黒い影

第32話 渡り鳥の旅 

 トロヤ・イースト調査 九日目。

 ジェラルド・サルダーリ大佐は、さらなる調査のためには、

さらにトロヤ・イーストに近づいて、マーズ・ファルコン隊が出動し、

妨害電磁波の発生場所を突き止め、可能ならばその発生装置を止める

ための情報を集める必要があると判断した。


 妨害電磁波を止めなければ、こちらに向かって来ているであろう

SG3部隊に調査結果を何も伝えることもできないからである。


 マーズ・ファルコン隊十二名とアーロン、ディエゴ、ヒロシ、オットーの

計十六名は、いつでも作戦行動ができるように<ジェノバ>に移り待機し、

<ジェノバ>と<シカゴ>は、ともにトロヤ・イーストまでの距離を詰める

ために移動を開始した。


 昼前にはマーズ・ファルコンでトロヤ・イーストの各コロニーや

小惑星エルドラドを調査できる位置まで近づいていた。それは逆に言えば、

トロヤ・イーストにいるであろうテロ組織もスペース・ホークで

<シカゴ>を襲うことができる距離ということを指している。


 ケンイチは<イースト・ホープ7>方面の偵察には、第一分隊の四機

(ケンイチ、クリス、ンボマ、ヴィル)と、ソジュン・パク機の五機で

行くことに決め、残りの七機は<シカゴ>と<ジェノバ>の護衛とし、

護衛隊の指揮はマリー・クローデル副隊長に頼んだ。


 ***


 格納庫に集合した偵察隊の五名は、<止まり木>に駐機中の自機へと

小型バーニアを吹かして飛ぶ。

 

