第50話 解散式

 トロヤ・イースト調査 十五日目。大統領の演説の翌々日。


 トロヤ・イーストは、早くも普段の姿に戻りつつあった。

鉱山での採掘活動が再開され、各コロニーや小惑星エルドラドの間を

運行する連絡艇が頻繁に行き交うようになっている。


そして、この日の午後SG3の大部隊が到着した。


 SG3部隊の指揮官のアリシア・セルバンテス中佐が<シカゴ>に

到着報告に来た。

セルバンテス中佐は、サルダーリ大佐と昔から面識が有り、大佐が出迎える

と再会を祝って握手をし、その後は特別会議室で大統領への挨拶を行った。


 SG本部からの指令で、<テラ>にスペース・ホークの多くを奪われ、

活動が困難になっているSGTE航空部隊に、SG3の輸送船が運んできた

数十機のスペース・ホークが供与されることになった。


 さらにSGTEもTE保安部隊も多くのメンバーが<テラ>に加わり

逃亡してしまったため、SG3の航空部隊パイロットや、月の保安部隊

メンバーがしばらくの間は、トロヤ・イーストに来て治安を維持する

ことになると決まっていた。


 <シカゴ>と<ジェノバ>は依然としてトロヤ・イーストから

少し離れた宙域に留まっていたが、SG3部隊の到着によって治安問題が

完全に解決したと判断したサルダーリ大佐は、トロヤ・イーストに

近い位置まで移動させることを決めた。


  ***


 トロヤ・イースト調査 十六日目。

ウィルソン大統領にはトロヤ・イーストのカウペルス知事から、

治安が安定したため<イーストホープ1>の地方議会と、

小惑星エルドラドの視察の誘いが入っていた。


 大統領は、トロヤ・イースト地方政府は、鉱山開発と鉱物資源の一次加工

だけでなく、新たな産業として観光業を発展させ、地球圏の人々を呼び込む

ことにより、この地区を発展させようと準備していると、知事から聞いて

いたため、演説の時にも観光業支援の約束をしいた。


 このため、鉱山開発関連の労働組合からも、小惑星エルドラドに設けよう

としている観光見学用の採掘場巡りルートや、<イーストホープ1>の

歴史資料館も視察して欲しいとの要望があった。


 大統領は観光業の立ち上げにより、この地の経済が少しでも潤ったり、

地球圏との民間企業レベルでの交流がそんどん深まることは、

とても良いことだと思い、その視察に行くことを二つ返事でOKする。


 さらに大統領は、調査隊メンバーの数日間の激務を労って視察に同行を

させてはどうかと提案を行い、知事の許可も得られたため、<シカゴ>と

<ジェノバ>の警護をSG3部隊に任せて、調査隊二十八名全員での

トロヤ・イーストツアーが行われることになった。


 小惑星エルドラドや<イースト・ホープ1>への観光ツアーができると

聞いて、皆が大喜びしたが、中でもマリー・クローデルは天文学者として、

かつての人類の偉業の証でもある小惑星エルドラドに、自分の足で立てる

ことを大喜びした。


 小惑星エルドラドの採掘場巡りルートは、まだトロヤ・イースト地方政府

が整備中では有ったが、かなりの部分ができており、調査隊メンバーは

最初の観光客としてカウペルス知事自らに案内された。


ほぼ無重力の小惑星内のツアーは、順路に沿って設けられたグリップ式の

ムーバーを握って移動する部分が多く、足を怪我しているハリシャ・ネール

にも負担は少なかった。


 また鉱山開発を行う民間業者による土産物売り場も、営業開始の準備が

ほとんどでき上がっており、土産物も数多く準備されていた。


 知事の計らいで特別に土産物を先行販売してもらい、調査隊メンバーは

家族や知人へのお土産を買うことができたし、<イースト・ホープ1>の

視察も含め、ほぼ丸一日の観光モードを楽しむこととなった。


 ***


 トロヤ・イースト調査十七日目 午前中。

SG4メンバーはマーズ・ファルコンを分解して<ジェノバ>に積み込む

作業を行っている。

サルダーリ大佐の依頼でSG3部隊からも調査隊の撤収を手伝うメンバー

が多数来ており、人手は十分に有った。


 そこに、鉱山業者からマリー・クローデル宛ての荷物を輸送業者が持って

いくとの連絡が入り、間もなく輸送業者が大きな箱の荷物を届けに来た。

「マリー。そのデッカイ荷物は何なんだ?」

ケンイチが訪ねると、マリーはニコニコしながら答えた。


「ターシャ・イルマ博士へのお土産よ。でも想像してたのより、

 かなり多かったみたい」

 マリーが両手で抱えて受け取った大きな箱を開けると、中には沢山の

透明な真空カプセルが入っており、その一つ一つに鉱物サンプルが

入れられ、説明書きも付いていた。


「うわぁ。何だこれ鉱物のカプセルだらけじゃないか」

「私もね。昨日一つだけ記念に買ったんだけど、カプセルに入っている

 説明書のコードで宇宙ネット検索をすると、その鉱物サンプルの

 採掘深度や、その深度での採掘量などの詳細データも付いているから、

 研究用サンプルとして十分に使えるのよ」


