第30話 自航回転式居住区 

 居住区画に疑似重力が発生して安定すると、各自は自室に戻って

休憩していたが、少しして、サルダーリ大佐から出発式を行うので、

全メンバーはサロンに集合するように命令が有った。


 出発式では、大統領とサルダーリ大佐が簡単に挨拶を行い、その後は、

夕食を兼ねてサロンでの立食形式のパーティーへと移行した。


 サルダーリ大佐は、現地到着後は危険を伴う任務となるだろうから、

メンバー間の信頼関係を構築するのも重要なことだと考え、自由に話が

できる立食パーティーを大統領に提案していたのだ。


 SGでは任務中のアルコール摂取は禁じられていたが、ノンアルコールの

シャンパンで乾杯したあとは、大統領や大佐はメンバー一人一人と話を

しようと回りながらフランクに話しかけて回った。


 ケンイチがAAにファルコン隊と大統領と補佐官の記念撮影をして欲しい

と頼み、サロンの一角でメンバーが集まって大統領を取り囲んだ。


 リサ・デイビス補佐官が、自分は入らなくて結構ですと手を振って

逃げようとしたが、大統領がそれを引き留める。

「リ~~サ~~」


 その声色が面白かったので、レオとジョンが顔を見合わせて真似をした。

「リ~~サ~~」

他のファルコン隊のメンバーも声を出してデイビス補佐官に中に加わる

ようにリサコールを始めると、補佐官は降参したというように

両手を上げて、大統領の横に来る。


 おちょうし者のジョンが、さっそく音頭を取る。

「じゃぁ皆さん。シャッターの合図は、リ~~サ~~で行きますよ! 