 クリスティーン・ライムバッハーは自機に向かう途中で、

すぐ前をバーニアで飛行していたヴィルヘルム・ガーランドに追いつき、

肩をポンと叩いて近接通信で話しかけた。


「ヴィル。大丈夫? 緊張してない?」

「クリスさん。正直言うと、もう手が震えてますよ」


「それは私も同じよ。でもケンイチがいるからかなり心強いわね。

 それに全周囲を警戒するのには、あなたのお得意なターゲティング

 システムをマルチモニターで使うのが、きっと生きるはずよ。

 頼りにしてるわよヴィル」


 クリスはもう一度、肩をポンと叩いてからバーニアを強め、

自分の機体の方に飛んだ。ヘルメット内でヴィルの声が聞こえた。

「クリスさん。励ましてくれてありがとうございます」


 ***


 ケンイチは偵察隊メンバーに通話をした。

「こちらケンイチ。ミーティングで話したように、

 偵察の第一目的は妨害電磁波の発信場所を見つけること。

 そして第二の目的はそれを止める方法を探すことだ。


 しかし、それらより一番優先するのは五機全機が無事に帰ることだ。

 万が一テロ組織と遭遇した時は、逃げられるならば、逃げの一手を取る。

 皆聞こえてるか?」


 次々にメンバーから了解との応答が入る。

ケンイチは続けて<シカゴ>に呼びかけた。

「こちら渡り鳥隊。出発準備ができたので発信する」


 通信はテロ組織に傍受される可能性も有るため、偵察隊は『渡り鳥』、

護衛隊は『ひな鳥』、<シカゴ>と<ジェノバ>は父鳥と母鳥との

暗号名を使うことになっている。


「こちら父鳥、渡り鳥の出発了解した」

父鳥のパイロットは男性の声だった。

ケンイチは双子のコッコネン兄弟の声を聴き分けられなかったが、

弟のマティアスは<ジェノバ>つまり母鳥のパイロット交代要員のはず

なので、父鳥の通信は兄カレルヴォが当直担当のはずだ。


渡り鳥隊の五機は<止まり木>を飛び立ち、低速で警戒しながら

コロニー群へと向かった。


  ***


 正面に見える小惑星エルドラドは、小惑星と言っても縦横数十キロある。

近づくにつれてその威圧感がますます強くなった。

エルドラドの表面の各所には、かつて軌道修正を行った時の巨大推進機が

ずらっと並び、大昔の大偉業の跡を残している。


 ケンイチはマリーが説明してくれたエルドラドをこの場所に設置した

歴史を思い出していた。かつて人類は、コロニー等の建設に必要な

大量の金属や、機器類の製造に必要となるレアアース類を多く含んだ

この小惑星を捕らえて鉱山天体とすることにした。


 小惑星と言っても人間から見れば巨大な天体にしか見えない。

それをL4に移動させて安定させるという大事業が成功したことで、

宇宙進出に必要な資源を、確保することができたことは理解してたが、

近づくにつれて本当にこんな大きなものを、人類が動かせるのかとの

驚きを改めて実感していた。


 ケンイチのヘルメットにソジュンの独り言が聞こえた。

「こんなでっかいものを、よくもまぁ、持ってこれたもんだなぁ‥‥」

「ああ確かに。すごいよな」


 渡り鳥隊は見えない場所で活動しているかもしれないテロ組織の

スペース・ホークといきなり鉢合わせするリスクを避けるために、

小惑星エルドラドから少し距離を取ったまま迂回するコースを選択し、

西側へと回り込んで行く。 


「こちらソジュン。えーっと、妨害電磁波はあのコロニー……えーっと

 <イーストホープ7>の向こう側、もしくはコロニー内から出ている」

「ケンイチ了解。警戒しながら<イーストホープ7>を回り込むぞ」


 五機は編隊を維持したままコロニーを回り込むコースを取り、

ケンイチは親鳥に連絡した。

「こちら渡り鳥。親鳥へ連絡。島の西側、ターゲットコロニーを回り込む」

「ザザ……通信…ザザ…が悪くなってザザザ……ザザ…気を付けるように」


 <シカゴ>からの通信は、すでに半分も聞こえなかったが、それは確実に

妨害電磁波の発信元に近づいている兆候でもあり、通信ができなくなるのは

織り込み済みだ。

渡り鳥こと偵察隊はそのままコロニーを回り込むコースを維持した。


 ***


 妨害電磁波が強すぎて、もはや計器類が役に立っていないので

ソジュン・パクはもう見るのを諦めていた。

「こちらソジュン。妨害電磁波が強すぎて発信元が宇宙港の中なのか、

 コロニー外なのかじぇんじぇん分からない。

 この辺りには間違いないけど」

「こちらケンイチ。了解。あとは目視で探すしかないか」


 コロニー<イーストホープ7>は、トロヤ・イーストのコロニー群の

中では少し小ぶりだが、それでも最大一千万人は暮らせるはずだ。

ダブルハル円筒型のコロニーはゆっくりと回転をしている。


 外見からは何も異常は無いが、円筒形の回転軸中心にある宇宙港を

出入りする連絡艇などの宇宙機は全く無かった。


 宇宙港の入り口が見える側まで回り込んだが、中は暗かった。

通常なら明るい照明が有るはずだ。太陽光の差し込む部分だけしか

見えず、奥までは良く見通せないことが分かった。


 ケンイチからの通信が入る。

「全機で宇宙港に入ると、港の出入り口を封鎖されると危なくなる。

 フェルとソジュンは外で周囲を警戒してくれ。俺、クリス、ヴィルの

