第48話 民衆の反乱
トロヤ・イースト調査 十二日目。
昨日のコロニー解放から一夜明けた午前中。サルダーリ大佐は
再びサロンに調査隊メンバーを集め、続々と入る情報を伝えた。
【月のSG本部からの情報概要】
・<テラ>工作員のランベルト・ミュラーは昨夕無事に逮捕できた。
・ランベルト・ミュラーは黙秘を貫いている
・彼の自宅のPC等は押収し、破壊工作や<テラ>の情報が無いか調査中。
【TE保安部隊スンミン・チャン長官からの情報】
(以下 居残りメンバーの自供内容などから判明したこと)
・<テラ>居残りメンバー十三名のうち、
SGTE隊員が四名、TE保安部隊隊員が二名、
あとの七名は一般市民(オルロフ兄弟を含む)と分かった。
・逃走した<テラ>主要メンバーの人員リストが、居残りメンバーの
使用していたPCから見つかった。総勢二百五十二名うち
SGTE隊員が二十七名、TE保安部隊隊員が十八名も含まれている。
・ブルー・ホエール型巨大無人輸送船<ヤンゴン>と宇宙ステーションを
結合した状態のものを、小惑星エルドラドに設置されている電磁誘導
カタパルトで初期加速をさせて発進させた。
・その発進方向が地球とは逆方向だったことは分かっている。
・<ヤンゴン>には、もともと地球圏から積んできていた工業製品や
医薬品に加え、大量のトロヤ・イースト産の鉱物資源、
また小惑星エルドラドからは、保管してあった大量の燃料水を、
アジトからは様々な機器類や武器の製造装置も積み込んだ。
・このほか、SGTEのスペース・ホーク五十五機、TE保安部隊の
高速保安艇三十四機、民間会社が所有していた連絡艇や物資運搬艇
などの宇宙機が二十機以上無くなっており、これらも<ヤンゴン>に
搭載されたものと考えられる。
・<テラ>のリーダーは、元地方議員のルカ・パガニーニ。
そしてルドルフ・カウフマン博士が作戦参謀として協力しており、
各種の武器製造や、SGのミサイルの改造を指導していた。
・ルカ・パガニーニは、世界政府からのトロヤ・イースト独立を強硬に
主張する派閥のリーダー格で、そのカリスマ的な説得力のある
スピーチで若者達の心を引き付け、若い世代からある程度の支持を
得ていたらしい。
・SGTE隊員ではない<テラ>メンバーも、SGTEの協力者により
密かにスペース・ホークの操縦訓練を受けてきていた。
【SG本部からの<ヤンゴン>捜索情報】
・太陽系の人類の宇宙移住先各所には<テラ>のことは詳細に報告済。
・<テラ>が完全に『独立』して我々には一切干渉しない可能性も有るが、
SG本部は防衛力の低い移住先や、民間船を襲う『宇宙海賊』的な行動を
取るおそれを懸念している。
・この懸念が有るため、太陽系各所のSG部隊には全力で捜索を
すべく指示を出した。
・<シカゴ>と<ジェノバ>の調査隊は、SG3部隊が到着するまでは、
トロヤ・イーストの治安維持を継続してもらいたい。
***
サルダーリ大佐は、調査隊の今後の行動方針について補足した。
「みんなのおかげて、通信不能の原因を除去し、トロヤ・イーストの
市民の無事を確認するという調査隊の目的は達成できたことを感謝する。
ただし、SGTE隊員やTE保安部隊隊員の中からも多数の<テラ>
協力者が居たという事なので、この地はまだ治安が安定したと言えない。
よってSG本部の指示に有るように、SG3部隊の到着までは警戒を
解かず、ここトロヤ・イーストから少し離れた宙域に留まって、
緊急対応できる体制を維持する方針とする」
大佐はマーズ・ファルコン隊が、常時周辺警戒に当たる必要まではないと
判断していたため、ファルコン隊メンバーは疑似重力を発生させている
<シカゴ>内で待機しているだけで、実質的には休養日となった。