 AAさん。撮影の用意いいですね」

メンバー皆が笑いながら、一同で大きな声でリサコールをした。

「リ~~サ~~」

AAが撮影した写真にはファルコン隊十二名と、大統領と補佐官の

とびきりいい笑顔が並んでいた。


 ***


 出発二日目から現地に到着するまでの数日間の間、ファルコン隊の

メンバーは時間を無駄に過ごさないように、毎日数時間は、勉強会に

時間を費やしていた。


 天体運動学の博士号を持つマリー・クローデルからはトロヤ・イーストの

あるラグランジュ・ポイントについての講義や、人類が小惑星エルドラドを

L4に誘導して、鉱山開発してきた歴史を学ぶ。


 また、調査隊の任務の準備としてトロヤ・イーストのコロニー群の

配置図を覚え、自分たちの作戦領域を良く把握したり、現地での作戦時の

空間座標のコール方法などを学んだ。


 そして宇宙機工学の博士号を持つソジュンと、SG3宇宙機開発研究所の

主任研究員であるオットーからは、宇宙機に関する講義が有った。

この宇宙機に関する講義には、機体整備員のディエゴ・マリアーノと

ヒロシ・サエグサも加わり、かなり専門的な内容までを学習する。


 調査隊の任務に必要な知識として、テロ組織が運用しているであろう

スペーステクノロジー社製の防衛機であるスペース・ホークと、

マーズ・ファルコンの飛行性能の違いや、テロ組織が開発したらしい

追尾型のミサイルについての予測性能なども学んだ。


 スペース・ホークが撃墜された時の動画からは、追尾型ミサイルは

おそらく赤外線ホーミング型の熱を感知して追尾するタイプだろうと

分析されていた。


 その追尾型ミサイルを欺瞞するために、フレアという熱源を撒き散らす

フレアミサイルが急遽製作され、<ジェノバ>に積み込んである。

ファルコン隊メンバーは、その具体的な使い方などを、オットーが

準備したシミュレーション映像を元に事前学習をした。


 それから、スペース・ホークとのドッグファイト時の参考として

加速性能の差や、運動性能の違いを詳しく学ぶ。


「じゃぁ。スピード勝負では負けるけど、ドッグファイトでは

 こちらが有利と考えていいのか?」ケンイチが質問する。


 オットーが答えた。

「スペース・ホークの加速性能がやや有利というのは、中のパイロットを

 考慮しない場合です。

 通常はパイロットが耐えられない加速度は出さないよう制御されて

 います。もし制御を外すと、搭乗するパイロットの耐G能力の差になる

 とも言えるでしょう」


「そういうことだから、人間の限界を超えたタークサイドKKの機体の

 加速力が、一番早いんだよ」とソジュンがケンイチをからかった。


「ただマーズ・ファルコンのほうが翼が有る分だけ的が大きいですからね。

 ドッグ・ファイトでもビーム砲の直撃を受けやすいとは言えます」

オットーは真面目に話を続けていた。


 アレクセイ・マスロフスキーが手を挙げて質問した。

「オットーさん。ビーム砲で直撃されると、機体は爆発するんですか?」

「場所によります。核融合エンジンや、搭載しているミサイルに当たると

 爆発の危険性が高いですが、それ以外の場所では爆発はしません」

とオットーは即答した。


 オットーはタブレットを操作して動画を探してから、皆に見せた。

「これは、宇宙機開発研究所での試験映像です。ビーム砲が金属パーツの

 多い機体に当たるとこうなります」


 タブレットの試験映像では宇宙機のボディーの一部のような金属板に

ビーム砲が照射されて、表面で眩しい光が放たれたあと、人の頭の大きさ

ぐらいの穴が開く所が映っていた。


「機体表面の金属は一瞬で液化して蒸発されますが、延焼が横に広がるわけ

 では無く、隕石のように崩れて崩壊することも有りません。

 機体の内部に何が有るかにもよりますが、殆どの場所ではこのような

 貫通孔が開くことになります」


「じゃぁ機体はすぐにバラバラにはならず、大統領の言うように殺し合いを

 避けて、相手機を行動不能にすることもできるということですか?」

とアレクセイ。


「機体が爆発しなくても、コックピット直撃だと搭乗者は死んじゃうね」

ソジュンが応えると、オットーが続けて補足をする。


「ええっと。あの顔合わせ会で、大統領の発言を聞いてからずっと考えて

 たんですが、コックピット、核融合エンジンの周囲、そして搭載している

 ミサイルを避けたら、パイロットは即死はしないと思います。


 ただし、機体が制御不能になって宇宙空間で長く漂流をしたらダメです。

 機体の酸素供給装置等が停止していたら、パイロットスーツの予備酸素

 とバッテリーが持つ間しか生き延びられません」


 次はレオナルド・カベッロが手を挙げて質問した。

「オットーさん。それは、こちら側、つまりマーズ・ファルコンにも

 同じことが言えるのでしょうか?」


「そうですね。爆発したらアウトという点は同じなんですが、

 マーズ・ファルコンはガタイが大きいので、分解輸送して現地で

 組み立てる思想で設計されています。


 そのため、ある部位のコントロール系が遮断されても、

