第16話 ダークサイドKK  

 ジャック・ウィルソン大統領のは、マーズ・ファルコンの後部座席で、

十年前の3D放送で見た素晴らしい試合のことを思い出していた。


  ****** 十年前 ******


実況アナ「お茶の間の皆さんこんにちわ。大学ラグビー世界選手権も、

     いよいよ決勝戦のキックオフまであと二十分弱となりました。

     私は実況アナウンサーのモラレスです。

     そして解説は、低重力ラグビーの監督としていくつものチームを

     率いたオリバー・ギビンズさんです。よろしくお願いします」

解説者 「こちらこそ、よろしくお願いします」


  ***

 

 地球の六分の一の重力しかない月で、メジャーなスポーツのひとつとして

広まった低重力ラグビーである。別名三次元ラグビーとも言われている。


 コートの大きさは、地球上のラグビーとほぼ同じだが、その周囲は

透明な特殊強化プラスチックで覆われ、高さ六メートルの所には、

透明な天井も設けられている。


 月の重力下では選手がジャンプすると天井にも届き、サイドの壁や天井を

蹴って三次元的に走るのも許されている。

そしてボールを相手側のエンドウォールにタッチさせると得点が入る。

天井が有るためハイパントキックは使えず、キックしたボールが天井

もしくは側壁に当たるとコート外に出たと判断される。


 かつて地球で行われていたラグビーから発展したものではあるが、

様々なルール改定を重ね、電磁石付きのマグシューズや、ヘルメット内の

通信装置などの装備が改良されると、そのプレースタイルは大きく変化した。 


 例えばトライの得点が五点で、その後のコンバージョンキックが成功すれば

二点という点数は地球のラグビーと変わらないが、コンバージョンキックは

エンドウォールの中央上方に描かれた小さな四角い枠内に当てる必要が有り、

低い弾道で直線的に枠内を狙う必要が有った。


 一方、手でのパスについては、前方に投げてはいけないことは地球上の

ラグビーと変わらないが、天井や側壁にボールをバウンドさせることが

許されている。そして地面に落とした時だけがノックオンとなり、

その地点での相手チームスクラムで再開される。


   ***


実況アナ「ギビンズさん。今日の決勝の見どころはどういう所でしょうか」


解説者 「そうですね。『最強の矛』と呼ばれる攻撃力のあるツィオルコフ

     スキー大が、『最強の盾』と呼ばれるケプラー大をどう攻略するか

     という点ではないでしょうか。


     ツィオルコフスキー大のダークサイドKKことカネムラ選手は、

     走るのも早くジャンプ力も有る。そして何より後ろに目が有るの

     ではないかというぐらい、常に敵味方の三次元的な位置関係を

     把握してて、ノールックパスも見事ですからね」


実況アナ「一方、ケプラー大のフォワード陣は、スクラムが世界一強いと

     言われていますが、フォワードのメンバーの筋力がとても強いと

     いうことなんですか?」


解説者 「いいえ、筋力だけではなく、スクラムを組んだ時の姿勢、

     マグシューズを付けた足の運び方など、様々な点で優れた技術が

     あり、世界一と言われています。


     それから、ケプラー大は組織的ディフェンスも上手なのですが、

     特にフルバックのニクラス・グランクヴィストの空中タックル

     技術はピカイチです」


実況アナ「ギビンズさん。そのケプラー大を、ダークサイドKKは、

     今日はどのように攻略しようとするでしょうか?」


解説者 「うーん彼はチームメンバー全員の能力をどう生かせば、相手を攻略

     できるのかということを考えて、様々な戦術を使い分けています。


     だから戦術予測は難しいんですが、ケプラー大の鉄壁の守備力を

     考えると、複数のフライング・パスを使って、激しい空中パス

     回しで攻めるのではないでしょうか」


実況アナ「そうですか。フライング・パスは文字通り選手がジャンプして

     空中を飛びながらパスすることですが、ツィオルコフスキー大は

     変わった戦術を使いますよね」


解説者 「はい。もうフライング・パサーというポジションと言っても良い

     ぐらいですが、バックスの小柄で軽量な選手が走って前方に

     飛び上がったところを、他の選手が手でアシストし

     加速させるんです。その高速飛行をするフライング・パサーが、

     パスを受けて、陣地を大きく稼ぐんです」


実況アナ「でも普通は、人間は空中でコースを変えられませんし、スピードが

     速いと言っても相手からするとタックルしやすいと思いますが?」


解説者 「そこを補うのが、ダークサイドKKの凄いところなんです」


実況アナ「というと?」


解説者 「ダークサイドKKがボールを持つと、地上から天井まで縦横無尽に

     飛び回って、自分に相手のディフェンスを引き付けておいて、

     絶妙のタイミングで後ろから高速で飛んで来るフライング・パサー

     にパスを出すんです。


     ただ、今日は、守備力を誇る相手ですから、フライング・パサーも

     一人ではなく、複数人飛ばして、目まぐるしい空中戦を行うん

     じゃないでしょうか」


 ***


実況アナ「さぁ、ツィオルコフスキー大ボールでのキックオフです。

     ダークサイドKKことカネムラ選手が蹴りました。

     あ!ケプラー大の三番がキャッチしたところで、タックルされて

     激しい空中モールになりました。


     タックルの勢いでモールごと回転していますが、

     おっと地面に足がついたとたん、ケプラー大の押す力が

     勝ってぐいぐいと押し進む。ドライビングモールです」


解説者 「ボールが出ますよ!」


実況アナ「ケプラー大のスクラムハーフがパスして、バックスがおっと、

     ノックオンです。最初のスクラムはツィオルコフスキー大のボール

     でのスクラムとなりました。


     すぐにフォワードが組み合って…‥ボールが入りました」


解説者 「ツィオルコフスキー大も頑張ってますね。さぁボールが出ます!