 三機で 宇宙港に入る」

「ソジュン。了解でーす」


 ***


 ソジュンが見つめるモニターには、マーズ・フェルコン三機がゆっくりと

宇宙港に向かって行くのが見える。周辺警戒と言ってもレーダー画像は

全く役に立たないホワイトノイズ状態だ。

 有視界モニターだけが頼りで、マルチモニターに機体の全周囲のモニター

映像を出してチェックしたが、何処にも怪しい動きは見えない。

自機のやや後方にンボマ機が見えるだけだ。


 コックピット内のマルチモニターを順番に見ていたが、

あるモニターで遠くに見える星がひとつ一瞬消えたような気がした。

ソジュンはもう一度よく見ようと目を凝らしたが何もなかった。


 なんとなく少し気になり、何かざわざわする感覚を覚えた。

—— これは緊張のせいだろうか? —— 


その時、また見えていた遠くの一つの星の光が見えなくなった。

「ん? 何だ?」


  ***


 カネムラ機は三機の先頭で<イーストホープ7>の宇宙港に入った。

連絡艇や小型の物資輸送機が沢山駐機しているが人影はない。

—— 気持ち悪い。まるでゴーストタウンだな ——


「こちらヴィルです。何も動いていないですね」

「ああ。だが気を付けろよ。クリスは後ろもよく警戒してくれないか」

「クリス了解です」

 宇宙港の中に少し入ったとき、ヘルメット内に大きな轟音がとどろいた。


「わぁぁ!ゴッ…」フェルの叫び声につづいて大きな音。通信が途絶えた。

「ソジュン何が有った? おいフェル大丈夫か?」

ケンイチは通信しながら急反転をして宇宙港の出口に機首を向ける。


 急いで宇宙港から飛び出した三機の目の前に、マーズ・ファルコンの

残骸が漂って来た。

—— なんてこった!  ——


 主翼の前側の付け根、つまりコックピット部から前は無残に引き

ちぎられたように無くなって、複座の後ろ側の部分がむき出しに

なっている。明らかに爆発したような感じだった。


「機体番号0131です。パク副隊長機が大破してます!」

ヴィルが叫んでいた。


「ソジュン! 応答しろソジュン! 無事なのか?」

—— くそう! ンボマ機はどこだ?  ——


「こちらクリス。六時方向。下二十度。

 ンボマ機が激しく回転しながら遠ざかっているわ」

「フェルディナンさん。フェルディナン・ンボマさん」

ヴィルが焦った声で呼びかけているが応答は無かった。


「クリスはフェルの救出へ! ヴィルは周囲警戒と通信の中継を!

 俺はソジュンを探す」

「了解!」ライムバッハ―機とガーランド機は向きを変え急加速して、

遠ざかっていくンボマ機の方向に向かった。


 ケンイチはソジュン・パク機の前部座席を含む機首部が何処かに

吹き飛んで、その中でソジュンが無事でいることを願いながら、

パク機の機首部を有視界モニターを前後左右切り替えながら探した。

レーダー画面が使えないのがもどかしかった。


  ***


 <シカゴ>の周囲警戒をしている護衛隊のクローデル機のコックピット。

通信チャンネルは開放しているものの、ヘルメット内にはホワイトノイズの

音だけが鳴り続けている。

偵察隊の通信が聞こえなくなってから暫く立っていた。


その時、ホワイトノイズに紛れているが、はっきりと

何かの轟音が聞こえた。

—— 今の何の音?  ——


 ホワイトノイズの中で良くわからなかったが、なぜか、ほんの一瞬だけ

偵察隊のやり取りがはっきり聞こえた。

「……副隊長機が大破して……」ヴィルの声?

「…ソジュン何が有った? おいフェル大丈夫……ザザザ」ケンイチだ。

通信は再びホワイトノイズだけになった。


「こちらジョンです。マリーさん! 

 偵察隊に何かあったに違いありません。救援に向かいましょう!」

ジョンの声は真剣ですぐにでも飛び出して行きそうな雰囲気だ。


「ダメよジョン。こっちは親鳥の護衛が優先よ。周囲を警戒して」

そう言いながら、マリーも拳を握り締めていた。

自分だってすぐに救援に行きたかった。


仲の良いケンイチやソジュンが確実に何かに巻き込まれているようなのだ。

—— どうする? —— 


 一瞬迷ったマリーのヘルメットに通信が聞こえる。

「こちらオットー。ひな鳥各機へ。急ごしらえだけど通信の中継探査機

 ができた。もう少し通信が拾えるようになるかもしれない。

 いま母鳥から発進させる」


 オットーの通信に続いて、<ジェノバ>の後部ハッチが開き

アンテナを広げた小さな探査機が飛び出すのが見えた。

小型の探査機はエアジェットを吹いて、小惑星エルドラドの方向に

向かい始める。


 また別の通信が入った。

「こちら父鳥。前方のコロニー<イーストホープ2>内で動き有り。

 繰り返す。前方のコロニー内動き有り。注意せよ」

<シカゴ>のパイロットのカレルヴォ・コッコネンの声だ。


 マリーが有視界モニターの映像を拡大すると、

確かに<イーストホープ2>の宇宙港から作業用の宇宙機が何かを

曳航しながら出て来るのが見えた。

—— 民間機? 何を曳航しているの? ——




次回エピソード> 「第33話 ひな鳥の叫び」へ続く

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