真の闘い
第47話 コロニー解放
トロヤ・イースト調査 十一日目の昼
新たに救助して連れ帰ったハオラン・リュイは、オルロフ兄弟と
合流すると<ジェノバ>で大統領との面談を望んだ。
大統領は<テラ>居残りメンバーのリーダーであるハオラン・リュイの
申し出を受け、<ジェノバ>でサルダーリ大佐とともに面談を行った。
大統領はこれ以上の争いを止め、トロヤ・イースト全域の解放することを
条件に、居残りメンバーを地球には護送せず、トロヤ・イーストで裁判を
受けさせ、その後もトロヤ・イーストの刑務所での禁固とするように
指示することを約束をする。
これを受け、ハオランは複数のコロニーに分散している<テラ>の
居残りメンバーに再度、大統領との約束内容を説明し、各メンバーは
即時全面降伏をするように指示を行った。
***
<シカゴ>に戻ったマーズ・ファルコン隊メンバーが、ランチ休憩を
しているうちに、喜ばしいニュースが次々と入ってきていた。
サルダーリ大佐が、<ジェノバ>にいるSPとパイロットのマティアスを
除く調査隊全員をサロンに集め、その概要報告を行った。
【トロヤ・イーストに向かっているSG3部隊からの報告概要】
・サルダーリ大佐の連絡後、新型ミサイルを無事破棄することができた。
・小型起爆装置が巧妙に隠して有り、明日朝に起爆するようになっていた。
・宇宙機開発研究所のランベルト・ミュラーを逮捕するように月に連絡済。
・ミサイル破棄作業で遅れたが、あと四日でトロヤ・イーストに到着する。
【トロヤ・イーストのティモ・カウペルス知事からの報告概要】
・監禁されていたカウペルス知事、SGTEとTE保安部隊が解放され、
<テラ>の居残りメンバー全員がTE保安部隊に自首をした。
・解放された保安部隊隊員が各コロニーを回りエアロックに仕掛けられた
爆薬を解除するなどして、軟禁状態だったコロニーを解放している。
今日中に全コロニー解放の見込み。
【SGTEのラウラ・ミコラージュ司令官の報告概要】
・ミコラージュ司令官も知事と一緒に刑務所に監禁されていた。
・SGTE隊員やTE保安部隊の中にも<テラ>協力者が多数いて、
主要メンバーと共に逃走した模様。
何名が<テラ>と逃走したのかを確認中。
・SGTEのスペース・ホーク多数や、TE保安部隊の小型保安艇など
多数の宇宙機も盗まれており、こちらも詳細については確認中。
(その他、テロ勃発時について)
・ブルー・ホエール型無人輸送船<ヤンゴン>への物資積込み中に、
スペース・ホーク二機がミサイルで撃破され、若い隊員二名が死亡した。
・このミサイルテロ行為と同時に、各所で<テラ>の協力者が蜂起した。
SGTEとTE保安部隊は、内部に<テラ>協力者が多数いたため
動きを押さえられ、反撃する間もなく無力化されてしまった。
・SGTEの指令本部の宇宙ステーション<エルドラドベース>内では、
乗っ取りを阻止するために一部職員が数区画に立てこもって抵抗したが、
<テラ>協力者の操縦するスペース・ホークが宇宙ステーションの
一部を破壊して脅したため、宇宙ステーションを明け渡すしかなかった。
・<テラ>は無人輸送船<ヤンゴン>に宇宙ステーションを合体させ、
有人での長期間航行を可能とするために、<エルドラドベース>を
乗っ取る必要が有ったようだ。
【SG4アルバート・ヘインズ司令官からの通信】
・作戦が無事に終了したことを聞いて安心をした。
皆への通信動画ファイルは、SG4メンバー全員に見せて欲しい。
「このへインズ司令官の通信動画を見るのは最後に回す」
とサルダーリ大佐が言って、各所からの情報報告を先に行った。
【TE保安部隊スンミン・チャン長官の報告概要】
・<テラ>の主要メンバーがアジトとしていた建物の捜索を行っている。
・PCやあらゆる情報機器が持ち出されるか、破壊されており、
逃亡先などの情報が残っている可能性が低い。
・自首した居残りメンバーは、知っていることは、自供を始めているが、
主要メンバーの逃亡先については、一様に知らないと言っている。
感情読取装置の判定でも嘘は言っていないとの判定であり、
主要メンバーが必要最低限のことしか居残りメンバーに伝えてなかった
と推察できる。
・世界政府からの完全な独立が最終目標であり、できるだけ戦闘を避け、
遠くに逃げ切る時間を稼ぐため、妨害電磁波発生装置などを残して、
居残りメンバーにその守りを固めさせたということも、
居残りメンバー全員の証言が一致していた。
