6話 ドキドキ!ピアノ発表会

古賀はのっちぃを連れて、買い物に出かけていた。今日はのっちぃの大好物納豆巻きを買いに来たのだ。


「わーい‼ 納豆巻きだ~。」


ベンチに座ったのっちぃは納豆巻きを頬張る。その姿は何とも愛らしい。


「後の用事は何? 」


「えーとね。今度あるピアノ演奏会のお洋服買わないといけないんだ。」


「そういえば、古賀ってたくさん習い事してるよね。バレエにピアノに水泳にお習字に。」


「うん‼ 古賀は何でもできるんだー。」


鼻高々に述べる古賀は相変わらずだ。しかし、週の大半は習い事で手いっぱいな古賀だが、久々の休日にのっちぃと二人きりで出かけてくるということは友人が少ないんだろうか。のっちぃは急に古賀のことが可哀そうになった。





「あれ? 古賀さん? 」


「あっ、齊藤君だぁ。」


突然話し掛けてきたのは齊藤だった。最低でゲス野郎の齊藤だ。のっちぃは知らないが、古賀は笑かっている。分かっていて、古賀は笑顔で齊藤に対応する。


「何しに来たの? 」


「んーとね、のっちぃの為に納豆巻きを買ってくるのと、ピアノ教室のコンクールで着る服を買いに来たんだ。」


「そうなんだ。コンクールはいつ? 僕も聞いてみたいな。」


「え~、照れちゃうよ~。えっとね、来週なんだぁ。」


照れてるのに言うんだ。むしゃむしゃと納豆巻きを頬張りながら、のっちぃは思う。古賀はどうやら齊藤に見に来てもらいたいらしい。古賀は齊藤のことを「あんなやつ」呼ばわりだけど、本心では好きなのかもしれない。


「じゃあ、来週応援に行くね。僕はそろそろ戻らないといけないから、気を付けて帰ってね。」


終始爽やかな齊藤は去っていった。古賀は、ばいば~いと手を振っている。ぽわぽわの古賀としっかり者の齊藤。意外とこの二人の相性は抜群なのかもしれない。

 




ピアノコンクール当日―――

会場にいる殆どの子供達は心臓を高鳴らせていた。カタカタと震える手を抑えて、自身の緊張を紛らわせる。古賀はというと、いつものようにのんびりとしている。まるで緊張を知らない。応援にきた丹心川もいつもの古賀の姿に呆れて物を言えない。


「古賀は緊張知らずよね。少しは心配そうな顔しなよ。」


「むぅ、古賀だって少しは緊張してるもん。」


 全く、そんな様子は一切ない。古賀は楽譜を見直すことなく、ただただ、自身が弾く予定の曲を鼻歌で歌う。


「ねぇ、その鼻歌やめてくれない? 音階もあってないし、不愉快なんだけど。」


可愛らしい少女が文句を告げる。コンクールらしく着飾っており、いかにもピアノが上手ですと言ったような少女だ。


「あっ、リンちゃんだ~。」

 

「気安く名前を呼ばないで。」

 

リンは何度もコンクールで受賞してきた子で、将来も期待されているこのコンクールで一番の有名人だ。古賀も前のコンクールで初めて会ったが、洗練されたピアノ演奏で他の子供たちを圧倒していた。


「ねぇ、あなた! リンちゃんだっけ? さすがに言い方強いんじゃないの? 古賀だって、悪気があったわけじゃないし、もっと言い方あるでしょ。」


リンの態度に怒りを覚えた丹心川が古賀の代わりに言い返した。


「うるさい。部外者は黙っててよ。そもそもここは、部外者が長くいて良いところじゃないんだから。」

 

「何よ。ピアノがいくら上手くたって、そんなんじゃ友達なんてできっ子ないわ‼ どうせ、クラスでも嫌われているんでしょ。」 


その通りだ。リンは図星のあまり顔を真っ赤にして、早歩きで立ち去ってしまった。古賀はきょとんとしていたが、丹心川の頭を軽く撫でた。


「ニシちゃんありがとう~。」

 

「古賀のことなんだからもう少し古賀が怒りなよ。まったく。」

 

古賀はにへへと笑いながら、リンが歩んでいった方をじっと見つめた。

 


ピアノの奏でる音が鳴り響く。リンのピアノの音だ。大人たちは圧倒され、その技術に拍手する。これはリンがまた表彰され終わりかと、会場の誰もがそう思った。しかし、その次の古賀の演奏で会場の空気が変わった。

 


古賀のへたくそな演奏。楽譜を無視した演奏。しかし、音楽が笑っていた。古賀のピアノに会場すべての人に笑顔が戻った。この後控えている子供達は勿論、上手くいかなかった子供達も古賀のピアノを聞き、くすりと笑った。


大胆不敵に楽しそうに弾く古賀に、審査側も頭を抱え、苦笑いだ。たまに逸脱した天才は現れる。それはリンのような子供のことだ。しかし、古賀のようにまったく楽譜無視の演奏をした子は初めてだった。楽譜が読めないことでもなければ、本来の演奏を忘れてしまったわけでもないだろう。音がそう告げている。楽しそうな古賀に誰もが耳を澄ませた。



「古賀さん、凄かったよ。さっきの演奏。」


古賀の応援に来ると言っていた齊藤が、控室にやってきて花束を渡した。残念ながら古賀は賞を取ることが出来なかった。賞をとったのはもちろんリンだ。しかし、古賀は特別賞を受賞した。その名の通り特別な賞だ。このピアノコンクールでは初めてのことだった。


「古賀、そんな特別なことしてないよ。古賀はね、楽しい音楽が好きなだけなんだ。楽しい音楽を弾けば、みんな笑ってくれるでしょ? 」

 

その通り、みんな古賀の音楽に釘付けで楽しそうにしていた。

 

「古賀さんはやっぱり面白いね。」

 

「えへへ~。」

 


「何よ。へたくそなくせに。」

 


強気な発言。それを告げたのはリンだ。表彰状を右手に持って、古賀より大きな花束を持っている。しかし、その顔は納得いっていないと物語っている。

 


「その発言はどうなのかな。」

 


古賀の代わりに齊藤が反論する。そうだ。その言い方はあまりにもひどいだろう。しかし、リンは逆上した。

 

「何よ、何よ‼ 一番うまく弾いたのは私よ‼ なんであなたなんかが特別賞なんて貰えるのよ‼」

 

「それは古賀さんが君よりも特別な何かを持っていたからだよ。」

 

「知らないわ。そんなもの。私が一番よ! 」

 

ヒートアップする二人に、古賀は横でわたわたと慌てる。齊藤がまさか古賀を庇うなんて思っていなかったからだ。

 

「さ、齊藤君。古賀は大丈夫だよ。落ち着いて。それに古賀は本当に賞を貰えるような人間じゃないから。だから、古賀は…。」

 

「そんな謙遜してるところが一番ムカつくのよ! 」




パンッ―――





リンは古賀の頬を引っ叩いた。古賀は茫然と立ち尽くし、齊藤は急いでリンと古賀とを引き離す。叩いた本人であるリンはなぜか自分の手をじっと見つめている。自身が叩いた筈の手を、右手を見つめる。綺麗な手だ。痛みを知らない綺麗な手。ピアノを弾く為だけに磨いてきた手。リンは自身の感情に追いつけなくなり、駆け出した。

 


「古賀さん、大丈夫。」

 


「うん。古賀は大丈夫。それより、リンちゃんを追いかけなきゃ。」

 


「いや、今はそっとしておいた方がいいよ。」

 

古賀が行くだけ無駄だ。

彼女を追い詰めるだけ。

 




「うん。」

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