***
トロヤ・イースト調査十三日目 午前中。
マーズ・ファルコン隊は、大統領の演説会場である<イーストホープ1>
まで大統領、補佐官、サルダーリ大佐およびSP四名を乗せていく
予定になっていた。
<シカゴ>の特別会議室には、大統領、補佐官、大佐、ケンイチの四人
だけで、この日のスケジュールの最終確認をしていた。
その会議中に<シカゴ>コクピットから通信が入り、TE保安部隊の
スンミン・チャン長官からの通信が転送されてきた。
その通信は、<イーストホープ1>の中央広場で、朝から民衆が
世界政府への不満を訴えるデモが始まり、その規模がかなり拡大
しつつあるので、演説を延期したほうが良いとの連絡であった。
***
トロヤ・イーストには、ウィルソン大統領の政治理念に共感し、
大統領を支持する市民もいるが、それは僅かであり、地球圏中心の
政治しか行わない世界政府の政治に無関心な市民が殆どだという。
多くの市民が大統領選挙にも興味が無く、ジャック・ウィルソンという
名前さえ知らない市民も多かった。
ただコロニーを解放に導いたのは、世界政府の大統領が直接率いる
調査隊であり、その大統領が<イーストホープ1>で演説する予定だ
というニュースは、瞬く間にトロヤ・イースト全体に広がった。
そのニュースは、一部の大統領を支持するグループには喜ばれたが、
多くの市民に、日ごろの不満をぶつけるチャンスが到来したと気づかせた。
昨日、SNSで過激な若者が、世界政府への抗議デモを呼びかけたのを
きっかけに、演説当日のこの日は朝から市民が板切れに手書きの文句を
書きなぐっただけの、急造プラカードを持って集まり出していた。
それをコロニー内のTVメディアが、その様子を朝のニュースで
取り上げたことで、さらに拍車をかけ、近くのコロニーからも
続々と<イースト・ホープ1>に人が集まりだして、時間を追うごとに
デモの規模が爆発的に大きくなっていた。
TE保安部隊がデモを解散させようとした時には完全に手遅れで、
手が付けられない状態になっていた。
***
特別会議室でチャン長官の連絡を聞いたリサ・デイビス補佐官は言った。
「大統領、残念ですが今日は演説を中止か、延期するしか有りませんね」
サルダーリ大佐もそれに賛同して付け加えた。
「あと三日すれば、月からSG3と保安部隊の大部隊が到着します。
そうすれば、デモを鎮圧して安全に演説会場に行けるようになります」
ケンイチは、その時、ウィルソン大統領がとても険しい表情で、
サルダーリ大佐を睨みつけたのに気が付いた。
「君は何を言っているんだ!」
大統領はこれまで聞いたことの無いような厳しい口調で言った。
デイビス補佐官は、突然の大統領の大声に、持っていたタブレット
操作用のペンを手から落とし、大佐は少し身をのけぞらした。
すぐに大統領はいつもの口調になおり、続けた。
「すまん。声が大きくなった」
大統領は大佐の方を向いて言った。
「サルダーリ君。これはもう政治の話なんだ。
軍事力でテロ組織を排除するという話ではない。
トロヤ・イーストに住む約一億人の民衆が、世界政府と共に歩むか、
そうで無くなるかという大事な岐路に立っているんだよ」
大統領はケンイチを含む三人の顔を順番にゆっくりと見て続けた。
「トロヤ・イーストの人口は全人類の〇・五パーセントにも満たないが、
世界政府を支える市民には間違いない。
さらにこの地で採掘される鉱山資源が人類全体の繁栄を支えている。
だから、ここに住む人々は、人類にとって重要な仕事をしてくれて
いると言える。そのトロヤ・イーストの市民が世界政府への不満を
露わにし、広場に集まっているんだ。
ここに私が来ているのにも関わらず、その声を聴かず、対話もせず、
力で民衆をねじ伏せるようなことをしたら、どうなると思う?