(そのほか、調査隊が救助した三人の受け渡し等について)
・本日の夕刻には、TE保安部隊の保安艇にて<ジェノバ>に向かい、
三人を引き取れる予定。ウィルソン大統領より、居残りメンバーを
地球圏への護送はしないように指示されているので、
<イーストホープ7>の刑務所に集めて裁判まで拘留する予定。
***
大佐はここまでに入った情報を説明し終わると、これまでの事務的な
固い報告とは別人のような、温和な口調で続けた。
「それでは最後に、SG4ヘインズ司令官の通信動画を見ることにしよう」
大佐は司令官の通信動画をサロン内のホログラム投影機にリンクさせた。
アルバート・ヘインズ司令官のにこやかな顔が大写しになった。
「調査隊の皆さん。作戦の成功をお祝いする。
怪我をしたというネール君とンボマ君も、命に別状はなく、
後遺症も残らないとのことなので安心した。
皆が無事に火星に帰ってくるのを楽しみに待っている」
その後、通信動画では、ヘインズ司令官は調査隊メンバーの家族には、
全員が無事なことを連絡したということや、SG4の他の中隊が
第一中隊が抜けた穴を埋めるために、休日を減らして当直任務に
対応している状況などを伝えた。
「それから、もう一点報告することが有る」
と司令官が言うと、動画が切り替わった。
ホログラム映像には、寝ている赤ちゃんを抱くコニー・ンボマが現れた。
「はーい。あなた。あなたのベイビーよ」
コニー・ンボマと赤ちゃんの顔がズームアップされると、
大統領機のサロンでメンバー全員から大歓声が上がった。
フェルディナン・ンボマは予想していなかった展開に驚き、
ホログラム映像の方向に、よろよろと歩いていく。
「コニー。コニー。俺の。俺達の…ベイビーなのか?」
フェルが、さらに赤ちゃんを抱くようにホログラム映像に近寄ると、
映像の赤ちゃんが突然目覚めて激しい声で鳴き始めた。
フェルは尻もちをつくぐらい驚いて手を引っ込めて、慌てて言った。
「ああ。驚かせてごめん。ごめん」
ホログラム動画の再生映像なのに、赤ちゃんの泣き声に動揺している
フェルディナン・ンボマのうろたえように、周囲のメンバーは
笑いながらも祝福を示す拍手を続けた。
***
トロヤ・イースト調査 十一日目の夕刻。
TE保安部隊の保安艇三機と囚人護送機が<シカゴ>と<ジェノバ>の
いる宙域に到着した。調査隊側はジェラルド・サルダーリ大佐、ケンイチ、
アーロンの三名が<ジェノバ>の後部ハッチ付近で出迎える。
TE保安部隊スンミン・チャン長官が、保安艇一機から小型バーニアを
吹かして、<止まり木>に並んでいるマーズ・ファルコンを横目で
眺めながら<ジェノバ>の貨物室まで飛んできた。
小柄な体つきだがきびきびとした動作で、後に続いて飛んできた
保安隊員を指揮して、後部ハッチ付近に整列をさせた。
チャン長官は大佐に右手を出し、握手をしながら挨拶をした。
「ジェラルド・サルダーリ大佐ですね。
TE保安部隊長官のスンミン・チャンです。
この度はコロニー解放にご尽力いただきありがとうございました」
長官と大佐が挨拶している横で、ケンイチが保安艇のほうを見ていると、
チャン長官や保安部隊員が乗って来たのとは別の保安艇からは、
SGTEのパイロットスーツの長身の女性が、民間用スーツの恰幅の
良い人をサポートしながら降機した。
二人は小型バーニアを吹かして、ゆっくりと<ジェノバ>に向かって
来ていたが、SGTEのスーツの長身女性は、あちこちを損傷して
応急処置で直しただけのマーズ・ファルコンにとても興味を持ったらしく、
飛びながらじっくりと観察していた。
<ジェノバ>の後部ハッチまで来ると、民間用スーツの恰幅の良い人が
サルダーリ大佐に挨拶をした。
「トロヤ・イーストのティモ・カウペルス知事です」
続いて、SGTEのスーツの長身女性が敬礼をしながら挨拶をした。
「お久しぶりです。サルダーリ大佐。
SGTE司令官ラウラ・ミコラージュです」
ミコラージュ司令官は、月での会議の時にジェラルド・サルダーリ
大佐と会ったことが有るとのことだった。
ケンイチもチャン長官、カウペルス知事と順番に挨拶したあと、
ミコラーシュ司令官と握手を交わした。
貨物室に入ったためミコラーシュ司令官のヘルメットのバイザーの
調光状態が変化して透明に近くなり顔が見える。
二十歳以上は歳が上のはずなのに若々しく、きりっとした印象だった。
「あなたが、サルダーリ大佐のレポートに有った
