ある。ステルス機雷だ」

「え? ステルス機雷? 全く何も見えないぞ?」

「キャノピーを開けて、ヘルメットの耳の部分に有るバイザーの

 調光装置を少し回すんだ」


 ケンイチがソジュンの声に従って、キャノピーを跳ね上げて、

外を見ながらバイザーの調光装置を少し動かした。


バイザーがカットしていた太陽光が目に飛び込んできて眩しかったが、

確かに何かが見えた気がした。調光装置を絞って眩し過ぎないように

調整し、目を凝らすと、真っ黒な小さな影が沢山浮かんでくる。


「何なんだ? この丸い黒い影は。さっきまで何で見えなかったんだ」

「これはステルス機雷だ。良く調べないと分からないけど、人間の目に

 見える可視光はかなり吸収する塗料か何かを塗っている。

 さらに材質もレーダーには全く反応しないものだ」


 ヘルメットから聞こえるソジュンの声は、明らかに興奮していた。


「SGの装備は人間の目を守るために有害光線は全てカットしているんだ。

 だからコックピット内の有視界モニターも。そしてヘルメットの

 バイザーも通常設定では、こいつが全く映らないんだ。

 やられたよ、もしかしたらこのSGの装備の特性も良く理解した上で、

 有視界モニターに全く映らないように工夫されているのかもしれない」


「ソジュン。それよりお前は何処にいるんだ?」

「ケンイチの機首方向からすると、三時方向の少し斜め上。

 十度ぐらい。見え無いか?」


 ケンイチはソジュンの言う方向を見た。七十メートルほど離れた所に、

少し大きな黒い物体が有り、その前に白いパイロットスーツ姿が手を

挙げているのが見えた。

ソジュンとケンイチの間にも無数のステルス機雷が浮いていた。




次回エピソード> 「第35話 ミサイル」へ続く

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