     おおっ、いきなり奇襲攻撃だ!」


 ツィオルコフスキー大のスクラムハーフはボールを取ると、少しダッシュ

して飛び上がり、それをフォワードの選手達がアシストする形で前方斜め上に

投げ飛ばした。


 スクラムハーフがいきなり、スクラムの遥か上を飛び越える

という奇襲とも言えるフライング・パサー攻撃をしかけた。


 ケプラー大のフォワード陣たちは、自分たちの直上を跳び越していく相手に

タックルしようとして飛び上がったが間に合わず、空振りして空中を漂った。


 ダークサイドKKが猛ダッシュして、フライング・パサーの斜め後ろに

飛び上がると、フライング・パサーからパスを受ける。

空中でボールを受けると、ボールの勢いを生かして、そのまま体をそらし、

バク宙するように回転し、足で天井を蹴って前方左斜め下に飛び降りる。


次は地面を蹴って再び前方右斜め上に飛び上がるという三次元的な

ジグザグ走法を見せた。ダークサイドKKのいきなりの三次元プレーに、

スタジアムの周囲の観客が一斉に沸く。


実況アナ「出ましたダークサイドKKの三次元走法!」

解説者 「ケプラー大の十一番がタックルに行きますよ」


実況アナ「あぁ捕まったか! いや……バックスが走ってる!走ってる。

     バスをつないだ。つないだ。外に流れていくが……」

解説者 「フルバックのニクラスが、タイミングを見ている!」


実況アナ「タックル! 一気に止めた! 空中モールになる!」


 低重力ラグビーではタックルが成功すると、両者の体が浮きあがる

ケースが多く、空中で回転するモール状態になりやすい。

数秒間ボールが前に進まない状況が続くと、アンプレアブル(プレー不能)と

判断されて、守備側チームのスクラムで再開される。


 フォワード陣がスクラムを組むために集まる間、3D放送は

ダークサイドKKがタックルを受けたシーンのスロー映像が流されていた。


実況アナ「ダークサイドKKはタックルされて、体全体が激しく回転している

     にも関わらず、その途中で正確なパスを出していますね。

     ギビンズさん。あれだけ激しく回転すると、普通は目が回って

     パスを出す方向が分からなくなりそうですが」


解説者 「そこが彼の恐ろしい所なんですよ。特殊能力と言っても良いです。

     どんな状況、どんな姿勢でも周囲の敵味方の位置を見失わずに

     パスを出せるんです」


   *** 数十分後 ***


実況アナ「さぁ試合の残り時間はあとわずかとなりました。

     得点は二十四 対 二十七 でケプラー大がわずか三点のリードと

     なっています予想通りの激戦となりました」


 試合終了時間が近づいた時点で、ツィオルコフスキー大のスクラムになる。

ケンイチは味方にヘルメット内の通信装置である指示を出した。

するとバックス陣の顔つきが一気に引き締まった。


実況アナ「ボールが出た! あぁ! これは何だ!」


 ツィオルコフスキー大のバックス陣は、これまでの綺麗なラインを作って

の攻撃態勢を崩し、全員が走りながらバラバラな方向にジャンプを始めた。


 各々が右前上方もしくは左前上方に飛び上がり、互いに空中で交差して

目まぐるしく前後左右の順番が入れ替わる。

たちまち誰が次のパスを受けるのかがわからない状態を作り出した。


 ボールが外へ外へとサイドに流れるのではなく、右に左に方向を変えるので、

ケプラー大のディフェンスはマーク相手を見失うだけでなく、ボールの行方を

追うので精一杯の状況となった。

 マーク相手を見失ったケプラー大のディフェンス陣は、やみくもにボールを

持つ選手に向かって飛び上がることしかできなくなっていた。


 ダークサイドKKもジグザク3D走法で走り、混沌とした攻撃ラインの

すぐ後ろに突然現れて、パスを受けると相手ディフェンダーを引き付ける。

空中タックルされる寸前で体をうまくひねって回転させて受け流し、

天井を蹴って降下した。


 次に地面を蹴ったときは、左サイドライン近くの空中で、ケプラー大の

ディフェンスラインの頭の上を越えようとしていた。

 ディフェンスの一人が、ケンイチにタックルしようと飛び上がったとき、

ケンイチはボールを左のサイドウォール方向に強く投げつける。


 ボールを投げた反作用で体が少し右に動いた所で、再び跳ね返ったボールを

キャッチし、さらにそのボールの勢いも借りてさらに体が右に流れた。


タックルのために飛び上がった選手は、もう方向修正ができず、

ダークサイドKKすぐの横を飛びながら、空振りした手をむなしく

バタつかせるしかできなかった。


 もう一人のディフェンスが、斜め前方から飛び掛かってくるのを見て、

ダークサイドKKがまた、サイドウォール上方にボールを投げると、

ボールはサイドウォールと天井のコーナー部で二回跳ねて、ダークサイドKK

の後ろを追走していた味方ウィングへの最終パスとなった。


実況アナ「決まった! 逆転トライだ。時間ギリギリ逆転トライが決まった!

     なんという攻撃でしょう。これまで一度も見せたことの無い、

     バックス全員がランダムに3D走法をするような攻撃で、

     『最強の盾』が破られました!」


解説者 「はい。あの複雑な攻撃陣の動きの中で、パスが面白いように

     つながっていました。かなり練習したんですかね。

     最後の最後に、驚くような隠し玉を出してきました」


実況アナ「あっ! ノーサイドの笛が鳴った! 試合終了!

     ツィオルコフスキー大学の優勝です!」




次回エピソード> 「第17話 満地球」へ続く







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