マーズ・ファルコン隊のリーダーね」
「初めまして。SG4第一中隊中隊長のケンイチ・カネムラです。
よろしくお願いいたします」
「敵味方双方に一人も戦死者を出さずに、<テラ>を制圧したと書いて
あったけど、火星ではいつもドッグファイトの訓練を行っているの?」
「いえ、とんでもない。隕石迎撃に必要な飛行技術を向上させるための
訓練は行いますが、対有人機の訓練は、調査隊の出発前に少し行った
だけです」
「それだけで、これほどの戦果を? 今度、SGTEの若手を火星に
訓練研修に行かせないといけないわね」
「私達はマーズ・ファルコンの運動性能に助けられただけですから。
でも、もしもSGTEから訓練研修に来られるなら大歓迎しますよ。
合同訓練はSG4の若手達にもいい経験になりますし」
「それでは、今度計画を立ててみるわ」
ミコラージュ司令官は、軽く敬礼をしてケンイチと別れ、サルダーリ大佐
達と共に貨物室奥に進もうとしたが、立ち止まって振り返った。
「…カネムラ中隊長。もしかして出身大学はツィオルコフスキー大学?」
ケンイチは突然違う話題を振られて驚いた。
「は、はい。そうですが」
ミコラージュ司令官は、マグネットシューズに慣れた足取りで
ケンイチの前まで戻り、もう一度握手をするために手を出した。
「ダークサイドKKのケンイチ・カネムラね。
どこかで聞いた名前と思った。私の旧姓はラウラ・ルスニャーク。
あなたの低重力ラグビーのチームで、右ウィングをしていた
イジー・ルスニャークは、私の兄の子供、つまり私の甥に当たるの」
「えっ? あの俊足イジーのご親戚だったんですか?」
「ええ。イジーからはいつもダークサイドKKのチーム作りは最高だって
良く話を聞いてたわ。私はあなたたちの試合も何度も見に行ったのよ。
こんな所でダークサイドKKに会えると思っていなかった。
ファルコン隊のリーダーがあなただったなら、チームが素晴らしい働き
だったのも納得できる。イジーに話したらきっと喜ぶわ」
「彼は今何を?」
「プロ三年目で肩の故障で引退してね。その後は税理士の勉強を
やり直して、月の小さな税理事務所で働いているわ」
「そうでしたか。私と違って勉強も優秀でしたからね。
彼によろしくお伝えください」
ラウラ・ミコラージュ司令官は、ケンイチに手を振って、貨物室奥の
一気圧区画に向かうサルダーリ大佐達を追って小型バーニアを吹いて
飛んで行った。
***
その後、<ジェノバ>でTE保安部隊スンミン・チャン長官が率いる
保安部隊隊員に、イリーナ・オルロフ、イワン・オルロフ、そして
ハオラン・リュイの三名を引き渡すことになる。
貨物室の奥からSPが三名を連行してきて、引き渡しが行われた。
クリスもイリーナに別れを言うために<ジェノバ>に来ていたが、
引渡される直前にクリスとイリーナと二人で、ハグをし合ってヘルメット
のバイザー越しに見つめ合い、少し話をしてから離れた。
「イリーナと何を話していたんだ?」ケンイチがクリスに聞いた。
「彼女、火星の様子を見たことが無いっていうの。
火星に戻ったら写真をTE保安部隊に送ると約束したのよ。
刑務所に勾留されたら暇だろうしね」
***
ティモ・カウペルス知事、スンミン・チャン長官、ラウラ・ミコラージュ
司令官の三名が、ウィルソン大統領に挨拶をしたいと申し入れ、
三名は大佐とともに<シカゴ>に移動をして特別会議室にて挨拶と
打ち合わせを行った。
その中でウィルソン大統領は、トロヤ・イースト最大のコロニーである
<イーストホープ1>を表敬訪問し、市民に対して挨拶を行いたいとの
希望を知事に伝えた。
リサ・デイビス補佐官は、<テラ>を支援していた市民も多く残っている
はずなので、大統領が直接コロニーを訪問するのには反対していたが、
ウィルソン大統領の決心は固かった。
最後には大統領が押し切って、
コロニーで市民に演説をすることで決まった。
知事とスンミン・チャン長官からは、<イーストホープ1>の
中央広場に常設してある野外音楽場のステージが、宇宙港からの
直通エレベーターの出口にも近く、周囲の警備もし易い環境なので、
そこでの演説が良いだろうとの提案をされた。
大統領はできれば明日にでもと希望したが、会場警備の準備も有るため、
二日後に大統領の演説会が行われることで決定した。
次回エピソード> 「第48話 民衆の反乱」へ続く
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