第31話 調査開始
トロヤ・イーストに近くなり、妨害電磁波が強くなって、
火星との通信も完全にできなくなると、メンバーの緊張も徐々に高まった。
サルダーリ大佐、オットー、ケンイチ、マリー、ソジュンの五人は
<シカゴ>の大統領区画にある特別会議室でトロヤ・イーストへの
アプローチ方法を相談する。
マリーの提案通り、火星とは反対側の太陽側に回り込んでから、
トロヤ・イーストに接近をして、ある程度の距離から光学系望遠鏡で
調査をすることにした。
太陽側に回り込むのは、太陽光を背景にしたほうがトロヤ・イーストから
同じように光学系のカメラなどで発見されるリスクを減らせるという
マリーの天文学者らしい意見だった。
***
大統領機<シカゴ>と輸送船<ジェノバ>はトロヤ・イーストから
太陽側にかなり離れたポイントに到着した。
調査隊の第一目的はテロ組織の制圧ではない。まずは安全な距離から、
<シカゴ>の高性能望遠鏡でトロヤ・イーストの状況を詳細に調査する。
万が一こちらの位置を把握されたとしても、簡単には襲撃されない
この遠距離からの観測をしばらく行うこととなっていた。
調査の第一優先事項は、SG3の大部隊が到着するまでの間に、
トロヤ・イーストのコロニーや市民が無事なのかどうかを調べることと、
妨害電磁波の発生源は何処なのかなど、基本的な調査を行うことであった。
<シカゴ>の高性能望遠鏡が捉えた映像中央部に、いびつな形の
小惑星エルドラドが見え、こげ茶色の塊が太陽光を受けて鈍く光っている。
小惑星は周囲に不気味な威圧感を振りまいていた。
周辺に点在する十数機のコロニー群は、疑似重力を発生させるために、
ゆっくりと回転し、高性能望遠鏡の観測では何も異常は見当たらない。
ただし、動いている宇宙機や作業艇が全く見えないという点が
唯一異常な点と言えた。
本来ならば小惑星エルドラドの鉱山開発をするために、
各コロニーとエルドラドの間を行き来する連絡艇や、発掘した鉱物の
運搬の輸送機が飛んでいるはずだ。
それらが一つも見えないため、コロニー群だけが静かに回転している。
人々に放棄されたコロニーが、自動運転によって動いているだけの
ゴーストタウンのように見え、それが異様な雰囲気を醸し出している。
また、SGTEの指令本部となっていた宇宙ステーション
<エルドラドベース>は、やはり何処にも見えず、あの動画に映っていた
ブルー・ホエール型の巨大無人輸送船<ヤンゴン>も見つけることは
できなかった。
ジェラルド・サルダーリ大佐は、コロニー群に大きな損傷が見られ
ないことから、テロ組織が大きな戦闘をすることなく、コロニー群を
掌握したものと判断をした。
それは言い換えれば、相手勢力は多数のコロニーを一度に抑えられる
規模だったか、何らかの別の手段を保有していたことになる。
このまま不用意に近づくと、わずか十二機の護衛機しかない調査隊は
大量の敵に囲まれて、一気に制圧されてしまう恐れもあった。
ウィルソン大統領は、住民の状態を早期に把握することを望んでいたが、
サルダーリ大佐とデイビス補佐官が、ここは慎重に安全を確認すべきだと
大統領を説得し、数日間はこの遠距離からの観測を続けることで決定した。
***
トロヤ・イースト調査五日目 朝。
調査隊は遠距離からの観測を続けていたが、依然として一機の宇宙機も
動いている所を発見できず、新しい情報はほとんど得られていなかった。
流石にこの遠距離からの観測だけでは埒が明かないと判断した大佐は、
明日以降、もう少しトロヤ・イーストに近づいて調査をするために、
護衛機がいつでも稼働できるように<ジェノバ>に格納されている
マーズ・ファルコンの組み立てを命じた。
午前十時。<シカゴ>のエアロック前にファルコン隊十二名と、
機体整備員のディエゴとヒロシ、パイロットのアーロン、
そしてオットーの合計十六名が集合した。
エアロックから外に出る前にオットーが注意事項を説明した。
「この居住区は疑似重力を発生させるために、<シカゴ>本体から
切り離されて、ワイヤーを非常に長く伸ばした状態で回っています。
つまり、エアロックで居住区の上に出ると、真上の遠くに
<シカゴ>本体が見えます。
連結ワイヤーに命綱をかけてバーニアで上昇して本体まで行きますが、
命綱を確実に付けないと宇宙の果てまで飛ばされてしまいます。
十分注意してください」
そう言うとオットーはヘルメットのバイザーを閉めエアロックに入った。
エアロックは数名ずつしか入れない大きさなので、オットーに続いて