この地の約一億人の市民の心が完全に世界政府から離れてしまうだろう。
下手をしたら、地球圏と戦争をし始めかねない。
これは<テラ>のたった約二百数十人が逃げたのとは比べ物にならない
危機的状況なんだ。 そうは思わんか?」
サルダーリ大佐も、何も言えず、ただ頷いた。
「良いかな。だから、どんなに大規模なデモが起こっていようとも、
私は<イーストホープ1>へ行き、市民と向き有う必要が有る。
ここの人々の心が世界政府から完全に離れ、地球圏とトロヤ・イースト
が敵対するようになることは、絶対避けねばならない。
新たな宇宙紛争の火種を残しては帰れないんだ」
そう言い残すと、大統領は部屋で補佐官と演説の内容を一部見直しの
相談をすると言って会議室を退席した。
残されたサルダーリ大佐とケンイチは、
とても大変な警護になることに頭を抱えていた。
一昨日、刑務所に監禁されていたTE保安部隊やSGTEが解放された
とは言え、その組織を百パーセント信用して良いとも思えない。
<テラ>に協力して裏切ったメンバーが、かなりの数いたことは
分かっており、今もこの地に残って、密かに<テラ>に協力をしている
者がいてもおかしくはない。
<テラ>に協力して無くとも、世界政府に恨みを持っている隊員が
まだいると考えるほうが適切だった。
サルダーリ大佐は、大統領の身辺の警護に関しては、
調査隊メンバーが中心になって行おうとケンイチに提案した。
***
ケンイチは、すでに休暇気分でのんびりしていたファルコン隊
メンバーを招集し、急遽、大規模な民衆のデモの中に出向く大統領を
警護する任務ができたことを伝えた。
「コロニー内に入っての大統領の身辺警護は、大佐とSP四名だけでは
心もとないので、ファルコン隊からも、俺、アリョーシャ、フェルの
三人が加わることにする」
シンイーが少し驚きの声を上げた。
「え? でもフェルディナンさんは、右手を骨折して……」
ケンイチはにやりと笑って言った。
「そうか、シンイーは知らないか。フェルはカメルーン柔術の使い手で、
ムーン・ウェストコロニー群のW杯代表選手にもなったんだ。
右手一本なくてもかなり強い。俺は以前にトレーニングルームで、
アレクセイを右足の蹴り一発で気絶させるのを実際に見たぞ」
「え!」
ビクッとしたような声を出しながら、ちょうど、フェルディナン・ンボマ
の横に立っていたシンイーは、驚いてフェルから二三歩離れた。
フェルが慌てて言った。
「おい、シンイーちゃん。お前を蹴るとは言って無いぞ。
そんな逃げなくてもいいじゃないか」
クリスが横から心配した。
「でも、無理をして右腕の骨折は悪化したりはしない?」
「いやぁ、このモレナール先生のギブスはすんごい硬くって、
逆に武器に使えそうだよ」
フェルが右腕をブンブンと振ると、シンイーが怖がってさらに一歩引いた。
その様子を見て、ケンイチが釘をさした。
「おい、それで民衆に怪我させるなよ、大統領の演説が台無しになる。
万が一大統領が襲われそうになった時も、相手を近づけないようにする
だけでノックアウトさせるのはダメだ」
「何だぁ。ぶちのめしちゃダメなんすか」フェルは少しがっかりしていた。
***
TE保安部隊の小さな保安艇数機が警備する中、<イーストホープ1>
の宇宙港に八機のマーズ・ファルコンが入って行き、ソジュンとヴィルの
二機は外に残って保安部隊の警備に加わった。
ファルコンの駐機地点では、TE保安部隊のスンミン・チャン長官が
出迎えていた。駐機した八機の後部座席から、大統領、補佐官、大佐、
SP四名とフェルディナン・ンボマ、が降りた。
前部座席からケンイチとアレクセイが降機して、ケンイチは駐機した
ファルコンの守りを、マリー達に任せて、大統領一行とともに
エアロックへ向かう。
万が一、大統領が脱出しないといけない状況になった時は、
マリー達の待機するこの宇宙港まで、無事に大統領を連れ出さないと
いけない。
エアロックからシャフトエレベーターでコロニーの外周部まで降りていく。
エレベーターの中にいても、大群衆の騒ぐ声が聞こえて来た。
リサ・デイビス補佐官は手に持ったタブレットを胸の前で押え、
不安そうな表情をしている。
エレベータ内でチャン長官は、コロニー内には銃や電気ショックガンの
持ち込みが厳しく制限されているので、飛び道具で攻撃されることは無い
はずだが、投石などの可能性は十分有るとの注意をした。
また、僅かだがコロニーにはウィルソン大統領の支持者もおり、
彼ら支持者集団は、ステージ前の中央に陣取っていると説明された。
エレベーターを出て、さらにエアロックのドアが開く。
広場全体にシュプレヒコールが響き渡り、すぐ近くにいる人の声も
聞こえないぐらいの騒ぎになっていた。
保安部隊の隊員がエレベーターの出入り口付近を固め、盾を持った
隊員が列をなして、大統領の歩く道の両側を守っていた。
少し離れた所の両側には、保安部隊のエレカーバスが両側に並んで
壁を作っている。少し離れた所にある中央広場の野外音楽場ステージ
横まで、両側にはバスの壁に守られた道ができていた。
大統領一行は、その道を大群衆の罵声に向かって歩き出した。
次回エピソード> 「第49話 大統領の演説」へ続く
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