5話 どきどき!恋する乙女の傷痕

「古賀さん…。今、齊藤君に告白されてたでしょ。」


「あっ、神崎さんだ。」


「なんで、あなたが…。」



憎い、憎い、憎い。

どうしてあなたばかり。

私はただ、彼を好きになってしまっただけなのに。


あなたばかりずるい。

私だって頑張っているのに。


もう、どうやったら好きになってくれるのか分からない。分からない。分からない。


黒いモヤが纏わりついている。


「古賀‼ 」


「うん‼ 」


古賀は即座に変身する。以前の反省を活かし、顔や身体が崩壊する前に助けることを古賀は最優先としている。



「閃け! 天使の踊り。

  輝け! 天空の舞。

 放て! 白い翼。

 魔法少女! 古賀‼

 へーんしんっ! 」



魔法少女に変身した古賀はステッキを取り出し、魔法を唱える。 しかし、神崎は先日戦った相手、佐々木とは少し様子が違う。


血走った眼でこちらを見てくるのは同じだが、神崎はふらりふらりと古賀を襲ってきた。

伸びきった爪は古賀の頬を切り裂いた。


「古賀‼ 大丈夫? 」


「うん。このくらい平気。」


古賀は再度体勢を戻し、神崎を見つめた。


「神崎さん、正気を戻して。お願い‼ あんな奴の為にあなたが壊れるのは間違ってる‼ 」


「あ、あ、あ、あんな奴って言うなあああああああああ‼ 」


神崎はさらに激しく古賀を傷つけようと必死になった。




神崎は齊藤を好いていた。どのくらいかと聞かれれば、世界の誰よりもと答えるだろう。神崎は少しプライドが高く、クラスの中でも高い位置にはいるが、大して好かれてはいなかった。


みんなからちやほやされるのも、神崎の父親が地主で権力と金があったから。仲良くなれば、良い思いができるということもクラスメイト達は気づいていた。


だからいつも神崎は一人だった。

囲まれていても一人だった。

齊藤はそんな神崎に声をかけてくれた。

優しくしてくれた。



『何が欲しいの? 』



そんなことを聞いたことがある。

齊藤はきょとんとした顔で、『何もほしくなんてないよ』と答えた。神崎にとってそれは不思議で、でもすごく嬉しいことだった。


だから、恋に落ちるのも早かった。今まで出会ったことのない存在で、優しくしてくれる齊藤を好きになってしまった。単純でもいい。私のこの恋は正しいものだから。



それから神崎は恋に盲目になってしまった。いつの間にか、みんなに優しい齊藤を恨むようになった。



どうしてみんなに優しくするの?

どうして私だけに優しくしてくれないの?

幼い恋心。

抑えることも知らぬその恋は、知らぬ間に巨大になっていった。



そして、今日。

ついには古賀に齊藤は告白してしまった。

膨れ上がった嫉妬心は何か黒いモヤに飲み込まれてしまった。



どうして? どうして古賀なの?

古賀はいつも何考えているのか分からない女の子で。古賀はぶりっ子で。齊藤の好意にも気づかないほどの阿呆で。それでも古賀は可愛くて。私には持っていない、真似すら出来ない何かを持っている。


叶わない。

叶うはずがない。

悔しい。

悔しい。

くやしい‼

憎い―――



膨大な醜い感情が神崎を襲った。古賀を殺す。殺して齊藤をモノにしたい。そんな感情が渦巻いて、自身の身体が変化していくことにも気づかずに、神崎の意識は古賀にだけ向いた。


醜い姿となった神崎。内側が汚れてしまえば、外側も汚れていく。それが悪魔に変わるということ。


しかし、古賀はどうしても神崎を助けたかった。


なぜなら、古賀は知っていたから。神崎は本当は優しい女の子だということを。 ただ、恋に必死で、恋に恋するただの少し気の強い女の子だということを。神崎は齊藤に見合うように必死に勉強し、ダイエットに励み、苦手な運動もできるように努力していたのだ。



だから、再度神崎を見た。


「神崎さん。あなたは確かに気が強くて、恋に盲目になりやすいタイプだよ。でもね、古賀は知っているよ。神崎さん、恋を叶える為に努力してること。古賀は知っているよ。本当は友達思いで、優しい子だってこと。じゃなきゃ、怪我をした友達のお見舞いなんていかない。だから、早く、良い人見つけてね。



     マール・アモーレ‼ 」


古賀が解き放った魔法は神崎の黒いモヤをかき消した。

少しだけ、神崎の顔にも痕が残ってしまった。それが少し悲しかったが、それでもまだ彼女は普通に学校へ通えるだろう。


少し寂しい風が吹いている中、のっちぃは古賀に尋ねた。


「古賀、さっき告白されて照れてたのに、なんで齊藤のこと、あんなやつなんて言ったの? 」


「古賀は何も見てないわけじゃないんだよ。怒りは身体を動かして沈めてるんだ。」





数日前―――

古賀はカレーパンを買いに行くために、購買へと走っていた。しかし、のっちぃを教室に残したことを思い出し、足を止めた。どうしたものか。まあ、後で迎えに行こう。なんてことを考え、また走り出そうとしたその時、普段使うことのない空き教室から声がした。もしや悪さでもしてるのか? そんな思いで教室の中を覗いた。



教室の中には、古賀の学年の中でも人気の高い生徒達が揃っていた。


「はい‼ お前の負け~。」


「げえっ! くそ、俺が罰ゲームかよ。」


彼らはカードゲームをしていた。これから罰ゲームを行うようだ。


「じゃあ、お前のクラスの古賀に告白な。」


「えー、俺あいつ嫌いなんだよな。」


「でも、あいつなら絶対バレねーよ。」


どうやら古賀が罰ゲームの対象らしい。


「仕方ねーな。行くか。」


「おうおう、行ってこい。あっ、そうそう。神崎にはバレないようにな。」


「いいだろ、バレても。恋にはスパイスが必要なんだよ。それに、あんな金づる他に取られてたまるかよ。俺が神崎にどれだけ時間かけたと思ってんだよ。新作ゲーム三つでも足りねーぐらいだっての。」


「ぎゃはは。お前やっぱり最高で最低だな。なあ? 齊藤。」


神崎が齊藤に恋をしていることは有名なことだった。それを遊んでいるという。古賀は一つ息を吐いて、その場から立ち去った。






神崎が目を覚ますと、病院にいた。どうやら、帰宅途中に暴漢に襲われたらしい。犯人は依然逃走中とのことだ。



身体に残った無数の傷と一生元には戻らない頬の火傷痕。可愛くないし、辛い傷だ。でも、どこか心の中はすっきりとしていた。

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