ケンイチ達数名だけが入る。
レオナルド・カベッロはエアロックに入る二グループ目になった。
オットーの説明が今一つイメージできず少し不安だったが、
横を見るとマリー・クローデル副隊長も一緒だったので少し安心する。
エアロックの気圧調整が始まり、スーツが少し膨らむ。
気圧調整が終わるとエアロックの天井部分が開いた。レオがエアロックの
壁に付いている梯子を登って天井から出ると、皆をサポートするために
エアロックの外で待っていたオットーが、<シカゴ>本体と居住区の
連結ワイヤーを指さして命綱をかけるように指示していた。
「ワーォ!」 レオは上をみて思わず叫んだ。
連結ワイヤーの遥か上のほうに<シカゴ>本体が小さく見え、
その場で、ゆっくりと回転しているのが見える。
ただし、良く見ると周囲の星も一緒に回っているので、回っているのは
自分自身の立っている居住区部分のほうだと、頭では理解できるが、
感覚的には、どうなっているのか、わかり難かった。
最初にエアロックに入ったメンバーが、バーニアを吹かして上昇して
行くのが連結ワイヤーのかなり上の方に見えた。
「レオ! 行くわよ」レオの後に続いてエアロックから出てきたマリーが、
景色を見て驚いているレオの背中をポンポンと叩いて促した。
スーツのベルトから命綱を引き出し、先端のフックを連結ワイヤーに
掛けてバーニアを吹かし上昇を始める。
宇宙空間にピンと張られた連結ワイヤーに沿って飛び、上昇を続けると
徐々に遠心力が少なくなり、バーニアでの上昇速度が速まるのが分かった。
<シカゴ>の本体に近づくと、カネムラ中隊長が機体本体に立って
待っている。ヘルメットの通信で命綱を連結ワイヤーから外して本体に
着陸するように伝えてきた。
レオは指示通り命綱を外し、バーニアを吹かして<シカゴ>本体に
降り立った。
「レオ。あっちだ」中隊長が<シカゴ>の後方に見えている
<ジェノバ>を指さした。
レオは指示されたように<ジェノバ>の方に飛び出した。
<ジェノバ>の後部に近づくと、パイロットのアーロンが後部ハッチを
開けて、マグネットシューズで貨物室に仁王立ちし、レオに話しかけた。
「マリーさんはまだか?」
「すぐに来ます」レオは自分のすぐ後ろを指さした。
「彼女のマーズ・ファルコンを出してくれないと何にもできねぇんだよ」
アーロンが指さした貨物室中央には、クローデル機が駐機してある。
「はいアーロン。お待たせ」
マリーの声が聞こえたので、レオが振り返ったが、すでにマリーはレオの
頭上を飛び越えており、自分の機体のコックピットの方に飛んで行った。
***
クローデル機が発進して出て行き、少し広くなった貨物室に、
メンバーが集合する。オットーは、格納庫の横に積上げて有った金属の
太くて長い角柱状の部材十数本を、鎖で連結しながら宇宙空間に
搬出するように指示をした。
作業を手伝いながらアーロン・フィッシュバーンが質問した
「おい。ブラウアーさんよ。
この太い角柱材を何に使おうっていうんだ?」
「<止まり木>ですよ。ファルコンの」
「<止まり木>って何だよ」
「ここにはダイモスのように、作業用のプラットフォームが無いでしょ。
だから多数のマーズ・ファルコンがこの角柱に駐機できるようにする
んです。鳥が枝につかまるようにずらっと並ぶはずなので、
<止まり木>って呼ぶことにしました」
「別にこんな角柱を使わず、ワイヤーで連結すればいいじゃないのか?」
「ワイヤーで連結しちゃうと、途中の一機だけ出動するのが面倒ですし、
メンテナンスもし難いんですよ。この角柱には駐機フックや整備員が
足を固定するためのバーも取り付けてありますからね。
簡易的な物ですが便利だと思いますよ」
オットーたちは<止まり木>の角材を全て宇宙空間に出し終わると、
二列に整列させて、その間にも何カ所かを角材でつなぐことで、
まるで巨大な縄梯子風のものに仕上げた。
最後に<ジェノバ>に近い側の端部を、<ジェノバ>の後ろに連結した。
その後、全員で協力しながら分解して格納している七機の
マーズ・ファルコンを格納棚から引き出し、格納庫内で一機ずつ
組み立てを開始する。
組み立て終わったマーズ・ファルコンが順番に飛び立ち、<止まり木>
にずらっと駐機していく。
機体整備員のディエゴ・マリアーノと、ヒロシ・サエグサは、
ファルコン隊メンバーにも手伝ってもらいながら、駐機中の機体に
燃料水を入れ、さらに各機のパイロンにはミサイルを搭載していった。
マーズ・ファルコン各機には、宇宙空間でも発火できるフレアを
