第48話 ネクタイ①

6月にしては珍しい晴天。朝から空には雲1つなく青い空が彼方まで続いている。

時間は朝の8時。波原は毎日昼ごはんを食べているベンチに腰掛けて人を待っている。今いるところは『学園の森』なんて大層な名が付いているが、今はただの校舎裏だ。


少しすると涼風の姿が見えた。朝早くにも関わらず、髪の毛1つ跳ねていない完璧な姿だった。

しかし…


「おはよう〜。今日も学校頑張ろうね〜」


声は凄く眠そうだった。いつもとは違う少しおっとりした声、姿からは考えられない可愛らしい声に波原は少しドキッとする。


「おはよう涼風。大丈夫か?余り寝れてないのか?」

「いや〜、ゲームしてたら遅くなっちゃって。大丈夫だよ。教室行くまでには戻すから」


涼風はベンチに座る。しかも波原の真横に座る。少し広いベンチなのに何故か真横に座っている。少しでも動けば肩が当たってしまう距離だ。波原は気をつけながら口を開く。


「一応僕は見たからね」

「もう波原に隠しても無駄でしょう。私だって完璧じゃないからね〜」


涼風はカバンから丁寧に収納されていたネクタイを取り出した。


「はい、忘れ物で〜す」

「ありがとう」


波原はネクタイを受け取ると、邪魔なブレザーを脱いでネクタイを結ぼうとする。しかし問題がある。波原はネクタイを結ぶのが苦手だ。決して結べないという訳ではない。綺麗に結ぶのな時間がかかるだけだ。しかし今はそれが問題になっていて今隣には隣には涼風がいる為情けない姿は見せられない。


「ちょっとブレザー持っててくれる?」

「は〜い。毛布の代わりにしていい?」

「うん。好きに使っていいよ」

「ありがとう〜」


涼風はブレザーを毛布のように使い、体の上から被せる。ミノムシのように丸くなり温まる。


「いや〜、六月でも朝は寒いね〜。ここは日も当たらないし。女の子はスカートだから足はもう超やばい」

「なら、今は使っときな。けど俺も寒いのですぐ返して」

「え〜けち」


波原は、話しながら誤魔化しているがネクタイが全然結べていない。そして会話は終わりネクタイを結ぶのに集中出来ると思った矢先、涼風はジーと波原の方を向きネクタイを結んでいるのを見てくる。波原は余計に集中出来ない。


「ねぇ、波原って…」


涼風が口を開く。その次の言葉は波原にはとって分かる。今、聞かれる事なんて1つだけだ。


「ネクタイ結べないなんて事はないから!!」

「朝ごはんってご飯派?パン派?」


声が重なってしまう。更に、波原が思ってもいない質問で自爆してしまう。自らカミングアウトしてしまった。気まずいような静寂が流れる。


涼風は波原のブレザーを丁寧に足に掛けた。


「ねぇ波原、こっち向いてよ」

「え、いや、その」


波原はなんて返せばいいのかわからないまま振り向く。すると涼風の顔が近くにあった。すると涼風が囁くように口を開く。


「私が、ネクタイを結んであげようか?」


波原は段々とかおが赤くなる。無理もない。美少女にこんな至近距離で囁かれ、更にネクタイを結んであげると言われてもいるのだから。


「いや、僕は自分で結べるから…」


波原はゆっくりと涼風と距離を取ろうと顔を下げていく。しかし涼風はネクタイを掴みそれを阻止する。


「私がネクタイ結んであげるよ。綺麗に結んであげるから」


逃げに逃げられず、波原の持つ選択肢は1つだけになってしまった。『結んでもらう』その選択肢だけが残る。しかし波原にとってこれは恥ずかしくもあり少し屈辱的でもあった。しかしその選択にはリスクもある。なんせここは校舎裏だとしても学校内どこに人の目があるかわからない。もし人の目があり噂にでもなったら大問題だ。しかし、今は幸い朝早く生徒もほとんどいないだろう。なので即断即決が今の最適解だど波原の脳内で決まった。


「な、なら結んでもらってもいい?」

「オッケ〜。私に任して」




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