第33話 ひな鳥の叫び 

 <シカゴ>と<ジェノバ>を防衛しているマリー達ひな鳥隊は、

前方のコロニー<イーストホープ2>から出てきた民間作業艇一機と、

それに牽引されている大きなコンテナを見て警戒態勢を取っていたが、

まだテロリストとは断定する情報は無かった。


「こちらアレクセイ。作業艇のマークは『TE物流』です」

「レオです。今調べましたTE物流はトロヤ・イーストのローカルな

 民間輸送業者です」

作業艇は大きなコンテナが六つほど連結した状態のものを、

ゆっくりと宇宙港から引き出している。


 コンテナにも『TE物流』の大きなマークが入っている。

「レオです。TE物流のホームページに、あのコンテナの写真もあります。

 鉱物資源を加工した一次加工品運搬の専用コンテナのようです」


 マリーは直観で何かが怪しいと見ていた。

これまでの観察で全く動きの無かったコロニー群で、輸送船も無いのに

加工製品を何処へ運ぶと言うのか。


「こちらひな鳥隊マリー。親鳥へ。何か怪しい感じがします。

 緊急退避の準備をされたし。繰り返す緊急退避の準備をされたし」

「父鳥了解」カレルヴォの声に続いて、アーロンの声。「母鳥了解」


「ジョンです。作業艇から作業員が一名出てきます」


 マリーもTE物流の作業員なのかどうかを見極めようとして、

有視界モニターを最大限まで拡大した。

画像の解像度は悪いが作業艇の後部ハッチを開けて何か作業をしようと

している。ハッチから何か長いものを取り出そうとしてるようだ。


「あれは小型ミサイルランチャーだ! 散開しろ!」

アレクセイが叫ぶと同時に、作業員が構えた長い筒から何かが

二発同時に発射されるのが見えた。


 作業員から護衛隊までは、かなり離れている。

ミサイルの到達にはまだ少し退避時間があるし、マリーの暗算では

こちらのビーム砲の射程に入るまでも数秒は有りそうだ。


「マリーよりひな鳥各機、散開しながら迎撃準備。射程に入り次第撃って」


「迎撃します」アレクセイがビーム砲のトリガーに手を掛けたと同時に、

ミサイルは二本ともひな鳥隊機から少し遠い場所で自爆した。

「なんだ? ミサイルは自爆。ミサイルは二本とも自爆」


 通信機からアレクセイの声が響く中、モニターを見ると自爆した

ミサイルの周囲には真っ白なガスが広がった。

あっという間に視界が悪くなっていく。


 遠くの作業員は手早く次のミサイルをランチャーに装填すると二射目を

撃ったようで、さらに二本のミサイルが向かって来ていたが、一射目と

同様に自爆して白いガスをまき散らし、ほとんど向こうが見えなくなった。

「こちらアレクセイ。あれは煙幕弾か? 何をする気だ?」


「こちらマリー。白いガス煙幕帯からスペース・ホークやミサイルが

 飛び出してくるかもしれないから各機注意して! 