バラまくことのできるフレアミサイルを二本と、通常の隕石迎撃に用いる
ミサイルを二本ずつ搭載することにした。
SG4の通常ミサイルは追尾型ではないので、相手機に回避行動を
されたら何の効果も無いが、そうやって回避行動をさせることで、
攻撃態勢を一時的に崩すのには有効だろうとの狙いがあった。
***
ケンイチは<シカゴ>にコバンザメ方式で駐機していた自機についても
ミサイルを搭載するため、<止まり木>駐機場に移動しようとしていたが、
輸送船の後ろにずらっと並んだマーズ・ファルコンを見下ろして思った。
—— まるで母鳥の後を追いかけるひな鳥の群れだな ——
ファルコン隊の出撃準備が全て完了したのは、機内標準時間で夜八時を
回っていた。万が一、敵が襲ってきた時に体力を残しておくため、
大佐はファルコン隊メンバーは<シカゴ>に戻って疑似重力発生中の
居住区でゆっくり休むように命じた。
またアーロン・フィッシュバーンと交代で<ジェノバ>の当直ができる
ように、コッコネン兄弟の弟のマティアスが<ジェノバ>のパイロット
交代要員として任命され、アーロンと順番に当直することになった。
***
トロヤ・イースト調査 六日目。
この日、<シカゴ>は非常時に備え、居住区の自航回転を止めて
大統領機本体に収納した。
大統領機<シカゴ>と輸送船<ジェノバ>は昨日までの場所から
トロヤ・イーストのコロニー群まで約半分ほどの距離にまで近づいた。
コロニー群に近づいたことで、かなり詳細に観察できるようになり、
コロニーの宇宙港内の観察なども始めた。
また、そのほかにも妨害電磁波の発生源を突き止めるため、小型の探査機を
周辺の通信が届く範囲にいくつか発進させ、場所ごとでの電磁波の強度や
位相差を調べるための詳細測定を開始した。
小惑星エルドラドの手前には、コロニー群のうちトロヤ・イーストで
最も大きい<イーストホープ1>と、その手前には少し小ぶりな
<イーストホープ2>が良く見えていた。
***
トロヤ・イーストのコロニー群は、ダブルハル円筒型とも呼ばれる
一般的な円筒型コロニーである。
数キロの直径を持つ円筒の外壁の内側に、数百メートルの空間を挟んで
円筒の内壁が有り、その外壁と内壁に挟まれた数百メートルの空間内が
居住区域となる。
円筒型の外壁と内壁を有することからダブルハル円筒型と呼ばれている。
宇宙移住以前の時代には、シングルハルの巨大円筒の内部全体に
空気を満たして一気圧にする円筒型コロニーも考案されていたが、
回転による疑似重力は外壁部でしか適正重力を得られないのに、
膨大な空気を充填する必要が有るため非現実的と判断され、
宇宙移住初期から全く採用されなかった。
また、小天体雲が太陽系と衝突を始めてからは、巨大空間を持つ
コロニーは、隕石衝突による穴で一度に多くの損害を受けることから、
安全性確保のためにコロニー内部も有る程度の空間ごとに隔壁を設ける
必要が有り、その意味でも隔壁を設けて小区画に分割しやすいダブルハル
円筒型が最も一般的なコロニーとなっている。
円筒の回転中心軸付近にはもう一つ小さな円筒が有り、その中は宇宙港に
なっている。コロニーの居住区部からはいくつかのブレースが円筒中心の
宇宙港まで伸びていて、ブレース内部のエレベーターでコロニーの
居住区画と宇宙港を行き来できるようになっている。
***
望遠鏡での目視観測を担当していた女性パイロットのタマーラからは、
本来なら、<イーストホープ1>の宇宙港内にあるSGTEの機体整備場
の付近に多数駐機しているはずのスペース・ホークが見当たらないことが
報告された。
テロ組織によって略奪され場所を移されたのかもしれないと
推測はできたが、それらが何処にも飛んでいる姿が発見できないことの
説明は難しかった。
なお、宇宙港内にも人々の活動は全く見られ無いとの報告がだった。
一方、オットーとソジュンによる電磁波測定の分析の結果、
小惑星エルドラドの西側方向から妨害電磁波が出ていることが判明する。
妨害電磁波の発生場所をもう少し詳細に突き止めるために、
<シカゴ>と<ジェノバ>はトロヤ・イーストからの中距離を保ったまま、
西側方向へと移動を行いながら三日間ほど観測を継続した。
その結果、おそらくコロニー<イースト・ホープ7>の近くに
妨害電磁波の発生場所が有るとの結果が得られた。
次回エピソード> 「第32話 渡り鳥の旅」へ続く
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