第44話 黒板消し
6月に入り、雨の日が増えてきた。梅雨の季節がやってきた。湿気が高くなり空気が重くなっている気がする。髪の毛も湿気で跳ねたりする。波原も多少髪の毛が跳ねたりするが、目立つほどではない。しかし女子はそうもいかないらしい。隣で次のマッチが始まるのを待っている涼風はそう言っていた。
あの日からほとんど波原の家でゲームをする事が習慣になっている。涼風は相当このゲームにハマったようだ。
「男の子はちょっとぐらい跳ねてても気にしないかもしれないけど、女の子はそうはいかないよ」
椅子をくるっと回して波原の方を向く。
「女の子はね少しでも可愛く見られたいから髪の毛の一本までも気をつけてるんだよ。よく見るでしょ、休み時間に鏡見たり櫛で髪を整えたり」
「確かに言われてみれば」
「化粧も同じだね。そう言うのは全部女の子にとって武器ともなるからね」
「なるほど」
「どう?今日の私も可愛いでしょ」
椅子から立ち上がって決めポーズを決めている。学校での真面目で少し物静かな涼風とは別人にまだ感じる本来の涼風。波原はこのギャップにも慣れて来た。
「涼風はいつでも可愛いと思うぞ。身なりとか化粧とかの努力怠らなさそうだし」
「へぇ〜、私の事わかってんじゃん。因みに学校の校則で化粧は禁止なので私はバレないような化粧をしてます」
「なるほど、流石の優等生と言えどもその点については守りきれないと」
「いやいや、実質守ってると言っていい。だってバレてないもん。よく言うじゃん、バレなきゃ犯罪じゃないってね」
「もし、僕が言ったらとしたら?」
「う〜ん…友達辞めます!」
「うん。僕はそんな事絶対しません!」
「そうだよね〜。波原私以外友達いないもんね〜」
冗談を交えつつ話していたら、次のマッチが始まった。そして時間は過ぎていき、外はあっという間に暗くなっていく。
「それじゃあ、今日もありがとう!また来週来ます!」
「はーい」
そしてまた、1週間が始まった。天気予報によると今週はずっと雨みたいだ。波原は傘を持って家を出た。幸いまだ雨は降り出していなかった。自転車で行きたいところだが、帰り道に雨が降る事は予想がつくので歩いて行く事にした。そして学校の午後の授業が始まると同時に雨が降り出した。屋根や地面に雨粒が落ち音を奏でている。窓からの視界も悪くなった。
放課後になり、波原は帰ろうと思い椅子から立ち上がったが先生に呼び止められる。用件は単純だったが、とてもめんどくさいと感じる内容だった。黒板消しはまだわかるが、回収したノートを職員室まで運ばないといけないらしい。
仕方なくノートを運び黒板を消すため教室に戻って来た。電気は付いているものの、教室の中は先程と違い静まりかえっていた。他のクラスメイトは全員教室を後にしていた。
波原は静まり返った教室の黒板を早く丁寧に消し始めた。半分ほど消し終わったぐらいで急にガラガラっと教室のドアが開いた。波原は反射的に振り返って確認する。そこには教室に入ってくる涼風の姿が見えた。
「波原、まだ黒板消してたの?」
「ノート運べって言われてさっき戻って来たんだよ。それで涼風はなぜ教室に?」
「祈凛が傘忘れたって言ったから貸してあげたんだよ。私はロッカーに予備の折り畳み傘があるから取りに来たところ」
涼風はロッカーに向かう訳ではなく、自分の机にカバンを置き椅子に座った。そして頬に手を置き楽しそうに教室の前の方を見ている。
外は雨の為どんよりと暗く、廊下の電気も付いてなくこの教室だけが明るく強調されている。今だけここに2人だけしかいないような。
「あの〜傘を取りに来たんじゃないの?」
「雨がちょっと強いから弱くなるまで待とうかなってね」
波原が黒板を消そうと横にずれると涼風の目も少し同じ方に傾く。ふと波原が後ろを向いて目が合った。
「僕の背中に何か付いてる?」
「いや、何も付いてないと思うよ。てか波原見てなかったし」
「そうか」
波原が教室の端にある黒板消しクリーナーで黒板消しを綺麗にし始める。静まり返った教室に急に掃除機のような音が鳴り響く。クリーナーを終えると波原は再び振り返った。
「やっぱり背中に何か付いてる?」
「付いてないよ」
すると波原は少し恥ずかしそうに言う。
「ならなんでずっと僕を見てるの?」
「波原を見てたいから」
息付く間もなく返答する。
「何故?」
「波原も男の子なんだなぁと思って」
「今まで男の子と思っていなかったの?」
「いや、そうじゃなくて。後ろから体格とか見てたらやっぱり男の子なんだなぁって。ただそれだけ」
波原は黒板消しを行う為にブレザーを脱いでいた。黒板を消しているとチョークの粉が舞う為、黒基調のブレザーに付くととても目立ってしまう。その結果涼風から見たら今まで以上に波原の体格をしっかりと見る事となった。
「それ、男子がやったら変態の烙印を押されてしまう。」
「こんな美少女が波原だけを見ているのだから光栄でしょ」
「まぁ、ちょっとむず痒いけど悪い気はしないかな」
「正直だね〜なら黒板消しが終わるまでの間じっくりと観察してあげよう」
そのまま涼風に見られつつ、なんとか黒板消しを終えた波原。そのまま帰る流れになり、涼風は自分のロッカーに向かい折り畳み傘を取り出そうとする。その時に事件は起こる。
「お、折り畳み傘がない」
「うん?何か言ったか?」
「波原、私の折り畳み傘がない!」
「……え?まじすか」
「マジ」
教室に沈黙が訪れる。
「あの〜波原さん……」
涼風の言葉が詰まる。それも仕方ない事だ。涼風だってこの次の言葉は少し恥ずかしい。涼風は勇気を振り絞る。
「傘入れてもらってもいいかな」
涼風の頬は赤く染まり、その言葉の糸を理解した波原はそれに釣られて赤く染まった。そう、これはあれなのだ
『相合傘』
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