 親鳥は緊急発進せよ!  親鳥は緊急発進!」


マリーは少し迷った。護衛隊機が離れたところをスペース・ホークの

別動隊が狙う可能性も有る。後退するとしたら護衛隊も一緒のほうが良い。


「こちらマリー。ジョンとシンイーは親鳥と一緒に後退して、

 親鳥の近くで護衛を」

「ジョン了解」「シンイー了解」


「こちら母鳥オットー。少し待ってくれ、止まり木を切り離す」

<ジェノバ>の後部ハッチ付近では機体整備員のディエゴ・マリアーノと

ヒロシ・サエグサが急いで止まり木を切り離す作業を行っていた。


「何か来る!」レオの大声が、皆のヘルメットに響いた。

 マリーは白いガス煙幕の中から現れた多数の小さい影にギョッとした。

—— これは何? ——


 無数の小型ドローンだった。速度はそれほど早くないが数が多い。

少なく見ても数十機以上は有る。

「各機迎撃!」

マリーの合図と同時に、前衛のファルコン五機がビーム砲で迎撃を始めた。

ビーム砲が命中したドローン数機は、激しく爆発した。 


「こいつら、自爆ドローンだ。小型のくせに強力な爆薬積んでやがる」

アレクセイの必死な声が響いた。護衛隊五機は必死にビーム砲で迎し、

あちこちでドローンの爆発が起きる。

広範囲に広がった白いガスからは次々にドローンが飛び出してきていた。


 その時、ほぼ真っ直ぐにファルコン隊のほうに向かって来ていた

ドローンのうち、数機が向きを変えて急激に速度を増した。

—— えっ? ——


 方向を変えた数機のドローンが向かったのは、先ほどオットーが

<ジェノバ>から発進させた小型の通信中継機だった。

数機のドローンは通信中継機に命中すると激しく爆発する。

眩しい光をまき散らした。


「マリーから全機へ。自爆ドローンは近くに獲物を捕らえると

 急激に速度を上げて突進してくる。

 何らかのセンサーを持っている。距離を取って!」


 マリーが通信している間にも前衛の五機が守っている中央付近より

少し離れた所からも次々にドローンが飛び出していた。

もうすぐ五機の防衛ラインの横を抜け出て行きそうだ。

 マリーは必死に通信した。

「ジョン。シンイー。サイドからそっちへ数機向かってる」


「右は任せてください! ジョンさんは左を」

 ジョン・スタンリーのヘルメットにシンイーの通信が聞こえた。

ジョンは左から迫るドローンの迎撃をしながら、若いシンイーのことも

心配だったので、右側のモニターも横眼で見ていた。


 ワン機は機体を右に九十度バンクさせて、機体下面からVTOLの

ようにジェット噴射をしながら、向かってくる自爆ドローン群の前を

横移動しながらビーム砲を連射していく。

 右サイドを抜けて<シカゴ>の方向に迫っていたドローン群四機が

次々に爆発した。モニターを見ていたジョンが思わず叫んだ。


「ナイス! やるなぁ。お前そんな技いつ習得したんだ?」

ジョンは左から迫るドローン五機のうち三機を撃ち終わるところだった。

「先週の隕石嵐の映像見ながらVRシミュレーターで特訓してたんです。

 これマリーさんの真似です」

「ああ、あれか」ジョンは次の一機を撃ち終わってから答えた。

—— くそっ! 俺も帰ったらもっと練習しよう ——


 ***


 白いガス煙幕から出てきた五十機ほどの自爆ドローンの大半を

撃ち落とし、残りが僅かになったと思った途端、再び白いガス煙幕から

また数十機が飛び出してきた。


「第二波が来た! 各機少し後退して!」マリーが叫ぶ。

マリーの指令でひな鳥隊各機は機首をガス煙幕の方向に向けたまま、

推進機ポッドだけを百八十度回転させて噴射し、煙幕帯から出て来る

自爆ドローン群と距離を取りながら迎撃を続けた。


「くそっ! うじゃうじゃ湧いて出てきやがる。

 いったい何機出てくんだ?」

 いつも強気のレオが珍しく苦しそうな声を出していた。


「レオ! もっと早く後退して! 

 近づくと急に速度を上げて突っ込んでくるわよ!」

ハリシャ・ネールが急激に速度を上げて迫って来たドローンを

撃墜しながら叫んでいる。


 マリーはさっきの通信中継機を襲った自爆ドローンの動きを見て、

フレアミサイルが使えるかもしれないと思った。

妨害電磁波でレーダーが使えない中で、自爆ドローンが向きを変えて

通信中継機やファルコンに突っ込んでくるのは、熱感知機能が

有るのかもしれない。


「こちらマリー。フレアミサイルを試してみる」

 マリーは迫ってくる自爆ドローンの群れの下方に向かって、

両翼から二発のミサイルを撃ちこんだ。ミサイルは少し飛んで爆発し、

フレアの炎が広範囲に広がった。


しかし自爆ドローン群は全く反応を示さない。

元のコースのまま迫って来ている。

—— 効かない? 熱探知じゃないのね ——


「こっちはどうだ?」アレクセイ機から通常のミサイル二本が発射された。

追尾機能の無いミサイルが直線的に飛んで、一本はドローン一機を

直撃して爆発したが、少し離れたドローンは誘爆をせずそのまま迫る。


 二本目のミサイルは少しコースが甘く、ドローンに当たらずに

横をすり抜けそうになった途端に、ドローン一機が吸い寄せられる

ような動きでミサイルに向かって動き、ミサイルとともに爆発した。


「くっそ! ミサイル一本でドローン一機じゃ割に合わねぇ」

 アレクセイが悔しそうな声を出していた。

確かに大量のドローンが迫る中、ミサイル一本で一機のドローンしか

落とせないのなら、手持ちのミサイルが先に尽きてしまうのは明白だ。


スペース・ホークが出てきた時のためにミサイルは温存し、

ほぼ無限に連射できるビーム砲を使うしかなかった。

 ひな鳥隊はじりじりと後退をしながら迎撃を続けた。



次回エピソード> 「第34話 見えない敵」へ続く

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