 他の部位は、かなり機能するようにできてます。

 だから、どこかを撃たれても、ある程度の操縦は可能ですし、

 航行不能になったとしても生命維持装置系統が全く動かなくなる

 ことは少ないかもしれません」


  ***


 勉強会の時間以外はのんびりと過ごす数日間だった。

 ケンイチがベッドに寝転んでいると、クリスの声が聞こえてきた。


「みなさーん。お茶の時間ですよ。

 美味しいお茶を入れるから休憩室に集合してね」

「お、クリス姉さんのお茶タイムか。いいねぇ喉が渇いてたんだ」

とフェルが立ち上がり、アレクセイ、ソジュン、ケンイチもそれに続いた。


 クリスティーン・ライムバッハーはケンイチ達に次ぐベテランだが、

母親のように世話を焼いてくれるところが有る。

当直業務時の長い待機時間には、進んでお茶を準備し『お茶会』で

皆の親睦を深めようとしてくれている。


 ファルコン隊の休憩室にしたコンパートメントに向うと、

通路の向こう側にある小さなキッチン区画から、ダミアンとシンイーが

お盆にティーカップを沢山乗せて運んできている所だった。その後ろから

大きなティーポットを持って、クリスとハリシャが歩いて来ていた。


「クリスありがとう。キッチンからコーヒーポットも持ってこようか?」

「ケンイチさん。この匂いを嗅いでも、まだコーヒーって言うの?」

クリスが持ち上げた大きなティーポットからは、甘い香りが漂ってきた。


「わぁ。何だかすごくいい香りだね」


「ケンイチさん。ここは流石、大統領機よ。キッチン区画に本物の紅茶の

 茶葉が沢山あるの。AAに聞いたら自由に飲んでいいって言ったわ。

 いつもの人工合成の紅茶とは比べ物にならないぐらい美味しいわよ。

 今日はコーヒーじゃなく紅茶の香りを楽しみましょうよ」


「うん。そう聞いたら俄然その紅茶が飲みたくなったよ」


 休憩室一室に十二人が入るとやや狭かったが、四つのベッドに二人ずつが

腰掛け、中央のテーブル周りに四つの椅子を並べ、ファルコン隊のお茶会が

始まった。クリスが皆に紅茶を注いだカップを配りながら言った。


「わぁ。これすごく美味しい」紅茶を一口飲んだシンイーが声をあげた。


「家でクッキーも沢山焼いて来たから食べてね」

「クッキーも沢山焼いて来たんだね。クリス姉さんやるなぁ」ンボマは

テーブルの上のクッキー箱を持ち上げて、一枚をとって箱を皆に回した。


「はいこれはダミアンの分」クリスが上のベッドに上がって座っている

ジョンとダミアンにカップを渡しながら話しかけた。


 ダミアンはいつも無口で、誰かが話しかけないとしゃべらないが、

皆と一緒に過ごすのが嫌いなわけでは無く、無言だがニコニコしながら

機嫌良さそうにしていることが多い。


 そのダミアンが受け取った紅茶を一口飲んで、目を丸くしながら言った。

「クリスさん。本当に美味しい。こんな美味しいのは初めて飲みました」


 ジョンは、ずいぶんと驚いた顔で横にいたダミアンを見る。

「お前。クリスさんには単語だけじゃなく、ちゃんと文章で話をするんだな」

「うん」


「はいはい。わかったよ。同期の俺にはいつもその程度の、単語だけで

 十分と思ってるんだろ?」

「うん。そう」ダミアンは楽しそうにニコニコしながら言った。


 いつも仲良さそうな同期二人のやり取りを聞いて皆が笑った。


ハリシャが何か思い出したように言う。

「そう言えばクリスさんギターも持って来てたでしょ? 

 何か演奏聞きたいなぁ」

「えっ? クリスさんってギター弾けるの?」

ヴィルがクッキーをほおばりながら聞いた。


「前に聞かせてもらったことが有るの。とっても上手なのよ」とハリシャ。

「じゃぁ。ギター取って来るわ」クリスが扉を開けて出て行こうとすると、

機体整備員のヒロシ・サエグサが丁度通路に居て、ファルコン隊の

お茶会部屋を覗きながら言った。

「あらぁ。ここ何か楽しそうだねぇ。とてもいい香りがするし」


「あぁごめんなさい。皆さんもお誘いすれば良かったわ。

 ヒロシさん。どうぞ中に入って。

 デイエゴさんやアーロンさんにも声をかけるわ」

クリスはそう言い、アーロン・フィッシュバーン達の入っている

コンパートメントに歩いていった。


 その後結局、休憩室にはモレナール医師、アーロン、ディエゴ、オットー

も来て、ゲスト区画の全員が集まっての楽しいお茶会に広がった。

クリスのギターと歌声がゲスト用区画に響いていた。


♪ 遠い遠い宇宙そらの果て

  夢は広がるどこまでも

  遠い遠い未来へと

  夢は広がるどこまでも

 

  それでも、いつも忘れない

  僕らの心の故郷ふるさと

  青く輝くあの星を


♪ 遠く遠く宇宙そらの果て

  旅は続くよどこまでも

  遠く遠く未来へと

  旅は続くよどこまでも


  それでも、いつも忘れない

  僕らの心の故郷ふるさと

  海の広がるあの星を




次回エピソード> 「第31話 調査開始」へ続く

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