3話 どきどき!バレエ少女は戻れない

帰宅途中、古賀は川辺でバレエの練習をする佐々木を見つけた。思わず、佐々木に近寄る。


「おーい、佐々木ちゃーん! 」


佐々木は古賀に気づくと、あからさまに顔を歪めた。


「なに? 何しにきたの…。」


「さっき、佐々木ちゃんが泣いてたから心配になってきたんだぁ。」


「心配? 大きなお世話よ! あなたなんかに心配なんてされたくない! この偽善者‼大っ嫌いなのよ。私はこんなにこんなにも頑張ってるのに…。」


佐々木に黒いモヤがかかる。

どす黒い、モヤ。


「危ないっ! 古賀っ‼」


のっちぃが叫ぶ。古賀は咄嗟に一歩後ろに下がった。


「わ、わた、私が、こんな、こんな、こんなにも、こんなにも頑張ってるのに、ってるのに、なんで、なんで、なんで…。」


壊れたようにそう呟く。佐々木の豹変に古賀は臆することなく、その瞳を見つめる。


「私は、私は―――! 」


佐々木はふつふつと湧き上がる黒いモヤに操られ、古賀に襲いかかって来た。どうにも、あの黒いモヤが怪しい。


「古賀っ! 変身‼」


「うん! 」





「閃け! 天使の踊り。

 輝け! 天空の舞。

 放て! 白い翼。

 魔法少女! 古賀‼

 へーんしんっ! 」



辺りが白く光、古賀は平凡な中学生から愛らしい魔法少女へと変身を遂げた。


「古賀、何そのダサい変身の仕方。」


「授業中に考えたんだ! それより、のっちぃ! 行くよ‼」


黒いモヤに取り憑かれた友人を取り戻すんだ。


ゔぅぅゔゔうぁぁぁぁぁ!


けたたましい叫び声が聞こえる。


『いたい、いたい、苦しいよ…。』


そんな声が聞こえてくる。

古賀はこんな姿に変わってしまった友人を助けたいと願った。


襲ってくる。佐々木の可愛らしかった瞳は血走り、美しかった声は悪魔のような野太いものに変わり、そして彼女が必死で維持してきた体系も徐々に崩れ始めてきていた。


どんどん化け物のように変化して、苦しそうに叫びながら、古賀に向かってくる佐々木。しかし、古賀は簡単には佐々木を倒すことが出来なかった。


つい数時間前のあの出来事が頭に過るからだ。



灰となって消えた悪魔。

友人にも同じことが起きてしまったら、古賀はもう生きてはいけない。


「古賀‼ 大丈夫だよ。どうせ朝のこと気にしているんでしょ? 」


のっちぃの言葉に頷く。


「まだ、この子は人間としてやっていける。だから、灰になったりしないよ。」


その言葉にホッと息をついた。

それならば、大丈夫だ。


「のっちぃ行くよ‼ 」


「うん。」



「世界の果て、響く未来、サテラの煌めきに、ときめけ鋼の心‼


マール・アモーレ‼ 」



ステッキから放たれたピンク色の魔法が佐々木に降り注ぐ。 纏わりついていた黒いモヤは徐々に浄化されていった。





しかし、佐々木の異常な姿は変わることはなかった。


瞳は血走ったまま、唾液がぽたぽたと地面に落ちる。髪は乱れ、可愛らしかった顔はまるでおばあさんかのように皺くちゃで、肉が垂れていた。バレエで培ったぴんと延びた姿勢も、腰が曲がっていた。


おとぎ話に出てくるようなおばばのように醜く穢れた存在のままであった。信じられない姿にのっちぃを見つめた。


のっちぃは朝の出来事と同様。よかった、よかったと呟いている。


「なんで、元の姿に戻らないの? 」


「なんで? そんなの決まってるよ。悪魔に取り憑かれてしまったんだから。」


悪魔に取り憑かれる。それがどういう意味か。 魂を投げ打ち、その糧で憎い相手を殺す。取り憑かれた人間は最後、自身も悪魔となり、一生を遣わされるのだ。


「人間界でもあるでしょ? 魔女狩りとか生贄の儀式とか。それは全部悪魔に取り憑かれた人間達を一掃するための大事な儀式だったんだ。」



「今はそんなもの存在していない。」


「そうなんだ。なら、きっと不幸な事故で顔や身体に異常が出てしまったけど、見事生還したってことで、世間的には終わるから大丈夫だよ。」


「何が大丈夫なの? 」


「だから、悪魔がこの人間界ではびこっている事実の隠蔽なら妖精のお仕事でもあるから大丈夫ってこと。」


「へ? 」


妖精の仕事は多岐に渡る。その一つとして、人間界で悪魔や妖精、天使がいるということの隠蔽というものがある。何故隠蔽するか。理由は一つ。


人間は力あるものに頼り、利用する、醜い存在だから 。


悪魔がいれば悪魔に力を乞い、天使がいれば天使に力を乞う。逆らうものは捕まえて、力を絞るだけ絞って捨ててしまう。それが人間だからだ。だからこそ、人間には天使や悪魔は架空の存在であらねばならない。


「違う。そうじゃない。今の出来事が、バレるかそうじゃないかそんなの関係ない。」



「関係ない? どうして? だって古賀だってバレたら大変だよ? 人間は醜い生き物なんだ。魔法少女であることがバレてしまえば、そうだな、人体実験でもなんでもされて、一生檻の中だよ。古賀だって嫌でしょ? 」



「今はそんなこと言ってるんじゃない‼ 佐々木ちゃんは、一生この身体で生きていかなきゃならないんだよ。可哀そうだよ。」



のっちぃは分からない。古賀の想いが全く理解できなかった。


「別に身体がどうあろうと関係ないよ。人間はすぐ形に拘るんだ。どんな姿になっても愛してあげるのが、本当の愛でしょ? どんな姿になっても認めてあげるのが仲間とか友達なんでしょ? なら、大丈夫だよ。」



「女の子は可愛くありたいんだよ…。」


「女の子って言い方も解せないな。それって人間界でなんて言うんだっけ? ああ、女性差別だ。あと、古賀がその醜いと言った姿をする人だって世の中にはたくさん山ほどいるんだよ。その人たちにも大変失礼だよ。」



至極正しいことを言っていた。 だけど、古賀は知っていた。


佐々木はいつだって美を追求していた。バレエを習い始めたのも、その美を追求するが故だった。美しくありたいと考えていた少女はその真反対の存在になってしまったのだ。それって可哀そうだろう。


「人間ってよく分からないな。生きているだけでいいじゃないか。何が不満なんだろうね。」


古賀は激情を抑え込み、変身を解いた。

その眼にはもう何も映っていなかった。





物陰から古賀を見つめる男が一人。男は眉を寄せ、その場を立ち去った。

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