第32話 ライブハウス

「それじゃあ、行こっか」


バイトを18時に終え、バイト先を後にする。夕方に差し掛かり、外は薄暗い。

黒咲先輩のライブがある所は案外近く、歩いて20分ぐらいの所にあった。


「楽しみだね〜。でも、紅音先輩が歌ってるところが想像できない」

「それはそう。あの黒咲先輩が」


普段の黒咲先輩は気怠そうで、バイト後は机と同化している所しか見た事がない。お陰で、ステージの上で歌っている姿が想像できない。


「それでどう?私の今日の服装!」


そう言ってクルッと一回転する。白のオープンショルダートップスにグレーのロングスカート。肩からショルダーバックをかけている。


波原は女の子の服を褒める機会がほとんどない為この質問には毎回苦労する。


「とても似合ってるよ。肩とか出てて可愛いと思う」

「うん、ありがとう。でも、肩出てて可愛いはキモいかも」

「え?でもその服は肩を見せる為に空いてるんでしょ」

「・・・それを言われると返す言葉がないな〜」


何故、肩が空いている服が生まれたのか論争をしながら、ライブハウスに向かう。

マップを見つつ、ライブハウスに到着する。

周りの建物とは一風変わり、黒色の建物が見える。

ドアを開け中に入ると、中は喫茶店の様な雰囲気だった。


「あれ?ライブハウスは?」

「場所間違えた?」


中に入りじたばたしている2人を見つけた店員が駆け寄って来る。


「もしかしてライブハウスに行きたい感じですか?」

「あ、はい。ライブハウスに来たんですけど、なんか喫茶店来てしまって」


涼風がすぐに返事する。さらっと言葉が出てくるのが本当に凄いと思った。


「大丈夫ですよ。ライブハウスはウチの下にありますよ。奥の階段から降りれます」

「ありがとうございます。何か隠れ家みたいでいいですね」

「オーナーのこだわりらしいですよ。楽しんできてくださいね」


そう言って2人で店奥の狭い階段を降りていく。扉を開けて中へ入る。中は薄暗く、丸い机が3個と小さなカウンターテーブル。奥にはステージが見える。丸い机には黒咲先輩の姿があり、周りにはバンドのメンバーらしい人達もいる。


「お〜、来たか〜。解き放たれし者達よ」


いつも通りの黒咲先輩が話しかけてくる。


「あの、何ですかその二つ名」

「テスト終わったら学生は解き放たれるんだよ〜」


つまり、テスト期間が終わってテストから解放され、自由の身になったって事だろう。しかしまた学生はまたテストに囚われる事になる。


「本当に紅音が人連れて来た・・・」


黒咲先輩の右隣に座っている金髪の女の人が呟く。耳にはピアスが付いていて怖い雰囲気だが、声はとても可愛らしい。


「だから言ったでしょ。バイトの後輩連れて来るって」

「あかねっち、私達以外にも友達いたんだ・・・」


黒咲先輩の左隣に座っている青髪の人が言う。

首にはチョーカーが付いている。


「私、信用ゼロ⁉︎慰めて!紬ちゃん〜慰めて〜」


そう言って涼風に抱きつく。


「え〜と、よしよし」


困った挙句、涼風は頭を撫でる。黒咲先輩は満足したのか自分の席に戻り、バンドメンバーの紹介が始まった。


「それでは私達のバンド『フルムナイト』を紹介するね〜」


まず、グループ名の由来を説明された。簡単に言うと結成したのが満月の日の夜だったかららしい。それを英語にすると『full moon night』

崩して読んで『フルムナイト』になったそうだ。


「つぎにメンバー紹介。まずこの子がリーダーの星乃胡桃ほしのくるみ。通称ほしのん」


そう言うと、金髪の髪の人が手を振る。


「私がほしのんでーす。ドラム担当してます!」

「次にこの子が瀧月たきつきるな。通称るなるん〜」


青髪の人が小さく会釈する、チョーカーに付いている星型のキーホルダーが揺れた。


「るなです。るなるんはあかねっちしか呼んでないから気にしないで。ギター担当してる」

「そして、最後に私、黒咲紅音。ボーカルとベース担当してまーす!」


「「おお〜」」


涼風と波原は拍手する。


「次は私達がここまで来るまでの軌跡を・・・」


黒咲先輩が更に話し出そうとしたら、星乃胡桃が口を抑えて止める。


「はい、それじゃあライブ準備するよ」

「え、ちょっと。軌跡話したい〜」

「それはまた今度。るなも行くよ」


黒咲先輩は星乃胡桃に連れられてステージ袖に向かっていく。

瀧月るなは、立ち去る前にチケットについて教えてくれた。


「チケットはカウンターにいる人に渡してドリンク貰えるよ」

「ありがとうございます」

「うん、それじゃあ行ってくる」


瀧月るなは黒咲先輩達の後を追っていった。

波原と涼風はカウンターでチケットを渡してドリンクを貰う。


「紅音先輩が言ってたけど、このチケット1枚1500円するらしいよ。それでドリンク1杯って考えたら高いね」

「ライブハウスを営業しようとしたら、ライブハウスとして営業許可は降りにくいらしい。だから飲食店って事にして、営業してるらしい。」

「だからドリンク出してるんだ〜。詳しいんだね」

「アニメで言ってた」

「アニメ知識かい!」


涼風のツッコミを貰いつつ、席に着く。周りには20人程の観客がいる。全員がメンバーの友達という訳でもないだろうから、数人だとしてもファンはいるみたいだ。


少ししたら、ライブハウスは暗転して、ステージに集中して光が集まる。そして『フルムナイト』のメンバー達がステージに現れる。周りからは拍手が起こり、涼風と波原も便乗する。


リーダーの星乃胡桃がマイクを握る。


「今日は私達のライブに来てくれてありがとう〜!楽しいライブにするから、応援よろしく!紅音、何か一言ある?」

「うん?そうだね〜頑張るよ」


マイクを向けられた黒咲先輩はいつも通りの感じで答える。


「そうだよね。紅音がまともなコメント出来る訳ないもんね。それじゃあいきなりだけど、一曲目行くよ〜!」


マイクスタンドにマイクを固定すると、ドラムスティックをリズムよく叩き合わせて曲がスタートする。最近人気のJ-popだ。しかし、涼風と波原はそれより、黒咲先輩の表情から目が離せなかった。


いつもの黒咲先輩とは打って変わり、とてもカッコいい。エレキベースを巧みに弾きながら、とても上手な歌声で曲を歌う。表情も変わり、黒咲先輩とは別人にも思えてくる。髪が小刻みに揺れてインナーカラーの赤が時々見え、珍しく付けているピアスがライトに反射して輝いている。余りにもカッコよくて聞き惚れて、見惚れてしまう。


「「「ありがとうございました〜」」」


その後も何曲か歌い、あっという間にライブは終了して大きな拍手が起こる。涼風と波原も大きな拍手をする。さっきまでのライブが嘘だったかのようにライブハウス内は静かになり、涼風と波原は余韻にひたる事になった。

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