 マリーは、箱から鉱物サンプルをひとつ取り出してケンイチに見せた。

鉱物サンプルは良く見るとキラキラ輝く成分も含まれていて、

インテリアとしても良いような見栄えだった。


「小天体組成研究室のイルマ博士は、サンプル全種類欲しいかなって

 思って、全種類を注文しておいたんだけど……

 こんなに沢山あるとは思わなかった。かなり高かったけど、

 小惑星の何処の場所で、どの掘削深度で取れたとかの記録も有るから、

 イルマ博士研究室での立派な研究材料になると思うわ」


「そりゃ良かった。俺にはそいつの価値が全然分からないけど、

 イルマ博士はものすごく喜ぶんだろうな」


  ***


 トロヤ・イースト調査十七日目 午後。

マーズ・ファルコンの積み込みが終了すると、サルダーリ大佐は

<シカゴ>のサロンに調査隊の全員を集め解散式が行われた。


 SG4からの十六名は、SG3部隊が乗って来た大型旅客船<ドバイ>で

輸送船<ジェノバ>とともに火星に戻ることになっている。

そのため、大統領機<シカゴ>で地球圏に戻る大統領一行、大佐、

オットー、大統領機の専属搭乗員らとはここで分かれることになっていた。


 オットー・ブラウアーは、仲良くなったSG4機体整備員の

ディエゴ・マリアーノとヒロシ・サエグサ、ジョン・スタンリーや

ソジュン達に囲まれて別れを惜しんでいた。


「ディエゴさんとヒロシさん。お二人の現場での応急措置方法は、

 開発者として、とても参考になりました。

 宇宙機工学の博士号までとったソジュンさんが、パイロットとして

 現場にいたいと言う気持ちも、やっとわかりましたよ。

 皆さんの現場での経験や情報を、今後も聞かせてください」


 オットーがそう言うと、ディエゴが握手をしながら言った。

「火星にまた来てくださいよ。こちらもいろいろと教えてもらいたい

 ことも有りますし」


 またジョン・スタンリーはオットーに提案をしていた。

「あのソジュンさんのTNSコントローラーは、隕石嵐にも自爆ドローン

 からの防御にも、そしてステルス機雷除去にも大活躍だったでしょ。

 宇宙機全機にジョイスティックとコントロールプログラムを

 標準装備してはどうでしょうか?」


「ああ、それはとても良い提案だね。今度の研究開発室の改良会議で提案

 してみよう。考案者のソジュンさんがOKしてくれればだけど」


オットーがソジュンを見る、

ソジュンは手でOKマークを出しながら言った。

「OKだけど、その改良機は一番最初にSG4に配備して欲しいな」


 サロンの片隅で、フェルディナン・ンボマとアレクセイ・マスロフスキー

が、SPのタイガーやピューマと一緒に盛り上がっていた。

身振り手振りで、大統領の演説前に暴漢を取り押さえたときの

フェルの体術を再現する真似をして格闘技談議をしている。


 その近くではアーロン・フィッシュバーンが、大統領機のパイロット三人

やAAと談笑をしていた。


 ウィルソン大統領とリサ・デイビス補佐官は、そのサロン内を歩き回り、

SG4メンバー一人一人と握手をして感謝を伝えて回った。


大統領がハリシャ・ネールの所に来た時に、レオナルド・カベッロが

横からハリシャをつついた。

「ハリシャ。ほら、お願いするんだろ」


ハリシャは後ろ手に持ってた写真を大統領に見せ、サインのお願いをした。

「すみません。調査隊に入ることを母に許してもらうために、

 ウィルソン大統領のサインが貰えるかもしれないって、母に

 言ってしまったので、サインをを頂けないでしょうか? 

 母は以前より大統領の大ファンなんです」


 ハリシャが差し出したのは、この大統領機で出発した時にこのサロンで

撮影したマーズ・ファルコン隊メンバーと大統領と補佐官の集合写真を、

AAに印刷してもらったものだった。

大統領は喜んで了承し、次のように書いた。


— 大統領機を命がけで守った勇敢なハリシャ・ネールを

  育てたお母様へ、感謝を込めて。ジャック・ウィルソン大統領 —


 その様子を見ていたファルコン隊のメンバーの皆も、結局次から次に

サインのお願いをして、しばらくは大統領のサイン会となった。


 ウィルソン大統領はケンイチとしっかり握手すると言った。

「カネムラ君。アルバートによろしく伝えてくれ。私は月に急いで帰り、

 トロヤ・イーストの市民に約束した法案を全力で通さねばならん。

 しばらくは火星に行けないが、中途半端に終わってしまった

 火星の視察にはもう一度必ず行くと伝えて欲しい」


「はい。司令官に伝えます。また火星に来ていただけるのを

 私も楽しみにしています」

 

  ***


 SG4メンバー十六名は大型旅客宇宙船<ドバイ>に乗り、

<ジェノバ>とともに火星に向かって発進した。




次回エピソード> 「第51話 エピローグ」へ続く

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